第8話
途中従者が入室し、紅茶のお代わりや茶菓子を置いていき、今後の対応についてブライトルと二人話を続ける。
一時間程度経っただろうか、部屋がノックされ、冒険者姿に戻ったリーゼとマイラが戻ってきた。
「お待たせしました。もう行く準備はできました。すぐにでも行きましょう」
確かにこの時間だったら、森へ入ってギルドハウスを置くまでの時間はある。
席を立ち上がり、ブライトルとともに屋敷を出た。
もう、俺の素性はバレたし隠すこともないだろう。屋敷を出るとブライトルを乗せた馬車を見送る。
「トウヤ様、森までは歩きで? うちの馬車で送らせることもできますが……」
「いや、俺の馬車で行こう。目的地まで一気にいけるしな」
次元収納から馬車を取り出し、そしてコクヨウを出す。
「悪かったな、ずっと中に入っててもらって……っておいっ!」
久々に出られたのが嬉しかったのか、仕舞いっぱなしで機嫌が悪いのか俺の頭を甘噛みしてくる。
「「…………」」
しかしいきなり現れた馬車と黒曜馬を見上げ、口をパクパクさせている。
「噂程度で知っているだろ? これが俺の愛馬のコクヨウだ」
よだれのついた顔を次元収納から取り出したタオルで拭♯ぬぐ♯う。
「……噂には聞いていましたが、初めて黒曜馬を見ました……随分懐かれているんですね」
怖がってはいないが、やはり驚いたのか未だに唖然とした表情をしている。
「あぁ、ずっと一緒にいるからな。ほら、早く馬車に乗ってくれ。俺も馬車にコクヨウを繋いだら出発するから」
二人を馬車に乗るように促し、俺は馬車の金具をコクヨウに取り付ける、御者台へと上がる。
「出発するぞ。コクヨウ、頼んだ」
手綱を引くと、ゆっくりとコクヨウが進み出す。俺も御者台で身元がバレないようにフードを深く被る。
ただでさえ目立つコクヨウが街中を歩けば嫌でも噂になるだろう。他の冒険者に見られる可能性もある。できるだけ身元は隠しておきたい。
ゆっくりと街の中を進むが、やはり民衆の視線はコクヨウに集まった。普通の馬とは二回りも大きい身体。冒険者たちですら思わず後ずさるほどである。
痛い視線を浴びながら東門を出てからはスピードを上げていく。
森の中は魔物が出るとは言え、ダンジョンまでの道のりはある程度整備されており、馬車が一台通れるスペースがあるのは前回の調査でわかっている。
ゴブリン程度が出てきてもコクヨウの相手にもならない。
森には数分でたどり着き、スピードを落としながらも森の中を進んでいく。途中ゴブリンが数体道にいたが、コクヨウが蹴り飛ばしたり、踏み潰したりして進んでいった。
オークもいたが、それは俺が魔法で攻撃し、通路を確保していく。程なくして前回、アースドラゴンと戦った場所までたどり着いた。
「このまま馬車に乗っていてくれ。泊まる場所の確保をしてくる」
御者台から小窓を開けて二人に声を掛けたあと、コクヨウに馬車のことを頼み、道を広げるように魔法を放っていく。
倒れた木々はそのまま次元収納に仕舞い、木の根は土魔法を使い移動させ、地面を整備していく。
一〇分程度でギルドハウスのスペースができあがった。
軽く汗を拭い、次元収納よりギルドハウスを取り出す。
「これで大丈夫かな」
馬車へと向かいコクヨウの首をゆっくりと撫でて礼を伝えてから次元収納に戻ってもらう。
「ほら、準備が出来たから馬車から出てきていいぞ」
馬車の扉を開けると、二人が周りを警戒しながら下りてきたが、視界に入ったギルドハウスを見て、完全に口がポカーンと開いた。
「こ、こ、これは……」
「どう見ても――家ですよね……」
いつも世話になっているギルドハウス。数部屋の寝室もあるし、風呂もある。おまけに魔物も寄りつかないという優れもの。
……この世界の物ではないけど……。それは言うまい。
二人をギルドハウスの敷地内に入るように促す。馬車も次元収納に仕舞いこみ、玄関を開ける。
「ようこそ俺の〝臨時ハウス〟へ。ここで一泊してもらう予定だ」
二人をリビングに案内し、席に座らせる。まだ理解、いや納得できていないのか呆然としたままだ。キッチンでお湯を沸かし紅茶の準備をする。
宿屋暮らしが続いていたから久々にゆっくりとくつろげるなと思いつつ用意した紅茶をカップに注ぎ二人に差し出す。
「はい、紅茶。帝都でもらったのだから美味しいはず」
二人とも思考が追いつかないのかフリーズしたままだ。俺も紅茶のカップを手にとる。いい匂いが鼻を擽り、口に含むとうま味が広がっていく。
「うん、美味しい。二人も冷めないうちにどうぞ」
「……いただきます」
リーゼは冒険者の格好をしているが貴族令嬢のように紅茶を一口飲む。
「……本当に美味しい。この前、淹れてもらったのも美味しかったけど、これは格別ね。こんな美味しい茶葉をどこで……?」
「うん、美味しいよね。帝都で陛下からもらった茶葉なんだ」
「えっ……へ、陛下……?」
言葉には出さないが隣で座っているマイラは思わず吹き出しそうになっている。リーゼも顔を引きつらせ、カップに視線を落とす。
「……トウヤ、様って一体……」
「まぁ、多少人より強い冒険者だと思ってくれれば。今は冒険者としているから〝様〟はいらないよ? 他の人にもバレちゃうでしょう。ガルドとかジルにも……」
できるだけ俺の素性については隠しておきたい。むやみに貴族であることを知られても、この街で居心地が悪くなる。
ただ、出し惜しみしてこじれることはしたくないから、その時は貴族特権とやらを大いに使わしてもらうつもりだ。
「……恐れながらわかりました。では、今までと一緒でトウヤと呼ばせていただきます」
「うん、それでいいよ。あと、もう一人紹介するね、フェリスおいで」
俺の言葉に反応するかのように首から提げている石が光り、そしてフェリスが現れる。俺の後ろに立ったままリーゼとマイラを見下ろした。
「えっ……」
「ま、まさかっ……」
目を大きく開いた二人は唖然とする。その表情何度目だろう……。
「家精霊のフェリスだ。この家にいる間は掃除とかしてくれる。フェリス、ずっと石に籠もってもらって悪かったな」
「……トウヤ、寂しかった……」
「悪いな、数日間はこのギルドハウスを使う予定だから頼むな」
「うん、わかった……」
頷いたフェリスはそのまま薄くなって消えていく。
「しかも家精霊がしゃべったっ⁉」
「……信じられない……」
まぁ普通はそう思うよな。このギルドハウスに居るときは好きに話していいってフェリスには伝えてある。信用のある者しかいれるつもりもないし、この二人ならきっと大丈夫だろう。
「まぁ細かい事を気にしてたら疲れるだけだから。これから夕食の準備するからのんびりとしてて。食事を済ませたら風呂に入るといいよ」
「お風呂まで使えるんですか……」
「うん、フェリスが用意してくれるしね。後で寝室を案内するときに使い方も説明するから」
席を立ち夕食のためにキッチンへと入る。
ステーキ肉も大量にあるし、あとはスープかな。パンも帝都で大量に購入したしそれでいいだろう。
コンロに火をつけ、味付けをした肉を焼いていく。器にパンを盛り付け、スープの入った寸胴を取り出し、器に掬っていく。
キッチンには肉の焼けたいい匂いが広がっていく。
焼けた肉を食べやすいようにスライスして皿に盛り付け準備は終わった。
「出来たよ。食事はこっちにでするから来てもらえるかな」
ダイニングテーブルに用意した料理を並べていく。二人も興味があったようですぐに指示した席に座った。
並べられた料理を見て、二人は喉を鳴らす。
「まさかここまで料理も出来るなんて……。貴族なら人任せになるのが当たり前なのに……」
「貴族っていってもその前はただの冒険者だったからね。あの戦争で功績をあげたからって無理矢理叙爵されたんだし。出来れば断りたかったけど色々とあってね」
グラスにワインを注ぎながらそう答える。ガウロスから受けろといわれて受け入れたが、正解だったのかはわからない。
上級貴族になってシャルたちが婚約者になったことで、貴族から無理強いはなかったが、それでもお見合いの話は多数あった。
ただの冒険者でいたら、どうなってたんだろう……。今更考えても遅いけど。
「……もしかして貴族になりたくなかったとか……?」
「帝都で色々とあってね……。もうその話は終わりにしよう。食事が冷めちゃうから」
ワイングラスを掲げ乾杯をする。肉を一切れ口に運び味を楽しむ。うん、いい感じに焼けていて美味しい。
二人からも「美味しい」と言葉をもらえて満足する。
やはり貴族とその護衛なのか、食事姿勢も綺麗で上手に食べている。
軽く雑談をしながら食事を進めるが、主にリーゼたちの冒険者になってからの話が主となった。
アルコールが促したのか、リーゼとマイラも饒舌になり、成人した後にリーゼの希望でこっそりと冒険者となったことを話し始める。
幼い頃から周りに騎士がいたことで剣が好きだったこと。木剣を振り続けたお陰で冒険者になってからも活躍できたこと。マイラは親が領主の従者である関係で幼い頃から一緒にいたことなどを話した。
ガルドとジルとの関係についての話にもなったが、ギルドで同じ依頼を受けたことと年が近かったから意気投合し、パーティーを組むことになったこと。
ガルドがリーゼに、ジルがマイラに気があるが、立場を隠している以上色恋沙汰になるつもりもなく、上手く躱していることを話した。
ガルドとジルも可愛そうに……。
食事が済んだあとは寝室に案内する。フカフカのベッドに二人とも満足し、浴室のシャワーの使い方を説明した。すでにフェリスが湯船の用意しておいたお陰でそのまま二人は風呂に入った。
食器の片付けをし、紅茶を淹れてソファーでゆっくり座ると、フェリスも現れ俺の隣に腰かけた。
「こうして二人でゆっくりするのも久々だな……。明日から昼間は狩りをするつもりだけど、夜はここに泊まる予定だから」
「うん……わかった」
フェリスの表情は一緒にいれることが嬉しいのか少しだけ緩んでいる。
のんびりとした時間を過ごしていると、お風呂からあがった二人が戻ってきた。
「お風呂といい、ここのトイレといい……この家は一体どうなってるのっ⁉︎ 快適過ぎてここで暮らしたいくらい」
「お屋敷より快適です」
二人とも満足そうだ。この家については俺も正直よくわかっていない。あくまでゲームしていた時代のアイテムの一つしとしかわかっていないから。
「これで信用してくれるでしょ? 明日、街まで送っていくけどこれからこの家から魔物討伐をするつもり」
この家は俺が許可していない者は侵入できない。魔物も寄ってこないし、フェリスも留守を守ってくれる。俺も安心して狩りができるのだ。
「……それなんですが……。ここで待っていたらだめですか? トウヤ一人でこの森に残すのは心配ですし、私もできるだけ近くでお手伝いができれば嬉しいのですが……」
リーゼが上目遣いでお願いしてくるが、リーゼには貴族として逃げ出した領主♯兄♯の代わりをしてもらわないと困る。
「リーゼにはギルドマスターと街をまとめてもらわないと……。領主代理でしょう」
俺の言葉に眉根を寄せ、口を尖らせるが、さすがに認めるわけにもいかない。
俺の真剣な顔にリーゼは諦めたように肩を落とし大きくため息をついた。
「……そうですね。わかりました。わがまま言って申し訳ありません」
明日からのために早めに休ませ、俺も風呂に入ってから自分の寝室に入る。ベッドでのんびりとしていたら快適な柔らかさにいつのまにか眠りについていた。




