第20話
三日後。無事に冒険者ギルドと領主を含めて安全宣言がされた。
「これでやっと帝都に帰れますね」
「あぁ、そうだな……」
帝都に戻ったらまたお見合いの話がくるのかな……。あれだけはどうしても苦手だ。
いくら貴族に叙爵され、複数の側室を囲うのが普通の世界だとはいえ、元は日本人。どうしても倫理観が働いてしまう。
ゲームやラノベを読んでいた頃ならば、「やったー! ハーレムだ!」って喜んでいるかもしれないが、いざ実際にその立場になってみると人間関係の複雑さから嫌気がさしてくる。
まだ俺の場合は正式にはシャルとアルの二人、いや……ナタリーは除外していいだろう。
二人とも中がいいので問題ないとは思うが、出来ればこれ以上増やしたくもない。
そうもいかないんだよな、と思わずため息が漏れてしまう。
このままサランディール王国あたりにまた雲隠れでもしたいな……。もう指名手配は解除されているはずだし。
のんびりと部屋で考え事をしていると、扉がノックされた。
「もう皆様外でお待ちになられてます」
入ってきたメイドの報告を受け、俺は立ち上がる。
これから帝都への戻る旅だ。自分たちだけでいければいいのだが、今回は兵士を連れての行動となる。
やはり特殊な事がない限り、自由行動とはいかないみたいだ。
屋敷の外に出ると、皇室の紋章が掲げられている馬車の前に三人が立っていた。
やはり名目上、貴族としての立場を示さなければいけないらしい。本当は自分の馬車の方が乗り心地はいいんだけどな……。
見送りにはジェイドとリーゼとマイラを含む屋敷の従者たち。あと、冒険者ギルドマスターだ。
俺はギルドマスターとがっちりと握手をする。
「本当に侯爵閣下がこの街にいて助かった。そうでなかったらどれだけの被害が出たのか想像もつかない。本当に感謝する」
「巡り合わせが良かっただけですから。これからはジェイド達と連絡を密に取り合ってくださいね」
俺がジェイドと仲良くしろと遠回しに言うと、ギルドマスターは少し嫌な表情を浮かべる。
それほどまでに嫌われているのか……ジェイドは……。
「ジェイド。これからはギルドマスターの意見も取り入れるようにするんだ。冒険者ギルドは街に必要なんだからな」
子供を諭すように伝えると、ジェイドは素直に首を縦に振る。
「も、もちろんです、侯爵閣下の言葉ですから」
「あと、リーゼの言うこともだぞ?」
「…………はい……」
やはりリーゼに意見を言われるのが好きではないらしい。しかしこの街についてはリーゼがいれば安心だと思っている。
冒険者としてもこの街一番であるし、ギルドからの信頼も厚い。住民からも慕われているしな。
「リーゼもありがとう。お陰でこの街を救うことができた」
見送りのためにいつもの冒険者の格好ではなく、貴族令嬢としての服を着ている。いまだにジェイドには冒険者であることは伏せているらしい。
「私こそっ。またこの街へいらしてください。私も帝都に行く機会がありましたらお伺いいたしますから」
なんか、いつもと口調が違うので思わず吹き出しそうになる。
誤魔化すようにコホンと咳をし、順番に握手をしていく。
全員の見送りの言葉を受けて、馬車へと向かうシャルに囁く。
「このままサランディール王国とかに一人で行ったらだめかな?」
俺の言葉と同時に、両腕をシャルとアルに掴まれる。
「「もちろんだめです」」
俺が逃げられないようにしっかりと腕を掴まれたまま馬車へと乗り込んだ。
……やはり認められることはないか。
確かにこの後帝都に戻っても、今回の後始末は多数残っている。
実際にシファンシー皇国の商業ギルド本部へ渡すための書類に関しても、一度陛下に確認してもらう必要もある。
屋敷で山積みになっているかもしれない手紙も確認する必要もあるしな。
……仕方ないか。少しの間だけでも我慢しよう。また時間を見つけて帝都を脱出すればいいだけだし。
「あ、ちなみにトウヤ様は一人で帝都を抜け出さないように、人相描きを各門に貼り付けてありますから、簡単には逃げられませんからね」
……なんだそれ……? 初めて聞いたぞ。まさかシャルがここまで用意周到だとは思わなかった。
「のぉ、トウヤよ。帝都までの旅でも、わしはお主の料理を所望するぞ」
……相変わらず空気を読まないナタリーの言葉に、馬車の中にいた全員が吹き出したのだった。
◇◇◇
帝都への道のりは何事もなくたどり着くことができた。
予定通りに到着してそのまま城で謁見となる。普通なら申し込んでから数日を要するが、今回はダンジョンの氾濫や、ジェネレート王国の勇者の対決である。
早々に陛下も聞きたかったらしく、全ての予定をキャンセルして会談を行うこととなった。
王城内にある会議室の中には、皇帝をはじめとした国の運営によって重要人物が数名鎮座していた。
俺とシャルとナタリーが席に座り、アルは近衛騎士服を着込みシャルの後ろに控えていた。
「――――ということです。そしてこれがその書状になります」
俺は今まであった出来事について説明を行い、次元収納より、自国用の書類と商業ギルド本部に提出する書類の二通を取り出してテーブルに置いた。
「――まさか勇者と会うとはな……それにしてもトウヤ殿は勇者よりも強いというのか……」
国の幹部達も信じられないような表情を浮かべている。
それは誰でもそう思うだろう。長年この国を支えてきたアルの父親でもある騎士団長ですら、勇者には負けたのだ。
帝都をとり戻した実力があるとはいえ、搦め手を使って王子を捕らえたのだ。帝都を脱出の際に同行していれば俺の実力もわかってもらえただろうが、目の当たりにしたのは陛下たち三人のみである。あ、アリスもいたか……。
「それでジェネレート王国から支払われる五億Gに関してですが……」
同じく契約を一緒に交わしたシャルが振り分けについて希望を出す。
「それについてはすでに決まっておる。三億Gをアークランドの復興費用とする。一億Gを商業ギルドの手数料や国の事務手数料とし、残り一億Gを――――キサラギ侯爵への報奨金とする。誰か異論はあるか?」
皇帝の提案に誰も反論を述べない。
正直、全額アークランドに寄付してもいいと思っているんだが……。
「誰も反論はないようだな。ではそのように手配を頼む」
「承知いたしました」
財務担当者だろうか、大きく頷いてメモをとっている。
「それにしても、こうして短い間に功績と立てられると、どのようにすればいいか悩むの……。どうだ? 公爵にでもなってみるか?」
「お断りします! 今でも十分ですので……」
陛下は笑いながら言うが、目は笑っていない。下手に返事するとそのまま陞爵されてしまう可能性もある。
「かと言って、ダンジョンの氾濫を治め、さらにあのジェネレート王国の勇者に対して煮え湯を飲ませたのだ。何もしないわけにもいくまい。うむ……そうだな。――勲章という形をとらせてらうかのぉ……他に何かあればいいのだが……」
報償には叙爵や陞爵、金銭など多岐に亘るが、その中に勲章という場合もある。勲章は金銭的には価値はないが、名誉として国民に周知されることとなる。
「それでしたらお受けいたします」
全てを断っていたら先へと進まない。それよりも早く屋敷へと戻ってフェリスとゆっくりしたいのが本音である。道中もギルドハウスを取り出して寛いでいたが、やはり自分の屋敷でのんびりするのが一番である。
長い会談が終わり、ある程度きまったところで解散となった。
俺は個別で陛下と話もしたが、やはりダンジョンでの出来事を詳細に聞きたかったらしく、思ったより城に長居してしまった。
日も傾きかけた頃、陛下から馬車を手配してもらい、ゆっくりと屋敷へと送ってもらった。
門の目の前で下ろしてもらい、礼を伝え俺はゆっくりと自分の屋敷を眺める。
「これで少しの間のんびりできるかな……」
背を伸ばし、ゆっくりと休もうと思ったらいきなり声がかかった。
「……もしかしてトウヤか……?」
――聞き覚えのある声。
振り返ると――――以前とまったく変わらない、ビキニアーマーを着たルミーナが立っていた 。
「やっぱりトウヤだ! この帝都にきてギルドに訪ねたら貴族になっていると聞いてな。まさか本当に……。いや、それよりも先に言うことがあった。あのときは、すまなかった……」
いきなり深々とルミーナは頭を下げた。
そういえばサランディール王国から出たときに戦ったんだよな、と思い出す。
「ルミーナさん、頭を上げてください。もう終わったことですから。それよりも……以前俺が頼んだことについては……?」
養護施設のサヤたちを頼んだんだ。まさか――。
勢いよく顔を上げたルミーナは笑みを浮かべる。
「そうだ! その件もあってトウヤに会いにきたんだ。あの後、ずっと養護施設で世話になってな。あそこに住んでいたのだが――」
その前にその格好で門の前にいられても困る。
「話は屋敷の中で聞きますから、ついてきてください」
「あぁ、トウヤがそう言うなら構わないが……。それにしてもこんなにでかい屋敷に住んでるのか? 貴族となると違うもんだな」
屋敷を見上げるルミーナに思わず苦笑してしまう。
従者に応接室にルミーナを案内するように伝え、俺は一度自分の部屋に戻って謁見用の服装から少しラフな洋服に着替える。
「それにしてもルミーナさんがここまでくるなんて……。何かあったのかな……」
少しだけ不安にかられたが、話をするために応接室へと向かう。
扉を軽くノックしてから部屋に入ると、ルミーナは落ち着かないようで部屋の端を歩き回っていた。
「ルミーナさん、ゆっくり休んでればよかったのに……」
俺に気づいたルミーナは少しだけ顔を赤くしている。
「いやな、街の領主の館よりも大きい屋敷に住んでるとなど考えてもいなかったからな……。どうにも落ち着かなくて困る」
俺は苦笑しながらソファーに座るように勧める。
やっと座ったルミーナに状況だけ早く知りたかった。
「それでルミーナさんはどうしてこの帝都へ……?」
「それなんだがな、ダンブラーに拠点を移して、トウヤの言われた通りに養護施設に行くようにしたんだが、あそこはスラム街であろう。私が行くといつも街中で戦闘になるんだ。数人に襲われそうになったからしっかりと仕留めたのだがな。結局、養護施設によく言ってることが知られ、施設にまで襲撃があったんだ。もちろん全員きっちりと血祭りにあげておいたけどな」
クックックと笑うルミーナだが、考えてみればソロでBランクだったのを思い出した。
ビキニアーマーで周りを悩殺しながら、スラム街を歩くなど、普通なら考えられない。
頼んだ俺が馬鹿だったと頭を抱えたくなった。
「あまりにも戦闘が多いせいか、領主から養護施設を移せと言われたのだ。サヤとも話し合ってどこに移そう話している時にな、お主、アリスという商人にサヤたちの様子を見てくるように依頼をしただろう? たまたまそのときに来てな、相談したんだ。そうしたら――『トウヤが住んでいるルネット帝国の帝都に行けばいいんじゃない?』と言われてな。サヤも賛成したから、子供を連れて全員できたんだ」
…………アリスめ……人に丸投げしやがって。
いや、子供達に会えるのは嬉しいけどさ、いきなり子供全員連れてきました! と言われても俺が困る。
住むところだって……。あ、ここもあるか。部屋はいくらでも余っているし、とりあえず住んでもらっても構わない。
「それでサヤと子供達は……?」
「あぁ、トウヤから十分な資金を預かったから、それで今日は宿をとっている。まずはトウヤに会わないといけないから私だけ来たんだ」
「それなら明日使いを寄越す。明日からここの屋敷に住めばいい。部屋はいくらでも余っているからな。寝具は少し増やす必要があると思うが」
「それなら明日、私がここまで連れてこよう。ここまでの道のりも覚えたしな」
この後、すぐに手配しないといけないな。まぁ小さいから全員分が揃うまで少しの間一緒に寝てもらえば問題ないと思うが。
「では、明日の昼頃に頼む。昼食はこちらで用意させておくよ」
「助かる。でも、本当にトウヤが貴族になったんだな。一緒に護衛任務をしていた頃からしたら考えられないが。まぁ護衛の時もオークの群れに襲われて、その実力についてはわかっていたから、どこかの貴族のお抱えになるとは思っていたけどな」
その後もダンブラーでの生活を聞いた俺は、夕食前までに戻らないといけないルミーナを見送った。
最初、馬車で送ろうとしたが、冒険者が馬車で送られるのは恥ずかしいという訳のわからない理由で断られた。
アリスに所在についてもルミーナに訪ねたが、「他の街に所用がある」と言って、すぐに帝都を出たみたいだ。きっと俺に捕まったら何言われるか検討がついていたんだろう。
次会った時には覚えておけ……。
俺は従者に明日から来客が大勢くることを伝え、寝具などの用意を頼んだ。
資金も渡そうと思ったが、侯爵の立場上、国から多額の支援金が支払われており、問題ないと断られた。
久々に会う子供達のことを考えながらベッドに潜り込んだ。




