第8話
数日後に衛兵から報告のために屋敷を訪れた。
依頼者はフードを被っており、男性だとはわかったが人相については不明とのことだった。
まぁ仕方ないよね。そんな簡単にわかるはずはないし。
襲撃した者たちは冒険者ではあったが、Dランクだった。冒険者ギルドからの情報ではあまり依頼を受けている様子はなく、裏稼業専門なのだろうとの推測だった。
結局、依頼者はわからず終いである。
「さて、何もわからなかったか……。俺のことだけ狙われるなら問題ないけど、もし養護院に向かったらいないときじゃ対応できないし」
ルミーナが泊まっているから問題ないとは思っているが、日中からいるとは限らない。
最近は冒険者ギルドで依頼を受けていたしな‥‥…。
一度相談してみるか……。
数日後にギルドの一角にある酒場でルミーナと打ち合わせを行うことになった。
養護院でも良かったのだが、きな臭い話のため、サヤに聞かせるわけにもいかずギルドになった。
まぁ条件はあったんだけど……。
「トウヤ、まずは冷やしてくれ」
エールの注がれたジョッキを俺に突き出してくる。
相変わらずのルミーナに苦笑しながらも、魔法で俺の分を含めて冷やしていく。
「まぁ話をする前にとりあえず乾杯だ。かんぱーい!」
「乾杯!」
向かい合ったテーブルでジョッキをぶつけ合い、口へと運んでいく。
やはりエールは冷えたほうが美味い。
「ぷはっ! やっぱり冷えたエールは最高だな。本当ならトウヤとはパーティーを組んで常に一緒にいたいがそうもいかんからな……貴族様なだけに」
「今はそれはなしでかまないだろう……。昔からの仲なんだし」
ルミーナは気づかいされない関係が続いているのがありがたい。
冒険者ギルドの仲でも交友はあるが、やはり俺が侯爵という立場上、踏み込んでくることもないし、どこか気を使っているのを感じるからだ。
しかも同じ依頼を受けた者は俺の実力を垣間見て余計に感じるらしい。シャルやアルは現在城で生活しているため、一緒に依頼を受けることなどないがルミーナは同じ冒険者として対等な立場でいてくれる。
たまにおかしな事を発することもあるが、この世界にきて数少ない心を許せる友人と酒を交わしあうのはやはりいい。
酒が少し進んだところで肝心の要件を話すことにする。
「トウヤのことを襲うなんて……。相当なバカだな。普通に依頼をこなしていれば嫌でも耳にするだろうし。本当に裏の仕事しかしていないのかもしれないな……」
「あぁ、そこはギルマスにも調査を依頼している。背後に誰かいるはずだからな」
ルミーナは腕を組んで少し悩み始める。
腕を組んだことによって持ち上がる旨に少しだけ視線がいく。
「わかった。なるべくサヤたちと一緒にいることにする。依頼も近くの日帰りのを選ぶつもりだし、もし日をまたぐ依頼を受ける場合は事前にトウヤに話をしておくな」
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
「そういえば、養護院のことで聞きたいことがあったんだ」
帝都でいくつもある養護院のうち、見学させてもらった一か所だけやたら豪華な建物で神父も多くの金品を持っていそうなこと。子供たちは何かの作業をひたすらしていて、他とは違い元気がなかったこと。
俺が疑問に思ったことを話していくと、ルミーナの表情は曇っていく。
「いくら大手商会からの寄付が多いからって、贅沢させるほどの寄付は行わないはずだ。きっと何かあるな……。あっ、もしかしたら……」
ルミーナは何か引っかかることがあるようだ。
「どうした、ルミーナ? 何かあるなら教えて欲しい」
「あぁ、実はギルドの依頼であったのだが、商会が他国との裏取引の調査というものがあった。それには人身売買も含まれる。この帝国では奴隷制度は認められていないが、他国では違う。隣国の皇国では合法だしな」
「……もしかするとその商会と繋がっているかもしれないと……?」
「まぁ可能性があるだけだがな……」
養護院の様子を思い浮かべてみると、確かに成人間際の子供たちは少なかった気がする。実際に一五歳の成人を迎えると養護院を発たなければならない。普通なら繋がりがある商会に勤めたり、冒険者になったりと多岐にわたるが、それがもし人身売買として売られていたら……。
思わず握りしめた拳に力が入る。
「トウヤ、そんな顔をするな。それなら私とその依頼を受けてみるか? 確か依頼の難度はCランクだったはず。私たちなら問題なく受けれるはずだ。今までは一人だったから受けなかったが、トウヤと一緒なら問題ないはずだ」
「あぁ、一緒に受けるよ。もし人身売買などしているなら許せないからね」
「わかった。明日依頼を受けておく。できれば一緒に来てほしいから昼にギルド待ち合わせでいいか?」
「うん、よろしく」
ルミーナと明日からの依頼について話し合い、その日は解散することにする。
次の日。ダリッシュを呼び、疑惑の残る養護院について調べてもらうことにした。
「あの養護院ですか……。確かあそこの養護院と取引をしているのは、バニッシュ商会だったと思われます。皇国との輸出入が主な取引だったかと」
「そうか、バニッシュ商会のことを少し教えてほしい」
「はい、バニッシュ商会は――」
思ったよりダリッシュは情報を持っていた。優秀な家令を紹介してくれた陛下には感謝するしかない。
冒険者の装いをしギルドで待ち合わせしているルミーナと落ち合う。
まだギルドの調査依頼は残っていた。
調査だけになるので、依頼料はあまり高いわけではない。しかも調査する商会すら定まっておらず、塩漬け状態だったのが理解できた。
ついでにギルドマスターに面会を頼むと、新人だったのか顔を顰#しか♯める。
「ギルドマスターは色々と忙しいのです。そんなに簡単に会えませんよ?」
「わかっている。これを見せてダメならそれでいい」
俺はギルド証をテーブルに置く。
一発で見てわかる金色に光るAランクのカードを見て、受付嬢の顔が青ざめた。
「Aランクですかっ!? 失礼しました。すぐに確認してきます」
焦ったように受付嬢は奥の階段を上っていく。数分もしないうちに額に汗をかいた受付嬢が戻ってきた。
「ギルドマスターがお会いになるそうなので、ご案内いたします」
「あぁ、助かる。ルミーナ行くぞ」
「わかった」
ルミーナと一緒に受付嬢の後を追う。
ノックをして許可が出ると受付嬢とともに部屋に入る。
「よう、トウヤ。久々だな。もう冒険者稼業などしていないと思ったよ」
「グルシアも相変わらずだな。またさぼって酒でも飲んでるのかと思ってたよ」
「おいっ! それは言うなよっ! あの時はあの時だ。今は仕事をしているぜ」
グルシアを笑みを浮かべ手を差し伸ばしてきたので軽く握手をする。
ギルドマスターと気軽に会話する俺に受付嬢は驚いたような表情をした。
「あ、お前はトウヤのこと知らないんだっけか」
「はい……存じ上げておりません‥…」
ギルド内でも俺のことは少数しか知れ渡ってない。グルシアには冒険者稼業をするのに〝救国の英雄〟と〝侯爵〟の知名度は邪魔でしかないからだ。
「なら仕方ないか。受付なら覚えておけよ? こいつがこの帝国の〝救国の英雄〟でもあるキサラギ侯爵閣下だぞ」
「えっ……えっ!? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
含み笑いをするグルシアと顔を真っ青にする受付嬢。
その場で膝をつこうとする受付嬢を止める。
「……先ほどは申し訳ありませんでした……。知らなかったとはいえ失礼な言葉を……」
「いいよ、今は冒険者としているしね。最近はあまり冒険者の仕事はしていなかったから仕方ないよ」
「ありがとうございます。それにしてもあの英雄とお会いできるなんて光栄です。ぜひとも握手してもらえますか……?」
「まぁそれくらいなら……」
気軽に握手に応じると、先ほどまでとは違い満面の笑みを浮かべて受付嬢は部屋を退出していった。
「とりあえず座れよ。何か用事があるんだろ」
「あぁ、依頼を受けるにあたってな」
裏取引の調査の依頼を受けたことと、養護院とダリッシュから聞いたバニッシュ商会についてルミーナを含めて話をしていく。話を終えるとグルシアは腕を組んで悩み始めた。
「バニッシュ商会は確かにシファンシー皇国との輸出入で潤っているな。それにしても養護院と組んで人身売買か……ありえるな……」
「あぁ、他の商会もあるだろうが、今回はバニッシュ商会と養護院を主に調べるつもりだ」
「調査といってもそのままトウヤの場合解決しちまいそうだしな。よし、調査だけでなく解決までしたら、依頼料は上乗せするぜ」
「まだ解決できるとは言ってないけどな……」
「いや、これは多分トウヤにしか解決できないはずだ」
自信満々に言うグルシアにルミーナは首を傾げる。俺も同じ気持ちだ。
「なぜ、トウヤじゃないとできないんだ?」
「そりゃ、裏に――貴族がいるからだ。普通の冒険者が対応しても、貴族にもみ消される。場合によっては不敬罪とか理由をつけて冒険者が断罪される可能性だってある。それに比べてトウヤは侯爵閣下だろう? そんな奴を処分できるやつなんてこの帝国には一人もいないだろう」
「……たしかに」
ニヤリと笑って答えたグルシアに、ルミーナは深く頷いた。
確かにそこらの貴族が出てきても、俺の立場に文句が言えるはずもない。しかも俺が違法性を確認したらその場で断罪すらできる立場だ。
それだけこの帝国で上級貴族というのは強い立場だった。
まぁ勝手に断罪をして処分することはないだろうけど。陛下に確認はしておくつもりだし。
「この塩漬け案件はこれで解決するのは確定だな」
「おい、随分簡単に決めつけるな」
「そりゃそうだろう。この帝国を救った英雄が、こんな案件楽にこなしてもらわないとな。あ、そうだ。あの酒もってないか? 大事に飲んでいるが手に入らなくてな……」
俺の持っている酒か……。この帝国を救った時にも乾杯したしな。
仕方ないから時限収納♯ストレージ#から一本だけ取り出してテーブルに置いた。
「おお! これだこれ! やっぱり持っているじゃねーか。助かるぜ!」
喜ぶグルシアにルミーナは不思議な表情をする。
「……トウヤ……。その酒はなんだ? 私は飲んだことないぞ」
「なんだ? トウヤと付き合い長いのに飲ませてもらったことないのか? めちゃくちゃ美味いんだぞ」
「…………」
ルミーナからの無言の視線が痛い。
諦めて時限収納♯ストレージ#からもう一本取り出してルミーナの前に置く。
「さすがトウヤ。わかっているな」
「ルミーナだっけか。その酒は美味いぞ。トウヤから一本もらったから、封が空いているやつがあるはずだ。ちょっと飲んでみるか?」
「ギルドマスター。それはいい考えだ。私も試飲したいしな」
ちょっと待ってろよ、と言い、グルシアは億の棚から半分以上減っている同じ瓶を持ってきた。
グラスも三つ取り出し、少しだけ注いでいく。
「おい、グルシア。職務中は飲んだらダメなんじゃないか? 前にもそれで怒られていたよな」
「トウヤ、細かいことは気にするな。これは仕事だ。侯爵閣下に誘われてお付き合いしているんだから、断れる訳ないだろう?」
もっとも染みた言い訳に思わずため息がでる。
「まぁそれよりも飲むぞ。依頼の完遂を願って乾杯」
「乾杯!」
「……乾杯」
三人でグラスに口をつける。
芳香な味わいが口の中に広がっていく。
やはり美味いな……。
ルミーナも一口飲んで目を大きく見開いた。
「トウヤ、この酒はいったい⁉ 酒精は強いがこの香りと口の中に広がる芳香な味。なんで今まで隠していたっ!?」
「そう言われてもな……。いつも冷やしたエールしか飲んでないし」
ルミーナは冷やしたエールを飲むために酒場に行くことしかない。
まさか店で自分の酒を持ち込むわけにもいかないので、この酒を出すことはなかったのだ。
「美味いだろ。ほら、もう一杯」
「ギルマス、感謝する」
俺を放置でグルシアとルミーナの試飲という飲み会は、他のギルド職員がきてグルシアが怒られるまで続いたのだった。




