56話 体験学習
い、1か月って早いですね、、、ごにょごにょ。
「おにーちゃん大人なのに下手くそー」
「ちがうよ、もっと上から順番に指でぎゅうぅ~ってするの。ぎゅっぎゅってしちゃだめなの」
「~~ええいっ、お前らの説明は擬音が多くてわかり辛いわ! 実際にやってみせろ!」
俺より小さな子供に容赦なく罵倒(?)され、大人げない大の男がぷんすか怒って匙を投げだした。
10歳以上歳は離れているだろうに、自分と同レベルで言い合いをする大人が珍しいのかキャッキャと楽しそうな子供達は怖いもの知らずというかなんというか……。
「えーっと。予定よりちょっと早いですけど、次に行きましょうか?」
しかし案内役を任されているこちらとしては機嫌を損ねられてしまっては元も子もないので、後ろで見守る様に立っている老執事にそっと確認をとる。
「いえいえ大丈夫ですよ。それに、あの方がこんなに楽しそうにしているのは久しぶりです」
「……そう、ですか?」
目を細め、どこか嬉しそうに子供達と騒いでいるラスティアを見る老執事の言葉は嘘ではなさそうだ。
結局、午後からのラナーク村の案内は牛の農場と養鶏場から先に回ることになった。
そしたら早朝の手伝いを終えた子供たちが偶然その近くで遊んでいて、見慣れない顔に興味津々でぞろぞろとついてきてしまったのだ。
始めは遠くからそおっとこちらの様子を伺っていたが、大人しい牛を初めて見たらしいラスティアが乳しぼりをしてみたいと言い出し、週の半分以上ここの手伝いをしている為、最早大人と変わりなく乳しぼりも掃除の手伝いも出来るようになっている子供達はラスティアの決して上手とは言えない乳しぼりを見ていられなくなったのか、だんだん遠慮がなくなりアドバイスなのか喧嘩を売っているのかよくわからない状況に陥ってしまった。
「数人分くらいは絞れましたね。早速飲んでみますか?」
「ああ、飲むぞ!」
子供達に教えられながらめげずに乳しぼりのコツを覚えたラスティアの成果を早速試飲してみる事にした。
ただ、殺菌消毒されていない生乳だとお腹を壊す可能性もあったので、さりげなく二人の状態と牛乳に細菌が混じっていないかを【鑑定】してから、牛乳用の大きなバケツから木製のコップへ豪快にじゃぶっと掬い入れる。
毒見は目の前で行ったので必要ないそうだ。
「お前たちが言う牛乳とやらが何なのかよくわからなかったのでな。良い経験になった!」
白い口ひげをつけた彼を見ていると、給食で牛乳の一気飲みをして怒られていたかつての同級生を思い出す。
なんか不思議と憎めないんだよな、この人……。
「お気に召したのでしたら旅館の者に伝えておきましょう。ここの牛達が元気であれば、ここにいる間は毎日搾りたてが飲めますよ」
「そうだな、頼む」
王都では牛乳はあまりメジャーではないのか、牛乳を始めて飲んだらしい2人は上機嫌だった。
確かに現代社会でも乳製品の台頭が先で、原料である生乳が飲まれるようになったのは後の事らしいので、まだまだ世間に浸透していなくてもおかしな話ではないのかもしれない。
「ここではこの村の名産品が採れます」
「……その名産品とやらはどこにあるんだ?」
「やだなぁ。目の前にあるじゃないですか」
「まさか、この雑草がか!?」
次に河川敷に案内をすると、ラスティアと老執事は膝の高さほどまである雑草を見てギョッとする。
だが残念。さすがに雑草は俺達でも食べられない。
「いえ、それではなくこの辺りからあの大きな木がある辺りまであるこの小さな花の蕾とその葉の柄ですね。蕾はもう少し大きくなって花が開く前に、葉柄はその少し後に収獲しています」
「…………そうか」
「世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあるのですね……」
2人は蕗が雑草とどう違うのかわからないらしく、何度も見比べては「本当にこれを食べるのか?」と困惑した表情を浮かべていた。
立派な山菜なんだけどね。実際に食べてみなければ納得できないのは仕方がない事かもしれない。
「暖かい時期でしたらもう少し案内出来る場所もありますが、今はこれくらいしかありませんね」
なんせうちは自他共に認める田舎である。
せめて春先や夏場に来てくれたらもう少しなんとかなったかもしれないが、はらはらと雪すら降るこの寒い季節に来られてもどうしようもない。
「冷えてきましたし、そろそろ旅館に戻りましょうか」
「そうですね」
「うむ。農場で思ったよりも時間を取られてしまったからな。それに夕食前に一度着替えておきたい」
全力で遊びまわり常に泥んこな子供達と戯れていたせいか、確かに裾や袖が汚れてしまっている。
個室の風呂もいいけど、大きな風呂は珍しいそうなので2人にも是非体験してもらいたい。
「では一緒にお風呂に浸かりに行きましょう! 大きいお風呂というのもいいものですよ」
「「……えっ?」」
「え?」
身体が冷えているだろうと2人を風呂に誘ってみたのだが、何故か2人して固まってしまった。
「い、いや。私たちは……なぁ爺?」
「ええ。私たちは部屋でいただきますのでお気遣いなく」
「……はぁ」
女子でもあるまいし、一緒に風呂に入るのが恥ずかしいというわけでもないだろうに。
違和感ありまくりな2人を俺は思わずまじまじと見てしまう。
「か、帰るぞ!」
慌てて旅館へ引き返すラスティアを追いかけ、部屋の中までついて行こうとしたら流石にそれはぺいっと廊下に放り出されてしまった。……むむっ、これはますます怪しいぞ。
「あら? こんなところに座り込んでどうされたのですか」
「ミシェルさん!」
放り出されたまま廊下で考え込んでいたら、空き部屋からミシェルさんが現れた。
いくら利用客が居なくとも、部屋の埃は自然に溜まってしまうものだし、お客さんがいつ来てもいいように空気の入れ替えやシーツ交換もしておかなければならないのだ。
「いえ、少し考え事をね」
ずっとここにいるわけにもいかないので、立ちあがって軽く埃を払う。
ラスティアの隠し事は何なのかすごく気になるところではあるが、ここでこうしていたって分かるわけではない。
「……あの」
「?」
何やらミシェルさんが口元に手を当ててこそこそと話しかけて来たので、他人に聞かれてはまずい事かと察して俺も耳を寄せる。
「後で、アリスと会っていただけますか?」
「! はい、もちろんっ」
そうだった。ラスティア達はアリスのあれを気にするかどうか分からないが、トラブルの元は少ない方が良いだろう。
ミシェルさんはまだ仕事中なので、俺1人で早速アリスに会いに行くことにした。
親兄弟が外で働いていて、一人で留守番も難しい年齢の子供たちは、毎日村の中心にある礼拝堂に集められており、それを現役引退した爺さん婆さん達が交代で面倒を見てくれている。
アリスもひとりっ子で一緒に移住してきた従妹たちも年が離れていている為、日中はそこにいることが多いようだった。
「アリスー。迎えに来たぞー!」
「……あーーーっ!」
子供たちで思い思いに遊んでいるところに声を掛けると、背を向けていたアリスが振り返って嬉しそうにパタパタと駆け寄ってくる。
それを抱き上げてやると凄くはしゃいでいて、しばらく相手をしてやれなかったからかと反省した。
「ミシェルさんに頼まれたから、アリス連れて帰るね」
「あいよ。嫁にでもなんにでももらってって下さいな」
「……ちょっと。何歳離れてると思ってるの?」
あっはっはと笑い飛ばす爺婆にはジト目の俺のつっこみは聞こえていないようだ。
……全くもう。隙あらば幼気な子供達や思春期真っ盛りの青少年を揶揄おうとするんだから。
相手にしてられないので、ミシェルさんから預かった社員寮の鍵を握り締めてアリスの家へと向かった。




