第10話
「なぁ、ブライトル。このダンジョンコアを守っているボスって知ってるか?」
俺の質問にブライトルは首を横に振る。
「最下層まで行った者は未だにいない。だからわからないんだ。いや、それはこの国限定だけどな……。他国は攻略したことがあると聞いたことがあるが、細かい情報までは回ってきていない」
そうか……。でも、もしかしたら魔物の名前でクラスがわかる可能性もある。
「なら――――多頭竜の魔物ランクは?」
俺の言葉にこの場にいた全員が目を見開いた。
そう、あのダンジョンの最下層にいるのはきっと多頭竜だろう。あれはレイドで倒すのが普通だ。しかもレイドメンバーも上位職が集まってやっと倒せるレベルだったはず。今の俺で倒せるレベルだとは思えない。
ただ、ゲームではそうだったかもしれないが、実際の世界とは異なると変わっている可能性もある。
魔法を全力で放って無理だったら逃げるしかないな……。
「トウヤ様……もしかして最下階の魔物をご存じなのですか……?」
俺が腕を組み、目を瞑り考えていると、リーゼから声がかかった。考えてみたら、俺にとってはゲームの世界と類似していたとしても、この世界の人にとっては普通の――現実でしかない。
ゲーム時代のことをこの場で話す訳にもいかないし……。
「……確証は持てないけど、ダンジョンからはアースドラゴンすら溢れ出てくる状態だ。守護者がドラゴンの上位だったとしてもおかしくない。だからそれくらい高いランクの魔物がいそうな気がするんだ。実際にはここのダンジョンにも潜ったことがないしな……」
言葉を濁しながら説明をする。
「多頭竜だとしたら、SSランクの魔物になります……。天災級だと考えてもらえれば……いや、まさかそんな……」
ブライドルも俺の言葉に表情を暗くする。この街の冒険者たちで対応できる魔物のレベルをゆうに超えているのだ。
国家戦力を持って当たらなければSランクの魔物など倒せない。それが常識でありドラゴンなどが同じ扱いをされていると聞いたことがある。
「兵士を連れてきていますが、ダンジョンの攻略となると難しいかもしれません。周囲の警戒と魔物の対応だけでしたらなんとかなりますが……」
兵士には兵士、冒険者には冒険者の領分がある。実際に訓練のために兵士もダンジョンに潜ることをあるが、レベル上げや経験を積ませるものであり、攻略に関しては疎いのかもしれない。
「わかった。ダンジョンへは少人数で潜ることにする。ダンジョン入り口を警備してもらって新しく魔物が外に出ないようにしてくれ」
俺の言葉に頷いたを確認してから話を進めていく。
ダンジョンに潜るのは、俺、シャル、アル、ナタリーの四人でいいだろう。俺の戦いに十分ついてこられる三人はいいが、他は足手まといでしかない。
三人に視線を送るとシャル達は頷いた。
「よし、シャル達は一緒に潜ってもらう。他の者はダンジョン周りに砦を築いて魔物が溢れ出さないようにしてくれ」
「そ、そんなっ⁉ 殿下たちにダンジョンへ潜らせるおつもりですかっ⁉」
俺は三人の強さを十分にわかっているが、リーゼはアルとナタリーの強さはわかっているだろうが、シャルまで強いとは知らないはずだ。
「あぁ……、リーゼは知らないか。三人とも、レベルを教えてくれ」
「私は87ですわ」
「私は89です」
「ふふ、わしは90になったのだ。こっそり魔物を倒していたから」
最後はドヤ顔のナタリーだ。
「……っ⁉︎ 本当に……? 信じられない……」
普通ならそんなレベルになっていたら伝説にでもなっていてもおかしくない。あのチートじみた経験値100倍の指輪のお陰でこのレベルになっている。普通にレベル上げしていたなら無理だろう。
唖然とするリーゼだったが、何かを思い出したのか俺の方に視線を向ける。
「三人ともそのレベルなら……トウヤ、様よりも強いんじゃ……?」
今の俺のレベルは森へ篭っていたお陰でで52まで上がっている。しかし俺のレベルはあくまで――二次職である。
一次職である回復術師、魔法術師をレベル100まで上げた事で現れた職業だ。
三人とは比べるまでもない。しかしそれを知らないリーゼからしてみたら俺の方が弱いのではと思ってしまうのだろう。
「リーゼロッテ嬢よ。トウヤはレベルで強さを判断してはダメなのじゃ。こいつは規格外だからのぉ」
納得していないようだったが、ナタリーの言葉に渋々と頷いた。
「あの……私たちも同行してもいいですか? これでもBランクの冒険者なんです。足手まといにはならないつもりですから」
リーゼがよそよそしいながらも手を挙げて声を出す。
正直足手まといにしかならない。ダンジョンならばある程度面倒を見れると思うが、ボス戦や強い魔物が出てきたらフォローできるかも正直まだわからない。
ゲームと違って一度死んだらもう生き返ることはない。
だからこそレベルを上げるのにもペースはゆっくりになる。
「正直、リーゼには拠点の管理を任せたい。ダンジョンの入り口に兵士たちを常駐させるつもりだ。シャルたちは一緒に潜ってもらうから、貴族としてその役目をしてほしい」
はっきりと言う俺の言葉に、リーゼは少し目を伏せたが、上位貴族である俺に文句を言えるはずもなく、渋々ながら頷いた。
兵士たちがダンジョンに拠点を作る準備の間、俺は宿に戻るつもりであったが……なぜか領主邸に泊まることになった。
シャルたちももちろん一緒だ。シャルたちが天幕で数日を過ごそうとしているのを知って、半ば強制的に領主邸へと誘ったのだ。
未だ領主であるリーゼの兄は戻ってきておらず、少なくなった従者たちが忙しく働いている。元々領民に人気があるのはリーゼだったからか、残っている従者も皆優秀のようでテキパキと動き回っていた。
――ダンジョンに向かうのは二日後に決定した。
ダンジョン攻略の準備のために俺も厨房を借りて次元収納に入れるだけ料理を詰め込んだ。
準備のための時間はあっという間に過ぎていき、今、兵士たちの前シャルたちと立っている。
「これから氾濫の元凶を止めるためにダンジョンへと向かう。兵士の皆はダンジョンの前に駐屯地をつくってもらい、俺たちが潜っている間に魔物が出てきたら処理を頼む。領主代理のリーゼロッテ嬢の指示に従ってくれ」
俺の言葉に揃った返事が返ってくる。
コクヨウが引く馬車に俺たちが乗り込み、その周りを警備するように兵士が囲み、ダンジョンへと出発した。
ダンジョンへと向かう途中、やはり何度も魔物と遭遇した。間引きしたとはいえ数日も経てば増えていく。
しかし鍛えられた兵士が連携して次々と魔物を殲滅#せんめつ#していく。
数人が一グループになって魔物と対峙しているのを眺めながら思わず感心する。
「よく鍛えられているな……」
「もちろんです。帝都を奪われた痛い記憶がありますからね。兵士たちもレベルアップできるように訓練方法が変わったんですよ。対人だけでなく魔物と戦うことでレベルアップできますから」
兵士たちはあくまで国を守るために対人訓練はしていたが、魔物の駆除に関してはなるべく冒険者ギルドへと依頼していた。そのお陰でレベルが揃って低かったのを考慮し、冒険者の仕事を奪わない程度に魔物と対峙する機会を増やしたらしい。
ルネット帝国内でも辺境地は冒険者が少なく、魔物の駆除が間に合わない場所も多い。そんな場所の情報を集め兵士を派兵し駆除に当たらせた。小グループに分けたことで連携の訓練にもなったし、住民からは直接感謝されることで士気も上がったとのことだ。
馬車はダンジョンへと着々と進んでいくが、探査#サーチ#は行なっている。
もし、兵士で対応できないような強い魔物が出てきたら、俺が相手をしなければならない。怪我くらいなら問題なく回復できるだろうが、死んでしまってはさすがの俺でも何もできない。
ゲームの時は蘇生魔法もあったが、賢者になった今でも使うことはできない。もしかしたら使える時がくるのかもしれないが期待はしない方がいいだろう。
もう少しでダンジョンへと到着する時、いきなり隊列が止まった。
「ダンジョンはもう少し先のはず。どうしたんだ……?」
俺の言葉と同時に馬車の扉がノックされた。
「閣下、ダンジョンの手前にですが……ジェネレート王国の兵士たちが……」
「何っ!?」
馬車に乗っている全員に緊張が走る。今は停戦しているとはいえ、あくまで敵対国である。
いくらこのダンジョンの場所がどちらの国の領地ではないことは知っていたが、こんなところで会うとは……。
「それで……あちらが責任者に会わせて欲しいと……」
兵士の言葉にシャルと視線を交わしうなずき合う。
王女であるシャルと侯爵である俺が行くのが正解であろう。
「あぁ、わかった。俺とシャルロット殿下で向かおう。アルは護衛を頼む」
兵士は「あちら側に伝えてきます」といい、敬礼をした後に駆けていった。
「それにしてもこんなところで会うなんて……」
リーゼの表情は暗い。しかも押さえているが身体が震えている。
やはり街を占拠されていた過去は消えたりしない。しかも両親はジェネレート王国の兵士によって処刑されているのだ。
ジェネレート王国から受け取った多額の賠償金から、リーゼたちの家にも支払われているだろうが、街の復興には多額の費用が必要になる。亡くなった兵士達の家族への支払いもあるだろうし、いくらあっても足りないだろう。
「大丈夫だ。俺たちがいるから」
「そうよ。私達がいるのですから」
シャルがリーゼの手を両手で優しく包み込み、微笑んだ。
「はいっ……。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
ゆっくりと進んでいた馬車も目的地についたのか停止した。
扉がゆっくりと開かれ、俺たちは馬車から下りる。
そこにはジェネレート王国の兵士が一〇〇人ほど整列して待っていた。全員が同じ形の鎧を身にまとっている。多少の敵意は感じられるものの俺は気にせずにいる。
「リーゼたちは天幕の確認をしてもらっていいか。ナタリーも一緒に頼む」
「わかったのじゃ。わしが行っても怖がられるだけじゃからのぉ」
……そういえばナタリーは〝黄昏の賢者〟として、昔から敵国にとっては宿敵だったな。
迎えにきた兵士に同行し、ジェネレート王国の駐屯地へと入る。簡易的な柵で囲んでその中で一番大きな天幕へと向かった。
「失礼します。ルネット帝国の代表者を連れてまいりました」
「入れっ」
許可が出ると、天幕の入り口を開き兵士が中へと誘導する。
天幕の中には数人の兵士と冒険者、そして――――勇者がいた。
あれは忘れもしないジェネレート王国で俺の後に召喚された勇者だ。
「これは……随分と若い代表者だな。女子供に任せるなどルネット帝国もよほど人手不足と見える」
一際豪華な鎧を着た男がニタニタと笑みを浮かべ、俺たちを一瞥する。
確かに成人しているとはいえ一〇代の俺たち三人は他国から見たら役不足に思えるかもしれない。しかし、ここに揃っているのは仮にも皇女であるシャル、公爵令嬢で近衛騎士であるアル、そして侯爵当主である俺だ。役職的には問題ないだろう。
「まぁ、ダンジョンについて話し合おうではないか。まずはそちらに座ってくれ」
俺たちは向かい合うように席に座る。アルは護衛なのでシャルの後ろに控えるような形だ。
「……二人が責任者ということでいいのだな。まずは自己紹介をしよう。私の名前は――」
見下したように自己紹介をする兵士は、ジェネレート王国の近衛騎士副団長だった。一緒に席についている冒険者たちも自己紹介をし、最後に勇者が席を立った。
「冒険者としては新人だが、実力を買われてここに参加することになった、ラルクスだ」
勇者の名前はラルクスというのか……。それなりに強いのは見て取れる。一瞬だけラルクスを視線が交差したが、気にした様子もなく席についた。
「では、そちら側も自己紹介してもらおうか」
シャルが一番に席を立つ。凜としていて、ジェネレート王国側の兵士からも息が漏れる。
「ルネット帝国皇女、シャルロット・ヴァン・ルネットです」
まさか皇女がっ!? というような間抜け顔をする副団長。
ダンジョンという危険な場所にわざわざ皇女が出てきたことに驚きを隠せないようだ。
俺の席を立ち、軽く頭を下げてから挨拶を始める。
「トウヤ・キサラギです。ルネット帝国では侯爵を仰せつかっています」
俺の言葉に副団長はまた驚愕の表情をする。どこから見ても俺は冒険者にしか見えないだろう。
「ちなみに後ろの護衛は、アルトリア・フォン・ミルダ。前近衛騎士団長の娘で、現在の近衛騎士だ」
アルは護衛なので自分で自己紹介をしないので、俺が紹介をする。俺の紹介に合わせて軽く頭を下げたアルは無表情のまま、元の姿勢に戻った。
しかしアルの紹介した時にラルクスの表情だけ一瞬固まった。
ラルクスは勇者として前線に立ち、アルの父親と一騎打ちをしたのだ。言うなれば親の敵とも言える。
アルは気づいていないが、ここは黙っておいたほうがいいだろう。
紹介が終わったので、俺は話を進めることにする。
「それでジェネレート王国の皆さんは何故ここに? っていっても氾濫についてだとわかっているが……」
俺が話を始めると、呆けていた副団長が軽く咳払いをしてから口を開く。
「まさか皇女様までおいでになるとは……。今回は我が王国でも氾濫によって領地に損害が出ている。王国としても見過ごす訳にもいかない。ダンジョンは私達王国のメンバーだけで攻略させてもらうつもりだ。ルネット帝国の皆さんには無駄足になるがこのまま引き上げてもらえればと」
あくまでジェネレート王国だけでダンジョンを攻略すると……。しかしそんなことが認められる訳がない。
「ルネット帝国としても見過ごす訳にはいきません。そのために最高戦力を持ってダンジョンに挑むつもりです。ジェネレート王国の皆さんこそお帰りになって大丈夫ですよ」
品のある声で頬を緩ませたままシャルが答えた。
「……最高戦力ねぇ……」
副団長は小声で呟き、チラッとラルクスに視線を送った後に口元を緩ませる。
「では、お互い最高戦力を整えて一グループを出すということでどうでしょう? 最大人数はお互いにお任せということで」
俺はニヤリと笑いながら副団長に提案をする。多分、この中で一番権力はあるのはきっと勇者ラルクスだろう。だが、身分を隠しているように見える。こちらには勇者という存在がいるということは知らせるつもりはないみたいだな。




