第13話
想定されたことを考えながら咄嗟に探査を使う。
この家の周りを囲うように、いくつかの気配が感じられる。そして、その方向を地下に向けた。
探査魔法で地下を調べるのは難しいのだが、方向性を一方向に向けることによってなんとか可能なのだ。
――地下に多くの人がいる。二〇人近く? この時間に何故?
俺はフェリスを見て大きく頷いた。
「ありがとう、フェリス。おかげで助かったよ」
フェリスは少しだけ微笑み頷くと、また精霊石に吸い込まれるように消えていった。
お手洗いから出た俺は気にすることもなく、リビングへと戻った。
「トウヤ、遅いよっ」
「あぁ、悪い。ちょっと考え事していた」
「それでは出発しましょうか」
この家にいた男が促すように立ち上がる。
「いや、ちょっと待ってください」
そこでもう一度、俺が待ったをかける。時間が押しているのか男の表情に曇りが見えた。
俺は立ち上がり、皇帝の横に立つ。
「少し計画を変更してもいいですかね? 地下通路ではなく、ここから普通に馬車で逃げるとか?」
俺が突拍子もない計画変更に、皇帝を含め全員が唖然とする。
「ちょっと待ってくれ。今更計画の変更など出来るわけがないっ! そのために安全な地下通路なのだっ」
男から俺に向かって少しだけ殺気が漏れてくる。男の周りで膝をついていた連中も同じように俺に向かって敵意が垣間見える。
「トウヤ、何言ってるの? ここまで成功しているのに、今更変更するなんて……」
アリスですら俺の案に疑問なようだ。
「俺の受けている依頼は、皇族を無事に帝都から脱出させ、無事に送り届けることだ」
「だったら尚更! ただでさえ時間が惜しいのにっ」
激高する男に俺は視線を送る。
「なら……なぜ、奥の部屋にはいくつもの死体があるのですか? そして地下通路にはなぜ多くのジェネレート王国の兵士が待っているのですかね? この家は――血の臭いがきつ過ぎる」
俺の言葉に全員が固まる。
「…………っ!?」
男が懐から短剣を取り出し、いきなり俺に投擲した。
飛んでくる短剣を片手で簡単に掴み、そのまま投げ返す。投げ返した短剣は俺のステータスからか、勢いよく飛び、男の眉間に突き刺さりそのまま倒れていく。
アリスも瞬時に状況を把握したのか、この家にいた男達に向かって麻痺針を投擲し、身動きができないようにする。
一瞬でこの家にいた五人は戦闘不能になった。
この家まで案内してくれた男も呆気にとられている。しかし、状況が分かったのかすぐに敵意がないことを示すために両手を高々とあげた。
「俺は知らない……。これでも代々この帝国に仕えることを誇りに思っているんだ」
男の目を見ても嘘は言っていないようで、俺はアリスを手で制す。アリスが針を持つ手を下げたことで、男は息を吐き両手を下ろす。
「ここの拠点もバレているということは……他も危ないね。どうやって陛下を逃がすつもり?」
アリスの言葉に腕を組み少しだけ考える。
正直正面突破することはできる。門など壊せばいいのだから。多分、門を襲撃すると言っていたのも出鱈目で、実際は兵士が詰めかけているのかもしれない。
――ここを安全に脱出させるのは……。
「――正面突破だな。門は俺が壊す」
皇族の三人も俺の言葉に少しだけ呆気にとられる。もちろんアリスもだ。
「そんなこと言ったって、戦いながら陛下を連れてどうやって逃げるのよ」
妥当な考えだと思う。でも、俺なら用意できる。普通の馬車よりも丈夫で、尚且つどの馬よりも強く早い馬を。
「帝都の門を破壊しても問題ありませんよね……?」
俺は皇帝の顔を見る。何も言わずに皇帝は頷いた。
「脱出できるなら問題ない。その王の剣を持つ導き手の言うことなら聞こう」
一人残った男はすぐに元の拠点に戻り逃げる準備をすることになり、この場で皇帝に頭を下げて家を出て行った。
俺たちは扉を開けて全員で家を出る。探査で周りを確認するが、周囲を囲まれているものの、距離はあることを確認する。
「それで……トウヤ、どうやって逃げるつもり?」
「もちろん馬車でだが……?」
アリスの言葉に笑みを浮かべる。
「その馬車や馬をどうするつもりなのかって聞いているのよ。あっ、も、もしかして……」
「あぁ、想像通りだと思う」
俺は目の前にコクヨウと馬車を次元収納から取り出す。
いきなり現われた黒曜馬#バトルホース#に、皇族達は一歩後ずさる。
やはり普通は見たらそうなるよな……。
コクヨウの首をゆっくりと撫でながら「頼むぞ」とだけ告げ、馬車と繋げる。
「……そうだった。トウヤの次元収納に入ってたね。焦って忘れてた……」
「この馬車は乗り心地良いはずだぞ? シャル達も喜んでいたくらいだし。御者台も悪くなかっただろう?」
アリスも素直に頷いた。
サランディール王国からリアンへの旅路は快適だった。シャル達も自分たちの馬車よりも快適で欲しいと言われていたしな。アリスからもリアンからの旅路で質問の嵐であったことを思い出し、思わず苦笑する。
「この馬車で帝都を脱出します。乗ってください」
馬車の扉を開けて、皇族三人に声を掛ける。俺は御者を一人でやると伝えたが、アリスは俺の隣に座った。
「準備は出来たようですね。出発します」
俺の小窓から声を掛けると、皇太子が顔を出し小さく頷く。
そしてゆっくりとコクヨウが進み始め門へと向かった。
◇◇◇
「準備は出来ているだろうな?」
地下通路には装備を調えたジェネレート王国の兵士が二〇名。いつでも皇族を捕らえられるように準備をしていた。
皇族が逃げ出した数分後に、城を巡回していた兵士がたまたま地下牢に監視する友人を訪ねたのが発端であった。
城内は皇族が逃げ出した時のために、いくつかの布陣をとっていた。
それが、門近くにある拠点の奪取であった。すでに何カ所かの拠点はジェネレート王国の兵士たちによって発見され、門へと続く地下通路に通じていた家も奪取されていた。
元々住んでいた住民は反逆罪としてその場で拷問、処刑され、ジェネレート王国の兵士が身代わりに住むという形をとっていた。
皇族が逃げたという事が発覚すると、すぐに各拠点にいるジェネレート王国の兵士に伝達され、兵士が配置されていた。
トウヤ達が発見されなかったのは、門近くからでなく、城からの避難通路だったからであった。
しかし、門から地下で通じている拠点は、発見され六人の兵士が身代わりとして住んでいた。
実際にトウヤ達が訪ねた時には六人おり、皇族が逃げ出したという連絡が来たときには、さらに兵士が集められ、五人がその場で待機、一人は地下通路に武装した兵士と共にしていた。
「それにしてもなかなか下りてこないな……」
普段着を着た一人の男が呟く。
「皇族の脱出だから時間を掛けているのか? いや、そんな訳はないはずだ」
「そうだよな……。ちょっと見てくる。俺なら武装していないし、地下通路の連絡係をしているといえば説明はつく」
男はそう言って梯子を上がり、私室の部屋の床下へと出た。
ゆっくりと気配を探りながらリビングに向かうと、広がった光景は五人の男達が全員倒れている状態だった。
「な、何があったんだ……?」
一人は眉間にナイフが刺さって、明らかに絶命している。
他の四人は唸っているだけで、まだ命はあった。
「おいっ、どうなっているんだ!? 皇族たちはどうしたっ!?」
唸っている男を起こし、声を掛けたが麻痺しているのか、言葉にならず口を少しだけ動かすのが限界のようだった。
一人だけ残った男はすぐに踵を返し、地下で待機している兵士たちのところへと向かった。
「な、何だとっ!? もう逃げているのかっ!」
地下で二〇人を指揮していた小隊長は、男の報告を聞き激高した。
「一人はすでに死んでいました。他は麻痺でしょう。死んではいませんが役には立ちそうにありません」
「むむっ。それで……皇族たちが向かうとしたら……」
「門でしょう。逃げる場所はあそこしかない。知らない避難通路があれば別でしょうが……」
男の言葉に小隊長が頷く。
「すぐに門へと向かう。この地下通路を戻るぞ。お前は他の拠点に連絡し、兵士を門に集合させるように伝えるんだ」
「わかりました」
小隊長は男に伝達を任せ、兵士達を連れてすぐに門へと向かった。
◇◇◇
「それにしてもどうやって門を突破するの?」
アリスがまだどうやって脱出するのか疑問に思っているらしい。
「もちろん、正々堂々と正面突破だ」
何か策があるのかと期待していたのだろうが、その期待を裏切るように笑顔で答える。
「もうっ! 皇族が一緒にいるんだからねっ! いくらトウヤが強いって言ったって……」
普通ならありえない策に信じられないような表情をするアリスだが、俺には、いや、俺にしか出来ない策はある。
――――〝賢者〟という称号を持った俺だからこそ――。
深夜とはいえ、兵士は巡回しており、すぐに俺たちが乗る馬車は見つかった。
兵士の一人が笛を吹き、深夜の静まった夜空に音が鳴り響く。
「あ、見つかった。門へと急ぐぞ。コクヨウ、頼んだ」
俺の言葉に反応してか、コクヨウのスピードが速くなっていく。
「ねぇ、トウヤ。どうすればいい?」
不安そうに横から俺を見上げるアリスに御者を代わるように伝えた。
俺はその場に立ち、周りの様子を探査によって監視する。笛のせいか、続々と兵士達が集まってくるのを感じながら遠くに見える門へと視線を合わせる。
「多少派手にやらせてもらう。どうせこの帝都を奪還するのに門は不要だしな」
「それって……」
「うん、破壊する」
簡潔な答えにアリスは驚きの表情をした。その意味は良くわかっている。帝都の入り口の門は木製とはいえ、縁を金属で覆われ補強がされている。しかも五メートル以上の大きさで帝都を守るためにかなりの厚さに仕上げられていた。
それを簡単に壊すと言われても信じられないかもしれない。
門が一直線に見える場所まで来ると兵士達が待ち構えているのが見えた。その数はすでに一〇〇人を超える数だというのがすぐにわかった。
「トウヤッ!」
「あぁ、分かってる」
これから行うのは皇族救出という盾にした――――大量殺人だ。
仕方ない。と自分に言い聞かせ、口を結び両手に魔力を溜める。
シャルやアル、ナタリー達の顔が脳裏に浮かんでいく。
「絶対に三人、いや、お前を含めて四人とも無事に脱出させるからな」
俺は一直線に門は見つめながら呟く。
兵士達もコクヨウの走る音に気づいたのか、こちらへ向けて陣を組み始めた。
その距離はもう二〇〇メートルまで近づいた。
俺の魔法の射程距離は一〇〇メートルほど。いくらジェネレート王国に占領されているとはいえ、ルネット帝国が奪還した時の為に破壊しすぎるのは問題となる。
大火災など起こしたら復興するにも大変になるから、火魔法は使えない。
両手に溜まった魔力を変換し、風魔法が放てるように準備していく。
――そして射程距離に入った。
『真空刃』
普通の真空刃なら、一つだけの刃だが、俺の魔法は違う。数十にもわたる真空の刃がジェネレート王国に向かっていく。
金属の鎧など関係ない。怒声が一瞬にして悲鳴と変わった。
それでも俺は歯を食いしばり更に魔法を放つ。
『竜巻』
放たれた魔法は渦を巻き、直径数メートルの規模になると、倒れている兵士を巻き込み吹き飛ばしていく。向かってくる兵士達を次々と巻き込んで空高くに飛ばし、周りの家の屋根などを破壊していく。
残っている兵士は残り僅か。予想以上の強力な魔法に怯えて、前に踏み出せないようだった。
剣をこちらに向けているが、その剣先は怯えからか震えている。
残りはあの巨大な門だけだ。
両手に魔力を込めていき、門へ向かって魔法を放った。




