第12話
倒れている三人は虐待を受けていたのか、皇帝の顔は血が固まったように変色していた。足も逃走防止の為に折られているようで思わず顔をしかめてしまった。
「今回復させるから……」
そう言って、回復魔法をかけるが、何も変化はなかった。
「あぁ、そうか。ここは魔法が使えないだった」
次元収納から上級ポーションを三本取り出して、アリスと手分けして飲ませていく。ポーションは飲むだけでなく、身体からも吸収できるので、飲みきれない部分を折れた足などに振りかけていった。
「……う、な、何が……」
意識を取り戻した皇帝を抱きかかえて壁に寄り掛ける。
「意識が戻りましたか……? 助けにきました」
皇帝はうっすらと目を開き、俺と視線を合わせるが、首を横に振った。
「――国民が人質としてとられている。だからわしらは逃げん……。いや逃げられないというのが正解かな。し
かし、回復させてくれたのには感謝する」
空になったポーションの瓶を見て俺に向かって皇帝自ら頭を下げた。
皇帝の目の力強さに説得するのは難しいと思い、アリスに視線を送ると、すぐに駆け寄ってきて膝を付き頭を下げ、フードを取り去った。
「……ご無沙汰しております。アリスです」
アリスを見て少し驚いた表情をした皇帝は頬を緩ませた。
「懐かしいのぉ……。息災のよう何よりだ。しかしわざわざ助けにきてもらったのにすまんの。わしらは国民を守らなければいけない。そのためにも――」
「いえ、連れていきますよ。それが、シャルから受けた依頼ですから」
俺の言葉に皇帝は目を見開いた。
「シャルを知っているということは……無事なのだな。無事にサランディール王国に到着できたということか」
「えぇ、危ないところでしたが、無事に保護しています。そしてナタリーにも会わせました」
「そうか……。改めて感謝する。だからと言って――」
「トウヤ、アレを出して」
アレ? アレは……。あぁ、そうか。国民を人質とされている皇帝は絶対にこの場を動かないかもしれない。
しかし、王族さえも従わせる事ができる短剣。時に、皇帝の間違った政策を正したりするために、絶対的王剣。
それは今俺の次元収納の中に入っている。
俺は次元収納の中からガウロスから預かった短剣を皇帝の目の前に置いた。
「そ、それは……」
「はい、ガウロスから預かりました」
皇帝は目を瞑り、深いため息を一つ吐いた。
「――その方の指示に従おう。どうすれば良い?」
「まずはここから逃げるのが先決です」
「しかしこれがな……」
皇帝は足に繋がれている鎖に視線を送る。壁から繋がっている鎖を破壊しなければここから逃げ出す事もできない。
「鍵は誰かが……?」
先ほど倒した兵士達が持っていれば問題はない。
「いや、鍵を持っているのはここを占領して指揮をとっている王子だ」
今から王子の寝室に乗り込み、鍵を奪ってくるのは不可能ではないが、それまで王族たちを無傷でいられるとは限らない。
「壊します。とりあえず今は逃げ出すために鎖だけ切り離しますね」
次元収納からバスターソードを取り出し、構えて鎖に振り落とす。いくらか丈夫な鎖とはいえ、俺の圧倒的なステータスと強力な武器によって一撃で破壊することが出来た。
同じように皇妃と皇太子の鎖を次々と切り離していく。
「これで逃げられますね。多少不便をおかけしますが、基地についてから外しますから」
「すまん。感謝する」
上級ポーションによって回復した王族を連れて元の道を辿っていく。足枷と鎖は完全に取り除いていない。この場所でそこまでの時間はないし、その余裕もない。基地についてから外すしかない。
まだ気づかれていないようで、誰にも会うこともなく地下通路の入り口の倉庫まで辿りついた。
「ここまできたら安全ですから」
アリスがそう言うと、壁を操作し、地下通路の壁を回転させた。王なので地下通路の存在を知っているとはいえ、実際に使用するのは初めてなのか、少し驚いた様子だった。
アリスが先頭に立ち、最後に俺が通り後ろの警戒をする。地下通路の存在を知らないジェネレート王国の兵士がこの道を追ってくる事はないはず。
安全な通路を通っているからか、皇妃や皇太子の表情は少しだけだが、緩んでいく。
いくつかの分かれ道をアリスの先導で進んでいくと、打ち合わせをした部屋へと出た。
数人が部屋におり、王族を見た瞬間に全員が涙を流しながら、膝をつき頭を下げる。
「皆、良くやってくれた。おかげでまだこうしていられる。しかし今はジェネレート王国に占領されている。不甲斐ない皇帝ですまんな」
「いえっ! 私たちが不甲斐ないばかりに申し訳ありませんっ」
さらに深く頭を下げる男に、皇帝は頬を緩ませる。
このままでは話が進まないと、俺は皇帝に声をかける。
「まずはその鎖を外さないといけませんね。少しお待ちください」
足首に固定されている足枷に手を当て、解除魔法を唱えると、カチッと音がし、そのまま外れた。
「トウヤ……、その魔法って……」
「うん? 普通に解除魔法だよ」
「あのねぇ……。もういいわ」
アリスは呆れたような表情をし、皇帝ですら驚きの表情をしていた。
もしかして、この魔法も普通じゃないの……?
上級魔法以外の魔法については、ナタリーの研究した資料と勇者が書き記した資料しかない。しかも勇者が残した資料については、この世界に召喚された俺しか読むことはできない。
足枷でついた傷に回復魔法をかけて俺は立ち上がる。
椅子に座った王族から座るように促され、俺とアリスは席につく。この場所を守っていた男たちは席につくつもりはないらしく、俺たちの後ろに立って控えている状態となった。
皇帝は俺のことを一直線に見つめた。しかし表情は捕らえられていた時よりも少しだけ緩い。
「まずは感謝する。サランディール王国へと逃したシャルのことを教えてくれるか……?」
「……わかりました。シャル……シャルロット殿下との出会いから説明いたします」
森の中でシャルとアルとの出会い、ジェネレート王国の兵士と戦ったこと。ナタリーが知り合いであったこと。そしてジェネレート王国からの圧力によりサランディール王国の冒険者ギルドと敵対し、森を抜けてリアンへと逃げたこと。その道中に二人を鍛え上げた事。
そしてリアンでジェネレート王国の指揮官を捕らえ兵を撤退させ、ガウロスからの依頼で帝都まで来たことを説明した。
さすがに二人、いや三人がどれだけレベルを上がった事は説明できない。常識の範囲をゆうに超えている状態を説明したら、俺が自由にさせてもらえると思えない。
説明を終えると、皇帝は深くため息をつき、逆に話を聞いていた皇太子は目を輝かせていた。
「……まさに英雄……」
話を聞いた皇太子がボソッと口走る。
「……そう言われてもおかしくないくらいの活躍としか言い様がない。この功績、必ず報いる」
皇帝は頷くが、正直、のんびりとした安寧の生活のために行ったことだ。
ジェネレート王国への復讐の気持ちも少し、いや半分くらいはあるが。
「あくまでガウロスからの依頼ですから。報酬についても話はついています」
フェリスとのんびりと過ごす生活。多少の金銭は冒険者として働けば問題ないはず。今も数年働かなくても問題ない蓄えもある。
ここからはルネット帝国による帝都奪還がメインとなる。俺の依頼はあくまで〝皇族救出〟であるから、これで依頼は終了となる。
「今までの話だと、トウヤ殿の依頼はあくまでわたしたちの救出でいいのかな……?」
皇帝の言葉に俺は素直に頷く。これでお役御免になるはずだ。
「……ならば、皇帝の名をもってトウヤ殿に――指名依頼を出したい」
「……えっ!?」
「「「「…………」」」」
予想外の言葉に同席していた人たちが一瞬にして固まる。
いや、それは俺もだ。あくまで皇帝であり、一国の王から指名依頼などありえない。
「トウヤ殿は冒険者としてのランクは?」
「えっと……先日Aランクになりました」
「若いのに優秀だな。その歳でAランクになれる者などほとんどおるまい。それならば問題ないはずだ」
サランディール王国の冒険者ギルドにいたときにエブランドから説明は受けていた。Bランク以上になれば指名依頼もあると。そして王族から、この国では皇族か。その依頼は強制だと。しかし強制依頼を受ける代わりに報酬も莫大だと聞いていた。
「……皇族からと言うことは強制依頼ですよね……?」
俺が少し暗い表情で答えると、皇帝の表情が少し曇った。
「……トウヤ殿には救出の際に多くの恩がある。なるべくなら強制という言葉を使わずに受けてもらえるとわたしとしてもうれしいのだが……」
依頼を受けて報酬で受け取るのはリアンでの土地と建物。最悪、土地だけでもあれば次元収納の中に屋敷は残っているし、それでも問題はない。
しかし、皇族を救出しても、いや、救出したことによってこの帝都はもしかしたら火の海に変わるかもしれない。
それを外からのんびりと眺めながら安寧といえるのか?
きっと、シャルやアル、ナタリーも前線に出てジェネレート王国の兵士と対峙するはず。
その時にはあの勇者もきっと出てくる。
アルの父親と同じように三人の身に何かあったときに俺は傍観者としていられるのか……?
「トウヤ……」
考え込んでいたら隣に座っているアリスが心配そうな表情をし、袖を引っ張っていた。
意識を戻し、アリスに視線を送り頷いた後、真っ直ぐに皇帝の目を見る。
「――――依頼内容を聞きましょう。それによってです。無茶な事は断りますから」
俺の言葉に皇帝は歓喜の表情をする。
「ありがとう、トウヤ殿……」
「依頼内容は…………帝都の奪還。人族、亜人が手に取って生活していた平和な国に戻す手伝いをして欲しい」
「わかりました。それで――報酬は……?」
あくまで俺は冒険者だ。見返りのない依頼は受けてはいけない。善意の依頼など他の冒険者の迷惑でしかないのだ。
これもエブランドに教えてもらった教訓だ。
本当にエブランドには世話になったな……。
「報酬は…………伯爵位叙爵、そして、領地として街を一つ。いや二つつけてもいい。あとは――シャルロットを嫁にやる。知らない仲でもあるまい」
「あ、いらないです。――全部」
これ以上出せないという皇帝からの報酬に対し、即答でお断りさせてもらった。
俺の希望と全く異なっている。貴族などなりたくないし、領地経営などするつもりもない。しかも街を二つ? 冗談じゃない。シャルを貰ったらアルとナタリーも絶対についてくる。
俺に安寧な生活が送れるとは到底思えない。
即答した俺にこの部屋にいた全員が呆気にとられる。
「「「「…………」」」」
顔を引きつらせた皇帝だったが、諦めた表情をしていない。
「まだ不足か……? それならば……何か希望はあるか? 出来るだけ叶えるつもりだ」
正直何が欲しいと言われても、特に何もない。リアンで屋敷をもらうことになっているし、街をもらっても正直いらない。あ、帝都にきたときに泊まれる場所があればいいか。この先サランディール王国には戻れないと思うし、暮らすのはこのルネット帝国になるだろうし。
「帝都に屋敷をください。馬の厩舎があれば問題ないです。あとは……不在の時もあると思いますので使用人を紹介してくれれば」
「……それだけでいいのか……?」
俺の要望が予想外だったのか、皇帝ですら口をポカンと開け呆気にとられていた。
アリスも隣で呆気にとられた表情だった。
「身の丈にあった生活ができれば問題ないです。維持するのは家精霊#エレメハス#がいるので大丈夫だと思いますし」
「そうか……。わかった。皇帝の名をもってトウヤ殿の報酬に応えることにしよう」
立ち上がった皇帝が笑顔で右手を出してきたので、俺も立ち上がり手を出して握手をする。
その様子にアリスや後ろで控えていた男達は一番の驚きを示した。
みんなそんなに驚いてどうしたんだ……?
それよりも、依頼完遂のために早く皇族をこの帝都から脱出させる必要がある。
「この後はどうするんだ? 陛下を含めこの帝都から脱出させる必要があるだろう」
俺の言葉に時が動き出したように、男達は準備にかかる。
「この後の手筈はすでに整っております。街の一角で騒動を起こし、その間に門を別の者たちが襲撃をかけ開門させます。すでにリアンからの兵士は数日ほどの距離まで迎えにきておりますので、そこに合流してください」
そこまで来ているのならすでに帝都の兵士に見られていてもおかしくない。皇族の脱出を含め露呈するのも時間の問題だ。
「それよりも気絶させた兵士達ももう意識を取り戻す時間だ。早く脱出させてないと」
「ここから近くの家に帝都の門近くまで出られる地下通路があります。まずはそこに案内しましょう」
案内する男たちが先に家を出て回りの様子を警戒し、俺とアリスの二人で皇族三人を挟むように進み、一軒の家へとたどり着いた。
帝都の中心部から少し離れたせいか兵士の巡回はなかった。
アリスがリズムに乗せた独特なノックをするとすぐに扉が開く。
顔を出した男が「どうぞ」と一言だけ述べて、全員で家の中へと入った。家の中は普通の民家と変わらない。
平屋で玄関を入ってすぐにリビングがあり、奥には部屋があるようだ。
違うといえば、このリビングの中に五人も男が待機していたということぐらいだ。
誰も座っていないソファーに皇帝を含め皇族の三人が座ると、全員が膝をつき頭を下げた。
俺とアリスは促されるまま、皇帝の前のソファーに並んで座る。
一人の男が立ち上がり、テーブルの上に地図を広げた。
「ここから地下通路を通り、門の近くへと移動します。その後、タイミングを計って門の襲撃を行い、用意した馬車で帝都を脱出する予定です」
「――わかった。策については任せる」
「それではさっそく移動を――」
「その前にちょっと待ってください」
止めたのは俺だ。
理由は、俺の首から提げているフェリスの宿っている精霊石が光ったから。
「少しだけお手洗いを……」
「それなら、奥にいってすぐだ」
男の案内でトイレへと籠もる。精霊石のネックレスを取り出すとフェリスが現われた。
「……この家、血の臭いが酷い……。それと、息をしていない人たちが多くいる……」
お手洗いの中から、壁を見通すかのような瞳をし、俺を見つめてくる。
血の臭い? 息をしていない人……もしかしたら死体?
――ってことは……。
俺の頭の中をフル回転させる。色々なパターンを考え、最悪な状況を考えたとしたら――。
思考をフル回転させて想定されることを考えていた。




