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58話 護りたいもの

最初に謝っておきます。

今回からの話は不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれません。その予感がしましたら、直ちにブラウザバックされる事をお勧め致します。

 彼は本当に急いでシャワーを浴びて来たのだろう。

 目の覚めるような真紅の髪や顎先からポタポタと雫を垂らし、慌てて羽織っただろうシャツはまともにボタンも止められていない。

 男の癖に妙な色気を醸し出す苦しげな表情も相まって、事態をよく飲み込めていない俺は片足だけわずかに一歩後ろに引いてしまう。


「この姿を見ても、先程と同じ事は言えそうか?」


「正直、驚きましたけど……まあ、今のところは変わりありませんね」


「そうか!」


 ふっと息を漏らした音が聞こえたのは気のせいだったのか。

 次の瞬間には彼本来の明るい笑顔へ戻っていて、彼は結局何が言いたかったのかと思ってしまう。


「ははっ、お前は本当に正直な奴だな」


「え?」


「さっきから思っていることが全て顔に出ているぞ」


「!!」


 よほど分かりやすい怪訝な顔をしていたのか、ラスティアはくつくつとおかしそうに笑っている。

 俺といえば余りよろしくない思考を読まれてしまった気まずさでついと視線を逸らすが、「そこも否定しないのか!」とさらに爆笑されてしまった。

 なんなんだ。一体なにがそんなに面白いんだこの人。


「はーーーっ! こんなに笑ったのは久しぶりだ」


「……あの?」


 彼はひとしきり笑った後、笑い過ぎて眦に溜まった涙を指先で拭い、大きく息を吐いていた。

 けれど次の瞬間には呆然と立っているだけだった俺をじっと見つめて、なにか眩しいものでも見たように目を細めた。


「お前を一人の男と見込んで、頼みたい事がある」


 やっと本題か。しかし、そう思えたのは一瞬だった。


「私はもうすぐこの世から消える運命だ。そこで、私が居なくなったあとの事をお前に任せたい。報酬は、私が持ちうる全ての財産。頼み事は、棺桶に片足突っ込んではいるが隣にいる優秀な側近含め、私の部下達の今後の面倒を見て貰いたい」


「ラスティア様、一体何をっ!?」


 主人の斜め後ろで控えていた彼も知らなかったのか、聞いていた話と違うと言って焦っている。


「因みにですが、その人数はいか程なのでしょうか?」


「ざっと数えても五十名程だな」


「…………」


「いきなり無茶な事を言っているのはわかっているつもりだ。だが、今誰かに縋らねば私は死んでも死に切れない。そして現状、一番頼れそうなのがお前だった」


 ラスティアから提示された人数は、この村の六分の一に相当する人数だ。

 聞きたい事はたくさんあるが、俺が一番気になったのは、彼がわざわざ正体を明かしてまで彼の部下を俺に頼みたいというのであれば、今までの彼の言動と辻褄が合わないことがあった。


「では、スラウを強引に引き抜こうとしていたのは……」


「そうだ。失礼を承知でお前を試させて貰った」


 やはりか。


「お陰で一部の者には随分と嫌われてしまったようだが、損に見合うだけの収穫はあったと思っている。なぁ、今もそこで聴いているんだろう?」


「!」


 彼がチラリと目線を上げた先から、ヒュッと影が落ちて来た。

 それに一番慌てたのは、


「カンラなんでお前までっ、来るなと言っていただろ!?」


「この人にはもうバレちゃってるもん。関係ないよ」


 俺たちの間に降り立ったガハンスとカンラが言い争いを始め、さっきまでの緊迫した空気が少し砕けたものになっていた。

 暫くカンラを叱っていた兄だったが、俺達三人からの視線を感じたのか突然ハッとして、ぐるりと辺りを見まわすと誤魔化すように咳払いをする。…………兄よ。


「……失礼しました。しかし、腰を落ちつけてからにしませんか? それに領主である父を差し置いて、私達だけで村の今後に関わる議論するわけにもいきませんので」


「ああそうだな」


「下の階で既にお待ちしております」


「えっ!?」


 何それ、俺は聞いてないよ!?

 苦笑したふたりは特に驚くことも、抵抗することもなく、ラスティアは半乾きだった髪を手櫛でざっくりと整えると、老執事が寝室から持ってきたジャケットをボタンをしっかり留めたシャツの上から羽織らせた。


「あのー、それじゃあ風邪ひいちゃうんで。ちょっと失礼しますね」


 ブワッ!!


「んっ?」


 父を待たせているので、俺は急いで彼の髪を乾燥しにかかる。

 風魔法と火魔法を掛け合わせた、温度調節と風速次第で髪の毛から寝具まで活用できるすごく便利な温風魔法でとっても急いで彼の身支度を手伝った。


「ぶ、熱っ! 髪が顔に当たる! 勢い良すぎだろう!?」


 やれやれ。注文が多いお方だ。

 俺はあくまでも髪が濡れたままだと彼が風邪を引いてしまうかもしれないと思って、親切心でやってあげたというのに。……ただほんのちょっとだけ、温度とか勢いとか間違えちゃったかもしれないけど。


「くっ、仕返しのつもりか?」


「さて? なんのことでしょう」


 整えたはずの髪や服がボロボロになっているラスティアを見てちょっとスッキリして、1階で待っているらしい父に会いに、螺旋階段を下りていく。


「どうやら私の言葉は聞き入れられなかったようですね?」


「すまない。貴殿の息子が魅力的過ぎたんだ」


「ははは、お戯れを」


 苦笑で俺達を出迎えた父に促され席に着いたが、その瞬間からもうバッチバチだ。


「この容姿を見てもうわかっていると思うが、私は王家に連なる者だ」


「えっ! そうな……モゴモゴ!」


 耳元で「少し静かにしてろ」と兄の大きな手で口を塞がれ、強制的にお口チャックをされてしまった。


「では、先程の"この世から消える"とは一体どういう意味でしょうか?」


「ん? そのままの意味だぞ。明日にでも災いが起これば、私はその責任を取って処刑される手筈となっている」


「……なぜか聞いてもよろしいですか?」


 俺にも、どうしてその責任を人間が取る必要があるのかがわからない。

 ラスティアが言うには、数百年に一度に見舞われる天災が一年以内に迫っていると神官からのお告げがあったそうだ。


「それは私が王族で、この赤髪で、次期国王の片割れだからだな」


 片割れ……。つまり双子という事か。

 確かに前世でも、特に昔は双子は生まれる確率の低さから縁起が悪いとされていた事があった。

 それは双子は必然的に小さく生まれてくるケースが多く、飽食の時代以前は医学も未発達で、育ちにくいとされていたのも理由の一つだと言われている。

 それに加えてラスティアはこの世界で忌避されている赤髪だ。


「このお告げは私達が生まれたと同時に齎されたものだ。災いを避ける事は無理でも、原因(・・)がいなくなれば、民の心も多少は癒えるであろう」


 そんな馬鹿げた理由で、ひと一人の命が奪われてしまっていいのか。いいわけがない。

 本人にはどうしようもない事で、そんなことを許していいわけがないんだ。


「アルファン、お前は本当に優しいな……」


 お前が皆に好かれている理由が良くわかる。

 顔が歪むのをどうしても止められないでいる俺に、ラスティアはそう言って対面からお礼をするように頭をポンと撫でてきた。


「災いって、何が起きるんですか?」


「神官達の話では、大地が激しく揺れ動き、地面が大きく割れる天変地異が起こるそうだが……」


「地震ですか」


 神官のお告げの信憑性は置いておいても、天災だけは人間には太刀打ち出来ない。

 文明があれだけ進んだ現代日本でも、それだけは手も足も出なかったのだから。

 王都を中心に天災が起こるとされているお告げで、王都から遠く離れた場所(ここ)に大事な人達を避難させたいとラスティアは再度懇願する。

 告げられた衝撃の事実に、他人事ではなくなったと皆の顔も真っ青になっていた。


「では、被害を最小限に抑える努力をしましょう」


「「!?」」


 一同がバッと揃ってこちらを向いた。


「で、出来るのか!? そんな事が!」


「結果がどうなるかなんてわかりません。でも僕は、何もしないまま大切な人達を奪わせたくない」


 もしかしたら全て無駄だったと嘆く日が来るかも知れない。

 それでも、指を咥えて待っているなんて俺には出来そうにもなかった。


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