第11話
救出作戦当日を迎えた。
準備期間とされていたが、俺が用意するものは特にない。アリスは忙しそうに毎日商業ギルドへ向かうといって外出していた。
冒険者ギルドへと何回か顔をだしたが、毎回個室に案内されグルシアの話し相手をすることが多かった。
現状の帝都を把握するのに、一番良かったかもしれない。
しかし、聞けば聞くほどジェネレート王国の方針に虫唾#むしず#が走る。
思わず今回の件を話し、協力を仰ぎたくもなったが、アリスが言葉にしない以上、俺から話せることはない。
宿の上階で匿われている亜人たちとも顔を合わせることもなかった。
一度だけ、上階の宿泊客について、アリスに聞いたことがあったが、少しだけ顔を顰め言葉を濁したので、それ以来聞いていない。
夕食後、少しだけ仮眠をとり、アリスとともに真っ黒な服を身に纏う。帝都に到着した日の夜に秘密基地へ行った同じ服装だ。
「トウヤ、準備はいい?」
俺は無言で視線を交わしたまま頷く。
宿の裏口から出て、人目につかないように街を移動する。
夜中とはいえ、未だに警戒しているのか、兵士の巡回は多く、数人のグループを見かける度に姿を隠しながらの移動となった。
目的の家まで到着すると、アリスが特殊なリズムに乗せてノックをする。もしかしたら合図なのかもしれないが、口を出すことはしない。
鍵が開けられる音がして、ゆっくりと扉が開く。
迎えてくれたのは初日に案内してくれた男だった。
「良く来たな。さっそく入ってくれ」
アリスの後を追い家へと入り、案内されるまま地下の隠し部屋へと向かう。
テーブルにはすでに数人が席についており、俺とアリスは隣同士で座った。
「それでは今日の計画を再確認させてもらう。二人には予定通り城へと侵入して王族の救助、出来なければ安否の確認だけでもしてもらいたい」
実質、地下牢に軟禁されているということはわかっているが、どのような状態かも不明であり、警備についても厳重であることが容易に想定できた。
その警備を縫って助けるのは容易ではない。怪我があっても、俺の回復魔法で問題はないはずだが、戦闘が出来ない王族を庇いながらの逃走になる。
「城下町では陽動をしてもらう予定だ。協力者については言えないが、それなりの人数が協力してくれる。そちらに兵が割ければいいのだが……」
「城の中については任せておいてっ。こう見えても詳しいからっ!」
アリスが胸を張って言うが、なぜ一介の商人が例え密偵だとはいえ、城の内部まで詳しいのが疑問に抱きながらも説明を聞いていく。
「それでは各自、動いてくれっ」
説明が全て終わり、各自が部屋から出て各々の任務に取りかかる。
俺とアリスは通路を通り城へと抜けている道を進んでいった。
真っ暗な地下通路を魔法で明かりをとり、アリスが先頭で進んでいく。
「なぁ、アリス。なんで城の中の案内出来るほど詳しいんだ?」
さっきから思っていた疑問を素直に投げかけると、振り返ったアリスの表情は少しだけ渋い。
「うーん。小さい頃縁があって城に勤めていた親戚と一緒に住んでた事があるんだ。だから知ってるの。まぁ城にいたのなんて結構前だけど、それでも変わってないはず」
そう言うと、すぐに前を向き歩き始める。代わり映えしない通路はいくつかの分かれ道があり、アリスは気にした様子もなく、思うがままに進んでいく。
「道が分かれているけど、この道で合っているのか……?」
「それくらい、案内役だから覚えてないとね。王族の人もこの道を覚えてないと――生きて地上に出れないから」
道を間違うと、何かがあると言いたいのかもしれない。もしかしてトラップがあるのか。
三〇分くらい進むと、行き止まりとなった。
「行き止まりだな……。どこかで道を間違ったか?」
俺の言葉に一度振り返ったアリスはニコリと笑う。
「ここで到着だよ。ちょっと待ってね」
アリスは行き止まりの壁を触りながら調査をしていたが、何かを見つけたようでそこを押していた。
「この隠しボタンを押すと外側からでも入れるんだ。内側からは簡単に出れるんだけどねぇ~」
ボタンを押したことによって、行き止まりだった壁をアリスが押すと、一部が回転ドアの様に動いた。
「ここからは城の地下になるから、静かにね」
「あぁ、わかった」
二人で扉を潜ると、そこは食材倉庫だった。部屋の片隅には酒樽が積まれ、いくつかの食材が袋に入って置かれていた。
「バレないように扉だけ元に戻すね。戻る時もここを使うからトウヤも忘れないようにね。あと、ここからは顔を隠すから」
侵入する際に渡された黒い布を顔に巻いていく。お互いの顔を確認し、頷きあった後に、廊下への扉にアリスが耳を当てる。
「ここからは私が確認するから。先に出ないようにね」
俺は頷くと、アリスが扉を開けようとしたが、それに待ったを掛けた。
「ちょっと待ってくれ」
「トウヤ、どうしたの? 時間は限られているから早くね」
止めた理由である、首元で光っていたネックレスを取り出すと、そこからフェリスが現われた。
「フェリス、王族がどこに捕らえられているかわかるか?」
「――――個人の認識はできない。でも……牢に捕らえられているのは確認できる」
「それで構わない。巡回している兵士たちもどれくらいいるか確認して欲しい」
「……わかった。行ってくる」
フェリスはそう言い残すと消えていった。
しかし、アリスは信じられないような表情をし、口が半開きになっている。
「アリス、ちょっと待っててくれ。フェリスが調べてくれるみたいだから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! な、なんで家精霊#エレメハス#にそこまで指示を出すことができるの!? わたし、そんなの初めて聞いたんだけどっ!?」
会話出来るのは知られていたとはいえ、最近普通にお願いしていたから、フェリスが特別だと忘れていたな。
この世界に来てからフェリスと知り合い、家精霊#エレメハス#の常識を知らない俺は、会話が出来るフェリスと色々と話し合い、どのような能力があるのかを知った。
簡単に言えば『建物のコントロール』だろう。
建物の中身全てを把握出来る能力を持つ家精霊#エレメハス#。
一般的に知られているのは常に掃除がされて、水廻りの給湯管理や下水処理までを自分の主の指示のもの行う。
あくまで『家精霊#エレメハス#が棲みついた屋敷は綺麗に維持される』という認識とされていた。
しかしそれだけでなかった。
建物内にある全ての物質の把握。それは物であろうと人であろうと同じであった。
埃一つですら家精霊#エレメハス#は管理している。人が何人いようがそんな管理は大した負担ではない。
諸々の条件はあるが、初めて聞いた時は驚いたが、建物を把握させる事においたら誰にも叶う者はいないと確信できた。
実際には会話が出来るなど誰も知らないから、俺だけの特権だと思っている。
「う――ん。いつの間に出来るようになっていたから。理由はわからない」
正直言って、どうしてフェリスが話せるようになったのかは今でも不明だ。何かしらの理由があるのか、俺が異世界の人間だからなのか、以前、フェリスに聞いても答えは返ってくることはなかった。
「……そんな簡単に……。過去に事例すらない事なのよっ!? どうしてそんなに余裕なのよっ!」
「アリス、声がでかい。巡回の兵士にバレちまうだろ?」
俺の言葉に思い出したように両手で口を塞いだ。
「細かい事はそのうち教える。今は王族の救出が一番だろ?」
「確かにそうね。わたしとしたことが……」
視線を合わせ頷きあうと、近くにフェリスが現われた。
「……牢に入っている人見つけた。中にいるのは――三人、だけ……。外にはたくさん……」
やはり厳重に監視をしているということだろう。
「わかった。人と会わないように案内できるか?」
「……会わないで向かうのは……不可能」
アリスは少しだけ考え、首を傾げながら答えた。
やはり最低限の戦闘は避けられないということか……。
まぁジェネレート王国の兵士との戦闘については仕方ないと最初から覚悟をしている。
受けた依頼であり、そして――俺の復讐でもあるから……。
「フフフーン。そこら辺はわたしに任せて」
懐から二〇センチほどの針を数本取り出して、アリスがニコリと笑った。
「即効性の麻痺薬が染みこませてあるから、これで一気に、ね……」
俺も記憶に残っている催眠魔法#スリープ#を使えることを確認し、アリスに視線を合わせ頷く。
「よし、それで行くか。フェリス、道案内をよろしく」
俺の願いにフェリスはゆっくりと頷く。
「……もしかして、城の中を案内する役のわたしっていらない子……?」
あ、フェリスが出てこれなかったら必要であるが、正直フェリスは建物について一瞬で把握ができる家精霊#エレメハス#だ。正直言って今のアリスは……。
「いや、戦闘が出来るならアリスもいた方が助かる。一人じゃ限界も多いからな。ほら、時間も限られている。行くぞ」
俺の言葉に少しだけホッとしたアリスは頷くと、扉をそっと開けて廊下の様子を伺った。
「……少しの間、人と会わない。案内する……」
フェリスは扉をそのまますり抜けていき、堂々と廊下を進んでいく。
俺たちも周りの警戒をしながらフェリスの後を追うことにした。
フェリスの案内は正確で、二度ほど兵士と会うことがあったが、アリスの投げた針で兵士を麻痺させ、後ろから俺が意識を刈り取ることでスムーズに地下まで進むことが出来た。
アリスが言うにはあと少しで地下牢に着くと小声で言うが、その前には事前にフェリスが調べてもらった多くの兵士がいる部屋がある。
地下を進むこと数分、曲がり角の手前でフェリスが止まった。
「あの扉の奥が地下牢……」
曲がり角からそっと顔を出すと、一番奥に扉があり、その両脇を二人の兵士が座っていた。
二人とも槍を立てかけ、来る訳がない襲撃者に備えているようだが、緊張感も見られず、雑談に花を咲かせていた。
「フェリス、ありがとう。これからは戦闘になると思うから戻っていてくれ」
フェリスはコクンと頷くと、首元にある精霊石のネックレスへ吸い込まれるように消えていった。
「まさか貴重な精霊石まで持っているなんてね。規格外にも程があるわ……。こうなったら――」
アリスがブツブツと小声で独り言を言っているが、最後の方は聞き取れなかった。
「それよりもあの二人をどうしようか……」
「まったくそうよね……。あの格好じゃわたしの武器は不向きだし」
扉の両脇に座っている兵士は、全身を金属の鎧を身に纏っていた。巡回していた兵士の軽装ならば、アリスの持っていた麻痺針でなんとかなっていたが、金属鎧では、顔しか当てる場所がない。
しかも大きな音を立てれば、その扉の奥から多くの兵士が出てくるはずだ。
「魔法を使ってみるか……」
「こんなところで魔法ぶっ放したら、それこそ兵士が出てくるよ?」
「まぁ見ててくれ」
距離は一〇メートルほど、魔法の射程範囲内である。曲がり角からそっと片手を兵士達に向け、睡眠魔法#スリープ#を唱える。
「……あれ、なんだか眠気が……」
「俺もだ。おかしいな……」
二人の兵士は椅子に座ったまま、ゆっくりと頭を項垂れた。
「…………ねぇ、アレって確実に寝ているよね? 何したの……?」
「うん? 何って、ただ睡眠魔法を掛けただけだが……」
以前、ナタリーからもらった魔法書の中に書いてあったのを使ってみたら普通に使えたので、シャル達のレベル上げのために多用していた。
「?! 睡眠魔法って……。そんなに簡単に言うけど、そんな魔法――この世界にないからねっ!?」
ん? 睡眠魔法がない? そんな馬鹿なはずはない。だってナタリーからもらった魔法書の中に……。
あれ? 書いてあった魔法書ってナタリーの書いた書じゃなくて、勇者の書いた日記だっけか。
まぁ今はそんな事関係ないからいいか。
「気にするな。今はそれどころじゃないだろ? あの扉の奥が地下牢で間違いないのか?」
「む……。なんか誤魔化された気分。その通りよ。あの奥が兵士の控え室と地下牢がある。ただ、問題があるのよね」
寝ている兵士の腕を紐で縛り付けながら、アリスは問題点を考える。
「問題って……? あとは兵士たちを同じように眠らせればいいだろう?」
「それが問題なのよ。この先からは簡単に脱出できないように、魔封石で壁を覆われて魔法は一切使えない。何人いるかわからない兵士と戦わないといけないのよ」
正直魔法でも肉弾戦でも負ける気はしない。
だって、レベル的に俺に勝てる人なんて正直いると思っていないし。
「まぁ、時間は限られているし、さっさと行くぞ」
悩んでいるアリスを横目にドアノブへ手を掛け、そのまま開いた。
中では待機している兵士達が、酒を飲みながらカードゲームを楽しんでいる状態だった。
正直、王族の監視といえど、厳重に監視されている城の地下牢まで襲撃があるとは、一般の兵士では考える事もできないのかもしれない。
まったく気の抜けた兵士達と、扉を開けた俺たちの視線が交差し、そして兵士達は口をぽかーんと開けた状態で固まっていた。
全身黒尽くめで顔まで隠した俺とアリス。怪しさ満点である。
「て、て、敵襲だっ!」
一人の男が叫んだと同時に、近くにいた兵士を殴りつける。アリスは両手に麻痺針を次々と投げていき、俺も近くにいた兵士の意識を刈り取っていく。
一〇人ほどの兵士との戦闘は一分もかからずに終了した。
「……思ったより呆気なかったかな……」
厳重に監視されていたとはいえ、一ヶ月以上何もなければ兵士達の気が緩むのは仕方ないと思う。
そのおかげで助かったんだけどな。
「それよりも王族の人たちを」
アリスの言葉に意識を牢屋の方へ向けた。一番奥には大きめの牢屋があり、そこには壁から鎖で繋がれた皇帝、皇妃、そして皇太子と思われる三人が意識を失った状態で倒れていた。




