第17話
しかし、その剣は――最後まで振り下ろされることはなかった。
両手を前で縛られていた少年は、一瞬にして紐を引きちぎりラセットの手首を掴んだ。
ラセットもそのような状態になったのか理解が出来ず唖然とする。
同じようにその光景を見守っていたルネット帝国の兵士も同様だった。
そしてその少年がゆっくりと口を開く。
「――――捕まえたぜ、第三王子。これで戦争は――終わりだ……」
下を向いていた少年はニヤリと笑い顔を上げた。
その少年の顔を見たシャルロット達の表情は絶望から歓喜へと変わっていく。
その顔は皇帝から直接依頼を受けていた――――トウヤだった。
◇◇◇
時は少し遡る。
「さて、どうやって帝都に忍び込むかな」
門は破壊されたとはいえ、その前にはより人数が割かれ多くの兵士が監視している状態だった。
正面突破も出来るが、今になって騒ぎなど起こしたら俺の計画が潰れる可能性もある。
少し離れた場所から城の周りを調査していくと、やはり正面が多く側面はかなり手薄な状態だ。
黒装束を身に纏い、顔を隠し一気に外壁へと近づく。
「これ上れるかな……」
外壁を見上げると高さは七、八メートル程。足やロープを引っかける場所も特になく、自力で上らなければならない。
身体強化#ブースト#を唱え、魔力を全身に回るようにしてから一気にジャンプした。
ギリギリ届くかと思っていた外壁を優に超えた。
「あぶねぇ……。想像以上だったわ」
外壁を一気に乗り越え、そのまま帝都内へと着地する。
着地の勢いで足にダメージがあったが、回復魔法を掛けてすぐに近くの路地へと身を隠した。
「あれ? ここら辺で音がしたよな? 辺りを調べろ」
数人の兵士が松明を持ちながら調べ始めたのに、見つからないようにそっと路地の奥へと進んだ。
俺の計画には一人重要な人物がいる。
協力を得られないと計画が頓挫するほど重要な人物だ。
陰に隠れ、装備を着替えた後に、剣が交差した看板を掲げている建物へと入る。
そう、冒険者ギルドに用があった。
気配を消して冒険者ギルドに入ると、深夜だからか冒険者は誰もいない。
しかし、待機の為に一人だけ受付に座ってカウンターに足を乗せ寛いでいる男がいた。
その男は俺の気配を察知してか、顔を上げると頬を緩ませ友人を出迎えるように手をあげた。
「よう、トウヤ。こんな時間にどうした? それにしても派手にやってくれたな……。あの門、――あれ、お前だろ?」
「俺はただの妻の護衛をしている冒険者ですよ? しかも回復術師#プリースト#だってことを忘れてません? グルシアさん……」
「あははっ、確かにそうだったな。すっかり忘れていたよ。まぁこんな時間に客は来ないだろう。奥で茶でも飲まないか? 本当は酒がいいんだが、一応仕事中なもんでな。まぁバレやしないが、うるさい奴がいるんだよ……まったく……」
「まぁこんな時間だし、茶でもごちそうになるよ」
俺の答えに満足したのか、手招きされ二階の一番奥にある個室へと案内された。
「ここは……?」
「あぁ、ギルドマスター室だ。ギルドマスターはいないしな。実質俺の部屋になっている。ここの方が……色々と話が出来るだろ?」
お湯を沸かし、紅茶の準備をしながら振り返って笑みを溢す。
どこから見ても何か企んでいる笑みとしか思えない。
紅茶を注ぎ、一つを俺の前に置くと、正面にどっしりと座りカップに口をつけた。
「それでどんな企みに参加させてくれるんだ……」
表情が悪徳代官のような笑みをお互いに浮かべているのかもしれない。
俺の考えも相当酷いもんだが、このグルシアならやり遂げてくれる気がする。あれだけの怪我した冒険者をこっそり匿うくらいだし、亜人に対しても忌み感を持っていないだろう。
俺の考えを伝えるのか少し悩むと、グルシアは言葉を続けた。
「まぁ、お前が何かしようとしているのは分かっている。皇帝を逃がしたのもな。だってよ、――――黒曜馬#バトルホース#が引く馬車なんて相当珍しいぜ? エブランドからの手紙がなければ、お前だと気づかなかったかもしれないけどな?」
エブランド……。どんだけ俺の情報を流しているんだよ。
でも、エブランドが信用している男だ。そして、今は目の前に座っているグルシアが今回の計画の重要な鍵だ。
グルシアじゃないと成功する確率は限りなくゼロになる。
「実はな頼みたいことがある。それは――――」
説明を終えると、さすがにグルシアでも想定外だったのか、少しだけ悩み始めた。
失敗したら自分の身も危ないし、帝都#自分#の仲間#冒険者#も危険に晒す。それでも成功した場合のリターンは大きい。
大きいというか、それで全てを終えられる程のメリットがある。
俺はそれ以上何も言わず、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。
数分だろうか、沈黙が部屋を支配していたが、グルシアがクックックと笑い始めた。
「トウヤ、お前いいよ。楽しいじゃねぇか。これが成功したら全てが終わる。そして俺は晴れて正式なギルドマスターだな」
「ギルドマスターどころか貴族になれるんじゃないか?」
俺の言葉に嫌そうな表情をして手を横に振る。
「何が楽しくて貴族なんてやらないといけないんだ。ここにいたら、一国の王と一緒だぞ? 今さら下級貴族に叙爵されても上級貴族《上》に頭を下げるなんざやりたくないわ」
グルシアのその気持ちは共感できる。俺も貴族なんかになりたいと思わない。
あくまで求めるのは――――安寧の生活だからな。
「確かに言えてるな。多少の蓄えがあって住むとこがあり、笑って美味いものを食べているのが一番いい」
「そうそう、それで美味い酒が飲めればそれでいい」
お互いに目を合わせ笑い合う。
存分に笑うとグルシアはカップを手にとり一口飲むと大きくため息を吐く。
「お前の計画に乗ってやる。勝算は…………俺次第か」
「確かにそうだな」
「人任せすぎるだろ。俺が裏切ったらすぐに終わりだぞ」
「あのエブランドが信用しているんだ。俺もしてやるよ」
俺の言葉に気分を良くしたのか、グルシアは一度立ち上がり、デスクの後ろの棚を開けた。そこから綺麗に仕上げられたガラス製のボトルとグラスを二つ出してきた。
「気分がいいからよ。ちょっと付き合えよ。どうせ帝都に忍び込んで宿なんて取ってないだろう?」
「まぁな。それにしても飲んでいいのか? 仕事中だろう」
「今も仕事をしているだろ? この国のためにドブ掃除の計画をよ」
「確かにそうだな。なら、一杯いただくよ」
グルシアが酒を注ぎ、二人でグラスを合わせた後に口に含む。
アルコールはきついものの、旨みが口の中に広がっていく。
「……旨いな。しかも見事なボトルだ」
俺の言葉に満足そうに頷くと自慢げにボトルを掲げた。
「そうだろう。これ、相当高かったんだぜ? たまたま他国からの商人が卸しているとこを見つけて買っちまったんだ。あの商人が美人だったのも良かったしな。しかもこのボトルは芸術品だ。一目惚れしてすぐに飛びついた」
グルシアはその時のことを思い出しているのか、鼻歌を鳴らしながら上機嫌にグラスを傾けていく。
いやね、正直に言うよ。その酒を卸したのは……アリスだろう。確かに見た目は美人だしな。
そして、そのアリスに卸したのは――俺だし。
この世界にはない酒、次元収納から取り出した物だし。一度、乾杯のためにアリスに飲ませてあげたら、数本卸せと脅迫されたんだ。
しかもその場で服を脱がれ下着姿でな……。二人部屋だったから俺の理性もゴリゴリと削られた。
五本ほど卸す代わりに許しもらった事を思い出しながら俺は苦笑する。
あの時は本当に怖かった……。
毎回のことだが酒と女は危険だと再認識させられた。ナタリーのよくわからない薬で意識が飛んだ前科もあるし、なおさらだ。
「あのときは一本しか買えなかったが、次に見かけたらもっと買っておくぜ」
空になったグラスにトクトクと注いでいく。
まぁグルシアなら今回の件で成功したら、二本くらい進呈してあげるのもいいかもしれないな。
二人で細かい計画を立てながら、エブランドとの昔話を聞きながら酒を楽しんだ。
◇◇◇
ラセットの手首を掴み、少しだけ力を入れると、簡単に体制を崩したところで次元収納から短剣を取り出し、首元に当てた。
少しだけ力を入れると、首に赤いラインができ、そこから薄っすらと血が滲んでいく。
「捕らえた者を全員解放しろ。そして、このルネット帝国から兵を退かせろ」
俺の言葉に目を見開いたラセットは、叫ぼうとするが、懐へ一撃を入れてそのまま黙らせる。
呆気に取られていた兵士たちは、思い出したように剣を抜き、俺へと向けてきた。
「……俺の剣が早いか、お前らが俺を仕留めるのが早いか勝負するか? 第三王子が死んだとなったら、お前たち全員どうなるんだろうな……」
兵士たちも容易に想像できたのか、悔しそうな表情を浮かべながら剣を下ろす。
「それでいい」
一言だけ言葉を返し、さらに次元収納からロープを取り出すと、捕虜役をしてもらっていた冒険者たちも次々と両手を縛っていたロープを千切っていく。
俺の側に寄ると、手渡したロープでラセットを縛り付けていく。
そのまま一人がラセットを担ぎ、五〇人いた冒険者たちは意気揚々とルネット帝国のガウロスがいる陣へと向かい歩いていく。
グルシアも上手くいったとばかりに笑顔を浮かべ、俺の肩を軽く叩き「あとは任せたぞ」と一言だけ残し、冒険者の後を追っていった。
最初からあの夜にグルシアと計画を立てた策略だった。
冒険者ギルドの地下訓練場では、怪我した冒険者達を保護していた。人族や亜人も多く、俺が回復魔法を使ったことで、助かった者も多くおり、俺たち二人の案に全員が賛同してくれた。
しかし、簡単にラセットと会うことはできない。
それが可能だったのが、中立の立場であるグルシアであった。
グルシアが城を訪れ、秘密裏に亜人の冒険者達に不穏な動きがあると伝え、同じく賛同していた冒険者たちに捕虜役の冒険者達を捕らえさせた。
本当であったら、その場で処刑をされるはずであったが、ここでグルシアがラセットに助言をする。
「ルネット帝国の兵士たちは自国民が盾にされたら攻撃は出来ない。そこで、今回捕らえた冒険者達を肉壁としておけば、容易に手を出せず、こちらが有利になると」
最初はラセットもグルシアの事を不審に思ったが、ラセットが後ろ盾になって、自分をギルドマスターに推薦してもらうという条件をつけたことで納得した。
ジェネレート王国の兵士を無駄に消費せず、自分たちが優位に立てることを力説すると、ラセットは笑みを浮かべグルシアの手を取ったのだ。
俺を含めた捕虜役の冒険者達は、冒険者ギルドの地下牢に閉じ込められ、その監視役も捕らえた側の冒険者が担うことになった。ラセットはグルシアの言葉を信じているようで、兵士の派遣はせずに冒険者同士の監視のみ。
正直、地下牢という名の簡易的な柵があるだけで、生活は同じ。
服装だけは怪我した時に着ていた冒険者達の服をわざとボロボロにし、顔には泥を塗りつけ捕虜らしさをアピールした。正直、人の血痕が付いている服を着るのは戸惑いがあったが、こればかりは仕方ないと諦めた。
あとは肉壁とさせられ、最前線に出された時に、ラセットが一人を見せしめとして処刑するようにグルシアが仕向けたのだ。
もちろんその役目は俺になっている。
ラセットも絶対的優位になることがわかっていたようで、容易に頷いた。
そして、俺の近くに来た時が勝負。
まんまと計画は上手くいったのだ。
第三王子のラセットを捕らえられたことで、指揮系統は見事なまでに乱れることになった。
王族を死亡させたなどあったら、指揮官を含め、兵士たちもどれだけの罰があるかわからない。
簡単に帝都は引き渡されることになった。
第三王子の継承権は低いが、第一、第二王子ともに、王妃似であったが、第三王子だけは国王に似ていた事で特に国王から可愛がられていたのだ。
今回の役目を完遂し、功績により継承権を上げようという現国王の画策もあった程だった。
ジェネレート王国の兵士が全員、帝都から退き、リアンからきたルネット帝国の兵士がそのまま門の前で駐屯地を設営することになった。
数キロ離れた場所に、ジェネレート王国の駐屯地が設営され、ここからが交渉となる。
俺たちの要望は『占領した街の解放、そして全軍の撤退。補償金の支払い。奴隷にしたルネット帝国の国民の返却』となっている。
しかし、指揮官達だけではその結論が出せるはずもなく、ラセットに手紙を書かせることにした。
「おい、手紙の書く内容はわかっているんだよな?」
俺の言葉に、悔しそうにしながらも筆を走らせていく。
今は城の地下牢で、俺だけが牢越しでラセットと話している。
皇族が軟禁されていた同じ状態で、粗末な服装に壁から出た鎖が足枷と繋がっている。
「な、なんで……王族の私がこんな格好をして牢に閉じ込められなければいけないのだ……」
顔を歪めながらも、俺に言われた通りに手紙を書いていく。
書き終えた手紙を読み返し問題がないことを確認してから、扉の外で待機していた兵士に代わってもらい地下牢を後にする。
兵士に声を掛け応接室に案内されると、皇帝を含めた皇族、そしてガウロスがすでにいた。
空いている席に座り、先程ラセットに書かせた手紙をテーブルに置く。
「ラセットに国に送る手紙を書かせました。これで大丈夫かと」
皇帝はその手紙の内容を確認し、ガウロスと目を合わせ大きく頷いてから笑みを浮かべる。
「トウヤ殿、見事だ。ここまで無傷で帝都を奪還できるなど考えてもいなかった。本当に感謝する。そして依頼の完遂を認めよう」
皇帝の言葉に俺も頷く。
「後の事は任せました。報酬の件、お願いしますね」
俺は席を立ち一度礼をしてから応接室を出た。
これでやっと自由の身になれる。すぐに報酬が貰える状況とは思っていない。帝都を奪還してまだ数日しか経っていないのだから仕方ないと思っている。
今は城の中の客室を利用させてもらっているが、そのうち帝都の宿に泊まるつもりだ。
あとはこの世界の人たちに頑張ってもらうのが一番だろう。
あくまで俺はこの世界では――――異物だから――。




