第6話
新しい生活は始まって一週間ほどたち、役所の監査が入ることになった。
俺は朝から養護院へと足を運ぶことにする。時間は昼前と聞いているが、やはり心配になり朝食を済ませたあとにすぐに向かうことにした。
監査といっても帳簿と子供たちの生活環境の確認とは、申請を出したときに聞いている。
寄付金が主の収入源となっていて、俺とルミーナ二人の収入だけで賄っている。とは言ってもルミーナは宿代代わりに寄付している程度なので、実質俺一人の寄付だけで賄っているといってもいい。
そこだけが少しだけ不安なところがある。
俺が爵位を出せば正直通るのだが、管轄する貴族がいるので、口出すわけにもいかないのであくまで冒険者として寄付していることにするつもりだ。
養護院についてから、とりあえず昼食の準備をしていく。昼食はスープとパンが主となっており、買ってきたパンを籠に乗せ、あとはスープを煮込んでいく。
厨房にいると、サヤが顔を出してきた。
「トウヤさん、あの、役所の人がみえたのですが、できれば一緒に……」
「うん、今いくよ」
やはりサヤも一人では不安のようだ。サランディール王国では親の代から続いているので、サヤの代になったからといって監査があるわけでもなかったみたいだ。
ルミーナは冒険者ギルドに行っているので二人で対応することにする。
門に迎えにいくと、三人の男性が立っていた。そのうち一人は見覚えがある。
あの金満養護院にいた上級監理官だ。
「いらっしゃいませ、今日はよろしくお願いいたします」
サヤが頭を下げるのに合わせて一緒に下げる。
「うむ、そういえば君はこの前会ったね。この養護院がそうだったのか」
「えぇ、そうです。今日はよろしくお願いいたします」
「では、案内してもらうかね」
「はい、ではこちらへ」
サヤが先頭にたち、一階の事務室から食堂、厨房を確認してから階段を上がり、部屋を案内する。
子供たちの部屋を確認するのは、小さい部屋に無理な人数が押し込まれていないか確認しなければいけないそうだ。
「部屋については問題ありませんね。建物もよく出来ている。あとは食事のチェックですが、その前に帳簿の確認をさせてもらいます」
全員で階段を下りて事務室へと向かう。
テーブルに置かれた帳簿をチェックしていると、やはり気づいたようだった。
「寄付金についてですが、これを見るとほぼ全額がトウヤさんになっていますが、間違いないですか?」
「えぇ間違いありません。トウヤさんからいただいている寄付金でほとんどが賄われております」
「……そうですか。トウヤさんは貴方であってますよね? 失礼ながらご職業は……?」
「……帝都で冒険者をしています」
「……そうですか」
帳簿をチェックしていた男性の表情が少しだけ歪む。
やはりそこが不安だったが、あたりだった。
冒険者は自分の身一つで稼ぐ職業だ。腕が良ければそれなりに稼げる。
しかしこの世界、何があるがわからない。魔物に襲われて命を落とす可能性だってある。
役所が求めているのは安定して継続した寄付金である。俺が商会などを経営していれば問題ないのだろうが、不安定な冒険者ということが問題だった。
「それはまずいですね」
上級監理官から声があがった。
「トウヤさんはこの寄付金が出せるほど優秀な冒険者なのはわかります。しかしもう少し寄付金を分散させて欲しいのです。その見込みはありますか?」
「……それは……」
帳簿をチェックしていた男性からの質問にサヤは悩み始めた。実際に声をかければいくらでも寄付金は集まると思う。
しかし気づいていない。かといってシャルやアル、ナタリーの名前を出せば問題ないのだろうが、帝国上層部過ぎる。俺とのつながりを疑問に思われたくない。
二人で返答に困っていると、上級監理官は少しだけ悩んだ後に口元を緩める。
「まぁ……許可が出るかは私たち次第です。後援者としてどうでしょう?」
言っていることはわかった。とりあえず賄賂をよこせってことだな。
まぁ金貨数枚なら今後の補助金を考えたら安いものだと思っているし、申請の際にもそのような助言は言われている。
「それはもちろん。ぜひよろしくお願いします」
金貨を入れた小袋を持ち、握手をするように上級監理官に握らせる。話を早くまとめるのには必要悪だと思っている。
この先何か言ってくるようだったら、最終的には身分を明らかにする方法もあるしな。
上級監理官は一度振り返り、中身を確認してから笑みを浮かべた。
「うむ……。書類の監査はこれくらいで大丈夫でしょう。あとは子供たちの食生活だけ確認します。他は何かありましたら後から連絡をしますが、何事もなく許可がおりることでしょう」
「そうですかっ! ありがとうございます」
上級監理官の言葉にサヤがお礼を言う。
「それでは食事を見せてもらえますか」
「もう準備もできているので、少し温めるだけになっております」
「サヤはここにいて。俺は子供たちと準備をしてくるよ」
サヤに頼んで俺は厨房へと向かい、スープを温めてからパンを持ち食堂へと向かう。
子供たちは全員食堂ですでに待っていた。
「トウヤ兄ちゃん、もうお腹減ったよ」
「ちょっと待ってな。今から配るから」
順番にスープをすくい子供たちに配っていく。中央には自分たちで取れるようにパンをいくつか籠に入れておいてある。
準備が整ったところでサヤが監査官たちをつれてきた。
子供たちは知らない人たちが来たことに不審な目を向けるが、サヤの言葉で食事に入る。
監査官は寸胴に入ったスープなど、子供たちの食事を食べている風景を確認し、満足したのか笑みを浮かべて頷いていた。
「食生活も問答なさそうですね。子供たちの表情も明るい」
「そう言ってもらえると助かります」
「それではこれで私たちは失礼しますね」
「門までお送りいたします」
監査をしていた三人が引き上げるのを門まで見送る。
やっと終わったかと思うとため息が漏れる。
「それにしてもトウヤさん、いいのですか……? 貴族という立場を出せば、あの……賄賂などわたす必要はなかったのでは……」
「本当ならね。できれば身分は隠しておきたいんだ。養護院を管轄している貴族は別にいるし、口を出すと相手の顔をつぶすかもしれないから黙っているつもりなんだ。まぁ何かあったら貴族の立場を出すつもりだけど……」
この養護院や子供たち危険が及ぶなら、いつでも貴族としての立場を出すつもりでいる。そこにためらいはない。
ルミーナもこの養護院に泊まっているし、何があっても大丈夫なはず。
「それよりも早く戻ろう。子供たちも待っているから」
「そうですね。緊張が解けたらお腹がすきました」
サヤと笑みを交わし、子供たちと食事をするために食堂へ戻ることにした。




