第13話
途中途中で小休憩はしていたが、リーゼとマイラにはキツかったかもしれない。
今までとは違う禍々しい扉が目の前に鎮座している。
「いよいよね。でも少しだけ休憩させて欲しい」
「うん、確かに……苦戦していないとはいえ連戦だったから」
リーゼとマイラは少しだけ息を荒げている。シャルたちはまだまだ元気そうだが、それでも口数が減っていたから少なからず疲労が溜まっているのかもしれない。
ダンジョンを攻略するにあたって聞いていたよりも魔物の数が多い。戦闘中に他の魔物が現れることもあった。
それについては俺が対応することにしているから、ピンチになることはなかったが一日中戦っていたからな。
「それならいい時間だし、食事を済ませて休憩にしようか。順調に進んできたし」
俺は次元収納からテントを取り出す。
一度中に入り、空いているスペースに人数分のベッドを置いてテントから出る。
「俺は外で見ているから、少し休んでいいよ。ベッドを用意しておいたから、食事を済ませたら仮眠を取ろう」
次元収納からテーブルや椅子を取り出して、スープが入った寸胴を置き、食事の準備に取り掛かる。
手際良く準備を進める俺を眺めながら女性陣が集まってコソコソと相談を始めている。
「私たちよりも手際がいいよね」
「以前も全部用意してもらってました……」
リーゼとシャルがため息を吐いた。
……正直、会話は聞こえているんだけどな……。
聞こえないフリをしながら準備を進め、食事がテーブルに並べてから声をかけた。
「準備ができたよ。早く食べて休憩しよう」
「「「「「はーい」」」」」
各々が席に座り食事を始める。
女性五人に囲まれて食事をするなど、日本にいた時には考えられないな。
日本での生活に懐かしさを覚えるが、もう後戻りはできないことはわかっている。
この世界で一生を過ごす覚悟はできたんだ。こうして冒険者、そして貴族としての身分もある。
逆に日本にいた時よりもいい生活に送っている。テレビなどがないから直接聞かないと情報は入ってこないが、これはこれで慣れてしまえばどうってことはない。
「そういえば、トウヤはどこの生まれなの……? これだけ強いのに今までそんな情報すら流れてこなかったし」
何気なく出たリーゼの言葉。
しかし俺以上にシャルたちの表情は引き締まった。
俺の出目については、シャルたちは知っている。この世界の生まれではないことから、どういう経緯でこの世界に渡ったか。
神器#アーティファクト#とも言えるようなアイテムをいくつも持ち、この世界にない食材まで知っている。
誰であろうが興味を持つはずである。現に侯爵に叙爵されてからは、貴族たちがこぞって繋がりを持とうと屋敷へと押しかけてきた。
年頃の娘を持つ貴族たちは、俺の側室にしようと必死だったし。正妻はシャルと陛下が公言していたお陰で誰も正室になりたいとは声を上げなくなったのは助かったが。
「……うーん、暮らしていたのはサランディール王国だね。けど、色々あってシャルたちと会ってルネット帝国に移動した感じかな……?」
多少誤魔化したところもあるが、フェンディーの街で暮らしていたのは間違っていない。
リーゼやマイラたちには悪いが、まだ俺の素性を正直に言えるほどの仲ではない。知っているのは皇家かアルの家族だけだ。
ある意味召喚された勇者と同じように、この世界では異物になってしまうかもしれない。
いや、勇者よりもタチが悪い。身一つだけで召喚されて実力だけで強くなっていく勇者とは違い、俺はチートなアイテムをいくつも持っている。
当初召喚された時はレベル1という低レベルであったからこそ、送還という放逐をされたわけだが、これがもしレベル700を超えている凶戦士であったらどうなったんだろう。
ジェネレート王国での対応は違ってくると思う。きっと上手く言いくるめられて前線に立たされていたかもしれない。
この世界の人類はこぞってレベルが低い。
俺が剣を一振りしただけでいくつの死骸が出来上がるかわからないほどだと思う。
そう思うと、魔法が使えるこのキャラクターのまま召喚されたのはよかったかもしれない。
俺の言葉が少し言い淀んでいたのを察してか、シャルが代わりに説明をしてくれる。
「トウヤ様は私たちがナタリー様を探しにサランディール王国に向かっている最中に魔物やジェネレート王国の兵士から助けてもらったのです。それからナタリー様に会わせていただいて、ずっと一緒にいるんです」
「そうですか……。だからこの街まで名前が流れてこなかったんですね」
シャルの説明で納得してくれたようだった。
食事を済ませた後は各自テントの中に用意したベッドへと潜り込んだ。シャワーを浴びたいだろうが、さすがに簡易式のシャワーまでは用意していない。
ベッドで寝れただけでも十分だろう。
俺はテントの外で横になりながら、ラルクスたちのことを考える。
いくら魔物達が強いといってもラルクスの相手にはならないはず。しかもここにくるまでにきっとレベルもさらに上がっていることだろう。
普通の人と同じで考えるならば俺の方が間違いなく強いはず。ただ、ラルクスは〝勇者〟だ。
きっとレベル100になっても、そのまま限界突破し、超えてくるだろう。
その時勇者というステータス補正でもしかしたら俺のステータスを上回る可能性もある。
「まぁ……いくら考えても仕方ないか。なるようになるかな……」
俺は次の戦いに向けて身体を休めるために瞼を閉じた。
――三時間後。
仮眠を取り十分とは言わないまでも疲れを癒やしたメンバーが集まる。
「この次はきっとダンジョンの守護者だと思う。何が出てくるかわからないから、俺が前線に立つ。他はサポートしてくれ」
「うむむ……。わしも戦いたいのじゃが……。きっと強い魔物が出ればきっとレベルも上がることだろうしの」
ナタリーは以前俺が賢者になる条件を聞いてからレベル上げに夢中だ。
けど、この世界は死んだらそれでお終いだ。無茶をさせるわけにもいかない。
「多少の魔法攻撃は構わない。けどターゲットにならないように注意してくれ。ナタリー、リーゼはシャルとマイラの援護を頼む」
「わかった」
「わかりましたっ!」
全員で頷きあい、俺は守護者がいるであろう扉に手を掛けた。
◇◇◇
扉を開けて視界に入ってくるのは守護者がいるであろう広場だった。
しかし本当なら鎮座していないといけないダンジョンコアが見当たらない。
思わず呆気にとられる。
「ここが最下層なのか……? 確かに一五階が最下層のはず……」
俺はゲーム時代の記憶を読み起こす。このダンジョンは初心者向けのレイドで確かに一五階層のダンジョンだった。そして守護者としているのは多頭竜のはず。
「わからない。とりあえず慎重に進んで行くわよ」
全員が部屋へと入ると、扉がゆっくりと閉まっていく。ズーンと音とともに扉が閉まると同時に広場に魔方陣が広がっていく。
「……っ!? 全員注意しろっ!」
一〇メートルを超える魔方陣が光を放ち、次第にそこから魔物が浮き上がってくる。
全身が岩のような背中で覆われ、体長は魔方陣と同じく一〇メートル程度。地竜を大きくしてさらに岩で身体を覆ったような魔物だ。
「……うそ、まさか……岩石竜だなんて……」
リーゼから漏れた言葉。
リーゼとマイラは身体を恐怖からか震わせている。
「まさか……Sランクの魔物が出るなんて……。勝てっこない」
二人はこの魔物の事を知っているみたいだ。
「リーゼ、マイラ。あの魔物の事を知っているのか?」
俺の言葉に恐怖で怯えていた視線がこちらに向く。
「……うん、あれは岩石竜って言って、地竜#アースドラゴン#の上位種よ。魔法も全然受け付けないし、背中はあの岩で覆われていてダメージを殆ど与えられないわ。あの魔物が外に出たら街の一つや二つ簡単に滅んじゃう……」
岩石竜……うん、そういえばいたな。ゲームの時もこのダンジョンの階層の番人をしていたっけ……。たしかあいつの倒した方は……。
――――あぁ、思い出した。俺たちからすれば途中にいるちょっとした障害物としか思っていなかったな。
「聞いてくれ。今回の戦いはアルとリーゼは殆ど役に立たない。二人はいざという時にシャルとマイラを守ってくれ」
「「うん、わかったわ」」
「それと、シャル、ナタリー、マイラはこっちにきてくれ」
俺の言葉に三人が近づいていくる。
「三人は――――――ってな感じで頼む」
「それでいいのか……?」
「トウヤ様がそう言うなら……」
「わかった。全力でやってみる」
俺の頼みに全員が頷く。
岩石竜の召喚が終わると一回り小さい魔方陣がさらに浮かび上がり、そこから四体の地竜#アースドラゴン#も現れてきた。
「よし、今だ。行くぞっ!」
俺の言葉に頷き、全員で走り出す。
俺たちの存在に気づいた岩石竜は雄叫びを上げた。その叫びに反応した地竜#アースドラゴン#が一斉にこちらを向き駆け出す。
「まずはこいつらが邪魔だな」
俺はバスターソードを右手に持ち、一気に地竜#アースドラゴン#へと駆けだしていく。そして一体に対し一振りで地竜の首を切り落としていく。
「……むちゃくちゃだ……」
リーゼの言葉が聞こえたがそんな事を言っている場合じゃない。倒した地竜#アースドラゴン#は魔石を残しゆっくりと姿を消していく。
「よし、用意はいいか。今だっ!」
俺の合図に合わせて、シャルからは風魔法、ナタリーとマイラからは最大火力の火魔法が飛んできた。
しかし、狙ったところは岩石竜の首のあたりの――地面。
地面に当たった魔法は勢いよく燃え上がり、首元を下から焼いていく。
グオオオオォォォォォ!!
悲鳴のような咆哮が広場に広がる。
「あとは……これで……『火炎竜巻』」
俺から放たれたナタリー達よりも一際大きい炎の竜巻が一気に岩流#ロックドラゴン#に襲いかかる。
広場にはただ魔物の悲鳴のような叫び声が響き渡る。
これはゲームの時も同じだった。岩石竜はあまり動きが素早くない。近づいて剣などで攻撃してくる相手に対し、尻尾や噛みつき、後、口から放つ岩の礫#つぶて#による攻撃のみだ。
だから俺たちはゲームの時は少し離れた場所からひたすら魔法を放つだけの作業を繰り返していただけ。
超級攻撃魔法#ファイヤーストーム#を数度繰り返し放ち、一〇分ほどすると岩石竜はゆっくりとその身体が消えていった。
……まさかハメ技がこの世界でも通用するなんてな……。
ゲーム時代に付けたハメ技の名前は〝BBQ〟。
バーベキューのように火魔法でガンガン燃やしちゃえ! ってことだ。
魔石を取るために近づくが、地面はあれだけ火魔法を受けても何も変化はない。ダンジョンだからだろうか。
残されたのは手のひらよりも大きな魔石が一つだけ。
「よし、これで完了っと」
俺は魔石を次元収納に仕舞い、振り返る。
「「「「「…………」」」」」
ジト目で俺のことを見ているシャル達。
「……ん? どうかしたのか……?」
俺が首を傾げると、リーゼが大きなため息を吐いた。
「……トウヤが規格外なのがよくわかったわ。まさかこんな倒し方があるなんて……なんかすごくショック……」
「私も……Sランクの魔物に絶望しそうだったのが馬鹿みたい……」
マイラも同じように大きくため息を吐いた。




