第9話
「ありがとうございます」
次の日、朝食を済ませ二人を街まで送り届けにきた。コクヨウに引かれた馬車で街中を進むと目立つため、門の入り口までとなった。
「これから数日森に籠もるから、街のことはよろしく頼む」
「はい、気をつけてくださいね……」
リーゼは寂しそうな表情をするが、すぐに手綱を引きコクヨウを駆けさせる。
ギルドハウスに戻ってから装備を調え、フェリスに留守を頼む。
「森で狩りをしてくる。夕方には戻ってくるから」
「うん……気をつけて」
バスターソードを手に持ち探査をかけて魔物の位置を確認していく。
「まずはあっちだな……」
数が集まっているところを集中して殲滅することにした。
森の中はいつ氾濫が起きてもおかしくないほどに魔物で溢れていた。四方八方から囲まれて剣だけでは手が足りず、片手で攻撃魔法を放っていく。
ゴブリンを始め、オーク、オーガ、フォレストウルフなど魔物の種類は多岐に亘った。
アースドラゴン級の魔物もいることにはいたが、数は少ない。大概の魔物がCランク以下を占めていた。
あまりの多さに疲れた俺は、大規模魔法を放つことが多くなってきた。次元収納♯ストレージ♯に仕舞っていたが、あまりの数に同種類の魔物が99になっており、いくつものアイテム欄の枠を埋めていく。
「あんまり素材を持ち帰っても、街が破産しちゃうよな……」
街をまとめているであろうリーゼとブライトルの事を考えながら、次々と魔物を見つけ殲滅する日を繰り返していった。
精神的に参る生活を送っていたが、やはりギルドハウスでゆっくり休めるのと、フェリスが話し相手になってくれたのが、俺にとっても助かった。
いくらレベルアップができる喜びがあるとはいえ、数日も同じ事を繰り返していれば疲れもくる。
七日も経つと、魔物の討伐はただの作業と化していた。サーチ&デストロイが正解かもしれない。
この森に籠もって一〇日が経ち、街に一度戻ることにする。森にいた魔物の大半は始末したと思う。完全に殲滅まで倒すつもりはもともとない。
この街にいる冒険者の仕事がなくなる可能性があったからだ。
ダンジョンまでの道のりに出る魔物をある程度始末し、フェリスを精霊石に戻してからギルドハウスを次元収納に仕舞い、コクヨウに乗って街に戻ることにした。
森を駆け抜けると久々に燦々と注ぐ太陽の光を浴びる。薄暗かった森に籠もっていたから気持ちよさを感じる。
しかし街に近づくとそこには――がっちりと陣が敷かれ、大勢の兵士がいた。
一〇〇〇人程度であろうか、いくつも天幕が張られ防御態勢が敷かれていた。兵士達はコクヨウを見ると笛を吹き始め、慌ただしく動いている。
もしかして魔物と勘違いしたのか……。
槍を持った兵士が前に出て、後ろからは弓を構える兵士が並ぶ。
当たることはないが、知らせた方がいいだろう。
コクヨウを止まらせてから下りる。俺が確認できたからか、兵士達の警戒は緩んだ。
数名の兵士が警戒しながらも前にでてきた。
「名前を聞かせてもらってもいいか。なぜ森からでてきた? 中に入るのは禁止されているはずだろう」
「名前はトウヤだ。この街の領主代理のリーゼロッテ嬢の依頼で魔物の間引きをしている」
俺の言葉に兵士たちがその場で膝をついて頭を下げた。
「……キサラギ侯爵閣下でしたか、申し訳ございません。ご案内しますのでこちらへ」
俺のことを知っているということは、帝都からの派兵か。
「あぁ、すまない。案内を頼む」
兵士の案内で一番大きな天幕に入ると、そこには皇女のシャルロットを筆頭に副騎士団長のアルトリア、筆頭宮廷魔道士のナタリー、そしてリーゼロッテもいた。マイラもリ―ゼの後ろに控えている。
しかも全員が戦闘をいつでも出来るような恰好をしており、今すぐにでも森へと突撃する勢いである。
「……みんな揃ってきたのか……」
しかし、シャルとアル、ナタリーの表情は固い。あからさまに怒っているようだ。
「……それよりもトウヤ様、何か言うことはありませんか……? この大事な時に帝都を留守にしてこの街へ来たんですよ」
「そうですよ、トウヤさん。トウヤさんがこの街にいることを知ったシャルなんて陛下の抑止も聞かずに飛び出しましたし、ナタリー様も意気揚々と同行を申し出て……。帝都は大変なことになったんですよっ! 私がどれだけ調整するのに苦労したと思っているんですかっ」
ジト目のシャルに続きアルからも苦言が飛んでくる。なんと言えばいいか。街を出るときはガウロスには事前に説明をしておいたが、三人には手紙だけ置いてきた。しかも帝都を出てから届くように従者に説明をして。
毎日のように貴族達との会談やお見合いの斡旋に疲れてきてゆっくりしたかったんだ。だからこそ行き先も言わずに。
この機嫌を取り戻すには――――。
「ごめん……。貴族達からお見合いの話ばかりが舞い込んで……。他はいらないのに毎日、毎日……。それでどうしよもなく帝都を飛び出してゆっくりしようかと……。結局今回の件に巻き込まれちゃったけどね。ねぇ、疲れたから甘い物でも……食べないかな……?」
女性の機嫌を取るにはこれしかない! 囲んでいるテーブルにいくつもの甘味を置いていく。
ショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキの三種類を人数分並べると壮観だ。
シャル、アル、ナタリーの目つきが変わった。
「……トウヤ様……」
「トウヤさん……」
「トウヤ……」
リーゼは何事かと驚いた表情をしているが、最後に人数分のフォークを取り出しておいた。
「好きなだけ、食べてくださいっ!!」
テーブルに手をつき頭を下げる。
真っ先にフォークを手に取ったのは――ナタリーだった。
「むほほっ。久しぶりの甘味なのじゃっ! わかっておるのぉ」
真っ先にショートケーキを手に取ったナタリーはフォークで切り分けて口へ運んでいく。
「これじゃっ! 相変わらず美味いのぉ……どうした? 二人とも。食べないならわしが……」
「いえっ! 私も食べます!」
「私もっ!!」
シャルとアルの二人も誘惑に負けたのかフォークを手に取り、各々ケーキを手に取り口へと運んでいく。
その姿をリーゼは唖然とした表情でただ眺めていた。
「……リーゼも食べていいよ」
「あ、はい。それでは……」
残りのフォークを手に取り、ケーキを一皿自分のところへ寄せた。見たこともない物に恐怖心があるのか、フォークで切り分けた一口サイズのケーキをジッと見つめる。そして目を瞑♯つむ♯り勢いよく口へと運んだ。
その瞬間、緊張していた表情は一気に緩んでいく。
「何ですかこれっ⁉ こんなに美味しいもの食べたことありませんっ!」
美味しいとわかったリーゼも食べるペースがあがっていく。それをうらやましそうにみていマイラにも声をかける。
「ほら、マイラも食べろよ。まだあるから」
空いている席を指差し、そこにケーキとフォークを置く。「私は護衛ですから」と遠慮していたが、渋々と席について横目でチラチラとリーゼ達に注意しながらケーキを切り分け口へと運んだ。
ケーキを食べた途端に緊張していた表情がリーゼと同じように緩んでいく。
「……美味しいです。こんなの食べたことないです……」
マイラは目の前に置いてある皿を自分の目の前にたぐり寄せ、誰にも取られないようにゆっくりと咀嚼を始めた。
……よし、これで全員陥落のはず。あとは上手く立ち回ればなんとかなるかもしれない。
天幕の隅にあった魔道具を起動しお湯を沸かし、人数分の紅茶を準備する。こんな時は貴族だからとか言ってられない。いかにして三人の機嫌を取るかが大事だから。
邪魔にならないようにカップに注いだ紅茶を置いていく。
あとは、今のうちに逃げ出せば問題ない。ゆっくりと気配を消すように天幕の出口へと向かう。
「――――トウヤ様? もしかして逃げるつもりではないですよね?」
後ろから掛かったシャルの声で歩みを止める。ゆっくりと振り向くと――――すでにケーキを食べ終えた五人の視線が俺に集まっていた。
「トウヤ様、まずはそこに座りましょうか。お話したいこともありますし。リーゼロッテ様からも色々♯・・♯と聞いておりますが、ご自分から説明が必要ですよね」
以前は控えめでおとなしい性格だったシャルも皇女の自覚が出てきたのか、凜とした佇♯たたず♯マイラで俺に視線を向けてくる。
諦めた俺はため息を一つ吐き、力なく席に座ったのだった。
◇◇◇
俺は疲れてギルドハウスのベッドに身を投げる。
あぁ、思い出したくもない。
ここまでの経過とこの街での出来事を全てシャル達に説明させられた。簡単に省略して誤魔化そうと思ったら、リーゼから的確な指摘が飛んできた。
確かにこの街で一番長く一緒にいたのはリーゼとマイラの二人かもしれない。
シャルとリーゼは意気投合し、質問の嵐となった。さすが皇族と貴族令嬢という感じだ。
全てを説明させられた後、ギルドへと説明に向かった。やはり一人で行かせてもらえず、全員を連れてギルドを目指す。
リーゼは冒険者の格好をしてたから良いが、シャルはドレスアーマー、アルも近衛騎士団用の鎧を着ている。
要するに――目立って仕方ないのだ。
女性五人を連れてギルドに入った時に受けた、あの殺気混じりの視線。カウンターにいたメイアに声を掛けるとすぐに応接室に案内された。
ブライトルもすぐに駆けつけてきたが、シャル達を紹介するとすぐにその場で膝をついて頭を下げる。
まさか皇女を連れてくるとは思っていなかったようだ。
森で倒した魔物をどうすればいいか相談だったのだが、次元収納♯ストレージ♯を開きながら仕舞ってある魔物の数を読み上げていく。
最初にブライトルが顔を引きつらせていき、次にリーゼがその表情を曇らせる。
シャル、アル、ナタリーは呆れ顔だった。
討伐して仕舞ってある魔物の数は一〇〇〇体を超えていた。もちろんこの数をギルドと領主で引き取ることとなっていたが、リーゼからも懇願の言葉が出てくる。
「……そんなに引き取ったらこの街の財政も圧迫してしまいます……」
うん、そう思っていた。Dランク程度のオーククラスが多かったが、Bランク以上の魔物も一〇〇体以上いるのだ。Bランク一体だけでも庶民が三ヶ月程度生活できる程の金額になる。
合計したらとんでもない金額になるだろう。
しかし、ここにはシャルもいる。視線を送るとすぐに頷いてくれた。
「この領地で引き取れない分は城で引き取ることにします」
シャルのこの言葉でブライトルとリーゼの表情は一気に明るくなった。しかし、今後ダンジョンの攻略を行うとさらに素材が増えることを忘れているようだ。
ダンジョンを攻略しない限り、溢れてくる魔物は止まらない。必ず攻略しなければならないのだ。
最下階にあるダンジョンコアは、ダンジョン全てを管理し、魔力を供給し、そして魔物を産み出している。
ダンジョンを攻略するには最下層の守護者の部屋に鎮座しているダンジョンコアを取り外し、ダンジョン外に持ち出す必要がある。
しかし守護者の部屋には、名前の通り守護者という名前の魔物がダンジョンコアを守っている。その魔物を倒す必要があるのだ。
俺はこのダンジョンの事を知っているかもしれない。
なぜなら、俺はゲームをしていた頃に所属していた国はジェネレート王国。そしてこの森のダンジョンは、ジェネレート北西にある森のダンジョン。すでに攻略済みのダンジョンだ。
最後のコアを守っている魔物まで覚えている。
ゲームのままならきっと最下層にいるのは――〝アイツ〟だ。




