第3話
……この街にきたの失敗だったかなぁ……。
ホールに出ると、受付嬢が真っ先に飛んできた。
「先程はありがとうございました。お陰で皆さんが助かりました。本当に感謝してます」
「あぁ、依頼料はきっちりギルドマスターから貰ったし問題ないですよ」
笑みを返すと受付嬢の頬は紅く染まった。
頬を染めたままお礼を言われ、逃げるように業務に戻っていく受付嬢を見送り、空いている長椅子に腰掛ける。
「……紹介してくれるところがいい宿ならいいんだけどな……」
数分だろうか、のんびりとホールにいる冒険者たちを眺めていると声をかけられた。
「トウヤ様、お待たせいたしました。宿を紹介しますので同行お願いします」
視線を送ると、ギルドマスター室に案内してくれたメイアだった。
「あぁ、頼むね」
「それでは向かいましょう」
メイアは俺より少し年上で、茶色の髪を後ろで束ね、大人っぽい美人だ。二人で話しているだけで、冒険者たちから羨望の視線が送られてくる。
メイアの後を追いギルドを出るまでその視線は続いた。
「……それにしてもあいつらの視線が……。メイアさんってもしかして人気受付嬢? 確かに綺麗ですしわかる気もするけど」
俺の素直な言葉にメイアはクスっと笑みを浮かべた。
「色々声はかけられるんですが、基本的にスルーしているんです。キリがないですしね。トウヤ様だったらいいかも?」
からかうような言葉で大人っぽい視線を送られ少しだけドキっとするが、もうすでにルネット帝国の皇女やその近衛騎士と婚約させられているし、帝都にいる貴族たちの令嬢との見合い話もある。だからこそ帝都から逃げ出してきたのだから、この街で色恋沙汰など起こすつもりもない。
メイアの後を追い、雑談をかわしながら歩いていると、一〇分程で宿へ到着した。
宿は三階建てで帝都には劣るが綺麗な佇まいをしている。看板には『深緑の憩亭』と描かれており、メイアの後を追って宿に入ると中のホールも落ち着きがあり好みとも言える。
メイアが受付に行き、カウンター越しで受付と話すと鍵を代わりに受け取っていた。
「トウヤさん、これが鍵ですね。費用の方はギルドで負担しますが、昼食と食事の際の飲み物だけは自己精算でお願いします。朝食と夕食はついてますから。あとここの女将さんです」
「トウヤです。この街にいる間、お世話になりますね」
「トウヤ様ですね。女将をしているリビンといいます。費用の件はメイアから聞きましたのでいつまでもいて構いませんからね」
リビンさんは三〇代半ばであろうか。メイアと同じ茶色の髪を後ろで束ねていて少しだけ恰幅が良い。俺に対して笑みを浮かべる。
笑顔が少しだけメイアに似ている気もするが、あえて口に出すことはしない。
メイアから部屋の鍵を受け取り、今日はゆっくりとして明日、またギルドに顔を出すことになった。
にこやかにギルドに戻っていくメイアを見送ってから俺も部屋へと向かう。鍵には三〇一と書かれたタグがぶらさがっている。三階に上ると一番奥の角部屋だった。鍵を開けて中へ入ると、想像以上に広くなっていて一人のはずなのにベッドも二つあり、ソファーまで置かれていた。浴槽はないがシャワーやトイレまで部屋に備え付けられていた。
「ギルドも奮発してくれたのかな、想像以上にいい部屋だし」
ギルドに変な期待をされても正直困るんだがな……。この街ではゆっくりとするつもりだったし、身分についても隠すつもりでいる。
ギルドマスターのブライトルにはバレてしまっているが、メイアが気づいてないということは、そこまで広めるつもりもないはずだ。簡単な依頼くらいは引き受けるつもりだが、氾濫については積極的に関わるつもりもない。
いつもの冒険者らしいローブ姿から平服に着替えてから、まずはこの街を散歩でもしようと決め、早々に部屋を出る。受付で鍵を渡し、夕飯の時間だけ聞いて宿を出る。
街は貿易をしているだけの事はあり、住民の数は中規模ながら活気がある。いくら敵国であるジェネレート王国との交易についても商人達には関係がなかったらしい。逆に停戦したことによって停滞していた交易が盛んになったのかもしれない。
キョロキョロと市場などを覗きながら歩いていると、対面からきた人と肩がぶつかった。
「あ、すみません」
咄嗟に謝罪の言葉を出すが、相手は冒険者のようで不機嫌な顔をしている。
「ったく、邪魔なんだよっ」
睨み付けてくるが、正直言って怖くもなんともない。俺よりも少しだけ年上に見えるが……。
「ガルト! やめなさいっ! 相手は一般の人よ。いくら機嫌が悪いからって住民に当たらないのっ」
「チッ。またリーゼの住民愛かよ。めんどくせぇ……」
どうやら四人組らしく、男性二人と女性二人のパーティーのようだった。全員が二〇歳前後というところか。後ろから歩いてきた三人のうちの一人の女性が俺にぶつかってきた男、ガルトを攻め立てる。一通り文句を言ったリーゼという剣士が俺に視線を向けた。
「ごめんなさいね。ちょっと色々あって気が立っているのよ」
「あぁ、構わないですよ。こっちも前を見てなかったし」
リーゼは冒険者という割には腰まで伸びたストレートの赤髪は綺麗に手入れされている。防具も素材はいい物を使っている。
冒険者というより、貴族令嬢の方が似合っている気もする。
まぁ侯爵の俺がこんな平服で歩いているから文句も言えたもんじゃないが……。
「だってよ、せっかく氾濫で儲けられるかと思ったら、森へ入るのは調査が終わるまで禁止と言われたんだぜ?」
「当たり前じゃない。変に刺激してまた氾濫が起きたらどうするの? 今回はあれだけケガ人を出してやっと止められたのに。ギルドで噂になっていた高レベルの回復術師がたまたまこなかったら、どれだけ死んでたと思っているの」
それ、俺です。でも噂になっているのか……。エリアハイヒール連発していたから仕方ないとは思っていたけど。
「そうよねぇ、何でもすごい回復術師らしいよ。私たちのパーティーに入ってくれればいいのにね」
「ふんっ、回復術師なんて、後ろで隠れているだけだろ。攻撃もできない奴なんかいらねーだろ」
ガルトと言われる男は戦士、リーゼは剣士。もう一人のチャラそうな男は盗賊♯シーフ♯っぽいな。女性はいかにも魔法使いのようでローブに杖を持っている。
「ジルもわかっていないわね。回復職がいるってことは、それだけで長く戦えるってことよ。死ぬ可能性だって少なくなるんだし」
「うるせぇな、マイラ。男だったら攻撃するのが普通だろ?」
盗賊風なのが、ジル。魔法使いはマイラっていうのか。めんどくさそうだから関わらないようにしようと心のメモにそっと書き加える。
「そこら辺にしておきなさい。ほら、この人も困っているでしょ。こんな冒険者の話をされても」
リーゼと言われた子が話を打ち切り、俺はやっと解放されることになった。ガルトは相変わらず俺を睨んでいたが気にしないことにする。
四人を見送ってから俺はのんびりと街を歩き、いい時間になったので宿へと戻ることにした。
「おかえりなさい。もうすぐ夕食の時間ですよ」
宿に戻り鍵を受け取ると、リビンから声を掛けられた。
「部屋に戻ってからすぐに戻りますね」
一度部屋へ戻り、魔法で身体を綺麗にしてから階段を下りる。シャワーも浴びたいが、それは食事の後にするつもりだ。
一階の食堂では何人かが食事をしており、俺はカウンターに座り、先にエールを頼んだ。
飲み物が届くまで他の客を見渡すが、この宿に泊まっているのは商人が多いみたいだ。もしかしたら冒険者にはこの宿は少しだけ高級なのかもしれない。
「おまちどうさま」
リビンがエールとつまみを運んできたので受け取り、軽く口をつける。
やはりこの世界の酒は基本的に温い。他からわからないように魔法で冷やしてから再度口をつける。
「うん、やっぱりこうじゃないとな」
つまみを食べながらエールを飲んでいると、食事が運ばれてきた。
「お待たせ、今日はシチューよ。パンはお代わり自由だからね」
シチューとパンが二つ、あとサラダが置かれた。
深皿には肉がゴロゴロと入ったシチューで匂いが食欲を誘う。スプーンで掬い、口に運ぶといい出汁が出ていて思わずほっとする。夢中になっていると、入り口から聞き覚えのある声が響いてきた。
「ただいまぁ、私も食事ね」
「おかえりなさい。食事を済ませたら配膳手伝ってね」
「はーい」
声の元に視線を送ると、そこにはこの宿まで案内してくれたメイアだった。
「あ、トウヤ様。ご一緒していいですか?」
「さっき、ただいまって言ってたけど、もしかして……?」
「えへへ、そうなんです。ここが私の実家ですよ。受付にいるのはお母さんです」
どうりで似ていると思った。
隣に座ったメイアは今日のギルドでの仕事が終わったらしく、ここで食事を済ませてから家の手伝いをしているとのことだった。
「そういえば、〝様〟はやめないか? ギルドでそう呼ばれてたら怪しまれると思うし……」
「うーん、それならトウヤさんでいいですか?」
「うん、それで構わない。そっちの方が気楽だしね」
エールを一口飲んで返事をするが、メイアの食事は後回しにされているらしく、なかなかこない。
「あの……トウヤさん、喉渇いちゃったから一口だけでもエールもらっていいですか?」
上目遣いでメイアに頼まれると、思わず頷いてしまった。満面の笑みを浮かべたメイアは俺のジョッキを受け取り両手で支えながら口に運ぶ。
あ、冷やしていたの忘れてた……。
一口飲んだメイアは大きく目を見開き、俺を凝視し、その後ジョッキに視線を落とす。
「……トウヤさん、これ……。冷えているとこんなに……」
冷やしたエールの美味さがわかったようだった。「ちょっと自分で持ってきます!」と言ってメイアは席を立ち、戻ってきた時には二つのエールを持ってきた。
「一杯サービスします。だから……」
メイアの期待を込めた視線にただ頷くしかなかった。
自分のジョッキに入ったエールを飲み尽くし、新しいジョッキを冷やしてからメイアに手渡す。もちろん自分の分も冷やすことにした。
ゴクゴクと口に運ぶメイアは笑顔だ。俺も自分の食事を再開する。
「あら、メイア。そんな勢いよく飲んでどうしたの?」
「ふふっ、なんでもないよ。今日はエールが美味しいだけっ」
リビンの言葉に嬉しそうに返事をするメイアに視線が俺に送られた。
「……そういう事ね。お邪魔しちゃったかな」
笑顔でメイアの前に食事を置いて去って行くリビンに思わず苦笑する。
ちょっと勘違いしてるんじゃないか……? メイアの笑顔はどうみても冷えたエールのせいだろう。
「どうしたんだろ、お母さん」
笑顔で首を傾げるメイアに頭を掻くしかなかった。
食事を済ませて部屋に戻ろうとすると、「もっと二人でゆっくりすればいいのに」とリビンから声を掛けられるが、聞かなかったことにした。
メイアには明日の朝にギルドへ顔を出すことは伝えてある。
部屋でシャワーを浴びてから早々に床につくことにした。




