第10話
「と、と、トウヤ様!? サランディール王国のトウヤ様で間違いありませんねっ!?」
勢いよく飛び出してきた受付嬢に、思わず一歩下がりながら頷く。
「誰かっ!? すぐにギルドマスター代理に連絡をっ! あと、すぐに指名依頼をっ! わたしはトウヤ様を地下に連れて行きます」
やる気のなさそうだった受付嬢たちは、一気に駆けだした。
一体何があったんだっ……?
そのままカウンター腰に出てきた受付嬢にいきなり腕をつかまれ、そのままカウンターの奥へ連れて行かれる。
階段を下り、突き当たりの扉を勢いよく開けた。
訓練場なのか、大きな広場が視界に広がる。しかし、そこは怪我人が大勢寝ている状態だ。
しかも人族だけでなく、亜人の冒険者も多くいる。
「これは……」
戦争は少し前に終わっているはず。この時期にこんな大勢の怪我人がいること事態がおかしい。
「トウヤ様の名前はギルドマスター代理からお伺いしております。このギルドに来た場合、すぐに指名依頼を出し、治療に当たってもらうと。あなたは他国から来たからといっても、この国の事情について少しは知っていますよね?」
受付嬢の言葉に素直に頷く。情報についてはリアンにいたときに十分に聞いているし、帝都にくる途中の街を含めて情報は入ってきた。
しかしすでに国外かリアンに避難している亜人がまだこんなに帝都にいるなんて……。
「戦争はすでに終わっているはずだろ? なぜこの時期にこんなに怪我人が多いんだ? しかも亜人はすでに逃げているはずじゃ……」
俺の言葉に受付嬢は言葉を濁し、次第に表情は暗くなっていく。
「まずは話を聞くにしても、この怪我人をどうにかしないとな」
俺は簡易的にシーツが敷かれ寝ている怪我人へと歩いて行く。受付嬢は少し驚いた様子だが、俺の後を追ってきた。
「回復術師はおりますが、一人だけなので数人の手当をしたら魔力切れになってしまって……」
後ろから聞こえる受付嬢の声を流し、中央まで進むと、意識がある怪我人たちは、ズカズカと進んでくる見覚えのない俺に視線が集まってくる。
「ここらでいいか……」
両手に魔力を込めて回復魔法を唱える。
『範囲上級回復魔法#エリアハイヒール#』
俺を中心に二〇メートルほどの円を描くように白銀の光が散らばっていく。その光景に意識のあるけが人たちは驚きの表情をする。
その光は一分ほど続き、消えると当時に怪我人たちから驚きの声があがった。
「おいっ……怪我が治っているぞっ!!」
「ほ、本当だ……」
「し、信じられん……」
起き上がる男達をそのまま放置し、次の場所へと移動し、回復魔法を繰り返していく。
全員を回復させるのに、六回ほど範囲回復魔法を使った。
全員に魔法が行き渡った事を確認し、頷くと受付嬢は口を半開きの状態で愕然としていた。
「え、え、そ、そんな……ありえない……。上級回復魔法を範囲で……? しかも複数回も……」
本当なら身分を隠している身としては、回復魔法を数回放ち、魔力切れと断っているのが正解かもしれない。
でも、それだけは出来なかった。
人族、亜人が同じように怪我して寝ているのは、ジェネレート王国に与していない、なによりの証拠だからだ。
きっと何かをしてこれだけの怪我をしたのだろう。しかも冒険者ギルドが匿っている事を考えると、冒険者ギルドはまだルネット帝国に庇護を求めている証拠だと思う。
「これで全員回復は終わったな。これで依頼は終わりでいいか? あと、説明を頼む」
俺の言葉に受付嬢はハッとした表情をし、大きく頷いた。
「これで大丈夫です。報償を含め、一度打ち合わせをしたいのでついてきてもらえますか。ギルドマスター代理が対応いたします」
起き上がった冒険者たちからの感謝の言葉を投げかけられるが、片手だけ上げて受け取ったことを示し、訓練場を後にした。
案内された場所は、個室になっており、幾分か豪華な仕様になっていた。
「少しだけお待ちください。代理を連れてきます」
紅茶を注ぎ目の前に置いた受付嬢は、一礼すると個室を出て行った。
「目立たないようにするつもりだったけどな……。後でアリスになんて説明しようか……」
どう考えても〝目立たないように〟と念押しされた事を守っていると思えない。
それでもあの惨状を見たら仕方ないと思うしかなかった。
数分後、扉がノックされ、受付嬢と四〇代の切りそろえられた顎髭を持つ男性が入ってきた。
元冒険者なのか、その目つきは鋭く、鍛え上げられたとわかる肉体が服を押し上げていた。
俺の目の前に勢いよく座ると、視線が交差する。
数秒だろうか、視線を交差させたままでいると、いきなり頬を緩ませた。
「受付嬢から聞いた。うちのギルドの窮地を救ってくれた事を感謝する」
「まぁ、回復術師としての依頼でしたからね」
軽く答えると、男性はニヤリと笑う。
「自己紹介がまだだったな。俺はこの帝都のギルドでサブギルドマスターをしている、グルシアだ。ギルドマスターは貴族だったからか、ジェネレート王国の兵士にしょっぴかれすでに処刑されている。実質、俺がここの管理をしている」
「サランディール王国フェンディー支部、Bランク冒険者で回復術師のトウヤだ」
一応、証明するためにギルドカードをテーブルに置いた。
グルシアはギルドカードを手にすると、受付嬢の耳元で小声で囁き、そのままカードを手渡す。
「ギルドからの依頼として処理させてもらおう。少し待っていてくれ。それまで少し話をしようか」
俺の内情について聞かれるのは困るが、正直、さっきの訓練場にいた怪我人達のことは聞きたかった。
「さっきの惨状を見ただろう。まず、それを説明しないとな」
冒険者ギルドは国が補助金を支給しているが、あくまで中立の立場にいる。戦争に参加することは個人の意思として自由であるが、強制はしない。しかし、ルネット帝国は亜人と協調路線に対して、ジェネレート王国は人族至上主義であり、亜人は奴隷以外認めてはいない。
亜人が多く居るこのルネット帝国帝都の冒険者ギルドとしては、表だってはいないが、ルネット帝国の勝利を期待して支援してきた。
しかし、勇者という予想外の存在により、この帝都はジェネレート王国によって占領されることになる。
亜人が多く住む帝都から全員が逃げられるわけではなかった。少なからず見つからないように施設や、地下、そして貧民街などに分散して隠れていたが、どこから情報を聞きつけたのか、貧民街の根城がジェネレート王国の兵士によって襲撃された。
護衛をしていた冒険者たちによって、逃げ出すことはできたが、多くの冒険者を失い、そしてあれだけの怪我人を出した。
それが数日前の事だった。
そこまで話してくれたグルシアの言葉を一度手で制す。
「俺にそこまで話していいのか……? もしかしたらジェネレート王国の手先かもしれないんだぞ? その前に何故受付嬢たちは俺の名前を知っていた……?」
俺の予想外の言葉に、グルシアは膝を叩きながら大笑いする。
「トウヤ、お前がジェネレート王国の手先だって……? なら、なぜジェネレート王国の使者をサランディール王国で――斬ったのだ?」
やはり情報は流れていたか……。
俺の身体に緊張が走るが、グルシアはそのまま笑い続ける。
「大丈夫だ。サランディール王国は王都まで話が伝わっているはずだが、ルネット帝国では、情報はまずここ、帝都に集まる。そして俺が今回の件は全て止めている状態だ。だから気にしなくていい」
「……やはり情報はきていたか……」
「おう、ジェネレート王国の貴族を斬った戦犯として、サランディール王国ギルド本部から連絡を受け取ってる。俺からしたらざまぁとしか思わなかったし、ジェネレート王国の貴族が冒険者に斬られたと聞いて爽快だったぜ」
このルネット帝国なら問題ないということか……。この情報は俺としてはありがたい。
そう思っていると、扉がノックされ受付嬢が部屋に入ってきた。
「お待たせいたしました」
トレイの上には小袋とギルドカード、あと封筒が載せられていた。
「トウヤ、報酬は金貨二枚だ。まぁもっと出してやりたいのは山々だが、この情勢だ。今、城を牛耳っているジェネレート王国から補助金を貰っていない状態だから我慢してくれ。その代わり……。まぁ見てくれればわかる」
テーブルに置かれたギルドカードを手に取ると、 カードの色が金色に変わっており、表面には〝Aランク〟と記載されている。
「……これだけの依頼でいいのか? 勝手にランクを変えて……」
「あぁ、実質、この国のギルドは俺がまとめている。正式ではないが、新しいギルドマスターが来るまでは自由にさせてもらうつもりだ」
「それでこの封筒は……?」
宛先の書いていない封筒に視線を送る。
「これはな、フェンディーのサブギルドマスター、エブランドからの手紙だ。あいつとは旧知の仲だしな。俺宛にも『トウヤがもし来ることになったら頼む』と送られてきたぞ。あれだけやらかしたんだ。逃げるならこの国に来ると思ってたしな」
エブランドか……。フェンディーの街では俺のことをずっと庇ってくれていた。懐かしいと思いながら封蝋を切り取り、中身を読んでいく。俺の心配や、シャルやアル、ナタリーのことも書いてあった。
心の中で感謝しつつ、中身を封筒の中に戻し、懐にしまう。
思った以上にギルドに長居したことに気づき、そろそろ宿へ戻ると伝えた。
あまり遅いとアリスが心配するだろうしな。
「少しの間はこの帝都に滞在するつもりだ。毎日顔を出せるかわからないが、一応ギルドには顔を出すつもりだ」
「そうしてもらえると助かる。宿だけ教えておいてくれ。急な用事があった場合に連絡をとりたいからな」
泊まっている宿名を伝え、ギルドを後にすると、のんびりと歩きながら宿へと戻る。
部屋に入ると、すでにアリスは戻ってきた。
「トウヤ、遅かったね。何かあった……?」
隠す必要はないので、ギルドでの出来事について順を追って説明していく。途中、アリスの表情が少し険しくなっていたが、最後まで聞くと大きく頷き、笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫。あのグルシアなら問題はないよ」
そう答えが返ってきて少し安心した。しかし、アリスの言葉は続く。
「今回は仕方ないけど、できるだけ目立たないようにね。正直、トウヤの魔法は――――規格外だから」
正直、自覚している。あれだけの上級魔法を連続で放っても、特に問題もない。
ギルドにいた回復術師は数度の回復魔法で魔力切れと言っていたしな。
〝賢者〟という他にいない上級職の特性であるのはわかっている。
「救出作戦までは大人しくね」
「確かにな。俺もこれからは大人しくしているつもりだ」
グラスを二つ取り出し、次元収納#ストレージ#から一本のボトルを取り出してグラスに注いでいく。
「成功を祈願して乾杯といこうか」
「そうね。一杯だけ頂くわ」
互いにグラスを合わせた後、喉へと流し込んだ。
そうして数日が経ち、城へ潜り込む日の夜を迎えることになった。




