第5話
契約が終わってから改修工事に入った養護院も無事に引き渡された。
サヤを含めて子供たちと一緒に新しく住む養護院へと向かう。
「トウヤ兄ちゃん、今度住むところってどんなとこっ!?」
「サランディール王国で住んでたところよりは大きいかな? あとは見てからのお楽しみだ」
「おう、楽しみにしてる。ほら、サヤ姉ちゃんも急いでっ」
「そんなに急がなくても住むところは逃げないから」
子供たちに両手を引かれ、小走りになるサヤを見て頬が緩む。
実際にサヤを含めて養護院を見るのは初めてになる。気に入ってもらえればいいんだけど……。
ルミーナも一緒に住むと先に聞いていたので、大人が数人住めるように個室をつくっておいた。
一般街を歩き、程なくして新しく住む場所へと到着した。
三階建ての建物を見上げている子供たちに声をかける。
「ここが新しく住むところだよ」
「おぉ、立派だ。すげー!」
「「「「「わーーい」」」」」
子供たちは走って建物の中へと入っていく。サヤが止めようとしたが子供たちは建物の中へと消えていった。
「トウヤ様、申し訳ありません……」
「気にしないでいいよ。子供たちも嬉しそうだし。中に入ってみてよ」
サヤの背中を押し、一緒に建物の中へと入る。
建物の入り口はホールとなっており、一階には食堂や厨房、そして事務室がある。
二階からは子供たちの部屋とサヤやルミーナが泊まるための個室になっている。
子供たちは建物の中を走り回り自分たちの部屋を探していた。
「おい、トウヤ。この建物はいつから使えるようになるんだ? 私もここに引っ越す予定だからな」
一番後ろをのんびり歩いているルミーナから声がかかる。
実際には建物ができたばかりなので、これから使用申請をする必要がある。それによって国からの補助金などが支給されると聞いている。
まぁ俺の資産を考えたら補助金がなくても問題はないけど、これから先のことを考えたら申請はしておいたほうがいいだろう。
「使うのはいつでも問題ないよ。帝国への申請は俺はあくまで後援者ってことで代表者はサヤになってもらうから」
「そんな……。トウヤさんが全部用意してくれたのに……」
「気にしないでいいよ。これからはサヤに全部やってもらわないといけないし」
「それならサヤ、今週末にでも引っ越しをするぞ。どうにも貴族街は性に合わないからな」
サヤとルミーナと三人で建物へと入る。中では子供たちの走り回る音が響いてくる。
部屋を案内しながら二人に説明すると、サヤの目は子供のように輝いていた。
三階まであがると子供たちが自分たちの部屋決めをしていたようで、各自、ベッドを確保していた。
「あ、トウヤ兄ちゃんだっ! ねぇねぇこれからここに住んでいいんだよね?」
子供たちが希望に満ちた視線を送ってくるので素直に頷いた。
「あぁ、今週末には引っ越しをするつもりだ。そうしたらお前たちが住むことになるぞ。ちゃんとサヤの手伝いもしろよ?」
「もちろん! サヤ姉ちゃんは俺たちに任せろ」
子供たちの返事の思わず頬が緩む。やはり子供の笑顔は一番だ。
一通りの見学を終え、週末の引っ越しを行うために屋敷に戻って荷造りを行うと、サヤたちは戻っていった。
俺も自分の屋敷へと戻り、ダリッシュに引っ越しの手配を頼む。
大した量はないとはいえ、大人はサヤとルミーナの二人しかいない。荷馬車の手配を含めてする必要がある。
俺は執務室でサヤを代表とした養護院の開設届を記入したのだった。
週末には引っ越し作業を無事に終え、俺はサヤとともに役所へと届け出書類を持っていくことになった。
窓口にて書類を提出する。
「少々お待ちください」
受付をした女性が書類を奥の上司へと持っていくと、その上司は書類を持ってカウンターまで出てきた。
「お待たせしました。こちらで話を聞きますのでどうぞ」
上司の男性の後を追いと個室に案内される。
勧められるまま、俺とサヤは男性の向かいに座った。
「書類を確認させていただきました。いくつか質問をさせていただきますね。現在は代表者のサヤさん一人で、えーっと、子供が一二人ですね。一人でこの人数を大丈夫でしょうか?」
「えぇ、トウヤさんも見てくれますし、今でもBランクの冒険者が子供たちの相手をしてくれてますから」
男性は俺の方へ視線を向ける。
「トウヤさんってのはあなたですか?」
「えぇ、そうです。Aランクの冒険者をしています」
ここで貴族の名前を出してもいいが、そうしたら役所の担当者では役不足となってしまう。しかも養護院は管轄する貴族がいるので、その貴族の顔をつぶすことになりかねないので、あくまで冒険者としての立場を通す。
「そうですか。それでしたら当面の資金については問題はありませんね。これから書類を作成し、上司、担当貴族の審査が下り次第承認という形になると思いますが、少し時間がかかるかもしれません」
「時間というとどれくらい……?」
サヤが質問をすると、男性は腕を組み少し考え込む。
俺はそっと金貨を数枚入れた小袋を取り出し、男性に握らせる。
いくら役人とはいえ、多少の賄賂は必要だと理解している。本当な不正になるかもしれないが、いざとなったら侯爵という立場を出せば問題ない。
「できるだけ早めにしてくれると助かりますのでよろしくお願いします」
男性はテーブルの下で小袋の中身を確認すると、金貨だったのが予想外だったようで、目を大きく開いたあと、何もなかったようにポケットに小袋を忍ばせて笑みを浮かべ大きく頷いた。
「任せてください。できるだけ早く対応するようにいたします。査察がありますので、そのあとに許可を出すことになります」
「わかりました。ご助力感謝します」
俺が軽く頭を下げると、サヤも合わせたように頭を下げた。
軽く雑談を終えてから、役所を後にする。
サヤと養護院まで歩いていると、サヤが少し悩んだように口を開く。
「トウヤさん、あれでよかったのでしょうか」
きっとさっき渡した賄賂のことだろう。
「まぁ、必要悪ってことになるだろうね。本当ならダメなんだろうけど、貴族が役人に渡すのは違法ではないんだ。俺が侯爵の名前を出して仕事をさせるなら、結局同じように渡すことになるから」
実際に貴族が役人を呼び出しお願いをするときには、多少の金銭を渡すことがある。逆に役人は自分の出世のために賄賂を渡すこともあると聞く。俺はなんの役目を果たしていない貴族になるのでその必要はなかったのだが。
「……そうですか、わかりました。トウヤさんには何から何までお世話になりっぱなしで、どうやってこの恩を返していけばいいのか……」
「そんなこと関係ないよ。俺が子供たちのためにしてあげただけだから」
「ありがとうございます」
サヤの浮かべた満面の笑みに、俺も笑みを浮かべ頷く。
二人で帰りに市場に寄り俺が時限収納♯ストレージ#に荷物を入れるからと、大量の食材を買ってから養護院へと戻る。
子供たちは庭で走り回ったり、食堂で遊んだりしていた。
……やっぱり子供はこうじゃないとな。
先日行った養護院を思い浮かべながら食事の準備をする。
パンを籠に入れて、肉や野菜に火を通してからシチューを作っていく。
出来上がった寸胴を次元収納♯ストレージ#に一度仕舞ってから、食堂へと運び子供たちの皿へとすくっていく。
全員に行きわたり、サヤが代表してあいさつをする。
「トウヤさんのおかげでこうして新しい養護院へ住むことができました。神々とトウヤさんにお祈りして食事をはじめましょう。いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
初めての食事を楽しみながら新しい生活が始まるのだった。




