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63話 少年よ、大志を抱け

 陽も暮れ、パチパチと枯れ木と炎がぶつかり合う音だけが聞こえる。

 夜までに何とか皆が寝る家だけは確保出来たので、見張り要員だけを残して全員既に夢の中だ。

 いつもなら俺達もとっくに寝ている時間だが、今日は話をしておきたかったので、ユウを誘って焚き木の前に並んで座った。


「……俺さ、薬師になりたいんだ」


「薬師?」


 声に釣られて隣を見れば、僅かな月の光と焚き火の灯りで表情がぼんやりと浮かび上がっていた。


「ほら。うちの村さ、兵士は増えたけど怪我して帰って来ても、ちゃんとした治療が出来る人ってアルの師匠くらいじゃん。でもいつまでも頼りっぱなしって訳にもいかないだろうから、いつかは俺が代わりになれたらなって」


「……」


 横顔には幼少の頃のあどけなさを残したまま、それでも着実に彼は大人の男に近づいているのだと感じて、同い年として焦りを感じてしまった。

 そんな俺の思考などつゆ知らず、ユウは何故か恥じ入った様にその顔を俯かせた。


「けどうち兄弟も多いし、アルの家と違って学校も行けないだろうし、凄く難しいんだろうなってのはわかってるんだけど……」


「ううん。凄くいい夢だと思う。さっきジークさんもユウの事褒めてたよ。真面目で飲み込みが早いって」


「ほんとに!?」


 先程の話を伝えれば、ぱあっと表情を明るくさせた。

 ユウにしてみれば、憧れの職業の人に褒めてもらえたのだからそれは嬉しいだろう。


 それにしても、ユウの考えは偶然にも昼間俺が考えていた事と同じだったのには内心驚いた。

 しかもその人材不足を自ら志願して埋めようとしてくれるなんて、偶然だけではない意思を感じてしまう。ただの自惚れかもしれないけど。


「……なあ、笑わないのか?」


「なんでだよ。 頑張ってる奴を笑う理由なんかないだろ。むしろ居たら俺が殴ってやる」


「ぷっ…あはは、そうだった。アルはそういう奴だよな」


「さて、そろそろ寝ようぜ。家の外装だけ出来たとはいえ、明日も朝から忙しくなるぞ」


「うん。救護室のことは任せて!」


「頼りにしてるよ」


 "未来の薬師さん"


 俺がそう言うと、ユウはとても照れくさそうに笑った。



 ****


 翌朝。


「お母さん、ごはんおいしいね」


「そうねぇ。朝からこんなに温かいご飯が食べられるのは嬉しいけど……。こんな大変な時に、薪を沢山使って贅沢しちゃっていいのか心配になっちゃうわね」


「そこなご婦人とちびっ子よ! 心配はいらない! 私が居る間は食事の心配などさせないぞ!」


「わぁー、ほんと!?」


「うむ。男に二言はない!」


「ラス兄ちゃんかっこい〜!」


 やんや、やんや。

 ここでも謎に子供に人気があるラスティアは、朝から子供に囲まれてまるで保育士のようだ。

 その中に微妙な年頃の女の子が数人混ざってギラギラした目を向けている気がするが、きっと気のせいだろう。うん。イケメンが全面的に悪い。


「アル兄ちゃん!」


 朝ご飯を早く食べ終えた男の子数人が、顔に泥を付けたまま俺のところまでやってきた。


「俺、アル兄ちゃんが作ってくれた壁登り、一番上まで登れたよ!」


「僕も登れた!」


「おいらも〜」


「おっ、やるじゃん」


 やって来たのは、昨日、遊び盛りだがこの非常事態に遊んでやれる相手も道具もなくそわそわウロウロしていた3人組。

 彼らは俺より2歳年下で、大人達の手伝いをしたそうにしていたのだが、「危ないからあっちに行って遊んでいなさい」とにべもなく断られてしまったそうだ。

 だからと言ってこんな時に無邪気に遊べる程子供でもなかったようで、ひたすらウロウロしては遠目で大人たちを見つめていたので俺が拾ってみた。


「じゃ、じゃあさ!」


「うん。家の方は危ないけど、俺の手伝いをして貰おうかな」


「「やったー!」」


 彼らに昨日即席で作った、即席ボルタリング。

 元々あった崖の下にそこら辺の石ころを魔力で無理矢理埋め込んだだけのものだ。

 お手本にまずは慣れているカンラに登って貰い、勿論余裕で登り切った。

 歳下が出来たのだからと触発されたのか、若干ぼろぼろだけど何とか登り切ったようだ。

 体力テストは見事合格したので、少年たちが欲しがっていた仕事を与える事にする。


「それじゃあ、森に案内してくれ」


「「うん!」」


 俺の主な仕事は丈夫な家の外装を作る事だったので、最低限の仕事は昨日のうちに終えている。

 内装を担当するのはサフライやこの村の大人たちの仕事で、ラスティア達は各所のサポートについた。

 頼まれたのならともかく今しゃしゃり出るのも違うので、空いた時間は別の事に充てるつもりだった。


「おーっ、意外と静かだね?」


「なっ、何のんきな事言ってんだよアル兄ちゃん! 森は大人達でも危険だって……っうぎゃあ! 蛇がうじゃうじゃいる!」


「うわあぁぁ~! おいらのズボン噛まないでええええぇ」


「どうしようアル兄ちゃん! 足噛まれちゃった! ねえ僕もう死んじゃうの!?」


 森に入った途端、右往左往ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める子供達。

 すっかりこの世界での生活に馴染んでしまった身としては、慌てっぷりに少々呆れてしまう。


「……お前らなぁ。 蛇くらいでビビってるようじゃここから先には連れて行けないぞ」


 噛まれないように指で頭をグッと押さえつけて、子供のズボンになついていたのをポイっと放り投げた。

 だいだい、うちの村と似たような田舎育ちが毒蛇と毒なしくらい見極められなくてどーするんだ全く。最近の若いもんはこれだから困るんじゃ。ほっほっほ。


「びびってねえよッ!」


「「ね、ねーよ!!」」


 煽ってやれば、幼くとも男の意地があるのか啖呵を切っていた。

 若干腰が引けて面白いポーズだったが、男の尊厳としてそこは触れないでおいてやろう。


「よーしよく言った! じゃあ早速ここら一帯にいる蛇を一人当たり5匹は仕留めてこい」


「はあ!? 何でだよ嫌だよ!!」


 即答かよ。怖くないんじゃなかったのか。


「ビビってないんだろ?」


「怖かねーよ蛇なんか! でも蛇なんか集めたって意味ねえじゃん。俺達は皆の役に立ちたいんだ! アル兄ちゃんみたいに! 遊んでる暇なんかないんだよ!!」


 うーん。もっともな意見っちゃ意見だけど、俺は別に嫌がらせとか、からかうつもりでここに連れて来たわけではない。


「……うまいのになぁ」


「「は??」」


「ほら、何も一発で仕留めろ言わないからさ。こーやって深めの穴掘るだろ? んで蛇を穴に追い詰めて出られなくなったところをブスッと……なっ☆」


「「いやいやいやいや。そこで親指突き出していい笑顔の意味が分かんない」」


 サムズアップは通じないのか?


「皮剥いでー、内臓取ってよーく水洗いしてー、背骨もぶちぶちっと剥ぎ取って〜」


「「うえええええぇ……」」


 お、ちょっとグロかったか。


「焚火を用意してー、蛇の身は長いからな、針で縫うみたいになるべく細長くて丈夫な枝でグサグサッと刺して〜」


「「お、うおぉ……??」」


 ~~20分後~~


「よしっ、出来たぞ食え!」


「ってなんで蛇を料理してんのー!?」


 出来立てホヤホヤの蛇の蒲焼き(?)を前に、何故か3人組はちょっと引いて……いや、ドン引きだ。

 だが俺はどんなに引かれようともせっかくのこの美味そうな蒲焼を放置するなんて出来ない。味付けは塩のみだけど作った俺が蒲焼きといえば蒲焼きなのだ。サバイバル生活ではマインドコントロールも必修科目だぞ覚えとけ〜。


「では、いっただっきまー」


 す。と同時に脂が良く乗った身に齧り付く。

 口の中で噛みしめた途端、内側からもじゅわっと旨みが染み出してきて、4本脚の肉とはまた違うしつこ過ぎない脂が堪らない。

 蛇肉はわりと淡泊で、肉というよりは魚に近いかもしれない。……うん、どちらにしろ醤油が欲しい。


 ググウゥ~


「「!」」


 盛大な腹の音が3人同時に鳴った。本当に仲良しだなお前ら。


「腹減ってんなら食べていいんだぞ?」


 3人組は朝ご飯も早々に切り上げて暴れまわっていたので、腹が減っていてもおかしくはない。


「……それ、うまいの?」


「そりゃ極上に美味いってわけじゃないけど、まあまあいけるよ」


 子供達を尻目にむしゃむしゃと食べ続ける。欲を言えば小骨がうっとおしいが、貴重な栄養源(カルシウム)だと思ってボリボリ頂く。俺はもっと背を伸ばしたいのだ。


「お、おいらも食べるっ」


「あっ、ずりぃぞ俺も食う!」


「僕もっ」


 空腹には勝てなかったらしく、まず最初におにぎりが似合いそうな男の子が手を伸ばし、直ぐに他の子達も追随する。

 まだあるから慌てるなよ~。熱いから火傷に気をつけろ~。と手渡してやり、子供達はさっきまで警戒していたのを忘れたかのように、はぐはぐと良い食いっぷりを見せた。


「アル兄ちゃん、蛇いっぱい狩ってこう! みんなが食べれるくらい!」


「畑がしばらく使えないから、僕達が森から食料調達しろってことだったんだね!」


「さすがアル兄ちゃん!」


 粗方食べ終えると、両手につくった拳をぶんぶん上下に振り、目をキラキラさせてそんなことを言う。よほど蛇がお気に召したらしい。あと、俺の意図が伝わった様で何よりだ。


「まあ待て。それはもちろんだけど、みんなには先にこの森について勉強をして欲しい」


「えーなんで?」


「勉強なんかいらないから早く蛇狩ろうよ」


「万が一、毒蛇や毒キノコを知らずに持って帰ったらみんな死んじゃうかもしれないだろ」


「「!!」」


 先程の彼らの会話では"大人達でも危険"と言っていた。

 森も自然の脅威になり得ることは違いないので、警戒するに越した事はないが、森のことを良く知った上で言っているのか全くの無知なのかで意味は違ってくる。


「そこで、君達には俺がいる間に完璧に覚えて欲しい。責任重大な任務だ。出来るか?」


 予想外に責任重大な仕事だと分かると、3人組はゴクリと唾を飲み込んだ。

 ここの森はほとんど人間の手が入っていないだけあって、上手く活用すればあの村の大きな財源になる。

 3人組もそれを感じ取ったのか、それぞれ目を確認する様に合わせてから頷きあった。


「「……やります!」」


とんだ野生児になっちまった。

……眠たいので見直しは後日いたしまする〜。


追記:いつも誤字報告くれる皆様ありがとうございます。自分でかなり気を付けているつもりでも、気付かずに沢山スルーしてしまっているので本当にありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] (止まってしまった話のサブタイからとって) 作者様よ、ノパソ(執筆道具)を抱け! という事で、いつまでも更新待ってます。。 私も2019年の末にようやく投稿始めたので、感想でまた作品構成…
[良い点] とっても面白い!
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