第9話
さっそくルミーナと二人で養護院の監視を始めることにした。
路地裏から養護院の入り口を見ているだけなのだが……。
「……それにしてもルミーナ、その恰好は……?」
どう見てもルミーナの恰好は不審人物だ。
「いや、目立たないような恰好をしてきただけだが……?」
ルミーナの恰好はいつものビキニアーマーに頭まで被れるフードを被っているだけなのだが、その色がおかしい。
なぜこんな時に目立つピンク色を着ているんだ……?
しかも無意味に飾りのヒラヒラとかついているし。逆にどこで売っているのか知りたいと思うくらいだ。
通りかかった通行人もルミーナのことをチラッと見て目を逸らす。
一緒にいる俺も通行人だったら目を逸らすと思う。
「……そうなんだ。そのフードはどこで……?」
「いや、酒場で娼館の子と仲良くなってな、目立たない恰好と言われて教えてもらったんだが……。何かおかしいか?」
その女に説教をしたいと思う気持ちを抑えながら、養護院の入り口に視線を送ると、ルミーナがゴソゴソと荷物を漁って目の前にパンを出してきた。
「これは……?」
「いや、監視するならこれは必須と言われてな。ほら、ミルクもあるぞ」
どこの探偵だよっ! って突っ込みたいのを我慢してパンを受け取る。
さすがにこの世界には日本のようにあんパンはないから、サンドウィッチだった。
一口食べたが、なかなか美味しい。
ミルクも受け取って飲んだが……少し温い。ルミーナも同じことを考えていたようで、ミルクが入っている瓶を俺に突き出してきた。
仕方ないなと思いながら魔法で冷やしていく。もちろん自分の分もだ。
冷えたのを確認したルミーナは一口ミルクを飲んで満足したように頷いた。
「やはりエールもミルクも冷えているほうが美味いな」
「確かにな……」
言ってることには同意できるが、なぜ監視するのにパンとミルクを用意したのか無駄にルミーナに知識を教えた人に問い詰めたい。
監視を始めて数日が経った時、商会風の男が養護院へ入っていった。
「おい、ルミーナ。入っていったぞ」
「ついにか……。もっと時間がかかると思っていたが」
会話を聞けば決定的だと思うが、忍び込むわけにもいかず、そのまま監視をしていると一時間ほどで神父と一緒に出てきた。
「では、神父。いつものように明日よろしくお願いしますね」
「ふふふ、もちろんです。子供たちには明日寝室を分けるように手配しておきます」
男が立ち去った後、神父は養護院の中に戻っていく。
やはり正解だったか。明日何かしら取引があるはずだ。もっと長期間かかると思っていたが思ったより早く決着がつくかもしれない。
「ルミーナ、明日、何かしら取引があるみたいだ。明日は昼夜監視するぞ」
「あぁ、わかった。武器は携帯しているが、今日と変わらない恰好をしてくるつもりだ」
「いや、明日はそのフードはやめてくれ」
一日中そのピンクのフードなんて着ていたら目立って仕方ない。
「……何かいけないのか? まぁ着ない方が楽だがな」
素直に納得してくれて助かった。あとは明日、どんな取引があるのか……。
俺はずっと養護院の入り口を見つめてからギルドへと向かうことにした。
冒険者ギルドでグルシアに状況を話し、連絡用に冒険者を一組手配してもらうことになった。
ギルドへの連絡、場合によっては衛兵たちにも連絡しなければならない。
戦闘が起きたとしても俺たち二人で十分に対応は可能だと思うが、その後がどうにもならない。
戦闘をさせるつもりはないのでグルシアに任せたが、紹介されたのはまだ若い三人組だった。
若いと言っても俺と歳は変わらないだろうが……。
男性二人と女性一人でランクはEランク。ルミーナを見て男二人は顔を赤くし、連れの女性に杖で叩かれている。
「私はルミーナ、Bランクだ。剣士をしている」
「依頼を受けてくれてありがとう。俺はトウヤ、回復術師♯プリースト#でランクはAだ」
歳の変わらない俺がAランクだと知り、三人は目を大きく見開いた。
まぁそれは普通の反応だよな……。
各自の自己紹介を終え、役目について説明していく。三人は納得したように大きく頷いた。依頼を受けた冒険者の三人も対人戦を行う可能性がなくなったことに安心した様子だ。
路地裏に隠れて様子を伺いながら待っていると、一台の馬車が養護院の前に停まった。帆がかかっており、中身は見えない。
馬車からは数人の大人が出てきて次々と建物に入っていく。
「もしかしたらアレかもしれない。みんな準備はいいか?」
「もちろんだ、いつでも準備はできている」
三人とも頷いて、いつでも駆ける準備が出来ていた。
「俺とルミーナが出てきたところを襲い掛かって証拠をつかむ。そうしたら衛兵詰め所とギルドに通報にいくんだ」
「「「わかりました」」」
いつでも出れる準備をして待っていると、男が大きな袋を肩に担いで出てきた。
次々と馬車の後ろへと放り投げていく。
「よし、ルミーナ行くぞ」
「おうっ!」
ルミーナと二人で馬車へ向かって静かに駆けていく。ルミーナはそのまま馬車の後ろから乗り込み、俺はその前で待機する。
待ち構えていると男が肩に袋を担いだまま外に出てきた。
俺に気づいた男は表情を変え叫ぶ。
「お、お前らっ!」
バスターソードを出てきた男に向ける。
「その袋の中身を見せてもらおうか? もし……子供だったらわかっているだろうな?」
「……っ⁉」
男は袋を無造作に投げ捨てると、懐からナイフを取り出して俺に向けてきた。
「トウヤ! 袋の中は子供たちだ。他にも寄ったみたいで子供たちがいる! 予想通りだっ!」
「やっぱりな。お前ら子供をどうするつもりだったんだ? まぁ全部吐いてもらうけどな」
ナイフを構え襲い掛かってくる男をバスターソードの腹で殴りつける。男は一発で意識を飛ばしその場で倒れていく。
俺は隠れて見守っていた冒険者たちに各所へ通報するように合図を送ると、三人は駆けて行った。
これで出てきた奴らを捕まえて、あとは……神父だな。
出てきた男は全員で四人、そして最後に神父が出てきた。
「……これはいったい……お前はっ!」
「神父……お前がやっていることはもう割れている。すぐに衛兵も駆けつけてくるだろう」
「な、なんだとっ! お前たちこいつを殺すんだっ」
「あぁ、わかっているよ。お前らこいつを囲め」
四人が子供の入っている袋を投げ捨てて俺を囲むように動いていく。
「おら、死ねっ!」
四人同時に襲い掛かってくるのを軽く躱し、一人ずつ剣で打ち付け意識を奪っていく。
全員の意識を刈り取るのにかかった時間は一分にも満たなかった。
「ま、まさかそんな……。えいっ」
神父は転がっていたナイフを拾い上げると、転がっている袋を手繰り寄せ、ナイフを当てた。
「お前ら、子供がどうなってもいいのかっ⁉」
「……おい、神父が保護している子供を盾にとるってどういうことなんだ?」
「私は関係ないっ! こいつらが仕組んで頼まれていただけだっ……ぐはっ」
俺に視線が夢中になっている間に、ルミーナが気配を消し神父の後ろに回り込んで首に手刀を放った。
一撃で意識を刈り取られて神父はそのまま崩れ落ちた。
「よし、これで全員だな。ルミーナ、この紐で縛ってくれ」
「ああ、わかった」
時限収納♯ストレージ#から取り出した紐で男たちを縛っていく。逃げられないように手首を体の後ろで縛り、同時に足首も縛り付ける。
全員縛り付けてから、子供たちが入っている袋を開けていく。
やはり全員、口を縛られていた子供たちだった。全員の意識がない。もしかしたら薬で眠らされているのかもしれない。
しかも男たちに投げ捨てられたので、擦り傷があったので、回復と状態異常回復の魔法をかけていく。
回復させると子供たちは目を覚ましていく。
状態異常回復で目覚めるなら眠り薬か何かで眠らされていたのかもしれない。
「あれ、なんで外にいるの……?」
目を擦りながら起きてくる子供たちは成人する手前に見える。
「大丈夫か? 痛いところもないかな? 寝る前のこと教えてもらっていいかな?」
俺の問いに子供たちは少し悩んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「うんと……。神父様から今日は違う部屋で眠るように言われて……。そういえば甘い匂いのする部屋だった気がする……」
俺は気絶して倒れている神父を睨みつける。
やはり神父もグルだったか。
「トウヤ、全員縛り上げたぞ。次はどうするんだ?」
「とりあえず神父を起こしてどこに運ぶつもりだったのか吐かせよう」
「わかった。ほら、起きろ!」
ルミーナは神父の頬を叩き始めた。何度か叩いていると唸り声をあげながら意識を取り戻した。
「うぐぐ……な、なんだっ⁉」
自分が縛られて身動きがとれないことに気づき、周りを見渡して男たちも縛られていることを理解したのか眉根を寄せた。
「お前たち、何をしているのかわかっているのか……? 冒険者風情が誰を相手にしているのか――」
「――うるさい。誰が相手だろうが、お前が子供たちを人身売買で売り渡そうとしたことは変わらないだろ……?」
少しだけ殺気を放つと神父は震えながら後ずさっていく。
一歩ずつ神父へと近づいていくと、遠くから大勢の足音が聞こえてきた。
「こっちです!」
通報しに行った冒険者たちが衛兵を連れてきたようだ。
視線を送ると一〇人ほどの衛兵が一緒に駆けてくる。
衛兵が到着すると、縛られている男たちと神父を一瞥してから俺に視線を送る。
「こいつらが人身売買の奴らで間違いないか?」
「えぇ、こいつらが袋に子供たちを詰めて運んでいるのを目撃しましたから。馬車の中には他の養護院から攫ったと思われる子供たちもいるので確認してください」
「わかった。お前たち馬車を確認しろ」
「「「はいっ」」」
衛兵の数人が馬車へ乗り込み、他は気絶している男たちを起こし始めた。
「おい、お前たちが犯人で間違いないな」
「ふんっ、知らないな。俺たちはここにいただけなのにこいつらに襲われただけだ」
「そんな理由が通じると思っているのか?」
「そんなの関係ない。俺はスエーン商会の者だ。子供たちはうちの商会で見習いとして雇うから連れてこいと言われていただけだ。なぁ神父、そうだろう?」
「そ、そうだっ。その人の言っている通り。だから悪いことなどしておらんっ」
無茶苦茶な説明に少し驚いた神父も首を大きく縦に振って同意する。
衛兵は俺に視線を送るが、他にも証拠はある。
「子供たちが寝かされていた部屋を調べてくれ。甘い匂いの眠りの香があるはずだ。それにその袋の中も。子供たちはその中に入れられて中には怪我している子供もいた。中に血がついててもおかしくない。子供を商会で引き取ると言いながら、眠らせてこんな夜中に袋に詰められて運ばれるのか? お前のところの商会は」
俺の適格な言葉に男は言葉を詰まらせる。
どう言い訳をしてもこの状況証拠が物語っている。それだけは覆らない。
男は忌々しい表情をしながら、衛兵に立たされる。
「お前たち、どうなっても知らないぞ? 俺たちに後ろにはマッグラー子爵という貴族様がついてるんだからな」
「「……⁉」」
衛兵は一気に表情を変えた。
やはり貴族が出てくると衛兵たちでは対応はできないのかもしれない。
だけど俺には関係ない。
「……だからどうした? ならこの人身売買はそのマッグラー子爵がやっているということなのか? それなら俺たちもギルドにそう説明するつもりだが。勝手に貴族の名前を出して――わかっているのか?」
俺の言葉に失敗したと思ったのか、男は舌打ちをする。
「こいつらの取り調べはこちらでやっておく。君たちも詰め所に同行してもらっていいか?」
「えぇ、もちろんです」
馬車や証拠品を押収し、宿泊している職員をたたき起こし、状況を説明した後に二名の衛兵と助っ人の冒険者三人、そして子供たちを残し、男たちと神父を連行する。俺とルミーナもそれに同行した。
冒険者の三人には朝になったら依頼は完了として報告していいと伝えてある。
一人の衛兵と会話をしながら歩いていたのだが、スエーン商会と構えることになるかもしれないと教えられた。
この帝都でも大きな商会で貿易などを手掛けているとのことだ。
マッグラー子爵もこの件に関わっているのかはわからないが、確実につながっているはずだとこっそり教えてもらう。
それにしても貴族か……。正直、俺の名前を出せばいいんだろうけど、今の時点で身分を説明したら確実に証拠を隠滅される可能性がある。
ギリギリまではあくでまで冒険者としてのトウヤでいなければならない。
うまく網にかかってくれればいいんだけどな……。
そう思いながら衛兵たちの後を追い詰め所へと向かった。




