60話 急転
お待たせしました。
トライアンドエラーを繰り返した結果……もう謝罪の言葉も思い浮かばない。(゜∀゜)テヘッ
「おい、なんなのだここは!?」
「何って、見ての通りただの食糧庫ですよ?」
「ただのと言う割には、食糧庫中にかなりの魔力が充満していますが……」
ガハンスが王都へ旅立った翌日。
俺達は相変わらず、来る地震(?)に備えるべく、その対策案を練っていた。
「ここは、長期保存の為にある工夫をしています。ちょっと違和感があるかもしれませんが、人体には全く影響はないので安心して下さい」
「確かに不調はないな」
「これを王都にある主要な食糧庫に設置出来れば、いざという時に役立つはずです」
本来であれば隠しておいた方が良かった俺の無属性魔法だが、出し惜しみしている場合じゃない。
家族や師匠には呆れた顔をされてしまったけれど、大勢の命が脅かされている今、後々の事を考えている余裕はないのだ。後の事は後で考える。
避難所の確保と補強は現地で、王都にある国の食糧庫には俺が長期保存の魔法を掛ければいい。
そうすると、あと必要なのは準備に備える為の人手か。
「それなら私の部下を使うといいぞ。50名程いるが、じきにここに到着する手筈となっている」
「…………」
「む、どうかしたか?」
「……あの、もう一回言って貰えます?」
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「おう、ちっこい坊主! これから世話になるぜ!」
「いっ!?」
開口一番、口を開くと共に頭にドスンと衝撃が走る。
「いやあ、それにしてもいい部屋だな! 俺らにこんな良い部屋貸しちまって、本当に大丈夫なのか?」
「とか言って、ここも追い出されたら俺ら他に行くとこねーけどな!」
「「ぎゃははは!!」」
笑えない。全くもって笑えない冗談である。
手に負えない意味深な台詞はとりあえずスルーしておくことにした。本人達は楽しそうだが。
「次は皆さんの部屋の案内ですね。上の階になりますので、奥にある螺旋階段を登ってください」
ゴツい手でぐりぐり撫でまわしてくれたおかげでボサボサになった髪を整えつつ、職業は山賊でお間違いないですか? と思わず聞いてしまいそうになる風貌のおっさん集団を旅館の2階部屋に案内していく。
「1階に大きいお風呂場はありますけど、部屋自体はそうでもないですよ」
2階の客室は全て6畳部屋という決して広くもなく、そもそも個室ですらない。
簡素な二段ベットにテーブルと椅子、後は前世にあった旅館を参考にしたお茶が飲めるコーナーがあるくらいだ。
「いやいやいや! 坊主のそれは謙遜なのか自慢なのか分かり辛えが、ここは一般人が泊まるには相当上等な部類だろ」
「雑魚寝でもまあ普通だし、俺らにとっちゃ屋根があるだけでも有難い。なのに、清潔な部屋に風呂や茶まで浸かり放題で飲み放題なんだろ? 正直なところ、俺らはこんな良い宿に泊まったことは無えよ」
「お湯なんて、火属性と水属性のダブルでなきゃ有料なのが当たり前だしな!」
「そうそう。ただの自慢ならまだいいが、過ぎる謙遜は嫌味に取られるぞ?」
「はあ、そうですか……?」
熱心に説明されても、今更全部屋を作り直すわけにもいかないのだが。
この筋肉ダルマ……もとい、ラスティア殿下の部下総勢52名は、とても陽気な人達の集まりだった。
どんな連絡手段を使ったのか知らないが、事後報告もいい所のラスティアの報告を受けた翌日に彼らはやって来た。
だがこんな大勢を泊めておく場所はここくらいしかなく、階は別になるが、ラスティア同様この旅館に滞在してもらうこととなったのである。
ちなみに、彼らの宿泊代金は既に殿下が前金で支払ったそうで、そこはさすが王子様だと思う。おかげでうちの財政はちょっぴり潤いそうだ。
「ぅあっちい!!」
「大丈夫ですかっ!?」
突然の叫び声に、慌てて後ろを振り向く。
視線の先にはぶんぶんと右手を振る一人の姿があり、その手に必死で息を吹きかけていた。
どうやら、各部屋に取り付けてある給湯器を弄って小さな火傷を負ってしまった人がいたようだ。
ポットタイプだと盗難の恐れもあるので、前世の回転寿司でお馴染みの壁に取り付いているアレを参考にしたのだが、さっそく手を出してしまったらしい。
「あぁ、大丈夫です。あいつらここにあるもんが珍しくって、はしゃいで馬鹿やっただけみたいなので気にしないで下さい。全く、先程注意されたばかりだとのにどうして……。馬鹿者の所業としか言いようがない」
俺の隣で、額に手を当てて頭を振る彼に少し同情する。
毒舌気味な彼はこの集団の中でもリーダー格の人物らしく、髪は後ろにきっちり撫でつけられ、身なりもスーツっぽい格好でピシッとしていた。名前はジークさんというらしい。あと神経質そう。
「では、短い間ではあると思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
きっちり45度、ピシリと腰を折るジークさんに続いて、後ろにいたおっさん集団からも声がかけられた。
「「よろしくな坊主~~!」」
「だから、口を慎め馬鹿者!!」
よくわからんが、元気なのは良いことだ。
「お疲れ様でございました」
「ありがとうございます」
3階にあるラスティアの部屋に戻ると、老執事が俺を出迎えてくれた。
淹れてくれたお茶を一口頂いてから、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「あの、ところで殿下はどちらに?」
先程から、彼らの案内を命じたはずのラスティアの姿が見当たらないのだ。
「申し訳ございません。今、少し席を外しておりまして……すぐに戻るとのことでしたが」
老執事にも分からないらしく、居ないものはどうしようもない。
お茶でも飲んで大人しく待つことにして、ずっと無言のままもあれなので、共通の話題を振ってみる。
「彼らはどういった方達なのでしょうか? 身体はずいぶんと鍛えられているようでしたが、もしかして殿下の側近をしているとか……?」
「いえいえ、彼らは普通の村人……いや、元村人でしょうか」
聞けば、彼らは略奪被害を受けた元村人らしい。
その結果廃村寸前にまで追い込まれ、其々別れて受け入れ先を探そうと決意した矢先、ラスティアに出逢ったそうだ。
彼らが筋肉マンなのはともかく、山賊と見紛う傷だらけの肌や、数名が眼帯をしていたのも、当時に受けた怪我のせいかと納得がいった。
「廃村寸前になったのも、隣国ナルディアとの国境付近に彼等の故郷がありまして、ナルディア国での内紛に運悪く巻き込まれてしまったのです」
隣国から命からがら逃げ延びて来た平民や敗走兵が、関係ないはずの彼らの村にまで雪崩込み、混乱のままその村は戦場と化してしまった。
「迷惑すぎる話ですね」
「そうですね。幸い、今来た彼らの活躍によって村の被害は物資だけで人死には出ませんでしたが、今度は戦地となった畑が荒らされてしまった為に、国に収めるための麦が見込み量より大幅に減ってしまいました」
それで彼らは、自身の妻や子供を守る為に自ら身売りをしたらしい。道理で、彼らが中年男性ばかりなのも頷けた。
彼らに非はないのだからその年の税収くらい大目に見て欲しい気もするが、それをすればキリがないし、その土地の領主の判断にもよるそうなので、他所の人間が口を出せるものでもない。
そうしたすったもんだの挙句、ラスティアに「出稼ぎみたいなものだと思え」と、文字通り買われて彼らはここにいるそうだ。
「まあ、人生いろいろありますよね……」
「お前はたまに年寄りくさい事を言うよな」
「殿下!」
遠い目をしていたところ、部屋の主人が帰って来たようだ。
ラスティアは自らの正体を明かしたあの日から、燃えるような赤髪を隠すことはしなくなった。
「悪い、待たせたか」
「いえ、お茶をいただいていましたので。殿下はどちらにお出掛けで?」
「少し気になる事があったのでな。王都に残した部下と遣り取りをしていたんだ」
どんな遣り取りをしたら、王都と連絡を取れるのか。
この時代にはオーバーテクノロジーな予感がするが、そもそも魔法がある時点で言っても無駄なのか……。
「いえ、わかっております。殿下の秘密には、触れないでいた方が賢明ということですよね」
下手な事を聞く前に、手のひらを見せてウンウンと頷いておく。
「……その判断は間違ってはいない。だが、お前に言われると腑に落ちないのは何故だ?」
「気のせいですよー」
ハッハッハと笑って誤魔化しておく。
「ハァ、まぁ今はお前に追及している時間も惜しいか……。それより、部下の報告で伝えておかねばならない事がある」
「……なにか、緊急事態でもありましたかな?」
「ああ。その通りだ爺」
「「!!」」
恐る恐る尋ねた老執事に、ラスティアが肯定する。
予想よりも随分と早い嫌な予感に俺と老執事は息を飲み、よく見ればラスティアの額にも汗が滲んでいるのがわかった。
「昨夜、天変地異の前触れが起こったそうだ」
知らず、俺たちの拳は固く握り締められていた。




