第15話
「それで……他には……?」
「うむ、その二つの職業を持つ者が現われた時、何があろうとその手を必ず取り手助けをしろとな。それは必ず国のためになると……。これは代々の皇帝が言い伝えられている言葉だ」
「もし……その手を取らなかったら……?」
「あぁ、もし敵対した場合は、確実に国は――――滅びると。それくらいかな」
想像以上に賢者という職業は重いらしい。
「二人とも聞いたな。忘れるでないぞ」
皇帝の言葉に皇太子とシャルは頷く。
「大丈夫です。わたしはトウヤ様から離れるつもりもありませんし、敵対することはぜっ――たいにないですからっ! これで賢#・#者#・#のトウヤ様は問題ありませんねっ!」
シャルのどや顔の答えに、俺は思わず額に手を当て、天を見上げる。
こいつは天然なのか!? ナタリーの言葉も止めたのに、全く意味がないよね?
ナタリーは止められたけど、シャルの暴露は予想外だ。
「――――やはりそうでしたか……。賢者、トウヤ殿。改めてわたしの依頼を頼む」
皇帝が俺に向かって頭を深々と下げた。
その姿にガウロスや皇太子は驚きの表情をする。
「陛下っ!? そんな皇帝である陛下が頭を下げてはいけません」
「ガウロス、いいのだ。今、わたし達に必要なのは、わたしではない。目の前にいるトウヤ殿なのだ。トウヤ殿がいなかったら帝都を無事に脱出することも不可能だった」
焦るガウロスを皇帝が手で制す。
「……そうだとしても……」
「ガウロス、そこまでにしておくのじゃ」
今まであまり口を挟まなかったナタリーまで入ってきた。
「わしや、シャル、アルも含めて三人でトウヤの嫁になれば何も問題あるまい。わしはすでに嫁になる準備はできておるのじゃ」
いや、ナタリー……お前が一番わかってないよ? あれだけ拒否したよね? あくまで依頼として受けて、結婚については答えなど出したつもりはない。
「そうなのか……。それならわたしも安心できるな……。トウヤ殿よろしく頼む」
なんか外堀が埋められていく気がする。このまま逃げ出したい。どこか誰も知り合いがいない国へ逃亡してフェリスとのんびりと暮らす。
まぁ、そのうち嫁は欲しいけど……。
「ちょっと、それずるいですよっ! わたしもトウヤの妻になりたいっ! ナタリーおばあちゃ……お姉ちゃんよりもわたしのほうがトウヤは好みの筈だし」
アリスが手を挙げて会話に入ってきた。そしてなぜか自分のプロポーションを見せつけてくる。
なんだかもう収集がつかなくなりそう……。
「トウヤ殿はそこまで……。さすがと言うか……」
「まぁ、そんなに大勢でも平気なんて……」
皇帝や皇妃まで頷いて勘違いしている気がする。皇妃は頬に手を当て紅くなっているし。
そんな空気を壊すかのようにフェリスが隣に現われた。
「トウヤ、お風呂の準備できたよ……」
俺の唯一の癒やし、助かった……。ここは話の方向を変えていかなければ。
「陛下、湯浴みの準備もできましたし、ゆっくりとお寛ぎください。案内しますので」
それからはガウロスに仕えているメイド達が皇族を次々と案内し、部屋で休ませることになった。
しかしガウロスもこの屋敷に泊まることになり、俺も同じ屋根の下にいるのは嫌なので、屋敷の横にギルドハウス#家#を取り出し、そこで泊まることにした。
……それにしても……。
「いいじゃないですかっ! 三人も四人も変わりませんよっ!」
「わたしが正妻ですし、エルフ枠はすでにナタリー様で埋まっていますから!」
「シャル、一度皆さんで話し合いましょう」
シャル達は屋敷の方に泊まると思っていたら、全員がギルドハウス#家#に押しかけてきた。
今、リビングではシャル、アル、ナタリー、アリスの四人の舌戦が行われている。
フェリスとゆっくりとするつもりが、アリスが参戦したことにより言い合いとなった。
――その前に誰とも結婚するなんて言ってないんだけどな……。
あくまで依頼で受けているだけなのに……。
四人の話し合いは終わりそうもないので、俺はこっそりと気配を消しながらリビングを後にする。
寝室に入ってフェリスを呼ぶとすぐに姿を現す。
「トウヤ、何か……?」
「フェリス、この部屋の鍵って閉めておける?」
「許可がない限り開かないようにできる」
「そうして。少し寝るよ。おやすみ、フェリス」
「トウヤ、おやすみなさい」
俺はフェリスの言葉に安心し、ベッドで意識を飛ばした。
◇◇◇
皇帝という旗印を得たルネット帝国の兵士達はすぐに拠点へと集まった。
集まった兵士の帝都を取り戻そうとする意識は強い。
すぐに兵が再編され、準備出来次第、帝都奪還に向けて兵を進める準備がされた。
「ねぇねぇ、トウヤ。陛下からの依頼どうやってこなすの……?」
戦争による奪還は決まっていたが、俺にはそれよりも心配事があった。
「……基本的な戦争について俺は参加しない。冒険者として戦争に加担することはない」
これは俺の意思だ。片足突っ込んでいる状態ではあるが、俺は戦争というものを忌みしている。
それは日本で生まれ育った俺の価値観からだ。
たとえ、今はトウヤとしてゲームキャラで召喚されたとはいえ、心の中までは変えられない。
戦闘で人の命を奪ったことはもう数え切れない。そこに後悔は……ない。
でも、戦争は違う。
だから俺は俺なりの考えで行動し、皇帝から依頼を請けた〝帝都奪還〟という難易度の高すぎる依頼を完遂させるつもりだ。
「アリス、先に言っておく。皆との同行はするつもりはない。俺は一足先に帝都に戻るつもりだ」
「そんな事言ったって、あれだけ帝都で暴れたんだもん。普通に中に入れる訳ないよ?」
「そこら辺は気にしなくていい。どんな手を使ってでも帝都に侵入してみせるさ」
俺のステータスなら外壁など、簡単に越せるはず。
あとは――。
脳内で計画を練っていく。
自分の考えをまとめた後に、ガウロスと個別に話し、俺の計画を説明した。
「トウヤはそこまでやるのか……」
「あぁ、帝都を奪還するだけなら簡単だ。でも、それだけでは意味がない。俺が求めているのは――――」
ガウロスを納得させた後、俺は一人で闇夜へと消えることにした。
◇◇◇
帝都奪還に向けたルネット帝国の兵士達は皇帝を旗印とし、堂々と帝都に向けて進行が始まった。
それはすぐに帝都周辺を偵察しているジェネレート王国の兵士を通じて、帝都を治めている第三王子にもすぐに情報は伝わった。
着実に帝都へ進み、残りの距離はわずかとなった。
「トウヤ様は一体どこに消えたの……」
天幕でシャルが呟いた。
中ではシャルロット、アルトリア、ナタリー、アリスが寝食を共にし、帝都への進行に同行している。
「シャル、トウヤは逃げるような男ではない。きっとまたとんでもないことを企んでるはずじゃ」
「私もそう思います。トウヤさんならきっと何とかしてくれるはずです」
三人の会話に入ることなく、アリスは沈黙を続けた。
アリスはトウヤが帝都に侵入していることを知っている。
この計画については、トウヤ、ガウロス、アリスの三人しか知らないのであった。
当初、トウヤから説明された計画は、ガウロスの表情を曇らせるものであった。
それだけ失敗した時のリスクは高い。
しかも、成功する可能性すら低い、ハイリスクハイリターンな計画であった。
それでもトウヤの熱意にガウロスは首を縦に振った。
賢者という称号に賭けたのかもしれなかった。
(成功すればいいんだけど……。三人には黙っておけって、わたしを何だと思っているんだか……)
アリスは心の中でぼやきながら、三人の会話を聞いていく。
「敵など、わしの魔法で全部吹っ飛ばしてやれば終わりじゃ」
「ナタリー様、どれだけ相手の兵士がいると思っているんですかっ! 全員を相手にするなんて魔力量が持ちませんよっ」
胸を張って言い張るナタリーをシャルが止める。
実際に帝都に集結しているジェネレート王国の兵士を全員相手するには、威力も魔力量も足りてなかった。
いくらレベル的に勝っていたとしても、人の魔力量には限度がある。
トウヤの賢者という称号による、威力増大と消費量半減、そしてレベル一〇〇までの職業を繰り返したことによる、大幅なステータスがあるこそ出来ることなのだ。
「うむむ。仕方ないのぉ……」
ナタリーも自分の限界を理解しているようで、無理に話を続けることはなかった。
ジェネレート王国の兵士たちは、帝都にとどまっているわけではなかった。
帝都まで残り一日の距離に拠点を構え、ルネット帝国の兵士たちを待ち構えていた。
「やはり待ち構えていたか……」
ガウロスは屋敷にしまい込んでいた近衛騎士団長時の鎧を纏い、ジェネレート王国の兵士たちを見据える。
お互いの距離は二キロ程、戦闘が始まったら後には引けない距離である。
互いに陣を組み、司令官の命令を待つばかりであった。
ルネット帝国の兵士はリアンの守備にいくらかの兵を残し、全軍駆り出されている。
エルフ自治区からも援軍が訪れ、その数は二〇〇〇人まで膨れ上がった。
しかしながら、ジェネレート王国の滞在している兵士たちはそれ以上だと情報を得ていた。
だが、ガウロスは勝利を確信している。獣人として肉体的に優れているのを理解し、現役時代に最前線に赴き、長年に渡りジェネレート王国の兵士たちを退けていたからであった。
ガウロスは先頭に立ち、ジェネレート王国の兵士に向かい叫ぶ。
「我が名はガウロス・フォン・ミルダ。前近衛騎士団長として宿敵、ジェネレート王国の兵士たち#オマエら#を淘汰するものだ! 攻撃開始っ!」
ガウロスの合図に、徐々にお互いの距離が近づいていく。残りが僅かとなると、ジェネレート王国の兵士が一気に駆け出した。
「今だっ! 魔法を放て!」
ガウロスの言葉に応援にきた耳長族#エルフ#や、魔法に長けた者が最前線に立ち、魔法を詠唱を始め、次々と攻撃魔法を放っていく。
風魔法、火魔法が津波の如くジェネレート王国の兵士を襲っていく。
シャルロットやナタリーも一番先頭に立ち、攻撃魔法を放つ。
ジェネレート王国の兵士の魔法を放てる者は少なかったらしく、怒涛の如く襲いかかってくる魔法に混乱を極めた
中でも二人の攻撃魔法の威力はレベルを反映したかのように強力であり、人より多い魔力量を活かし次々と放つ。
「よし、攻撃開始だっ!」
ガウロスの合図で、シャルロット達を含めた魔法部隊が下がり、歩兵が割れ、後ろから騎馬隊が一気に混乱した兵士達に突っ込んでいく。
怒声が響き渡り、騎馬隊がジェネレート王国の兵士達を次々と蹂躙していく。
歴戦の猛者であり、司令官としてもガウロスは優秀であった。だからこそ長年に亘りルネット帝国の近衛騎士団長としての地位にいたのだ。
もともと個々の戦力としてはジェネレート王国よりルネット帝国の方が強い。しかも司令官まで優秀であったが、あくまでルネット帝国が負けたのは勇者、ただ一人がいたからだった。
勇者が近衛騎士団長であったガウロスの息子のガレットを討ち、最前線に立ち、敵陣を切り開いたからである。
だからこそ勇者のいない敵兵など烏合の衆でしかなかった。
一刻もしないうちに戦果は明白であり、ジェネレート王国の兵士は逃げるように帝都へと退却していく。
本当であったら、追い討ちをかけ、そのまま帝都まで攻め込みたいと思っていたガウロスであったが、自陣の最後方には旗印である皇帝がいる。それを放置して行くほどガウロスは愚かではない。
着実に戦力を残し、策を練り勝利へと向かっていく。
ジェネレート王国の兵士の死骸の山を前にルネット帝国の兵士達は勝利の雄叫びをあげた。
求めていた勝利がやっと手に入ったのだ。街を占領され、亜人は奴隷として捕らえられ、逆らう者はその場で殺された。
今戦っていた兵士達の家族、親戚、友人と多くを失った者は数多くいた。だからこそ、この勝利に出せる限りの雄叫びをあげたのだ。
だが、ガウロスが求めているのはこの一勝ではない。帝都の奪還、そして占領された街の解放。
今まで培っていたルネット帝国の平和。人族、亜人が手を取り合って繁栄させていた国を取り戻すために、老体に鞭を打ち前線に立っているのだ。
勝利に終わった兵士達はすぐに怪我人の手当てを行った。ただ、それだけではない。
ジェネレート王国の兵士でも、息がある怪我人は手当てをし、武器を捨てさせ捕虜として同行させた。もちろん食事も支給している。
これはガウロスの信念であった。
『戦争は上の意思である。末端の兵士に責任はない』
その信念は過去から続いていた。ガウロスも前の近衛騎士団長より引き継ぐ際に言い伝えられていた。
それは指揮官から兵士へと浸透し、ルネット帝国の兵士達も同じ思想を持っていた。
ルネット帝国の進軍は着実と進み、すでに帝都を目の前にしていた。
門の前にはジェネレート王国の兵士が隊列を組んでいる。
しかし、ガウロス達の視線は一点に集中していた。
兵士たちなど視界にも入らなかった。
「あの……門はなん、だ……?」
過去に見たこともない程に破壊され、瓦礫の山となっていた。




