第2話
新しい屋敷の執務室で家令であるダリッシュと養護院についての打ち合わせを行うことにした。早々にサヤや子供たちの住居を用意しなければならない。
ダリッシュはまだ二〇代半ばであるが、頭がキレていて大抵のことは任せておける。この帝都のことも熟知しており、アドバイスをもらうにはうってつけである。
「ねぇ、ダリッシュ。平民街の方で養護院を作りたいんだけどどうすればいいかな」
「サヤ様たちのためですね。そうですね、帝都にもいくつか養護院はあるかと思いますが、そこに一緒に入るというのはどうでしょうか。今までサヤ様一人で運営していたと聞いておりますし、何かあった時のために複数人で管理されたほうが楽でしょう」
確かに言えている。最初に会った時のサヤは病気で伏せている時だった。一人だけでは気苦労も絶えないはず。
また同じような状況になる可能性も十分にある。
俺が頷いているとダリッシュは言葉を続ける。
「登録されている養護院でしたら、国からの補助も出ておりますし一度見学してみるのもいいかもしれませんね」
「うん、そうだね。子供たちも預ける場所だから見ておきたいかも」
サヤと子供たちを預けるならば、人格者であるのが好ましいし、以前からいる子供たちと仲良くできるかとの心配もある。
悪徳養護院だったりしたら、その建物ごと破壊するかもしれないし。
「でも行かれるのなら冒険者として行かれた方がよいかもしれません。貴族としていくとあちらも恐縮してしまいますし、管理している貴族の面子もありますから」
ダリッシュから帝国内の養護院を統括する貴族がいることを教えられる。貴族が管轄し、各養護院に補助金を出しているということだ。
しかも補助金を決めるのもすべてその貴族が担当しており、胸三寸で決まってしまう。特に先の戦争のせいで保護する子供が増えており、
「しかし先の戦争で被災児が多くいるので果たして受け入れてもらえるかは確認する必要がございます」
確かに言えてる。俺が戦争に参加する前はルネット帝国が劣勢であった。多くの兵士が命を落とし被災児も爆発的に増えたのは聞いていた。
ジェネレート王国からの莫大な賠償金を補助金として支給しているとのこと。
「明日にでも養護院を回ってみるよ」
「わかりました。私の方でも地図の用意をしておきます」
「うん、よろしく」
打ち合わせを終えると、子供たち顔を見るために以前住んでいた屋敷へと向かう。歩いて行くつもりであったが、ダリッシュに窘められ馬車で向かうことになった。
やはり侯爵という立場上、貴族街を一人で歩くなど面子が立たないとのことだった。
「一人で歩いても何があるってわけじゃないんだけどな……。何かあっても対応はできるし」
正直、襲撃者が何人こようが返り討ちにできる自信はある。
勇者にすら勝てたのに、襲撃者ごときに負けるはずはないと自負している。
「たまには冒険者らしいことしたいな……」
そんなことを思いながら馬車の窓から貴族街の街並みを眺めていた。
◇◇◇
「あートウヤ兄ちゃんだっ!」
子供たちが住んでいる屋敷に到着し馬車を降りると、俺に気づいた子供たちから歓迎の声があがった。
「お前たち、元気にしてるかっ」
俺の言葉に子供たちが元気よく手を挙げる。
「うん! この家大きいし、ご飯もいっぱい食べれるし楽しいよっ」
「それならよかった。サヤはいるかな?」
「こっちにいるよー!」
子供と手を繋ぎホールに行くと、サヤは数人の女の子と一緒に裁縫をやっていた。
「サヤ、遊びにきたよ」
俺の言葉に手を止めて振り向いたサヤは、俺の顔を見ると満面の笑みを浮かべた。
「トウヤさんいらっしゃい」
裁縫を続けている子供たちに「少し席を外すね」と声をかけてから近づいてくる。
案内してくれた子供はまた庭で遊ぶらしく、玄関へと駆けていった。
俺とサヤは応接室で向かい合って座る。
「どう? こっちでの生活は」
「こんなに大きな屋敷に住むのは緊張してしまいますけどね。それでも今は安全に住むことができるので、トウヤさんには感謝しかありません。しかしいつまでもここに住んでいるのはちょっと……」
本当ならこのままここに住んでいてもらいたいが、そうもいかない。貴族街に住んでいるのは暫定的であり、期限も決められている。普通であれば屋敷の外を歩いているだけでも捕縛される可能性もある。
侯爵という立場があるので無理をきいてもらっているが、一般的にはありえないことでもあった。
それをごり押しできたのは、俺がこの帝国での功績があったからこそだ。
しかし全員が賛成であるはずもなく、小言を言う貴族もいたのは仕方ないことだと受け止めている。
だからと言って〝救国の英雄〟と呼ばれる俺に対し、正面向かって文句を言えるはずもなく渋々納得していた。
「今、新しい養護院の建物か、既存の運営している養護院に入れないか調べているところだから少し待っててくれるかな」
「えぇ、トウヤさんがそう言うなら……」
サヤはこの国に来てから少しだけ俺に遠慮している。
以前だったらもっと親近感を持って接してくれていたのだが、ルネット帝国に移り住んで俺と再会し、屋敷に来た時は目が点になっていた。
しかもただの冒険者だったはずが、いつの間にか貴族になっており、上級貴族にあたる侯爵位まで得ている。
俺からは話していないが、屋敷の管理をしている従者からは話を聞いているのかもしれない。
俺がジェネレート王国とルネット帝国の戦争を終わらせた〝救国の英雄〟だと―ー。
だから普通ならこうやって面等向かって話すこともできないと理解しているのだ。子供たちはまだ理解していないようで以前と同じように接してくれるのは唯一の救いだ。
十分な食材や資金は渡してあるので生活には困っていないようなので、少しサヤと雑談してから屋敷を後にする。
「早く住むところを見つけてあげないとな……」
ゆっくりと進む馬車の窓から外を見ながら呟いた。
とりあえず1章分くらい投稿していきます。




