第1話
今、一人でコクヨウに跨がり街道を駆けている。
「やってられねぇ……」
思わず愚痴がこぼれてしまう。
名前だけの侯爵で何も権限はないのはわかっていたのだが、厄介な事があった。
それは――――。
「侯爵閣下、是非とも我が娘も。なかなか器量も良いですし、一度お会いになりませんか?」
「陛下とガウロス様からも、シャルロット殿下とアルトリア嬢と婚姻を終わらせてから考えよと言われておりますので……」
「……そ、そうですか。それならばそれが終わってからでも、是非にっ」
「前向きに検討させてください」
「よろしくお願いいたします。今日のところはこれで……」
目の前の貴族服を着込んだ中年が応接室から席を外した。
思わず大きくため息を吐く。
後ろで控えていたメイドがお代わりの紅茶を淹れていく。
「今日って後何件面会あるんだっけ……」
「本日はこの後二件になります。明日も三件ほど面会のご予約が入っております。他にも予定を決めていない面会のご希望が来ておりますが……」
その件数に思わず、頭を抱えたくなる。
いきなり侯爵に叙爵され、他の貴族から反感を買うのかと心配していたのだが、全くの杞憂だった。
それどころか、貴族達は自分たちの娘を売り込みにくる始末である。
今までは城に住んでいたこともあって、遠慮していたらしいが、帝都内に屋敷を構えたことで、同じように帝都内に屋敷を構える貴族達からの訪問依頼が殺到していた。
さすが貴族というべきか、会話は腹黒狸ばかりで気を遣いながら会話をしているせいで気疲れが凄い。
少しの間続きそうだと執事から言われ、どうしたら逃げられるのか相談をする始末だ。
ガウロスからはシャルやアル達が婚約者になれば、他の貴族は気を遣いこんな事にならないからと言われていたんだけど全くの出鱈目だった。
「査察ということで、他の街に行ってみるのはどうでしょうか? それでしたら断る義理も立ちますでしょうし」
「――っ!? それだっ!!」
屋敷に籠もっているから来訪者が来る。いなければ問題ない。
こんな簡単な事に気づかないなんて……。
「ちょっと、商業ギルドに行ってアリスを呼んで貰えるかな?」
「はい、ただいま呼んで参ります」
メイドが一礼し、退出し従者を使い商業ギルドへと走らせる。
他の街を視察するなら、色々と街を巡っている商人のアリスに聞くのが一番いい。
戦争が終結し、調印も無事に終わってジェネレート王国の兵士達は残らず自国へと引き上げた。
第三王子も調印後、無事に自国へと引き取られ、一〇年間の休戦条約も結び終わり、多額の賠償金も支払われた。
表向きは平和が訪れ、占領されていた街は復興に励んでいる状態だ。
しかしあのジェネレート王国の腹黒たちが素直に休戦条約を守るとは思っていない。きっと何かしら仕掛けてくる可能性はある。あくまで結んだのは〝休戦〟だから。
逆に言えば戦争以外で、国が関知していないなら何をしてもいいって事だ。あのジェネレート王国ならあり得る話だ。
――油断は出来ない。あの国に――――勇者がいる限りは……。
そしてその勇者がジェネレート王国の味方をしている限りは……。
だからといって今俺に出来ることはない。
出来ることと言えば、ルネット帝国の各街を知りたい。
今までにルネット帝国内でも、リアンを始め他の街は通った程しかない。
この際、面会を断る為に各街をのんびりと旅をするのもいいかもしれない。
エルフ自治区にも行きたいし。
午後の面会も終わり、ぐったりと寛いでいるところに、頼んでいたアリスがやってきた。
「お待たせっ。って……トウヤ、かなり疲れてるねぇ……。やはり噂は本当だったんだ……?」
「おぉ、アリス。やっと来てくれたか……。それにしても噂って……?」
「トウヤ目当ての婚姻の話があちこちから出ている件」
「……それについてはもう言わないでくれ」
聞いているだけでも疲れが溜まってくる。
「それで要件って……?」
「それなんだがな――」
国内の各街を巡りたいこと。それで屋敷を不在にして面会を断りたいことを説明する。
アリスも察してくれたようで、顎に手を当てて悩むと、思いついたように手を叩いた。
「それなら、アールランドあたりに行ってみるのはどう?」
自分の鞄から大きな地図を広げ、一点を指差す。
「ここがアールランド。ジェネレート王国に近い場所だね。ここは真っ先に占領されていた街でもあって、復興は遅れているらしいんだ。ここなら名目も立つし、トウヤが冒険者としても役に立つかもしれないよ?」
貴族としてよりも冒険者として役に立つほうが俺もありがたい。
「それなら、そのアールランドへ行ってみるかな。アリスはこの後またサランディール王国へ戻るんだっけか」
「うん、そうなんだ。いつまでもフラフラしている訳にもいかないしね! わたしこう見えてもサランディール王国所属だから」
そういえば、最初の時にそう言ってたな……。
サランディール王国に行くなら、お使いでも頼むのもありかもしれない。
「アリス、サランディール王国に行くならお願いがあるんだけどいいかな? ダンブラーの街って寄る予定か?」
「うん、その街は毎回寄ってるよ。その街に何か用?」
「あぁ、それなら助かる。実はな――――」
ダンブラーの街であった出来事を話し、小袋に金貨を数枚入れてアリスに手渡す。
「確かに依頼承った! そんなに心配なら丸ごと引き取っちゃえばいいのに。今ならできるでしょ? 侯爵様」
「まぁあっちの都合もあるだろうしな。何か困っていたら助けてやってくれ」
「わかったよ! トウヤと夫婦になった仲だしねっ」
アリスのこの調子の良さには苦笑したくなるが、有能だしな。なんせ密偵だし。頼んでおけば問題ないだろう。
「そこは答えるつもりはない。依頼頼んだぞ」
「はいはーい。このアリスにお任せあれっ!」
アリスは気分良く部屋を出て行った。
「みんな元気にしているといいな……」
サランディール王国で出会った人たちを思い出しながら紅茶に口をつけた。
◇◇◇
予約が入っている面会をこなし、新しい面会予約は全て拒否し、早々に帝都を後にした。
貴族服を次元収納に保管し、冒険者の出で立ちだ。
本当はサランディール王国にも行きたいが、貴族位になったことで指名手配は近いうちに撤廃される予定だが、それを待っている時間がない。無理矢理入国したら国際問題になりそうだし。さすがに新興貴族がいきなり帝国に迷惑を掛けるわけにもいかないしな。
早朝に屋敷の従者達に挨拶をして帝都を立った。
もちろん皇帝にも伝えてある。手紙で今日従者が届ける予定になっている。
先に城に言って伝えたら、きっと帝都を出してもらえないしな。
あくまで事後報告ということになる。
帝都を出るまでは、のんびりと歩き、冒険者の振りをしながら門を潜った。
「よし、これで自由の身だ! 存分に冒険者を楽しむぞっ」
フェリスが宿っている精霊石を一撫でし、歩き始める。
少し離れた場所に移動して、コクヨウを次元収納から取り出した。
最近、大人しいと思ったていたら、また甘噛みしてくるし……。
コクヨウの涎を拭い、跨がり出発の合図をする。
「コクヨウ! 行くぞ! 目指すはアールランドだ!」
俺の合図にコクヨウは一鳴きすると駆け出していく。
気持ち良い風を受けながらアールランドへと駆けていく。
この先、アールランドで予想外の人物と会うとは知らずに――――。




