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第18話


 帝都を奪還した皇帝はすぐにルネット帝国の奪還を、国内に向けて一斉に布告した。

 早馬を走らせ、各自治領への通達。さすがというべきか、取り戻したばかりだと言うのにすぐに復興へと向けて走り出している。

 未だジェネレート王国に面している人族がメインの街は返還されてはいないが、きっと時間の問題だろう。

 すでに俺にやることはもうない。

 ――それ以上に今の状況を何とかして欲しい。

 

「ねぇ、トウヤ様。聞いてますか?」

「う、うん……。ちょっと今考え事をね……」

「そんな事を言って実は言えない事を考えていたんですよね? トウヤさん」


 俺は応接室で女性四人に囲まれていた。

 両側に座ったシャルとアルから、アリスと二人でリアンから旅していた詳細を説明しろと、しつこく聞かれているのだ。

 ナタリーは早々に懐柔することに成功した。最終兵器#ケーキ#を利用して。

 それで満足したのか、ナタリーは会話に入ることなく機嫌良く紅茶を楽しんでいる。

 しかし、シャルとアルの二人は納得がいかないらしく、ケーキを出した際に機嫌が戻ったが、皿が空になるとすぐに質問責めは再開された。

 数が限られているケーキを出した意味がなかった……。もう残りが半分ほどになっているのに。

 アリスも同席しているが、特に気にした様子もなく、俺が責められているのを笑顔で見守っている。

 お前もなんとか言えよ、と言いたい。


「――――そんな感じで帝都に侵入したんだ」


 説明をやっと終え、少し冷めた紅茶を口に含む。二人とも納得してくれたようで助かった。


「そうそう、途中の街でも帝都に入るときも――夫婦として旅したのぉ。新婚ってことにしてねっ。帝都の宿でも同室でひっそりと……ふふっ」


 確かに護衛として同行したが、依頼表を持ってなかったことで咄嗟にアリスが機転を利かせ夫婦と偽った。

 この世界に明確な婚姻制度などない。お互いが『結婚した』と言えばそれで終わりである。貴族は違うようだが……。

 笑顔で少し頬を染めながら補足してくれたアリスに感謝……なんてするわけないだろっ!

 ここでその話を持ち込んでくるのか。どう考えても火に油を注いでいるとしか思えない。

 しかも夫婦と言ったのは帝都に入る時だけだし。

 俺の両隣の空気が一瞬にして氷点下になったように感じ、シャルとアルを見比べた。

 どちらの視線も冷たい。いや、射殺すような視線に目を逸らし、笑いを堪えるように手で口を塞いでいるアリスを睨み付ける。


「――トウヤ様?」

「トウヤさん?」


 両隣から声が掛かるが、そちらを見たくない。


「――そろそろ今後の話をしようか……」


 納得してない二人に構っていたらいつまでも話は進まない。それよりも今後のジェネレート王国への対応を考えなければいけない。

 今は第三王子を捕虜としているから平気だとは思うが、街や奴隷の返還を行った後については何も保証はないのだ。


 しかも、ジェネレート王国には――勇者がいる。


 今回と同じように攻められたら同じことになるだろう。今はガウロスが臨時で近衛騎士団長を務めているが、高齢のためすぐに新しい騎士団長が必要になる。

 こんな時、俺はどうしたらいいんだろうか。

 あくまで依頼として協力はしてきたが、今ではこんな大事な仲間がここにいる。

 俺は自分の安寧の生活のために、後を全て任せることが出来るのだろうか。

 簡単に答えなどでない。でも、いつかきっと答えが必要なときがあるはず。


「聞いていますか? トウヤ様の報酬については、ゴタゴタが落ち着いてからになると、お父様が言っておられました。申し訳ないが少し待っていてくれとのことです」


 シャルの言葉に素直に頷く。今は残っている者たちだけで復興、そして今後の財政を整えるために内政官を集めている。

 幸いなことに、第三王子のラセットは自分の懐を暖めるために、宝物庫の中身については手をつけてなかった。

 自分がこの城を治めるつもりだったらしく、その時のためにジェネレート王国には虚偽の報告をし、一部だけを王国に送り、残りを自分の物にしようとしていたのが幸いだった。

 皇帝や内政官たちも、そのことに胸を撫で下ろしていた。

 復興するのに資金がなければ、何も出来ない。復興のために国民に臨時重税をかけるわけにもいかない。

 そして良かったのが、亜人の冒険者達がすぐに帝都に戻ってきてくれたことだった。

 冒険者ギルドも協力し、瓦礫の撤去も着実に進んでいる。

 帝都の復興については目安が立った。

 

「まぁ、すぐに欲しいわけでもないし、冒険者らしく依頼でも受けてくるよ」

「そんなぁ~」


 シャルとアルも冒険者登録をしているし、受けることはできるが、今の帝都の状態で冒険者などやるわけにもいかない。シャル達には復興に力を入れて貰わないとな。

 俺は皆に挨拶をし、アリスとともに城を後にする。アリスも一応商人としての立場がある以上、城に宿泊しているばかりもいられないので、商業ギルドに顔を出すようだ。

 

 城からのんびりと歩いていると、商店も開き、今までが嘘のような明るい表情をした店員が外まで出て呼び込みをしていた。

 最初に帝都に来た時は閑散としていて暗いイメージしかなかったが、奪還できたことで活気が戻っているようだ。


「やっぱりこうじゃないとな……」


 途中の屋台で串焼きを買い、食べながら歩いていると冒険者ギルドが見えてきた。

 扉を開けると、昼時だからか冒険者は少ないが、それでも皆笑顔で併設されている酒場でも活気がある声が響いている。

 受付嬢も帝都に戻ってきたのか、五人ほど席についており、人族、亜人と職員も様々のようだ。

 空いている受付嬢にギルドカードを提示し、グルシアにとりついでもらう。

 最初は怪訝な顔をされたが、俺のギルドカードを見ると途端に表情を変え、直立不動で礼をしたと思ったら、奥へと走って消えていった。

 グルシア……何言ったんだ? 後できっちりと話しておかないとな。

 数分のうちに息を切らせながら戻ってきた受付嬢に案内され、ギルドマスター室へと向かう。

 受付嬢は俺の前で緊張したように歩き、目的の部屋へつくと扉をノックした。


「ギルドマスター、トウヤ様がお見えになりました」

「おう、入ってくれ」


 返事が来ると扉を開け、部屋へと入る。この前飲んだ時と変わらないままだった。


「よくきたな。まぁそこに座れよ。あ、お前はもう戻っていいぞ」

「それでは失礼いたいします」


 部屋で二人になった途端、デスクから立ち上がり、俺の向かいに座る。


「あの時以来だな……」

「そうですね……」


 俺とグルシアの二人で考えた企みを実行した日。あの王子を捕らえた日以来の再会だ。


「あの時は助かりました。おかげでこうやって帝都は奪還できましたしね。そういえば、さっき受付でギルドカードを見せたら受付嬢の態度が一気に変わったんだが……」


 俺の質問にグルシアは口元を緩ませる。


「あぁ、多分な。受付にはトウヤがもし来るようなことがあればすぐにここに通せと言っている。このルネット帝国の〝救国の英雄〟と説明しておいたからな」


 グルシアは自分で説明しながらもクックックと笑いを堪えている。


「……なんだ? その救国の英雄って……。初めて聞いたぞ?」


 俺はあくまでガウロスの依頼で皇族を救出し、そして皇帝からの依頼で帝都の奪還に協力しただけだ。俺一人では出来ることではなく、このルネット帝国の兵士や冒険者ギルドが協力したからこそ出来たことだと思っている。


「この奪還作戦で誰が一番の功績かと言えば、誰もがトウヤの名前を挙げるだろう。国民だってこの戦いでの英雄(・・)を求めているんだ。だから丁寧に説明して、帝都にも広めておいてやったぞ」


「…………おい、帝都にもって……?」

「あぁ、情報は流している。希望があるからこそ復興も早くなるだろ? 頑張ってくれたまえ、英雄殿」


 思わず頭を抱えたくなる。もしかして帝都を普通に歩けなくなる? 


「お前っ! なんてことしてくれてるんだっ!」

「誰かが犠牲にならないといけないだろう。あのジェネレート王国#クソ共#の言う〝勇者〟のような存在がな」


 勇者……あいつと比べられるのか。

 召喚の儀で少しだけ遠目で見ただけの青年。確か、〝勇者〟と〝聖騎士〟だったか……。

 俺なんてただの〝召喚されし者〟だもんな。

 何を言わずに考え事をしていた俺の目の前に、グルシアはあの時に飲んだボトルを置いた。


「そんなに考えても仕方ないだろう? どうだ? 一杯飲んでいくか?」


 グルシアの言葉に思わず苦笑する。


「ギルドマスターがこんな時間から飲んでいいと思っているのか? さっきの受付嬢にチクってやろうか」

「おいおい、勘弁してくれよ。あいつはうるさいんだからよ。……それよりも大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だ。それよりもあの時の礼を持ってきた」


 次元収納(ストレージ)から、テーブルに置いてあるボトルと同じ物を二つ置く。


「おぉ……こ、これはっ!?」

「あぁ、世話になったしな。これくらいしか思いつかなかった」


 グルシアの表情は予想以上に歓喜に震えていた。


「こ、これをくれるのかっ!? 本当にいいんだなっ!? もう、もらったら返さないぞっ!」


 思った以上に喜んでいるのに、俺は内心ホッとする。

 正直、俺がアリスに卸した酒だから、元手も掛かっていないんだけどな。

 本人が喜んでいるなら良かったと思う。

 グルシアはテーブルに置いたボトルを大事そうに抱え、奥にある棚に並べていく。

 雑談を済ませ、挨拶の後、部屋を出たが、受付嬢の熱い視線がとても辛い。

 俺を案内してくれた受付嬢など、軽く礼を伝えたらそれだけで顔を真っ赤にしていた。

 

 まだ夕飯の時間には早いが、のんびりと帝都を歩き城へと戻った。

 城の入り口はすでに顔パスとなっており、門の両側に立っている衛兵に手を挙げて挨拶をし、そのまま通り過ぎる。

 中に入ると、メイドの一人が声を掛けてきた。


「トウヤ様、陛下がお待ちになっております。ご案内しますのでこちらへどうぞ」


 メイドの言葉に頷き、後をついて行く。

 今後の事か? それとも褒賞についてかな。今はそれどころではないのはわかっているので期待はしない。

 応接室に案内され、メイドが淹れてくれた紅茶を楽しんでいると、数分で皇帝が部屋へと入ってきた。


「トウヤ殿、待たせてすまんな。まぁそのまま座っていてくれ」


 一応、依頼は終わりあくまで皇帝と冒険者の関係上、席を立とうとしたら手で止められた。

 俺の向かいの席に座り、用意された紅茶を楽しんでいる。

 カップを置くと、俺の顔を見て頬を緩ませる。


「待たせてすまないな。褒賞の件であるが、近々に帝都奪還の祭典を開く予定だ。それに合わせて褒賞を授与するつもりだ」

「それで構いません。今も城に泊まらせてもらってますしね」


 次元収納(ストレージ)の中に入っている食事とは違うが、城で出される食事は鮮麗されており、とても満足する美味しさだった。

 しかし常にメイドがいる状態では息が詰まるのもある。

 早く屋敷を貰ってフェリスとのんびりしたいなと少し思っている。


「屋敷についてはすでに見当はついているから、授与した後にすぐに住めるようにしておく。あと、メイドも数名つけておくぞ」

「そこまでしてもらうのは……いえ、ありがたく受けさせてもらいます」


 今回の戦争で主を失ったメイドも多くいると聞いていた。失職して次の職を見つけるのはなかなか難しい。特に貴族の屋敷に勤めていたメイドなら尚更だ。


「そうして貰えると助かる。職にあぶれたメイド達を全員雇う訳にもいかないからな……」

「確かにそうですね。さすがにこの状態では税収は見込めないでしょうし」


 すでにルネット帝国内のいくつかの街から順次帰還していると情報を得ている。

 戦争で捕らえられた亜人もほとんどがその街で捕虜として収監されており、即座に解放され今まで住んでいた街へと各自帰還しているとのことだ。


「本当はトウヤ殿が街の一つでも治めてくれると助かるのだがな。この戦いではトウヤ殿の機転によって何度も助けられているしのぉ」


 リアンでの戦いについても、ガウロスから聞いていたらしく、まさに救国の英雄と何回も言われたが、恥ずかしい以外の気持ちはない。


「それについては何度もお断りしたはず。のんびりと冒険者をしていたいのですよ……」


 いくら日本での知識があるとはいえ、実際に政治に関わることなどなかった。

 あくまで普通のサラリーマンにいきなり街を治めろと言われても無理がある。そういうのは、教育を受けた者達でやってもらえれば十分だ。


「そういえば、式典は二〇日後に行われる予定だ。その日から三日間、帝都は祭りとなる。存分に楽しむといいぞ」

「わかりました。楽しみにしております」


 その言葉を残し、応接室を後にした。

 



 式典はすぐに迎えることになった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 城で出される食事は鮮麗されており、 →城で出される食事は、洗練されており、
[一言] すでに俺にやることはもうない。 →既に俺が遣る事はもう無い。
[一言] 城に宿泊しているばかりもいられないので  →城に宿泊してばかりもいられ無いので
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