第5話
次の日。
早めに朝食を済ませ、森の調査で宿を開けることをリビンに伝え宿を後にし待ち合わせ場所へと向かう。
到着して数分も経たずにリーゼ達も集まってきた。
「おはよう。待たせたわね。では向かいましょう」
リーゼの言葉に頷き、門を出て森へと向かう。森までは門を出てから徒歩で一時間程度。いつもなら四人で雑談でもしていたんだろうが、俺という異分子が緊張させるのか口数は少なかった。
もちろん自分で出来る範囲で探査を使い街道の近くを確認し魔物がいないことは確認しながら進んでいる。
ガルド達はあまり俺に興味はないようだが、リーゼとマイラはチラチラとこっちを伺っている様子だ。
そして横に並んだマイラが俺に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、年下だからトウヤくんって呼んでもいいよね? だめ?」
上目遣いで訪ねられると後ずさりたくなるが、構わないと伝えると笑顔になった。
「よかったー。Aランクっていうからもっと上から目線でこられちゃうのかと思ってたからさ」
「いえ、冒険者としてはまだ新人ですからね。色々あってこのランクまで上がりましたけど……」
「ふーん、そうなんだ? これからもずっと冒険者を……? それだけ高ランクならどこかの貴族様に雇われになるのもありじゃない?」
貴族に雇われか……。ある意味皇帝陛下に雇われてる気もするけど。あと、ガウロスか……。
勝手に帝都の屋敷を出てきちゃったから、シャルもアルも怒ってるんだろうなぁ……。ナタリーは甘い物が食べたいとむくれてそうだ。
その表情を思い出すと笑いがこみ上げてくる。
「帝都に屋敷があるから、どこかの街で雇われるってことはないかな……」
「そっか、この街が気に入ってくれるならここで冒険者をしてもらいたいかなーって思ったけど無理そうね」
「この街には休養で来ただけなんだ……ごめん。まさかこんな依頼を受けることになるとも思ってなかった」
俺が苦笑すると、気持ちを察してくれたのか話題を変えてくる。
「なら……今度、帝都に私たちが行った時は案内してよ。家族がいるだろうから家に泊まらせてとは言わないから」
「家族は誰もいないよ。屋敷にいるのはメイド――いやなんでもない。家は狭いから代わりにいい宿を紹介するよ」
帝都の屋敷なら何人招待しても問題ないだろうが、あくまで今は冒険者としている。このメンバーの様子を見ても帝都に行くことなど殆どないと思うが念には念を入れてごまかしたほうがいいだろう。
「……なんか怪しいな? メイドって言いそうになったよね? もしかしてトウヤくんって……貴族様の子息だったり?」
危ない……。マイラは結構鋭いのかもしれない。迂闊に情報を与えるのはもしかしたら危険かも。
「それなら一人で冒険者なんてしてないですよ。もう……家族もいませんし、残った帝都の端にある家で住んでるんです」
少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。これで勘違いしてくれればいいんだけど……。
「……そうなのね。悪いことを聞いちゃったわ。まぁこの街にいる間は私たちに頼ってねっ!」
俺の背中を軽く叩いて笑顔のマイラはリーゼの隣へ走っていく。
その後何事もなく森の入り口に到着した。休憩がてらに作戦会議が始まる。
「俺が警戒しならが先頭を進む。後をリーゼとガルト、その後ろをトウヤとマイラがついてきてくれ」
うん、基本的にはそのフォーメーションで合ってるが、探査が使える俺にとっては正直意味がない。でも、それを言ってしまうとジルの役目がなくなってしまうので口を出すことはしない。
「多少は戦えるから俺が殿をつとめるよ。これでも戦えるから」
俺は次元収納からメイスを取り出す。バスターソードを取り出してもいいが、今回はあくまで回復役とお守りだ。高ランクの魔物が出ない限りは戦うつもりはない。
探査を使うつもりだから不意打ちをかけられることもない。
ダンジョンまでは道が出来ており、案内看板まで用意されていた。この街の冒険者にとってダンジョンは必要不可欠なものみたいだ。
日々素材を集めたり討伐をして日銭を稼ぐ冒険者にとって、森への侵入を禁止されたら死活問題なのがよくわかる。護衛任務などで他の街へ行ける者は問題ないだろうが、この街の低ランク冒険者は森やダンジョンの低層で稼ぐのが主らしい。
実際に探査を使うと、森の浅い場所にも魔物が徘徊しているのを感じられた。浅い場所でこれだけいるなら、ダンジョンの近くはもっと多いかもしれない。
……ダンジョンまでの道のりの調査と言っていたが、これは相当苦労するかもしれないな……。いざとなったら本気を出すしかないか……。
出し惜しみだけはしないと心に決めて準備を整えていく。
「それじゃ、行くぞ」
ジルの言葉に全員が頷き森へと入っていく。
入って数分でジルが何かを見つけたようで、手で合図を送ってくる。
「……ゴブリンが群れてやがる。こんな浅い場所なのに……」
ゴブリンは低ランクの冒険者でも十分倒せる相手だが、数が増えてくると厄介な相手だ。しかも森ではどこから襲われるかわからない。もちろん、俺はすでに三〇を超えるゴブリンがいるのは把握している。俺たちに気づいていて隠れながら様子を伺っている。
統率がとれているから上位種もいるかもしれない。
「……もう囲まれてる。戦闘準備だ」
俺の言葉に全員がハッとし、武器を構えた。
それと同時に両側の草むらから次々と棍棒を持ったゴブリンが現れる。
「出てきたぞっ! マイラを囲むようにっ!」
ジルは短剣を両手に構え、スピードを活かしゴブリンを斬りつける。ガルドとリーゼはマイラを守るようにその場を動かず襲ってくるゴブリンを危なげなく処理をする。
マイラも風魔法を放ちながらゴブリンを退けていた。俺も負けずとメイスを振りかぶり襲ってくるゴブリンの頭を潰していく。
程なくして近くにいたゴブリン数体は逃げるように散っていった。
「最初からこれじゃ、先が思いやられるわね……」
剣にについて返り血を布で拭きながらリーゼがため息をつく。
まだゴブリンならこのメンバーなら問題ないだろうが、この先もっと強い魔物が出てくるはず。ダンジョンから溢れているのはわかっているから、最下階にいる本体を討伐しないとこの氾濫は収まらない。だからといってこのメンバーでは不安が残る。
戦闘を見ていてそれなりの実力なのはわかっているが、やはりBランク程度に収まっている。レベルも二〇台後半程度だろう。
「このまま様子を見ながら進むぞ」
ガルドの声に頷き、また警戒しながら進んでいく。数度目の戦闘が終わった時に悲鳴のような声が聞こえてきた。
「⁉ ……あれは人の悲鳴だっ」
「まさか森にっ⁉ 急がないとっ」
進む速度を一気に上げていく。四人がこの先で戦闘を行っているのを探査ですでに捉えているが、周りから魔物が次々と集まっている。
早足で向かっていると、先から一人の男がこちら側に逃げてきた。
「に、逃げろっ! ま、魔物が集まってきているっ!!」
「お前一人なのかっ⁉」
ガルドの問いかけに逃げてきた男は首を横に振った。
「四人で戦っていたが、魔物の数が増えてきて……他の奴らを置いて――逃げてきた……」
悔しそうな表情をするが、大事なのは自分の命だということだろう。
「そんなっ⁉ パーティーだろうっ⁉ 見捨てる行為をするなんて」
男の回答にリーゼも絶句する。ギリギリで保っていた戦いで一人が逃げたら、いつ崩壊してもおかしくない。
ガルドも男の胸元を掴むが、すぐに手放した。
「仕方ないだろう……。家には家族がいるんだっ! 嫁の腹の中には子供もいる。ここで死ぬ訳にもいかないんだよっ!」
男はそれだけ言い残し、森の入り口の方に逃げていった。
「……どうするんだ? どれだけ魔物が出てくるかわからない。ここは一度退くべきでは……?」
ジルの言葉にリーゼは首を横に振る。
「助けられるかもしれない。私は向かう!」
リーゼの言葉にマイラも頷いた。
「……わかった。危なくなったらすぐ逃げるぞ。それでいいか?」
「うん、ジル……ありがとう」
リーゼは俺に視線を送ってくるが、無言のまま頷きついて行くことを告げる。
「よし、行くぞっ」
俺たちは駆けるスピードを上げ、戦闘をしているだろう方向に向かう。
数分でその場までたどり着いた。
戦っていた男達三人はすでに満身創痍でいつ倒れてもおかしくない。身体中血まみれで腕が違う方向に曲がりながらも必死にあがいていた。倒したオークがあちこちに転がっているが、上位種もまだ見受けられる。
「助けにきたぞっ」
マイラが攻撃魔法を放ち、三人と魔物の距離を開けさせと、そこにガルドとリーゼが間に入り魔物と対峙する。
「トウヤは回復を頼むっ」
俺は素早く三人に上級回復魔法♯ハイヒール♯を掛けていく。
「これで大丈夫だ。動けるか……?」
男達は自分の傷が一気に治ったのを驚きながらも確認し大きく頷いた。
「助かった……ありがとう」
「礼は街まで無事に戻れたらでいい。まずは逃げるぞ」
しかし退路の道にも次々とオークが現れた。数は少ないが俺たちを逃がさないためだろう。
……絶対に上位種がいる。
そう思っているとオーク達が横にずれて、そこから一際大きいオークが三体出てきた。
「……ジェネラル級かよ……」
オークジェネラルはランクで言えばBランク相当になる。それは一体に対し、一パーティーであたる強さだ。
それが三体。しかも周りには数十体のオークの群れ。
ガルド達にも絶望感が漂ってくる。
「……どうするよ。退路はまだ数が少ない。一気に突破して逃げるしかない」
「……それじゃ、すぐに追いつかれるわ。ガルドとジルは三人を連れて逃げて。トウヤも一緒に……」
「それは……」
ガルドはリーゼの言葉に答えを出せなかった。
「――俺が残る。他は逃げてくれ」
俺の言葉に全員が絶句する。確かに回復術師が一人残ってどうするんだ? と思うだろう。
だが他の人がいたら俺が本気を出せない。
正直、これだけの魔物がいたら――――いい経験値稼ぎにしかならない。
他のメンバーは絶望的かもしれないが、俺にとっては嬉しい状況だ。思わず頬が緩む。
「そ、そんな……? うそでしょ……」
リーゼのすがる視線に目を合わせず、ガルドに向けて早く逃げるように伝える。
「――わかった。トウヤ、感謝する。幸運を祈る」
「あぁ、みんなも気をつけて。後で酒をたらふく驕ってもらうからな?」
「好きなだけ飲ませてやる! だから……死ぬんじゃねぇぞ!」
「もちろんだ、早くいけ!」
俺の言葉と同時に、一気にリーゼ達が走り出すのを見送ってから、持っていたメイスを次元収納に仕舞い、自分の武器を取り出した。
身の丈ほどのバスターソード。
肩の上に乗せ、ストレッチ代わりに首を回す。
「それにしてもこの数は……遠慮なくいかせてもらうぜっ!」
オークジェネラルに向けて一気に走り出す。俺の身体強化した身体に魔物達はついてこられない。
左手で真空弾を連発し、右手でバスターソードを振り回し、近くにいる魔物を殲滅していく。
魔物達には恐怖心はない。あくまでジェネラルの指示で俺に襲いかかってくる。
向かってくる魔物を倒しながら一気に駆け寄り、ジェネラル三体の首を刎ねていく。あとの魔物は烏合の衆だ。何も考えずに襲ってくるオーク達を蹂躙する。
どれだけ剣を振ったのだろうか。三〇分もしないうちに俺の周りに動いている魔物はいなくなっていた。
探査を使って魔物は把握していたし、まだこちらに向かってくる魔物がいることもわかっている。
それよりも、ただ……気になった事は一つだけあった。
「――――いつまでそこに隠れているんだ……?」
俺の言葉にそっと木の裏から――――リーゼが出てきた。




