第18話
地上へ戻ってから再協議が始まった。
駐屯地で待機していた副隊長は説明を受けて激怒していた。最初はそんな契約はありえないし、守る必要もないと息巻いていたが、シャルが「では、そのように各国へ約束も守れない国として通達しますし、分割で納めていただく戦禍賠償金を一括で払ってもらいますね」という言葉で陥落した。
ルネット帝国へ納める賠償金は、今回の金額などはした金になるほどの金額である。それを一括で納めるなどしたら国家の運用資金が枯渇する。
間違いなく責任者である副隊長の首が飛ぶことになるであろう。
同行していた騎士はすぐに捕縛されて連行されていった。
「そ、それで賠償金は……」
副隊長はすっかりと下出にでてくる。ただでさえ勇者♯ラルクス♯より強い俺がいる。そして今回はナタリーも同行している。
最初は副隊長もナタリーを見て鼻で笑ったが、一人の騎士からナタリーの正体を打ち明けられると、途端に態度が豹変した。しかもよく見ると足が震えている。
もしかしたら以前の戦争でナタリーの所業を経験しているのかもしれない。
賠償金を含め五億Gを一括でルネット帝国へと払う。
この金額ですべてを水に流せということだ。
最初の取引に対して三億の増額。
もちろんジェネレート王国の騎士たちも、今回のダンジョン攻略でそれなりの資金を持ってきているが、そんな金額は持ち歩いていない。
後日、使者を伴って運び込まれることになった。
契約書が三通交わされ互いに持つことになり、一通はルネット帝国、一通はジェネレート王国、そして最後の一通はシファンシー皇国にある商業ギルド本部となる。
こういった国家間の取り決めを行う際に、商業ギルド本部があるシファンシー皇国に保管してもらうことが多い。
どちらかが契約書を破棄しても、商業ギルド本部での保管により、契約が存在することが明らかにされるのだ。
シファンシー皇国は商業ギルド本部と傭兵ギルド本部が主となり運営しており、各国にも商業ギルドが展開され、契約に関することは仲介することもある。街の商業ギルドで手配をするとシファンシー皇国本部まで送られることになる。
それなりの手数料は取られるようだが、それを支払っても問題ない賠償金が入ることになっている。
天幕で契約書が交わされ、ルネット帝国側は俺とシャル、リーゼがサインし、ジェネレート王国側は副隊長とラルクスがサインをした。
これは俺たちからの強い要望だ。国の運営には携わっていないから記名の必要はないのだが、ラルクスは勇者だということがすでに露呈している。
ここでジェネレート王国が支払いを拒否すれば、勇者の名前も地に落ちることになる。
だからこそ予防のためにラルクスの記名を求めたのだ。
一度は拒否されたが、それなら支払いを終えるまでラルクスの身柄を預かる条件を出したらすんなりと通ることになった。
ジェネレート王国としても、最強戦力といえる勇者を連れていかれたらどうにもならない。ましてやラルクスにルネット帝国は〝悪〟だと教えられている。
実際に連行され街での暮らしなどを見たらその考えは変わる可能性もある。最悪、ルネット帝国側に与する可能性もあるだろう。
副隊長な肩を落とし渋々ながらサインをしていった。
契約書は商業ギルドに提出する分の二通受領し、俺たちは天幕を出る。
「やっと終わったな……」
俺の言葉に同行した皆が笑顔で大きく頷いた。
「――結局、ゆっくりとできなかったな……」
誰にも聞こえないように小声で呟く。
休暇のためにこの街へと訪れたのに、ダンジョンの攻略や勇者との対決。そして国家間交渉など、普通ではありえないほどの仕事をこなした気がする。
けど、俺がこなかったらダンジョンの氾濫による被害はもっと大きくなっていたかもしれない。現に街へ来たときも怪我人が多数いた。
俺がいなかったら助からなかった命も多数あると思う。
そう思ったら少しだけ気が楽になってきた。
「早く戻って風呂に入ろうか?」
「そうですね。早くゆっくりと休みましょう」
「甘いものを所望するのじゃ!」
あくまで甘味を所望するナタリーに苦笑しながらも頷く。
「はいはい、わかったよ。今日だけは特別だしてやるよ」
「あ、ずるい! わたしも食べたいですっ!」
やはり女性陣は甘味の魅力には弱いのかもしれない。自陣に戻るときには全員分の甘味を出すことを約束させられることになった。
◇◇◇
俺たちはダンジョンを出た後、一日だけギルドハウスで休むことにした。
やはり女性陣は風呂が恋しかったらしい。
「やっとすっきりしました」
シャルたちが髪の毛を丁寧に拭きながらリビングに現れた。数人ならば問題なく同時に入れる広さを持っている。
その姿を視界に入れた俺は思わず目を逸らす。
「ちょ、ちょっとそんな格好でっ!」
全員一緒に風呂に入ったようで、身体よりも大きさサイズのシャツ一枚で出てきたのだ。
それもシャルやアルだけでなく、リーゼまで。
「お風呂ですっきりしたら洋服を着るのが億劫になったので、トウヤ様しかいませんから大丈夫ですよ」
いや、俺がいるからやめてほしいんだが……。
「この格好は少し恥ずかしいのですが……」
リーゼはやはり恥ずかしいらしい。シャルに唆されて着たんだろうし、思わずため息をつく。
「ほら、そんな格好していないで早く着替えてこいよ。食事の準備もしているから」
「もうっ! トウヤ様も少しは照れてくれたっていいじゃないですかっ!」
シャルは頬を膨らませ拗ねているが、こんな場所でそんな格好している方が悪い。
シャルたちが部屋を出て着替えに行ったのを確認してから料理を再開する。
食事の準備が済み、テーブルに並べていると着替えが終わった五人が戻ってきた。
全員でテーブルを囲み、次元収納からワインを取り出す。
「今日はみんなお疲れ様。無事にダンジョンコアも手に入れたし、これでダンジョンも落ち着くはず」
コアを失ったダンジョンは再度一ヶ月ほどかけて新しいダンジョンコアを産み出す。
その間はダンジョン内の魔物は消極的になり、人を襲うことはない。さらに新しい魔物も産み出されることもない。簡単に魔物が狩れるといって以前はダンジョン内の魔物を狩り尽くした例もあったが、魔物を狩り尽くすと新しく産み出された魔物が凶悪化する事例があって、現在は冒険者ギルドがダンジョンコアを再度産み出される期間、立ち入りを禁止された。
これは各国の冒険者ギルドが国と協力して厳重に管理されている。ここまで厳重に管理されている理由は簡単だ。
歴史書にも記されているが、休眠状態となったダンジョンで魔物を全て狩り尽くした国は、新しく産み出された凶悪な魔物が多く、冒険者ギルドでも立ち入りを制限した関係で氾濫を起こし、そのダンジョンがある小国は――――滅びた。
近隣国家が冒険者ギルドとともに、魔物の駆除を行い、ダンジョンを再攻略し事態を沈静化させた過去があるのだ。
そのときの犠牲も少なくなく、国と冒険者ギルドが協議をし今の状態になったのだ。
「そうなりますね。これでアークランドの街も安心していられるでしょう」
「そうなって欲しいですが、あとは……ジェネレート王国がどうでるか……」
アルからジェネレート王国という言葉が出ると一瞬だけ全員が沈黙する。
「……あれが噂にきく勇者だったのですね……」
ルネット帝国も勇者一人のせいで、帝都まで占領されるという失態をしている。アルの父親である騎士団長まで殉職したし、シャルもアルとともにサランディール王国まで逃げ延びた。リーゼも街から避難し、両親を処刑されている。全員が苦い思い出しか残っていない。
「でも、これからはルネット帝国にはトウヤ様がいますし。勇者よりも強いトウヤ様がいればもうジェネレート王国が攻めてくることもないでしょう」
「確かにそうですね。トウヤがいれば何が出てきても負けませんし」
……シャルとリーゼの二人とも勘違いをしている。俺は戦争には一切手を貸さないつもりだ。独自で動くことはあるかもしれないが、軍の一員として戦うつもりなどまったくない。
皇家の救出にしても、帝都奪還の時の策略についても、あくまで冒険者としての依頼♯・・♯として行ったものだ。
しかし今の俺は侯爵という貴族の立場もある。アルの祖父であるガウロスから他の貴族から取り込まれないようにと貴族になったが、考えてみたら貴族としての義務も発生するということだ。
皇帝陛下からは基本的な役目はしなくていいと言われているが、目の前が戦渦の場合、見過ごすことなんてできないと思う。
まぁ、実際のところ、今回の勝負でジェネレート王国も無理をしてくることなどないと思う。只でさえ莫大な賠償金を一〇年もかけて支払わないといけないのだ。そんな余裕などないはずだと思いたい。
「戦争なんてないといいな……」
ついサランディ―ル王国で出会った養護院のサヤと子供たちを思い出す。
あの子供たちも親が冒険者や兵士などで亡くなったからあの場所へ預けられた。
当面の生活費はこっそり置いてきたし、アリスにも依頼をしておいた。何もなければ問題なく生活できるであろうが、あそこはスラム街でもある。
年頃のサヤもいるし、何か事件があってからでは遅い。あの時、ルミーナにも頼んではあるがどうなっているか確証は持てないし一度行ってみるかな。どこよりも子供たちの笑顔を見ていたら癒されるだろうし。
「…………トウヤ様、聞いてました?」
いきなり声をかけられて思わずハッとする。サランディ―ルでの懐かしい思い出につい周りの声を聞いていなかった。
「ごめん、少し考え事をしていてさ」
俺が素直に謝罪すると、少しだけ頬を膨らませたシャルが再度説明してくれる。
「明日、一度アークランドの街に戻って今後の話をしますが、今回の件でジェネレート王国から支払われる賠償金については、一度父上に話す必要があります。なので、街が落ち着き次第、帝都に戻ります、という話をさせていただきました」
やはり一度は帝都に戻らないといけないか。帝都にいる腹の黒い貴族を相手にしているなら、魔物を相手していた方がいいんだよな……。
「トウヤが良ければこのアークランドの街にいつまで逗留してても、いいんだぞ?」
少し頬を染めながらいうリーゼにマイラは口に手を当て、笑いを堪えている。
……何がそんなに楽しいんだ?
リーゼの提案もアリだがさすがにシャルが許してくれないだろう。仮にも婚約者だし。今回の件で勇者と対戦したのだから陛下への説明は必須なはず。
この街の復興にもまだまだ費用はかかるだろうし。
「そうだな。一度陛下に説明をしに戻るしかないか……。少しゆっくりするつもりだったんだけどな……」
……ゆっくりなど全くできなかった気がする。
食事を終え、リビングなどで全員が寛いでいたが、一度テーブルを囲むことになった。
「明日の朝食を食べたら出発しましょう。それまでは部屋でゆっくりと休んでください」
シャルがこの場を仕切り解散となる。俺は早々に部屋に戻り、フェリスを呼び出し、鍵を開かないようにしてもらい、ベッドへと潜り込む。
疲れからかすぐに眠ることができた。




