第7話
次の日。今後の方針を話し合うためにギルドに集合した。
集まったメンバーはギルドマスターのブライトル、そして補助でメイアがいる。冒険者側としてリーゼ達四人と俺。
「さっそくだが話を始めたいと思う。昨日のうちに帝都のギルドには早馬で手紙をだしてある。領主についてもこのあとに話す予定になっている」
手紙が帝都まで届いたとしても数日かかる。準備を含めてこの街にたどり着くのは早くても一〇日はかかるだろう。
今はギリギリで保っているが、いつ氾濫が起きてもおかしくない状況だ。
「正直今の戦力ではどうにもならない……」
ガルドも自分の実力を含めてわかっているようだった。
俺も今の街の戦力を知らないから積極的に発言するつもりもないが、他に誰も積極的に話す者はいない。
「応援がくるまで氾濫が起こらないことを祈るだけか……」
「住民に避難を呼びかけるとか……」
「住民への告知については出来ない。その権限は領主しかないからな。ギルドとして告知したら……まっさきに避難するのは――この街に所縁のない冒険者だろう? この街を拠点にしている冒険者であれば俺の言葉に耳を傾けてくれるだろうが、護衛でこの街を訪れているだけの冒険者に強制はできん。領主から非常事態に対しての強制依頼ならできるであろうが……」
確かにこの街で育った冒険者なら家族を守るために残る者もいるだろうが、ただこの街にいるだけなら移動すればいいだけだ。冒険者は命あってこそだし。
俺も同じだが……ブライトルに素性がバレているから逃げるわけにもいかないのはわかっている。
「明日再度打ち合わせしたい。領主からの返事もそのときに教えられるであろう」
全員が了解しその日は解散になった。終始リーゼは険しい表情をしていたが、この街で育ったようだし仕方ないと思う。
◇◇◇
次の日。同じように集まったがブライトルの表情は不機嫌そのものだった。
「あのクソ領主め。絶対に許さない! 何が『僕が自ら帝都に応援を呼びに行く』だ! 命が欲しくてこの街から逃げたいだけじゃないかっ!」
ブライトルの話では、午後に領主と会談し、現在の状況を説明し書状を書いてもらい帝都に応援を求める予定だったが、領主自ら帝都に応援を要請すると言い始め、早々に街を出てしまったらしい。数名のお供つけてゆっくりと馬車でだ。
ブライトルの言葉に俺も呆れて何も言えない……。
代替わりしたばかりとはいえ、この街に対しての愛着心など何もない俺でさえ守ろうと努力しているのに、肝心の領主がコレでは……。
「それでギルドとしてどうするんだ……?」
俺の問いかけにブライトルはチラリとリーゼに視線を送ったあとに口を開く。
「……このままでは仕方ない。領主の妹君を代理とし、衛兵を指示してもらい、俺とトウヤ殿で全体の指揮をとる」
……領主の妹はまだ残っているのか……。それにしても兄なら普通、最初に妹を逃がすのが普通ではないのか。
「しかし妹で指揮がとれるのか?」
貴族令嬢が指揮をとるなどと聞いたことがない。
「それについては……この後に話をするために屋敷へ向かうことになっている。トウヤ殿も同行して欲しい」
「――わかった。他に用事もないし、同行します」
ガルドとジルは小言を言いながら、リーゼたちと応接室を出て行く。
俺もギルドマスター室に移動し、屋敷に行くまで時間を潰してからブライトルとともに馬車で領主の屋敷へと向かった。
領主である伯爵邸は戦争の傷跡は残っているが、問題なく使用できるそうだ。
しかし従者の大半は領主とともに帝都へ向かったそうで、屋敷の中は閑散としていた。
迎えに出た従者に案内され応接室に移動すると、ブライトルと二人ソファーに座る。
「――先に伝えておく。あまり驚くなよ?」
ブライトルの言葉の意味がわからず首を傾げた時に、扉がノックされ従者が部屋に入ってきた。
その後を領主の妹――――えっ⁉
リーゼが入ってきた。後ろにはマイラもついてきている。
いつものような冒険者の格好ではなく、貴族令嬢らしいドレスを身にまとって。マイラも正装なのだろうか、白のローブを羽織っている。
リーゼは薄く化粧をしていて、冒険者の出で立ちでも十分に綺麗であったが、ドレスを身にまとった姿は凜として美しかった。
……ブライトルが言ったことはこの事か……。
俺は驚いて口をポカーンと開いてたのだろう。リーゼは俺の顔を見てクスッと笑った。
「やはり驚いてるようね。そうよ、私が領主の妹、リーゼロッテ・フォン・リトハルトよ」
「リーゼロッテ様の護衛のマイラです」
「お戯れが過ぎますな、リーゼロッテ嬢。今日は冒険者代表としてきましたので……」
「えぇ、そうね。私も今日はBランク冒険者リーゼではなく、領主代理のリーゼロッテとして対応いたしますわ」
「……ガルド達は知っているのか? リーゼが貴族でマイラが護衛だということを」
俺の言葉にリーゼは首を横に振る。
「二人は知らないわ。マイラは私の友人として説明しているの」
どうりでブライトルもギルドの時とここでの対応が違うのかと思っていたが、これで納得できた。
俺が納得してからはブライトルが今後の対策を説明していき、リーゼと意見を出し合い決めていった。
冒険者ギルドで指名依頼として数名が森の監視はしているらしい。何か動きがあれば早々に対応できるように動いているが、出来れば魔物の間引きをしたいのが本音らしい。
森の中には高ランクである魔物もいるし、一気に森の外に出てこられたら街の戦力では対応できない。
「少しでも魔物を間引きするのに何かいい方法があればいいんだが……。リーゼロッテ嬢のパーティーだけでは心許ないし。今は領主代理として街にいてもらわないと困る」
「だからといって私達より強いパーティーなど――――」
全員の視線が俺に集まる。やはりこうなるよな……。
「トウヤ殿……ご協力、お願いできないか。この街を救うために……」
ブライトルが俺に向かって頭を下げる。その態度にリーゼとマイラの二人も少しだけ驚く。
「ギルドマスター自ら頭を下げるなんて……トウヤって……」
マイラも疑問に思ったようで首を傾げる。
「トウヤ、私からもお願い。あなたの強さは私が一番わかっているわ。無理を言ってるのもよくわかってる。でも、領主代理として貴族としてこの街を守らないといけない。断られたら貴族として――あなたに命令しないといけない。でもそれはしたくない」
リーゼは俺の実力を見ているからな。でも、正直言うと命令はされたくない。それがたとえ皇帝陛下であろうと。
「リーゼロッテ嬢、トウヤ殿には貴族としての命令は――――できません」
ブライトルが静かに口を挟む。
「……貴族として、街が危機に陥っている時に限り、冒険者ギルドを通して命令できるのは条約によって結ばれているのでは?」
人為的な戦争などを除き、自然災害、魔物の氾濫などは領主が冒険者ギルドを通して命令できるのは知っている。
だけど、それは〝ただ〟の冒険者に限る。
ブライトルはそれを理解しているようだ。このままでいても仕方ない。すぐに身元はわかるだろうし……。
一度ため息をつき、リーゼを見つめる。
「――――条件はありますが、俺もこの街のために協力しましょう。同じ貴族の役目として」
ブライトルは少しだけ目を見開いたあと、笑みを浮かべた。俺の言葉に察してくれたようで改めて深々と頭を下げる。
「ご協力感謝します。――――侯爵閣下……」
「「…………えっ⁉」」
リーゼとマイラの言葉が重なった。ブライトルの予想外の言葉に呆気にとられている。
俺は陛下からいただいた侯爵の証を次元収納から取り出しテーブルに置いた。
「トウヤ・フォン・キサラギ侯爵。それが俺の正式な名前です」
俺の名前にリーゼとマイラの目はこれほどかという程見開いた。口元はワナワナと震えている。
「…………もしかして……救国の、英雄……?」
リーゼの掠れたような言葉にブライトルは大きく頷く。
正直、その名前は恥ずかしいのだが……。だからこそ身分を隠してこの街まで来たんだし。
いきなり向かいに座っているリーゼが身を乗り出して俺の手を両手で包み込んだ。
「ま、まさか……本当にっ⁉ 本当にトウヤがこの国を救ってくれた、あのキサラギ侯爵っ⁉」
「この国を救ったというのかは微妙だが、確かにキサラギ侯爵は俺だな……」
リーゼの今までの表情が嘘のようだ。いつもの様子とは違い、急に目を輝かせて興奮しているようで俺の手を離さない。手を引っ込めるつもりだったが、リーゼは力強く俺の手を握り離すつもりはないらしい。
「あ、あの……トウヤ、様……是非、この街のために手を貸してくださいませ」
今までとリーゼの変わりように俺も苦笑してしまう。
「リーゼロッテ様はキサラギ侯爵のファンですからね……」
「マイラっ!!」
マイラの言葉にリーゼは振り向いてマイラの事を睨み付ける。
「だって……ほら、現に今も手を離さないじゃないですか」
マイラの言葉でハッとして自分の手に視線を落とし、気づくと勢いよく手を離し頬は赤く染まった。
「ち、違うのよっ! あまりに驚いて手を握ってることを忘れてたのよっ!」
顔を赤くし必死に弁明するリーゼが可愛らしい。俺とブライトルは思わず笑ってしまう。
「リーゼ、いや、リーゼロッテ嬢と呼んだほうがいいかな。できるだけ俺の方でも魔物を狩らせてもらう。ただ、条件がある」
顔を引き締めたのを感じたのか、リーゼも口を結んだ。
「リーゼのままで構わない、です。いえ、是非、リーゼと呼んでください」
「わかった。条件は、俺が狩ってきた魔物の素材をギルドで引き取ってもらうことになるが、引き取れない場合は領主として買い取って欲しい。それなりに狩るつもりでいるが、もしかしたらギルドの資金が尽きる可能性もあるからな」
今、次元収納に入っている魔物だけでも相当な量がある。ギルドにいくらあるかわからないが大幅に減ることだけは確かだ。資金が尽きたら他の冒険者たちに依頼も出せなくなる可能性もある。それだけは避けたい。
「わかりました。それについては保証します。街に被害が出るよりも確実に軽微だと思いますから」
これで狩り損ということはなくなった。あとは――。
「あと、これから一〇日ほど、森に籠もって狩りをするつもりだから心配しないでくれ」
「……そんなっ⁉ 危険です。森で夜を明かすなんてっ!!」
「そうです。さすがにそれはリーゼロット様が心配を……」
「私も反対だ。危険すぎる。ギルドマスターとして認められない」
反対の意見ばかりだ。正直、森の中でギルドハウス♯家♯を出して寝ていたほうが、屋敷より安全なんだけどな……。
それを正直に言うか……。
「俺の次元収納は大きいのは知っているだろ? その中に魔物避けがついた睡眠をとれる物も入っている。だから心配しなくても……」
森の中で人目につかなければ、安心してギルドハウスを出せるし、フェリスもだせる。最近忙しくて出していないからたまには出してあげないといけないしな……。
「魔物避けがついていて魔物が寄りつかないのですよねっ⁉ それなら私がトウヤ様に同行いたしますっ!」
「リーゼロッテ様が行くなら私も行きます」
二人の言葉に思わず頭を抱えたくなる。しかしリーゼにはここに残って兵士をまとめてもらわないと困る。
「……リーゼはこの街に残って領主代理の仕事があるだろう……」
「だ、だけどっ……」
俺の言葉に思うことがあったのか口を紡ぐ。しかしそれでも諦められないようだ。
このまま納得させずに森に向かってもいいが、この三人に心配をかけ続ける訳にもいかない。
「……わかった。一泊だけ同行してくれても構わない。リーゼもそれで納得したらブライトルに説明をしてくれ」
俺の言葉がよほど嬉しかったのか、リーゼは満面笑みを浮かべる。
「わかりましたっ! すぐに用意してきますっ!」
返事をするまでもなく、勢いよく立ち上がりリーゼは部屋を出て行ってしまった。
「……すみません、トウヤ様。リーゼロット様は一直線のところもあるので……。私も用意してきますね」
マイラも頭を下げた後、部屋を退出していく。
「二人だから言葉を崩させてもらうが、そんなこと言って平気なのか……?」
ブライトルはまだ不安のようだ。泊まる場所もテント程度だと思っているんだろう。
「本当に平気だ。実証済みだしな。現にシャルロット殿下も泊まったことがある。設備に文句も言われたことないしな。その面は安心してくれ」
皇女殿下まで泊まって問題ないと言われれば、文句も言われることもないだろう。
「……わかった。リーゼロッテ嬢のことを頼んだ」
ブライトルの言葉に俺は大きく頷いた。




