第19話
翌朝、朝食を済ませた俺たちは自軍の天幕で今後について兵士たちに指示を出す。
いきなり全軍が引き上げることはしない。この森にはまだ氾濫でダンジョンが溢れて出た魔物が多いので、アークランドの冒険者たちだけでは対応できない。
だから兵士たちが小隊をいくつか組み、魔物の間引きに手を貸すことになった。
俺たちはコクヨウが引く馬車へと皆を乗せ、俺は御者台へと座る。
「コクヨウ、街まで頼んだぞ」
ブルルッと返事をしたコクヨウはゆっくりと進みだす。手綱を握らなくても問題ないので御者台で探査♯サーチ♯を使いながら周りの魔物を警戒しながら進むが、俺たちに近づく魔物はいなかった。
コクヨウ自体もBランクの魔物である。それより低レベルな魔物はコクヨウの相手にならないから問題ない。
普通の馬よりも早いコクヨウの引く馬車は明るいうちにアークランドの街へと到着した。
早馬が先行して報告をしていたのか、兵士たちが整列して待っている。
その中央には二〇歳程度だろうか、貴族服に身にまとった青年が立っていた。
……もしかして、あれがリーゼの兄でここの領主か? 確かに顔は似ているかもしれない。
コクヨウのスピードを落とし、リーゼの兄らしき人の手前で馬車を止めた。
「ついたぞ。あと、リーゼ。あれはお前の兄じゃないのか……?」
俺の言葉に小窓から顔を出したリーゼが、その青年を見ると眉根を寄せ睨みつけた。
「……あれが兄です。あのクソ兄貴。危機が去ったと思ったらのうのうと顔を見せやがって……」
いつものリーゼとは全く違う。そんな言葉づかいはしたことなかったのに。
「とりあえず、全員で降りよう」
俺が御者台から下りて、馬車の扉を開ける。
そこからシャル、アル、リーゼ、マイラの四人が下りてきた。
リーゼの顔を認識できたのか、青年はこちらへと寄ってくる。
「おぉ、リーゼ。無事で何より。そして王女殿下、アルトリア嬢。この度は派兵していただき深く感謝します。おい、そこの冒険者。さっさと馬車をどかせろ」
……冒険者って俺のことか……?
思わず「えっ」って言葉が漏れる。
「おい、二度も言わせるな。冒険者風情が王女殿下や領主に向かって突っ立っているとはどういうことだっ! 不敬罪にするぞ」
青年の言葉に全員が唖然とする。
しかし、リーゼは何か思いついたのか、口元を緩める。
「お兄様、ずいぶんと遅いお帰りで。殿下たちの助けがあったお陰でこうして無事にダンジョンの攻略は済みました。ジェネレート王国とのいざこざもありましたが何事もなく終わらせてきておりますから」
俺のことにはあえて触れていない。
リーゼは兄のことを嫌っていた。たしか、ギルドマスターも「あの野郎」とか言っていたな。都合が悪くなるとすぐに逃げるタイプということか……。
「ふんっ、私には帝都で色々とお願いしてきたのだ。この街は最初に占領され、大きく破壊されたからな。復興のためにあちこちの貴族と係りをもってお願いしてきたのだ。どうだ? お転婆なお前にそんな芸当はできまい。何を隠そう、あの救国の英雄様にまでお願いしてきたのだぞっ」
典型的な貴族だ。しかも俺にお願い? 思わず苦笑してしまう。リーゼはしっかりと街のことを考えて自分自身で動いているのに、兄妹でありながらここまで違うとは……。
思わずリーゼに視線を送ってしまう。
「そうですね、お兄様が帝都にお願いされに行かれたお陰で、こうして殿下たちが助力にきていただきました。その殿下よりも遅い到着とは……。まさか帝都で恐怖に震えていたわけでもありますまい」
リーゼは逆に兄を煽るように仕向けていく。次第に機嫌が悪くなる兄の視線は……コクヨウに向いた。
「ふんっ。私とて忙しかったのだ。それより、おい、そこの冒険者。あの馬車はお前のものか?」
「えぇ、私のものですが……何か?」
確かに俺の馬車は立派だ。なんせアイテムだし、乗り心地も最高である。しかも引いている馬が黒曜馬だし。下手すれば皇帝よりいい馬車かもしれない。
俺の物だと聞いた瞬間、領主である兄は口元を緩ませる。
「その馬ごと私が買い取ろう。そうだな。金貨三枚でどうだ? 冒険者からしてみたら涎が出るほどの金額だろう? 文句はないな?」
再度、全員が絶句した。
もちろん、俺もだ。しかしここまで典型的過ぎると逆に笑えてくる。
「もちろん、お断りします。コクヨウも馬車も渡す気はまったくありません」
俺のきっぱりとした拒絶の言葉に、今度は兄が唖然とする。
貴族の言葉だから冒険者なら誰でも従うとでも思っているのか……?
次第に怒りからか顔を赤く変化していく兄に、やれやれとため息をつきながらリーゼが前に出る。
「リーゼ、そこをどけっ! そこの冒険者。俺が誰だかわかっているの――――」
「そこまでです、お兄様。まだ紹介していませんでしたね。この方は――トウヤ・フォン・キサラギ――侯爵閣下です。えぇ、お兄様も噂を聞いたことがあるでしょう、あの〝救国の英雄〟と言われているお方ですよ。そして今回のダンジョン攻略において一番の功労者でもあります」
「…………えっ?」
領主である兄は大きく口をポカーンと開く。そしてリーゼからシャルへと視線を送るが、シャルは無言で大きく頷いた。
真っ赤だった顔は次第に青く変わっていき、俺と視線が合うときには白くなっていた。
俺が優しく笑みを浮かべると、身体を震わせて直立不動になった。
「初めまして。トウヤ・フォン・キサラギです。リーゼロッテ嬢には今回お世話になりました。どうぞよろしく」
挨拶をして右手を差し出すと、両手で俺の手を包み込むように握った。
「は、は、初めましてっ! かの救国の英雄とも言えるキサラギ侯爵閣下にお会いできるなんて感激ですっ! あ、あぁ……先ほどは申し訳ありません……。なんと言ったらいいか……」
「まぁ誰にでも勘違いはありますが、この氾濫を鎮めるために多くの冒険者が負傷しながら街を守ったんです。だから今回のような扱いをしないように気をつけてください」
「は、はいっ! もちろん、今後気をつけます!」
首を縦に勢いよく振った仕草にシャルがクスクスと笑っている。
「兄様、いつまで殿下をお待たせするつもりですかっ!? ダンジョンから戻ってきたばかりなので屋敷に案内してください」
リーゼが兄を急かすように動き、思い出した兄は急いで屋敷へと案内することになった。
俺の馬車へと乗り込みゆっくりと街中を進んでいく。
もちろん、御者台に座るのは俺。最初は領主が渋ったがコクヨウを操れるものなど他にいない。だから仕方ないことだった。
屋敷に移動した俺は個室をあてがわれゆっくりとさせてもらった。
正直自分の屋敷の方が居心地はいいが、それが理由で断るわけにもいかない。部屋でフェリスに出てきてもらったが「この屋敷は気に入らない」と一言だけ残し首元の精霊石へと戻ってしまった。
俺のアイテムである家では同じ事を言ったことないよな? その違いがなんだかわからないが、気にしても仕方ないのでベッドで寝転ぶ。
一週間ほどこの屋敷で過ごすことになった。
何もすることはないのだが、兵士達がダンジョン周辺の魔物を冒険者たちと一緒に狩っている。先に帝都に戻る訳にもいかないので冒険者ギルドと領主が安全宣言をするまでは俺も屋敷に待機することになっていた。
本当はレベル上げをするために森へと入ろうとしたのだが……。
「そんな侯爵当主が魔物の後始末などやらせるわけにはいきませんっ!」
毎日のように部屋に押しかけてくる兄のジェイドに止められているのだ。しかも部屋にまでくるもんだから何もできない。
部屋にくる理由は陛下の救出作戦から帝都奪還の事を聞きたいからだ。毎回、目を輝かせたように聞き入るのはいいのだが、同じ事を繰り返し説明する必要があるので次第に気分が萎えてくる。
あまりに面倒なので、自分の部屋を抜け出しシャルの部屋に避難することにした。シャルはアルと同室となっており、皇女という立場上、この屋敷で一番広い部屋になっている。
「トウヤ様、今、紅茶をいれますね」
「うん、ありがとう」
ソファーで寛いでいる俺にシャルが自ら紅茶を淹れてくれる。
置かれたカップに手を伸ばし、香りを楽しみながら紅茶を楽しむ。
「うん、美味しい。そういえばナタリーは?」
「ナタリー様は冒険者と一緒に狩りに行ってますよ。もっとレベルを上げたいそうでしたし」
ナタリーは〝黄昏の賢者〟と言われるほど有名な宮廷魔道士ではあるが、貴族ではない。だから制限などされることなく自ら冒険者と一緒に狩りに行っているのだ。
「いいなぁ……。一緒に行きたかった」
領主であるジェイドの相手をしていることのストレスを狩りで発散させたいと思うほどだ。
「トウヤ様が狩りに行ったら、周りの魔物が全ていなくなってしまいますわ」
対面に座り優雅にカップを持ち紅茶を飲むシャルはクスッと笑う。
この部屋は流石のジェイドも遠慮して入ってくることはないのだ。さすが皇女ともいうべきか。
「のんびりするためにこの街に来たのに、のんびりするより狩りをしたいと思うようになるとはな……」
のんびりとするためにこの街へと来たが、色々なトラブルに巻き込まれ、やっと解決してのんびりしていたら逆に寂しく感じてしまう。
人って不思議だな、と思いつつも紅茶を飲む。
「あと数日で終わると思われますから、それまでのんびりしましょう。帝都ではここまでご一緒できる機会がありませんでしたから、逆に私としては嬉しいです」
少しだけ頬を染めたシャルに言われ、照れからか思わず頭を掻いてしまう。
「確かにここ数ヶ月、大変な時間を過ごしていたのかもしれないし、こうして平和に過ごせるのが一番なのかもしれないな……」
そう、フェリスとのんびりと過ごすのが一番の癒しなのだ。残念ながらこの屋敷ではそれが叶うことはない。
帝都に戻るまでの期間、またこの部屋に避難させてもらおうと考えながら俺はカップに手を伸ばした。




