第4話
俺が皇帝に会うのに基本的に面会予約は不要とされている。
本来であれば公爵級以上が当てはまるそうだが、侯爵という役職ながら俺は救国の英雄ということで、いつでも会えることになっている。
午前中はダリッシュと打ち合わせを行い、帝都内で良い不動産がないか調べてもらい、午後から登城することにした。
「急にお伺いしてすみません」
「いやいや、トウヤ殿は義息子なのだからいつでも会いに来てくれていいのだ。早く孫の顔を見たいしの」
まだシャルは婚約者であるが、気が早い陛下に思わず苦笑する。最近はシャルたちとなかなか時間が合わず会うことが少なくなっていた。やはり未だ復興途中ということもあり、多方面へ激励ということで皇女としての役目を果たしているのだ。
雑談を少し話してから本題へと入っていくことになった。
「実は知り合いが帝都内で養護院を開く予定なのですが――」
昨日の状況を陛下に説明していくと、顎に手を当てて少しだけ考え込む。
「確か養護院の管理は……マッグラー子爵だったな。復興している最中であるし、保護している子供が増え養護院の予算が不足しているのは仕方ないと思っているが、そこまで差があるのはな……。わしの方からも確認してみるとしよう。それにトウヤ殿が養護院を運営するのであれば許可はすぐ出すようにしておく」
「ありがとうございます。私の方も建物を探している最中なので、決まり次第またご報告するようにします」
「こちらこそ済まない。帝都の中でもわしの目が行き届かないことが多いからの」
陛下に礼を告げ、城を後にする。
あとは適した建物があれば一番いいんだけど。
自分の屋敷へと戻ると、ちょうどダリッシュは来客を迎え打ち合わせを終えたところであった。
「これは丁度いいところに。目ぼしい物件を紹介してもらいましたので、確認をしていただこうと思ったところでした。ルーハンさん、こちらがキサラギ閣下でございます」
紹介されたルーハンは不動産屋なのかもしれない。俺の若さに驚きの表情を少し見せたが、商人なのかすぐに平常心のようにふるまう。
「これは救国の英雄、キサラギ侯爵閣下にお会いでき、光栄でございます。閣下のご要望の物件を用意しましたので、ご確認いただければと至急お伺いさせていただきました」
深々と頭を下げるルーハンに軽く挨拶をし、先ほどダリッシュに見せた資料をテーブルで広げていく。
「これが当商会が一番お勧めする物件でございます。もともとは宿屋であったのですが、先の抗争で営業ができなくなり手放した物件になります」
テーブルに広げられた用紙には、簡単な間取り図が書かれている。
一階には食堂と厨房、事務所、そしてお風呂もある。二階、三階は客室になっていて、各フロアことにトイレも設置されている。養護院を開くには十分な広さだ。
今サヤたちと暮らしている子供たちが全員入っても十分に余裕があり、新しい子供が増えたとしても問題はない。
俺が満足そうに頷いたようを察してか、ルーハンは話を続ける。
「場所も治安のいい場所ですし、裏には広くはないですが、庭もあります。建物も宿屋を経営していたので、綺麗に保全されておりますし一番お勧めの物件になります」
「うん、敷地的にも間取りも問題ないね。ダリッシュ、ここで話を進めてもらって構わない」
「あ、ありがとうございますっ!」
あとに話はダリッシュに任せることにした。最終的な売買契約の際に俺がサインをするだけでいいことになったので、挨拶をしてから自室へと戻る。
ある程度の資金は渡してあるので、改装から養護院の準備まで大丈夫なはず。
ソファーの背もたれに寄りかかりながら俺は先日行った養護院を思い浮かべる。
あの養護院はきっと何か裏がある。子供たち表情を見ていたらわかる。さすがに勝手に調べるわけにもいかないか……。
悩んでいると部屋にフェリスとティルが俺の顔を覗き込んできた。
「トウヤ、どうしたの?」
「……」
ティルはやはりまだ言葉は話さないか……。まぁそれでもフェリスと一緒にいてくれるなら問題はない。
「うん? ちょっと考え事をね。何でもないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうフェリス、ティル」
「それならよかった」
フェリスは笑みを浮かべて頷き、ティルは首を横に傾げた。その仕草に思わず頬を緩ませる。
今他のことを考えても仕方ない。新しく養護院ができるまでは他の養護院を見て勉強していくしかないか……。
数日間色々な養護院を回ってみたが、あそこ以外はどこも一緒だった。
やっぱりあの金満神父がいる養護院だけおかしい。
もう一度行ってみるか……。
買い取った宿屋の契約が終わり、養護院に使うための改装の手配も済んで出来上がるのが待つだけだ。
俺は街をフラフラと歩きながら目的の養護院へと向かう。
到着するとやはり他の養護院とは金のかかり方が違う。敷地の大きさから建物の大きさまで。
門のところへ行くと、ちょうど来客があったのか、官僚とも思われる服装を着た男が出てきた。
「では、手はず通りに。楽しみにしているぞ」
「はい、もちろんでございます。監理官様にはこれからもご贔屓に」
神父はごまをするように手をさすりながら、見送りをしているところだった。
出てきた男と視線が合う。先ほどとは表情が変わり眉根を寄せ俺のことをにらみつけてくる。
「……冒険者風情が何を見ているんだ? 俺を誰だと思っている? 上級監理官だぞ、俺は」
上級監理官のことは知っている。貴族に仕えている多くの官僚の中で、上位の役職だった。
元いた日本であったら、部長職あたりであろうか。
しかしだからと言って文句を言われる筋合いはない。
「監理官様、この方は冒険者ですが、何か養護院を新しく開くと言っておりました」
「なんだと……新しく養護院を開くだと……。ふーーん。そうか……」
養護院の開設には役所の許可が必要だ。コネがあれば認可は早く下りるし、何もなければ一定の時間が必要になる。
俺の場合はすでに陛下から許可をもらっている。今更役所を通す必要はないのだが……。
ここは探りを入れるのに相手に合わせたほうがよさそうだな。もしかしたらここの養護院がなぜ他と違うのかもわかるかもしれない。
「……実は知り合いがもともと養護院をしていたのですが、今回帝都に新しく出そうと考えているのです」
「そうか、戦後多くの養護院が必要となっているからな……。それにしてもその若さで……。何かあったら私が口を利いてやろう。それなりの手回しが必要だしな」
「そうですか。それはありがとうございます。必要になったらぜひ」
「よし、それでは」
監理官は片手をあげてそのまま去っていく。
俺と神父は見送りを行ったあと、改めて向かい合う。
「それで、今日はどのような御用で? 先日見学はしましたよね」
「えぇ、こちらの養護院は他とは違い、良い経営をされていると聞いたので、ご教授賜ろうかと思いまして」
先ほど神父が監理官にしたようにごまをすると、神父は上機嫌となる。
「そうかそうか。何があれば言ってくるといい。私とも上級監理官とは仲が良いのでな」
「はい、ありがとうございます」
神父の後を追い、養護院に入る。
相変わらずの豪華な造りであり、他とは全く違っている。
いくら寄付が多いとはいえ、養護院としてはありえなかった。
廊下の装飾品を眺めながら廊下を進み、応接室へと通され、勧められるまま席に座る。
「まぁ養護院を上手く経営するためには、養護院を管理している貴族や監理官の心証が良くないといけん。ほら、それにはわかっているだろう?」
グラスにワインを注ぎゴクゴクと神父は飲み始める。
やはり賄賂か……。しかし賄賂を出していたら養護院は余計に予算が足りなくなってくるはずだ。きっと何か裏があるはず。
それがわからないと解明できない。
子供たちが作っている物を商会に売ったとしてもたかが知れているはずだし……。
先ほどから子供の声も聞こえてこないし、他の養護院とはきっと何かがあるのだろう。
さんざんと神父から自慢話を聞かされ、ぐったりとしたが、仕方ないと思いながら金貨一枚を寄付した。
出口はわかっていたので、神父には別れの挨拶をし応接室を退出すると、子供たちの様子を伺うことにする。
廊下を進み、以前子供たちが作業していた部屋を覗きこむ。
部屋では子供たちが数十人無言でひたすらテーブルに向かって作業をしている。しかしその表情はやはり暗いままだ。
しかもよく見ると腕にはアザらしきものが見える。
……もしかしたら。
俺は部屋に入ると、子供たちの視線が集中した。
「みんな静かに」
ひとさし指を立てて合図をすると、子供たちは小さく頷いた。
『範囲回復魔法』
部屋いっぱいに広がるように意識を広げて回復魔法をかけると、子供たちの身体が光りだす。
子供たちは我慢していた痛みがなくなったのか、光りだしたことで驚いたように自分の身体を確かめている。
養護院の職員たちに気づかれないように、子供たちに笑顔で手を振ってから養護院を後にした。
「やはり虐待されている可能性があるか……」
どうにかしたいと思っているが、直接見たわけでもないし、まだ何ともいえない。
傷についても先ほどの回復魔法で治してしまったしな。
これから先注意深く見ていくしかない。
そう考えながら自分の屋敷へと戻ることにした。




