61話 師匠と交渉してみた
タイトル、変な韻ふんじゃった感が拭えない・・・
「王都から馬車で3日程離れたハウステという村で、地面が激しく揺れ動いたそうだ」
「被害状況はどうなっていますか!? その周辺の村や町の方は?」
「村の周辺に民家はなかったが、その村の家屋が倒壊してほぼ全滅。夜間に起こった為家の中で休んでいたものも多く、幸い死者は出なかったものの家屋に押し潰された重軽傷者が大半らしい」
「そんな……」
天災に対する予想なんて、あってないようなものだとは頭では分かっている。
だが、まだ早すぎる。俺が良く知る通常の地震であった場合でも、多くの犠牲の上に培われた予備知識や事前対策、民衆の心構えと政府機関の素早い対応があってこそ、最小限の被害に抑えられていたのだ。
「すまないが、私は今からハウステ村に向かおうと思う」
「今からですか!?」
「ああ。このままではせっかく救われた命まで失われてしまう」
壁に掛けてあった厚手のコートを羽織い、今にも飛び出して行ってしまいそうなラスティアを引き留めた。
「待って下さい! ここから王都に向かったのでは、どんなに早くても1か月以上かかってしまうと聞いています!」
「そんなものは承知の上だ! だが、このままここでじっとしている訳にはいかない。私には民を守る義務があるのだ!」
思いもしなかった緊急事態に、動揺のためか聞く耳を持ってくれそうにない。
無理もない事だが、このままでは話し合いも出来ないので、まずは彼を冷静にさせなければいけなかった。
「……後で、如何様な処分も受けますので」
「ッ!?」
俺はラスティアの懐に瞬間移動すると、左拳で思いきり鳩尾を狙った。
ドッ! と鈍い音がし、腹からくの字に身体が折れ曲がっていく。
彼が油断していたおかげで、運よく一発で意識を刈り取ることが出来たようだ。
力が抜けた上半身の体重が俺の左肩に圧し掛かってきたので、それを支えようとする。
しかし子供の身体で大の大人をベッドまで運ぶのは少々無理があったようで、踏ん張っていると、頭上からサッと手が出て来た。
「お手数をおかけしました」
「いえ、助かります」
ホッとしたのもつかの間、老執事は俺からラスティアを受け取ると、俵のように抱き上げてベッドルームへと向かった。
意外に漢らしい抱き上げ方だと思ったが、所謂お姫様だっこよりは本人も周囲も精神衛生上良い判断だと感心した。
「それでなぜ儂の所に?」
「えーっと、恐らくご想像の通りだと思いますよ?」
すっとぼける師匠に対抗して、えへっ?と可愛らしく人差し指を添えて首を傾げてみる。
暫く睨み合っていると、根負けしたのか、ハァ~~ッ。とワザとらしく深い溜息をついて頭を抱えられてしまった。
……言い訳をさせてもらうと、俺は隣町に位しか行ったことが無いし、この件に関して一番頼りになりそうなのは師匠しかいないのだ。
「報酬は?」
「出世払いでお願い致したく!」
師匠は他人にも自分にも決して甘くない。
最早お金に困っていない師匠が依頼に対して報酬を要求するのも、後々の面倒を避けるのには物事の順序をきっちり踏んだ方が一番面倒を避けられるのを知っているからだ。
人間嫌いだけど、決して悪い人ではない。むしろ悪い人ならとっくに魔王の手先にでもなって世界の半分くらい滅ぼしてそうだし。魔王いるのか知らないけど。
「全く、都合のいい言葉を覚えおってからに……」
手を額に当てたまま首を振られ、全然期待してないような反応をされてしまったが、結局は渋々頷いてくれた。
「それで、どこまで飛ばせばいいのだ?」
「ハウステ村って知ってますか?」
「……ああ。確か特に何もない田舎の村だったか」
師匠は記憶を思い起こす仕草をみせて、何処からか出してきた地図でふんふんと位置を確かめだした。
「この辺りかのぅ」
これなら、何とかハウステ村までひとっ飛び出来そうだ。
「では早速、殿下を起こしてきますね!」
「まて」
「んのっ!?」
駆け出そうとした足は宙に浮いていた。
どうやら俺は首根っこを捕まえられ、強制的に足止めを食らったようだ。
後ろを振り向こうにもうまく振り向けず、微妙に息苦しいまま一体何事かと言葉を待っていると、師匠は感情を読ませない声で呟いた。
「お前が善意で目に届く全ての事に手を尽くそうとしているのはわかる。だが、いずれそれは限界がくるぞ」
「……はい」
今、後ろにいる師匠はどんな顔をしているのか。
でも今はそれよりも降ろして下さい。足がぶらーんとしているので非常に恰好悪いです。
「善意に善意を返してくれる人間ばかりではない。むしろ、お前の才能が大衆の目に晒される事によって、周りは敵ばかりになる可能性もある。それでもお前はあの若者を助けたいのか?」
師匠の言わんとする事はわかる。
師匠だって、生まれた瞬間から人間嫌いだった訳じゃない。
世間に揉まれて色んな経験をした上で、煩わしいものと関係を切る事に決めたのだ。
「何だかんだ言って師匠は優しいですよねぇ」
「お前はちゃんと人の話を聞いていたか?」
俺の台詞に脱力したと言わんばかりに、やっと地面へ降ろされた。
その表情は、寝言は寝て言え、とげんなりとしている。
「……思いやりがない人からは、そんな言葉は聞けませんよ」
準備があるからと、先に部屋を出ていく背中にそっと呟いた。
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「最近の王都の技術はずいぶんと進んでいるんだな……」
「……本当に稼働するのか?」
「さあ? こんな便利なものがあるなんて聞いたことねえ」
交渉の翌朝。
殿下を含む、先遣隊としてハウステ村に向かう面々が旅館の一室で待ち構えていた。
そこに現れたのは、本当に急いで準備をしてくれたのだとわかる若干顔色が悪い師匠と、母を除く領主一家の父とサフライと俺だ。
師匠が10人ほど乗れそうな転移陣を拡げると、その上に乗った者から順次ハウステ村に飛ばされると聞き、さすがの筋肉集団も動揺が隠せないようで、見たことも聞いたこともない【転移陣】とやらの存在にざわついていた。
「これで本当に、彼の地まで飛べるというのか……?」
「少しでも疑わしいのであれば、乗らない方が賢明でしょうな。御身に何かあっても一市民の私に責任はとれませんので」
「い、いやっ! そんなことはないぞ! もちろん信用している! なあっ爺!?」
「もちろんですとも!」
未知の存在の登場に、ラスティア殿下の疑問も無理もないだろう。
しかしながら師匠は懇切丁寧に皆の不安を取り除く説明をする性分ではなく、「疑うなら乗らんでいい」とばっさりしている。
俺としてもそんな時間が勿体ないし、自信に満ちている彼の態度は逆に信用に足ると思っている。
ラスティアも師匠が徹夜で仕事を仕上げてくれたのは顔色を見て分かっているので、しかも自分はあれから朝までぐっすり眠っていたことが後ろめたいらしく(主に俺のせいだけど)、断られてしまっては元も子もないと慌ててフォローしていた。……どこぞの乙女のように頬を赤らめている信者さんには今は触れまい。
「私達から行かせて貰おう」
「転移前後は酷い眩暈に襲われますので、目をしっかり閉じて暫く動かないように」
二次被害への注意を促し、殿下と老執事を先頭に筋肉集団もおっかなびっくりのまま、かき集めた物資ごと次々とあちらへ送られていく。
師匠が転移陣を数回起動し殿下側の人間が全て送られた後は、ラナーク村から向かう人間が送られるのみとなった。
「じゃあ、行ってきます」
「忘れ物はないな? くれぐれも無理だけはするんじゃないぞ。老師殿のいう事をよく聞いておきなさい。それからーー」
「あー、わかってますわかってます。大人の言う事はよく聞くようにしますので」
ここにいない母の代わりのつもりなのか、いつも以上に懇々と聞かされる父のそれを適当なところで切り上げさせてもらう。そもそも、精神的になら俺も十分大人だし!(キリッ)
「だが何かあったら……」
「村から向かうのは僕だけじゃないですし、出来る範囲で頑張ります。無理なこともしないと約束します」
「……わかった。お前を信用している」
父の本音ではまだまだ言い足りないのだろうが、グッと言葉を飲み込んでくれた。
「では向かうぞ」
「はいっ」
転移陣に飛び乗り、師匠と同時に詠唱の準備を始めた。
術者が転移陣内にいる場合は難易度が格段に上がるらしく、俺も使うのは初めてだから、これが転移陣デビューとなる。
深呼吸を1度してから、師匠と息を合わせ、ゆっくりと、確実に、暗記している詠唱を唱えていく。
すると、先程何度か目にした光景……キラキラとした白い靄に足元から徐々に包まれ、暫くすると身体の半分程度まで覆われた。
あともう少しだと師匠の視線が語り、俺は頷いて集中力を切らさないように目を瞑った。しかしその時……
「「ちょっと待ってくださーーーい!!!」」
「!?」
どこか聞きなれた複数の叫び声に、俺の華麗なるデビュー戦は失敗に終わったことを悟った。




