閑話 私の弟達について
お久しぶりの閑話です。※リア充注意予報です。
私はガハンス。
今は人生大半を過ごした村を離れて、婚約者である彼女と結婚する為に、王都に向かう馬車に揺られている最中だった。
「遂にこの日が来ちゃったのね……」
馬車に乗り込んでからも何度も村の方向を振り返り、溜息をついて私よりも寂しそうにしている彼女に思わず笑ってしまった。
「すまない。エミリアはまだ私と結婚したくなかったか」
「なっ、そんな訳ないでしょ? 意地悪言わないで!」
少し揶揄うと、エミリアは拗ねてそっぽを向いてしまった。
ごめんごめんと軽く謝って機嫌を直してもらったが、やはりそれでもまだ彼女は少し寂しそうだった。
「私の故郷をそんなに気に入ってくれてたんだな」
「だって、お義父様やお義母様、アルくんや村のみんなにとっても良くしてもらったんだもの」
「そっか。でもそこにサフライは入らないんだ?」
「……サフライは、私に似過ぎててなんだか嫌なのよ。あっちもそう思ってると思うけど。アルくんはお義母様に似ててとっても可愛いのに」
「ハハッ、確かに」
実を言えば、エミリアと私が親密になる切欠はサフライだった。
2人を並べると、身長や髪の長さこそ違うものの合わせ鏡のようで、初めて彼女を見た時は自分の目がおかしくなってしまったのかと焦ってしまった。
「あの時、後ろからいきなり髪を引っ張られてとても驚いたわ」
「あれは悪かったよ……。疲れでおかしくなっていたんだ」
そう、あの後は大変だった。
連日続く扱きで今にも気絶してしまいそうなところに、弟にとても似た横顔と同じ髪色の人が現れて、当時ヤンチャ盛りだったサフライを良く叱っていた私は何を思ったのか、彼女の長い髪を思い切り引っ張ってしまったのだ。
「サフライの髪は君ほど長くも無ければ、美しくも無かったのにな」
「もう、調子が良いんだから」
艶やかな髪を一筋掬って詫びるようにそれにキスを贈れば、仕方ないわねとエミリアが笑う。
これは、私達のいつものお約束だった。
なんせあれが切欠で私はエミリアを怒らせてしまい、長い間口を聞いて貰えなかったのだから。
「貴方達兄弟は全然似てないのに、私とサフライが似てるなんて誰も思わないものね」
私は父に似て、アルは母に似ている。
今でこそサフライはエミリアの父である伯父に似たのだと分かるが、兄弟の中でも断トツに整った顔なのに、サフライ自身は両親どちらにも似ていないと気にしていたんだと思う。
意地っ張りなせいで下手にフォローしようものならどんどん意固地になるし、母に似たアルファンが生まれてからは少し荒れてしまったりして、情け無い話だが、私もどうすれば良いのか分からなかった。
でもいつの間にか、伯父に対面したり、アルに沢山振り回されたりしたせいか、その壁を自分で乗り越えたようだった。
「話は変わるけど、アルくんは王都で学ぶ気はないの?」
「……アルが通いたいって言うなら、学園に通わせようって両親は言ってるよ」
「やっぱりそうよね。私としては、騎士団に来てくれた方が嬉しいけど」
大多数の貴族の子弟と優秀な平民が通う王都の学園。もしくは、叩き上げの騎士団に入るのが王侯貴族の間では定石とされている。
アルは身体を動かすのも好きだけど、どちらかと言えば魔法や座学の方が得意だと老師様も言っていた。
アルの師匠である老師様は、アルの初めての我儘を叶えてやれなかった私達家族にとっても恩人だ。
魔法が学びたい、村の役に立ちたいからと、決して生易しくはない老師様にボロボロになりながら必死でついていく小さな後ろ姿に、両親と何度もやめさせようかと相談したこともあったが、今となっては感謝してもしきれない。
「アルの才能は、老師様くらいでないととても手に負えなかっただろうからな」
特に、唯一無二かと思われるオリジナル魔法は、扱いを間違うととんでもないことになる。
先程餞別だと言って渡された弟達の自重知らずの魔道具も馬車一杯に詰めて込まれていて、殿下と天災対策をしている合間にどれだけ作ったのかと嬉しさ半分呆れ半分、着いてから確認するのも怖かったりする。
「あらそう? 私はガハンスが弟に慕われる良いお兄様だったんだな〜って、感動しちゃったけど」
「揶揄うのはよしてくれ」
先程の仕返しなのか、悪戯に笑われてしまい柄にもなく顔に熱が集まった。
「お義母様は偉大よね。どうやったらあんな子供に育つのかしら」
「それは母が特別なんじゃなくて、アルが特殊なんだと思う。アルは生まれてすぐくらいから、大人の言葉を理解してるみたいだったし」
「……さすがね」
他人が聞けばただの兄馬鹿な台詞も、実際に本人を見た後では否定のしようがなかったらしい。
時に大人顔負けの意見を述べるのに、どこか詰めが甘くて憎めない。
アルは既に私より賢いのだろうが、不器用というかおっちょこちょいというか、とにかく目が離せなかった。
「でも、私達の子供は貴方に似てくれた方が嬉しいかな。とっても良い子に育つと思うの」
「……そう言ってくれて嬉しいよ」
彼女はいつもこんな風に、真面目しか取り柄の無い自分の存在を肯定してくれる。
ともすれば聞き逃してしまいそうになるさり気なさで、目立ちやすい弟達に比べて地味になりがちな私の心を救ってくれていた。
「うちに着いたら、スイートポテトを焼いてあげるわね」
「ん? エミリアは料理した事ないって、前に言ってなかったっけ」
我が家と違い、生粋の貴族令嬢であるエミリアは厨房に入る必要性は無かった。
「そうだけど、あの家にいる間に色々と教わったのよ。それに結婚するんだから、貴方の好物ひとつくらい作れないとダメでしょ?」
「…………」
「だから、ね。そんな寂しそうな顔しないで?」
「…………少しだけ、肩を借りてもいいかな」
何もかもお見通しな彼女にとうとう何も言えなくなってしまい、私は返事を聞く前に肩に凭れた。
くすくす笑う彼女の声色は心地いいのに、居心地はすごく悪い。
暫しの眠りに入る瞬間、……ああ、私は彼女に一生敵わないんだろうなと、そんな未来の予感がした。
ここ数日で再び日間に打ち上げて頂いたおかげで、密かに目標だった総合25000pt行きました!ありがとうございます!
下回らない様に頑張ります!爆




