第7話
役所に設けられている担当貴族用の執務室では、一人の貴族が書類を眺めながら決済をしていた。
もともとは父親が担当をしていたが、先日の戦争で亡くなったために代替わりをし、役目を果たしている。
基本的には上級職の役人がすでに確認しているので、ほとんどが決済印を押すだけであったが、一枚の申請書で手が止まる。
「おい、誰かいるか」
「はい、お呼びでしょうか」
一人の役人が貴族の御用聞きのために執務室へと入ってくる。
「これの説明をしてくれ」
一枚の申請書を役人に手渡す。役人はその場で目を通し頷いた。
「これは監査官が居りますので今お呼びいたします」
役人は部屋を後にし、担当した監査官を呼びに向かった。
ほどなくして担当した監査官が執務室へ入ってくる。
「お呼びと聞きましたが……」
「あぁ、この新しい養護院についてだ。これはどうなっている?」
「えぇ、実際に監査を行いましたが、収入に少し不安視はありますが、特に問題はないと思い許可を出しました」
「……収入に不安視だと? 何があった?」
「実は――」
上級監査官は実際に現地を見たところを説明をする。その説明を聞いた貴族――マッグラー子爵は笑みを浮かべた。
「そうなると、その寄付の主となっている冒険者がいなくなった場合、その養護院の資金は回らなくなるということだな」
「……確かにそうですね。まだ若いですがそれなりのランクで資産があるのかもしれません」
「そうか……。例のアレだが、評判が良くてな。もっと増やせないかと要望がきているのだよ」
「子爵……。アレをその養護院でもやると……? あまり手を広げたらどこからか漏れる可能性が……」
「うるさいっ。それで潤えば問題なくなくなるだろう。また手配は任せたぞ」
「……はい、わかりました。同じように手配しておきます」
上級監査官は一礼してから執務室を退出した。
自分の席につき、頭を抱える。今までを振り返り自分のことを品行方正とは思ってはいないが、それでも限度はあった。
子爵の言いくるめられ、色々な手配をしたことで今の地位まで引き上げてもらったことから簡単に断ることもできなかった。
事が明るみに出たら、子爵ともども極刑になるのは理解していたからだ。
しかし一度悪事に手を染めたら逃げ出すことなどできなかった。次々とくるマッグラー子爵からの要望に応えていかなければならなかった。
諦めた上級監査官はため息をひとつ吐き、席を立つ。
そして指示を受けた通りの依頼をするために、役所を後にするのだった。
侯爵とはいえ、何の役職もない俺は毎日養護院へと通う日々が続いていた。
養護院の許可はすぐに下りて、補助金はもう少ししたら支給されるらしいとサヤから教えられた。
帝国からの支給額だけでは運営はできないが、俺が寄付していれば今後も運営には問題ないはずだ。
そろそろ冒険者の依頼でも受けようと思いながら、夕食を養護院で済ませ薄暗くなった街を歩いていると視線を感じた。
……誰かにつけられている?
振り返らずに探査♯サーチ♯を使う。人通りが少ないとはいえ、まだそれなりに人が歩いている。
一直線に屋敷へと戻らずに遠回りして歩いているとやっぱり視線を感じた。
つけてきてるのは五人か。
「これはまっすぐ帰るわけにはいかないよな……」
俺が貴族だと知っている者はいるが、普通の人は俺がただの冒険者だと思っているのが多い。
だからと言って養護院から出てきているのが知られているのなら放置はできない。
それにしても心当たりがないんだよな……。直接聞いてみるしかないか。
足を貴族街ではなく、スラム街へと向ける。だんだん街並みは寂れていき、ふと見つけた路地に一気に駆け込む。
奥まで行くと見事なまでに突き当りだった。
後ろから数人の駆ける音が聞こえてくる。
……やっぱりきたか。
路地にきたのは冒険者風が五人。全員武器をぶら下げている。鎧は皮製だが薄汚れていた。
「さんざん歩きまわりやがって。まさか自分からこんなところに迷い込むなんてな」
「そうだな。手間かけさせたぶん、楽しませてもらおうか」
先頭に立っている二人がニタニタと笑みを浮かべている。
「俺に何か用が……? 初めてみる顔だけど」
正直、低ランクにしか見えない冒険者たちに恐怖感などない。
しかし俺があまりに普通に接しているのが気にいらないのか、一人が眉毛を吊り上げた。
「お前には少しの間、冒険者を休業してもらおうと思ってな。そのまま引退になるかもしれんがな」
「あははっ。確かにそうだ。そのまま墓場にいっちまうかもな」
「「「ぎゃはははっ」」」
男たちの言葉にため息を吐く。荒行を日頃からしているのか、すでに自分たちのほうが強者だと思っているようだ。
これでもAランクなんだけどな……。見た目わからないだろうけど。
「お前たちにそんなこと言われる筋合いもないと思うんだけど……」
「若いのに随分強気だな? だから他から恨みを買うんだよ。武器も持たずにこんなとこ入り込んじまって。荷物も金も全部もらってやるからよ」
「それは……どこからかの依頼ってことか……?」
「さぁな。そんな事聞いても仕方ないだろう。さっさと仕事終わらせちまおうか」
全員が剣を抜いた。三人はロングソードで二人は短剣だ。じわじわと俺を囲むように距離を縮めてくる。
「とりあえず腕だけはもらっておかないとな」
「まさか手ぶらのガキが相手とは思わなかったけどな……楽な仕事で助かるな」
やはりどこからかの依頼か……。待っていても仕方ないので、次元収納♯ストレージ#からバスターソードを取り出して先を男たちに向ける。
「さて、どこが手ぶらなのかな? お前たちにはじっくりと聞かないとな」
どこからともなく出したバスターソードに男たちは一歩だけ後ずさる。
「どこからそんなの出したんだ……?」
「まさか戦士系なのか、こいつ……」
「しかし五人で囲めば問題ない。お前らいくぞっ」
五人一気に駆けてくる。振りかぶる剣にバスターソードを合わせ一人を吹き飛ばし、もう一人には左手で作った空気弾#エアバレット♯を放つ。二人が戦闘不能になっているところにそのまま飛び込んでもう一人には蹴りを放ち、残りは短剣を持っていた二人だ。
そのまま二人を抜かすように駆け抜けて逃げられないようにポジションを入れ替える。
「あっという間に残り二人だよ? まぁ依頼者を吐いてもらわないといけないから全員逃がすつもりはないけどな」
バスターソードを構え逆に二人に迫っていく。二人はもう戦意がないのか身体を震わせているが逃がすつもりはない。
依頼者についても吐いてもらわないといけないし、同じようなことを繰り返さないためにも、きっちりと牢屋にぶち込むつもりだ。
二人を続けざまに剣の腹で殴りつけ、意識を飛ばし転がす。
「うーん、とりあえずこいつらどうするかな……。このまま放置して大通りまで衛兵を呼びに行ってもいいけど……。戻ってくるまで無事でいられると思えないしな……」
ここら辺は裏道だし、スラムも近い。意識がない者が転がっていたら身ぐるみ剥がれるだろう。命まで取られてもおかしくない。
「仕方ない。連れていくか……」
次元収納♯ストレージ#からロープを取り出して、とりあえず全員を並べて縛り付ける。
転がっている武器は次元収納♯ストレージ#に仕舞う。
五人を繋げたロープの端を持ち、身体強化♯ブースと♯の魔法を唱え、男たちを引きずるように路地を出る。
いくら繁華街から逸れたとはいえ、それなりに人が歩いている。
五人をロープで引きずる俺の姿は注目されても仕方なかった。少し恥ずかしい気持ちを持ちながら繁華街の方へ歩いていくと、こちらに数人駆けてきた。
こちらに向かってきたのは、剣を片手に持った衛兵たちだった。
やっとかと思い、ロープを手放しため息を吐いた。
「これはどうなってるんだっ⁉」
四人の衛兵は俺の方に二人、意識のない五人の方へ二人が確認に向かった。
「歩いてたらこいつらから襲撃を受けて返り討ちにしたので、衛兵さんに引き渡そうかと」
「……五人を一人でか……」
「えぇ、それなりの腕はありますので」
「身分を証明するものはもっているかい? 見たところ冒険者に見受けられるが」
「あぁ、それならこれを」
俺は懐からAランクの冒険者カードを取り出して見せる。
「Aランクか……。それはこの襲撃者たちも相手が悪かったとしか言えないな……」
もしこいつらが俺がAランクだとわかっていたら襲ってこなかったかもしれない。
そういえば……。
「そういえば、こいつらは誰かの依頼で俺を襲ったと言ってました。もしかしたらこいつらを雇った依頼者がいるかもしれません」
俺の言葉に衛兵の隊長だと思われる男が腕を組み悩み始める。
「冒険者を襲うように依頼するか……。しかも相手はAランクと知らずに……。あっ」
隊長は表情を変え姿勢を正した。
「あの……。もしかしたら貴方は救国の英雄であられる、キサラギ侯爵では……?」
隊長の一言で衛兵全員の表情が凍り付いた。
俺が冒険者であることはこの帝国では有名なのは自分でも知っている。帝都まで占領されていた戦争の勝敗をひっくり返したのだから。
しかも勇者と戦いに勝利したことで帝国の住民たちの話題にならないことはなかった。
〝トウヤ〟という名前と〝Aランク〟という二つの要素に気づけば、俺の名前が出てくるのは仕方ないだろう。
仕方ないと思い、俺は貴族証も取り出し提示する。
「あぁ、黙っていてすまない。トウヤ・フォン・キサラギだ。今は冒険者の恰好をしているので考慮してほしい」
俺が救国の英雄だと認めると、衛兵たちの目は一気に輝いた。
「おぉ、あの英雄と会えるなんてっ! ファンです!」
若い衛兵が俺に向かってきたところで隊長がその首根っこをつかんだ。
「お前、失礼だろう。侯爵閣下だぞ! キサラギ侯爵、失礼いたしました」
「いや、それは構わない。それよりもこいつらを頼む。できれば裏にいる依頼者を吐かせてもらえれば助かる」
「わかりましたっ! 責任をもって吐かせます。おいっ、こいつらを詰め所へ連れていけっ!」
隊長にこいつらが持っていた武器も手渡し襲撃者たちを連行するのを見送った。
「それにしても誰だろう……。俺の実力を知っているならあんなレベルの襲撃者に依頼なんてしないはずなのに……」
俺のことを知っている者ならありえない。それなら一体誰が……?
「そのうち犯人が誰だかわかるかな……」
そう思いながら屋敷へと足を向けた。




