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第6話


 その顔は信じられないような表情をしている。

 まぁ、この惨状を見たら誰でもそう思うかもしれない。あれだけいた魔物は全て亡骸と変わり、その中で返り血を浴びながら無傷で立っている俺。

 戦闘の途中からリーゼが戻ってきていたのはわかっていた。責任感の強そうなリーゼだからもしかしたらとは思っていたが案の定だった。


「…………うそでしょ。これを一人で……?」


 呆然としているリーゼに俺は気にせずバスターソードを地面に突き刺し、倒した魔物を次元収納(ストレージ)に詰め込んでいく。


 一〇〇体近くいた魔物も数分もしたら地面に染みこんだ血以外何もなくなった。


「そ、そんな……信じられない……」


 戦闘だけでなく、俺の次元収納(ストレージ)の容量でも驚いているようだ。


「こんなもんかな」


 魔物を次元収納(ストレージ)に詰め込む作業を終え、視線をリーゼに送る。


「あ、あなたは一体――――何者?」


 後ずさりながら不安そうな目で俺を見つめる。


「うーん、Aランクの冒険者の実力ってことかな……?」

「そ、そんなレベルじゃない。Aランクは見たことあるけどこんなに強くは……」


 実力やレベルなら他のAランクよりも強いのはわかっている。だって……俺は転職をしているのだから。

 もし、勝てないとするならば――勇者くらいかもしれない。それも未知数だけど。

 俺と同じように異世界から召喚された勇者。召喚されたときも魔物と戦闘をしていたと言っていた気がするし、この世界に召喚され、勇者としてのステータス補正もあるだろう。今までルネット帝国で実力が一番と言われていたアルの父親である騎士団長も勇者に討たれたほどだ。

 きっと厚遇を受けてさらにレベルも上がっているはず。

 いつか対峙するときまでに俺もレベルを上げる必要があるかもしれない。

 考え込んでいると、肩を軽く叩かれた。


「そんなことよりも……また来るよ?」


 俺が視線を送った先からは草木がガサガサと揺れ、そこらか魔物が顔を出す。


「う、うそ……。そんな……」


 リーゼの表情が絶望に染まっていく。あまりの恐怖で腰が抜けたようで、座ったまま後ずさっていく。

 顔を出したのはワニのような体にドラゴンの顔を持つ、体長七メートルほどのアースドラゴンだった。

 オーク達の濃厚な血の匂いに惹きつけられたようだが、肝心の魔物の亡骸はすでに俺の次元収納(ストレージ)に仕舞われている。

 アースドラゴンの視線は俺一点に向けられていた。


 オークジェネラルより上位であり、Aランクの魔物に分類される。Bランクの冒険者程度では束になっても敵わない。

 さらに新しく七体現れる。これだけの魔物がいたら街一つが簡単に蹂躙されるレベルだ。

 俺にとっては美味しい経験値稼ぎにしかならないけど。


「は、早く逃げないと……」


 立ち上がろうとするが、恐怖で腰が抜けているリーゼは上手く立ち上がれない。


「そこで待ってていい。すぐに終わらせるから」


 俺はリーゼにそう伝え、地面に刺さったバスターソードを抜き肩を乗せたままアースドラゴンに向き直る。


「いい経験値になってくれよ。俺の――転職のために」


 身体強化(ブースト)をかけ直し一気にアースドラゴンの横まで駆け抜け、首めがけ勢いよく剣を振り落とす。

 それだけの作業を八回繰り返しただけ。

 数分も経たずに首のないアースドラゴンの亡骸が八体できあがった。

 すぐに次元収納(ストレージ)に仕舞い込み、フーッと息を吐く。


「よし、今日はこれくらいでいいかな。血の匂いで魔物がよってくるかもしれないから、少し移動するぞ」


 バスターソードも次元収納(ストレージ)に仕舞い、リーゼの手を持って起き上がらせる。

 しかし下半身に力が入らないのか、そのまま俺のほうに倒れ込んできた。


「……ごめん、腰が抜けて歩けない、かも……」


 申し訳なさそうな表情をするリーゼに笑顔を向ける。こんな戦いを見たら仕方ないだろうな。シャルやアルたちも最初の俺の戦いを見て信じられないような表情をしていたのを思い出す。


「わかった。ちょっと持ち上げるね」


 左手を膝の裏側に入れ、反対の手を脇の中に入れ、そのまま持ち上げる。――お姫様抱っこだ。


 探査(サーチ)で魔物の位置を確認しながら、元来た道をゆっくりと戻ることにする。

 リーゼは俺の首に手を回すが、顔はずっと下を向いている。顔色は見えないが耳まで赤くなっていた。

 まだ森の入り口まで距離があるので一度休憩をしようとリーゼに提案をする。休憩しようと提案した理由はリーゼのお腹がきゅるると鳴ったからだが。

 恥ずかしそうに顔を赤くさせ頷くリーゼを一度下ろし、次元収納(ストレージ)からテーブルと椅子を取り出す。

 他にも市場で買ってきたパンやスープが入った寸胴を取り出して器に掬ってテーブルに並べていく。


「準備出来たぞ。食べよう」


 リーゼと向かい合って座り食事をすることにする。

 並べてある料理の種類に驚いていたが、空腹感には勝てなかったのか勢いよく平らげていく。

 食事を済ませ、紅茶を淹れたカップを差し出すと、リーゼの表情も緩んできた。


「まさか依頼中にこんな食事が味わえるなんてね……紅茶もとっても美味しいし。家のよりも……」


 帝都で取り寄せた高級茶葉なだけある。俺も紅茶の飲みながらほっと一息ついたところでリーゼに質問をする。


「聞いていいか? 毎回あんな魔物が出てきてるのか?」


 正直、Aランクのアースドラゴン、Bランクのオークジェネラルなどが溢れ出したら、このアークランドの街はいつ崩壊してもおかしくない。


「そんなことない……。今まで聞いてきたのは強くてもオークくらい。Dランク以下の魔物ばかりよ。あんな魔物なんか今まで出たなんて記憶ないわ」


 ダンジョンの魔物はそのコアを守るためのボスのランクに比例すると言われている。ダンジョンボスより強い魔物は現れないのだ。

 ということは、最低でもAランク以上の魔物がコアを守っていることが想定される。

 もしかしたらその上のSランクの魔物が守っている可能性すらある。災害級の魔物など、一つの街で守り切れるはずもない。

 それに地図で見たダンジョンの場所的に俺には気になることがある。


「これはギルドに戻って相談が必要だな。帝都に応援を要請する必要もあるかもしれない」

「うん……そうね。街を守るためなら仕方ないと思うわ」


 カップに残っている紅茶を一気に飲み尽くし、席を立つ。


「そろそろ戻ろうか。みんなも心配してるだろうし」

「そうね。……正直私たちのことは諦められていると思うけど。あれだけの魔物に囲まれて無事に帰ってくるなんて思っていないだろうし」


 テーブルや椅子を仕舞い、二人でゆっくりと森の入り口に向けて歩き出す。

 一時間程度で森を抜けたが、ガルドたちが待っていることはなかった。ギルドに報告するためにきっと街へ戻ったんだろう。

 俺たちも雑談を交わしながら街へと歩みを進める。


「それにしてもトウヤって何であんなに強いの? 回復術師(プリースト)でしょ? どこかのパーティーに入ってAランクまで上がったんじゃないの?」


 隣を歩くリーゼから質問が投げかけれらる。普通の回復術師(プリースト)はパーティーで後衛として、メンバーに支援や回復魔法をかけたりするのが普通だ。ちょっとした武器を持って自分の身を守るのが精一杯というイメージがあるらしい。


「いや、冒険者登録をしてからずっと一人かな。護衛で他のパーティーと組んだことはあるけど、討伐に関してはずっと一人でやっている」


 本当はシャルやアル、ナタリーたちと組んでいたが、皇女や近衛騎士、ましてや黄昏の賢者と一緒だったなどと言える訳がない。


「…………ありえない……。でも、だからこそあの強さなのね……」


 考え込むように俯いたリーゼの質問は街の入り口が見えたので終わることになった。

 ギルドカードを見せて門を潜りそのままギルドへと向かう。

 二人でギルドの扉を開けて中へ入ると、喧噪に満ちていたホールが一気に静まりかえった。

 全員の視線が俺たち二人に集まる。


「――何があったんだ……?」

「私にもわからないわ」


 意味がわからず首を傾げたその瞬間、冒険者たちの歓喜の声が湧き上がった。



「「「「「うおぉぉぉぉ――――!」」」」」


「二人が帰ってきたっ! 二人とも無事だっ!」

「こいつら、信じられねぇ。魔物の群れから無傷で帰ってきやがった!」

「本当によかった。リーゼちゃんがいなくなると思ったら……」

「街のアイドルが帰ってきたぞーっ!」


 受付業務の最中だったメイアも、書類を放り投げてカウンターから飛び出しいきなり抱きついてきた。


「ト、トウヤさぁぁぁぁぁんっ! 良かった。本当に帰ってきてくれてよかったっ!」


 胸に顔を埋め鳴いているメイアに思わず苦笑する。隣にいたリーゼからは冷たい視線が投げかけられる。


「ふ――ん。そうなんだ?」

「いや……違うからね? ねぇ、メイア。ギルドマスターに会える?」


 胸に埋めていた顔を離し上目遣いで大きく頷いた。


「はいっ、もちろん。今リーゼさんのパーティーメンバー達と話し合っているはずです。案内しますね」


 メイアに案内され俺とリーゼは応接室へと向かう。

 廊下にいるのにも関わらず応接室からは怒声が響き渡っていた。

 メイアがノックをし、扉を開けるとガルドがブライトルにくってかかっていた。


「だから、あの森は俺たちだけじゃもう無理だっ! リーゼとトウヤが犠牲になってやっと逃げてこれたんだ。軍を呼ばないとどうにもならないっ! ギルドマスターから領主に掛け合ってくれっ!」


「そうは言ってもな……今の領主ではきっと……ってメイアか。どうした……って⁉」


 メイアの後に視界に入った俺たちを見てブライトルが目を大きく見開いた。

 それはガルドたちも同じで、信じられないような表情をしている。


「やはり無事だったか。ガルド達から聞いたがな」

「リーゼっ! 無事だったのねっ!」


 マイラが勢いよくリーゼに抱きついた。号泣しているマイラの頭をゆっくりとそして優しく撫でた。


「トウヤのお陰で無事だったわ。言うことを聞いてくれてありがとう、マイラ……」

「帰ってくると信じてましたから……」


 リーゼはマイラを強く抱きしめた後、表情を引き締め席についた。俺も空いている席につく。


「トウヤ殿、森はどうなっている?」


 ブライトルも一番気になっていることだろう。


「正直、いつまた氾濫が起きてもおかしくない程、森は魔物で溢れてますね」

「この街の冒険者と衛兵で対応できそうか?」


 はっきり言って無理だ。リーゼ達がこの街で一番の冒険者と聞いているが、それでも実力不足といえる。アースドラゴンが出てきただけで一気に崩壊へと繋がる。

 俺はゆっくりと首を横に振った。


「オークの群れ、それを率いていたオークジェネラル。その後に出てきたのはアースドラゴンです……。正直無理でしょう」


「「「……っ⁉」」」

「まさかそんな魔物まで……」


 ガルドたちも顔は青ざめ、ブライトルは口を固く結ぶ。


「早々に帝都のギルド本部に連絡することと、この街の領主から帝都へ軍派遣の要請が必要かと」


 これが正解だと思う。そこまでしないとこの街は守れない。俺一人で出来ることなど限られているのだから。

 ブライトルも覚悟を決めたのか、大きく頷いた。


「わかった。すぐに帝都へ早馬を出そう。領主にもすぐに面会を打診する」


 俺が貴族の身分で行けばいいのだが、ここまで身分を隠してきて今更正体を明かすわけにもいかない。あまりにも聞き分けがない領主だったら貴族の身分を盾にすることもやぶさかではない。


「ここの領主は代替わりしたと聞いてるが、どうなんだ?」

「……まだ若い領主だからな。どう転ぶかわからない。ただ……いや、今日はゆっくりと休んでくれ。明日また午後にでも顔を出してもらえると助かる」


 そこでブライトルは口を閉じた。

 俺たちは応接室を後にして、ホールに併設されている酒場でテーブルを囲んだ。

 無事を祝って乾杯したいところだが、俺から話した情報でガルドたちの表情は暗い。並の冒険者ならばアースドラゴンの名前など絶望でしかないからだ。

 エールを頼み、ジョッキを軽く合わせる。


「……トウヤ、アースドラゴンって本当なのか……?」


 口を湿らせたガルドが質問をしてきた。全員の視線が俺に集まってくる。


「あぁ、今回、八体出てきた。多分、ダンジョンに近づけばもっといそうだな……」

「そんなのが街に向かってきたら……」

「今のままなら街は壊滅するな。確実に……」


 これからの事を少し話してから解散となったが、終始無言だったリーゼが気になった。

 宿へと戻りベッドへ転がり、今後の事を考える。正直今の戦力ではどうにもならない。シャルやアル、ナタリーたちがいればなんとかなると思うが、全員が帝都を離れこの街にくるのは無理だろう。

 ベッドの心地よい柔らかさに次第に眠気に襲われてくる。また明日ギルドで打ち合わせだな、と思いつつ眠りについた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 俺も紅茶の飲みながらほっと一息ついたところでリーゼに質問をする。 →俺も紅茶を飲みながら、ほっと一息ついた処でリーゼに質問をする。
[気になる点] 胸に顔を埋め鳴いている(?)メイアに思わず苦笑する。隣にいたリーゼからは冷たい視線が投げかけられる。 胸に顔を埋めて(泣)いている  では
[一言] >胸に顔を埋め鳴いているメイアに思わず苦笑する。 そうか・・・ 受付嬢って泣かずに鳴くのか・・・
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