第3話
「帝都の地図に養護院の場所はチェックしておきました」
ダリッシュから受け取った地図を眺めると、帝都の外壁付近の平民街にいくつのかの印がついていた。
見境なく帝都を探すことにならなくてホッとする。
「ありがとう、これで少し見学に行ってみるよ」
冒険者時代のローブを羽織りながら、もらった地図を時限収納♯ストレージ#に仕舞いこむ。
侯爵当主として一人で行くのは少しだけ難色を示されたが、実際に俺よりも強い者などこの国にいない。勇者ですら俺に勝てないのに護衛など必要ではない。まぁ一緒に行く必要があるならルミーナあたりを誘えばいいだろうと思っている。
徒歩で貴族街を抜け商業街を歩き、外壁近くにある一つ目の養護院にたどり着いた。
お世辞にも綺麗な建物とは言えず、あちこち手作業で修繕したというのが目につく。中に入ると子供たちが中庭で遊んでいた。皆ボロを羽織っているが表情は明るい。補修だらけのボールみたいなものを男の子たちが蹴り合っていた。
しかしいきなり入ってきた俺に気づいたようで不思議そうにこちらを見ていた。
このままいても仕方ないと思い声をかける。
「こんにちは。ちょっと中を見学させてほしいんだ。責任者とかいるかな?」
「うんっ! いるよ~。ちょっと待っててねっ! シスター! 変な人が来てるよ~!」
……変な人って。
すぐにエプロン姿のシスターが扉から出てきた。まだ三〇代だろうか、少し疲れが見えるが問題はないように感じる。
「何か御用でしょうか? このような貧しい養護院など見ても得になるようなことはないと思いますが……」
怪しむシスターに対し微笑んで言葉を返す。
「実は知り合いが養護院を開きたいということで、普段どんなことしているのかなっと見学させてもらいたかったんです」
「そうでしたか……。今、国内の養護院はどこも定員いっぱいのはずです。ここにいる子も多くは親が戦争の犠牲で……」
「ただ、陛下は子供たちにために養護院の補助金を多くだすという噂も流れてますし、少しでも楽になるといいですね」
実際に補助金を多く出したというのは陛下本人からも聞いている。ジェネレート王国からの賠償金からかなりの金額が捻出されているはずだ。
「そうなのですか? ここの養護院は少しだけですが増額がありましたが、それでもどうにもならない状態でして……。まぁここではなんですから中へどうぞ」
シスターに案内され中へ入ると、やはり建物の劣化が激しい。
多くの補助金が出たはずなのに、いきわたっていないのではと疑わしくなる。
簡素な応接室に通されソファーに座るが痛みが激しいのか異音がするほどだった。
「急にお伺いして申し訳ございません。この帝都で冒険者をしているトウヤと言います。先ほど伝えた通り、この帝都で養護院を開く知人の代わりに見学させてもらおうと思って……」
「そうですか、しかし今は厳しい時期かもしれません。数年前までは助成金や寄付が行き届いておりましたが、戦争が終わり一気に助成金が引き下げられ、この小さな養護院程度では子供たちの食事も満足に出せない限りです……」
申し訳なさそうに俯くシスターも、食事を節制しているのだろうか、頬がこけている。
「ちなみにこの養護院では何人ほど子供を面倒見ているのですか?」
「ここでは二〇人の子供を面倒みております。それがこの建物の限界ですので……。一五歳になると冒険者になったり、商人の丁重など務めてから、少しだけ寄付はいただいておりますが、先の戦争で幾人かは連絡が途絶えてしまい……」
きっと戦争で命を落としたのかもしれない。
俺が参戦するまでにこの帝都まで堕とされていた。その間の犠牲者は数えきれないだろう。きっとここを巣立った子供たちも……。
思わず拳に力が入る。
「……そうですか。これは少ないですが、ここの運営に役立てていただければ」
時限収納から金貨を三枚入れた小袋をテーブルに置く。
「ありがとうございます。これで少しでも子供たちに栄養をつけさせてあげれます」
シスターはその場で片手で十字を切り、俺に向かって深々と頭を下げ、小袋を応接室に置かれている小さな祭壇に置いた。
「もう少ししたら昼ですし、厨房をお借りしても。子供たちに食事を振舞っても問題ないですよね」
「それはもちろんです。しかし手荷物がないようにお見受けしますが……」
「あぁ、大丈夫です。時限収納♯ストレージ#もちですから」
テーブルの上に市場で購入した大き目のパンをいくつか取り出した。
シスターは大きく目を見開いたが、目じりを下げ再度深々と頭を下げてくる。
「トウヤ様には感謝しかございません。ご案内いたしますのでこちらへ」
シスターの後を追い、厨房に向かう。簡易的な厨房であるが、子供たちのために多くの食器が並べられていた。
「こちらを自由に使っていただければ。本当にありがとうございます」
「用意はすぐできますので」
時限収納から大きな寸胴を二つ取り出して並べた。作ってすぐに仕舞っておいたからまだ熱く、湯気がたっている。
その横にパンを山のように並べた。これで夕食分も問題ないはず。
「……っ⁉ こんなにっ⁉」
「いえ、これくらいしかできませんから……」
「神に感謝を……」
シスターはその場で膝をついて俺に対して祈り始めてしまった。
思わず頬をポリポリとかいた後に、シスターの手を取り立たせる。
「そんなに気にしないでください。できることをしているだけですから。それよりも準備手伝ってください」
「あっ、はいっ」
そんな時厨房の外から声が響いてくる。
「なんか今日はいい匂いする~。シスター今日のご飯ー?」
厨房の入り口から子供が数人覗いていた。
「おぉ、美味そうな匂いがするー! パンもいっぱいっ」
他の子も食事に気づいたのかぞろぞろと厨房へ寄ってきた。
「ほら、みんな行儀悪いわよ。手を洗ってから手伝ってくれる?」
「「「「「はーい」」」」」
子供たちは食事が待ち遠しいのか勢いよく駆けていった。
「恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません」
「いえいえ、元気があっていいですよ。準備しちゃいましょう」
皿やパンをダイニングへと運ぶのを手伝い、準備を進めていく。子供たちも寸胴の中身が気になるようだ。
寸胴の中身はクリームシチューになっている。魔物の肉と野菜をいっぱいいれて、最後にミルクを入れている。
キラキラと目を輝かす子供たちに順番に皿へとよそっていく。子供たちも手伝ってくれ、各自にパンが配られる。全員に配り終わっても十分残っていた。
「今日は冒険者のトウヤさんがこうしてみんなのために食事を用意してくれました。皆さん感謝をしましょう」
「お兄ちゃんありがとー!」
「「「ありがとー!」」」
子供たちから感謝の言葉がダイニングに響き渡る。
「それでは神にお祈りしてから食事をしましょう」
俺も子供たちの間に入り、一緒に祈る。正直神を信じているわけではない。しかし、熱心な子供たちの祈りを無碍にするつもりなもなく、一緒に祈りを捧げた。
「「「「「いただきます」」」」」
シスターの言葉に合わせて食事を始める。
うん、美味い。最近は屋敷の料理長に任せきりだがいい味をしている。毎回大量の料理をつくってもらい、時限収納に保管させてもらっているが、申し訳ない気持ちになる。
ダリッシュに言って少し給金を上げるように言うか……。認めてくれるかはわからないが。
あちこちから「美味しい」という言葉が飛び交っている。食べている子供たちは笑顔だ。
戦争などで親がいなくなってこの養護院で育っているのだが、それを感じさせてないほど笑顔で溢れている。シスターの育て方がきっと立派なんだと思う。
「ほら、お替りはいっぱいあるぞ。好きなだけ食べろっ」
俺の言葉に子供たちは喜びの声を上げ、我先にと寸胴へ群がっていく。
程なくして寸胴の中身はきれいになくなっていた。しかし子供たちも満足そうな表情でお腹を撫でている。
その顔を見ているだけで笑顔になる。
食事を済ませたあとは当番の子供たちと一緒に食器を洗い、空になった寸胴を時限収納♯ストレージ#に仕舞う。
もう一つ残った寸胴は夜に食べれば問題ないだろう。
「本当にありがとうございました」
他にも養護院を回る予定だから、食事を済ませたあとは早々に養護院を後にする。
「時間があれば、また顔を出しにきますね」
「お兄ちゃんまた遊びにきてねっ!」
「また美味しいの待ってるぜっ!」
子供たちに手を振られて、養護院を後にする。
「次の場所は……」
地図を見ながら次の養護院へと向かう。
もう一か所の養護院も同じような感じだった。でも、子供たちも笑顔で庭で遊んでいる。神父と少し話をさせてもらって、寸胴を一つとパンを人数分、そして金貨をいれた小袋を寄付として預ける。
銀貨だと思っていた神父は小袋の中身を確認し、腰を抜かすほど驚き、何度も俺に頭を下げてきた。
やはりどこの養護院も経営は厳しかったようだ。
笑顔の子供たちと、恐縮した神父に見送られ、次の養護院へと目指す。
「次は……。ここは少し中心部にあるんだな」
他の養護院は中心部からかなり離れた外壁部に建っていたが、次は少し中心部に近い場所にある。
養護院にたどり着くと、思わず建物を見上げてしまった。
……なんでこんなに立派なんだ?
他の養護院とは全く違う。お金をかけて何度も修繕されており、建物の大きさも他と比較にならない。
でも、他の場所とはまったく違うのが一つ。
――――子供の声が聞こえてこない。
思わず探査を使うと確かに建物の中には人のいる気配がした。
子供たちは一か所に集まっている。
「何かやっているのかな……」
そのまま養護院に入っていくと、若いシスターの一人が声をかけてきた。
「この養護院へ何か御用でしょうか?」
シスターは白いローブを着ているが、出るとこが出ていて色気に満ち溢れていた。少しだけ頬が熱くなる。
「いえ、知人が養護院を運営するということで、手助けになればと帝都にある養護院を見学させてもらおうと」
「あら、そうでしたか。神父様もお見えになられておりますのでご案内いたします」
クネクネと官能的に歩くシスターの後を追うと、養護院とは思えないほど立派な扉の前にシスターは止まり、ノックをすうr。
「神父様、見学の方がお見えになられております」
部屋の中から入室の許可が出るとシスターは扉を開く。部屋に入ると、貴族の応接室かと思えるほど豪華な造りであった。
……ここは養護院なのか? 他の養護院とは違い過ぎる。なんでこんなに差があるんだ……?
疑問に思うが口に出すことはせず、案内されるがまま神父の前のソファーに座る。
神父はとても質素な生活をしているとは思えないような巨体で、指にはいくつもの大きな宝石が彩られた指輪をつけている。
「これは初めまして。我が養護院へようこそ。ここの運営をしております、カマラと言います」
「初めまして、この帝都で冒険者をしているトウヤと言います。実は――」
新しく養護院を運営する知人の助けになればと、今ある養護院を見学させてもらっていることを伝えた。
「そうでしたか。ここの子供は遊ぶより、成人してすぐに働きに出れるように、幼い頃より職業実習をメインにしているのえすよ。今も作業室で頑張っています」
だから静かだったのか。幼い子供もいるはずなのに、もう職業訓練とは……。でも悪いことではないので口出しはできない。
「そうでしたか。外から静かだなと思っていたので。それにしても、幼い頃から職業訓練など大変でしょう」
「ですな。しかし貴族様や商会などが大口の寄付をしていくれるお陰で、この養護院は成り立っておりますので。子供たちが創ったものも商会で引き取ってもらっているのですよ」
ニタニタと笑みを浮かべた神父が堂々と答える。
「……そうですか。だからこの建物といいよく管理されておりますよね」
ただ、なんとなくこの神父は気に入らない。
「そうですね。寄付をいただける人たちを歓待する必要もありますから。ある程度無理しているところもあります」
……その指輪を含めてどう考えても信用度は薄い。きついならそんな指輪なんてしないだろう。
「子供たちの顔も見たいのですがよろしいですか?」
「……えぇ、問題はありません。ただ作業をしているのでお相手をできるのかわかりませんが……」
神父が席を立ち、先導するままついていく。
廊下を進み、一つの大きな扉を開けると、子供たちが座って何かをつくっている。
「ここで様々な職業訓練しているのです。成人したら商会などを通じて職を世話していただいております」
子供たちを見渡すと黙々とテーブルで作業しているが、その表情は暗く感じ、他の養護施設とはどこか違う。しかもよく見ると身体のあちこちが汚れている。服ではない身体がだ。
――もしかして……。
俺が表情を険しくすると、子供たちを隠すように神父が前に立つと笑顔を向けてくる。
「まぁ今は作業中ですから、また後日にでも見ていただけたら」
「……はい、わかりました」
応接室に戻り、金貨を一枚寄付として渡すと、神父の態度はあからさまにご機嫌になる。
「トウヤ様には感謝いたします。これで子供たちにもいい食事が与えられます」
「それではまたお伺いするかもしれませんので、よろしくお願いします」
軽く挨拶した後に養護院を後にする。
それにしてもここの養護院はやはりおかしいと感じる。
「これはちょっと調べてみる必要があるかもしれない……」
そう心にとめつつ屋敷に戻ることにした。
◇◇◇
「そんなことが……」
屋敷に戻った後に家令のダリッシュに養護院の状況を話すと、少しだけ険しい表情をした。
「あぁ、他のところとは全く違っているんだ。もしかしたらあそこだけ何か裏があるかもしれない。陛下に聞いてみてもいいけど、一施設にことだけを聞くわけにもいかないしな」
「寄付があるのは知っておりますが、担当子爵がバランス良く支給することになっているはずです」
「どうも偏っているみたいだ。それにあそこだけ子供が全く元気がないように見えて仕方ない」
これから先、サヤに運営してもらう養護院についても、新しく建てたの方がよさそうに思える。一人では大変だから人を追加で雇うのもありだと思う。足りなければ俺が捻出すればいいことだ。
少しだけ贔屓しているようで他の養護院には悪い気もするが、これは仕方ない。
やはり一度、陛下に相談してみるべきかなと思いながら、紅茶を一口飲んだ。




