54話 村の未来、個人の未来
守れない約束はもうしません(訳:すいませんでしたーー!!)
「どどどど、どうぞお召し上がりくださひっ」
真っ青な顔で配膳に現れたスラウは頑張った。最後の一文字がひっくり返ってしまっていたけど、いくら王都の食事処で評判だったとはいえそれは相手が平民の場合で、対貴族への接客経験などないのが普通だろう。
「おおお! なんだこのちぐはぐな飯は!?」
4人の目の前に置かれたのは、くず肉や細切れの野菜が入ったスープに、シンプルなサラダ。一見なんてことのない普通のパンに、メインはありがちな3種類の部位のステーキ。
王都ではよく見かける気位の高い貴族から見れば、いかにも田舎者が頑張って用意しました! な食事で、意外性の欠片もなく、仮に審査員を頼まれたのであれば“つまらない”と評せざるを得ないものだったろう。
「こんなに普通なのにうまいっ! 美味すぎるぞ!」
がつがつ、モグモグ! と我を失ったように食べているのに、それでも気品を失わないのは育ち故の賜物か。いや、それでも食事中に何度も確認するように「やっぱりうまい! こっちもうまい!」と喋り通しなのはいただけないが。
「ほぉ……! これは確かに美味しいですね。特にこのスープは優しい味わいなのに奥深い」
中でも一番普通過ぎて、ともすれば不名誉な評価を受けそうなスープは老執事のお眼鏡にかなったようだ。
それもそのはず、このスープは鶏の骨から臭み取りの野菜と一緒にぐつぐつと灰汁を取りながら何時間も煮込んだもので、実は一番手間がかかっていたりする。
サラダだってシンプルながら今朝採れた新鮮な野菜だけを使用しているし、なんてことのなさそうなパンももちろん天然酵母入りのパンで、パンには試行錯誤して最近成功したハーブ入りの塩気が効いたバターが添えられており、ふわふわなパンと濃厚なバターの組み合わせが合わないわけがない。
メインのステーキ3種は、まずはスタンダードにみんな大好きサーロインステーキ。こちらは口に入れた瞬間じゅわっと肉の甘みが口に溶けて拡がり、肉好きにはたまらない柔らかさと歯ごたえを持ち合わせている。もう一つは、柔らかく脂身の少ないもも肉の中でも一番柔らかいランプ肉で、脂身が苦手な人でもあら不思議。ぺろりと食べれてしまう。最後は、言わずと知れたステーキの王様・シャトーブリアン様。一頭の中から僅か3%しか取れない超希少部位で、牛の中で最も柔らかく、食した者すべてを虜にしてしまう罪なお方である。題して、乳牛用に育てている牛とは別に森から狩ってきた獰猛な方の牛肉のステーキ3種~コトコト煮込んだ玉ねぎソース添え~だ。
「そのセンスの欠片もないタイトルはどうでもいいが、確かに腕を上げたようだな」
そう、なにを隠そう隣で満足そうにしている人のプレッシャーに鍛えられた哀れな料理人の末路……じゃなくて、立派な成果だ。美味いのは当然というわけである。って、あれ?
「こっちの芋には、パンのバターを付けても美味しいですよ」
「なにぃっ! ……あ。だ、だがこのピンクの皮は」
「あ、もちろん皮は残して大丈夫です」
ほぼ完食されているラスティアの皿を見ると、丸ごと蒸かして十字の切れ目が入れられているジャガイモが唯一手付かずで残されていた。どうやら、ピンクの皮が駄目だったらしい。
皮は食べなくて良い事を知ると、ラスティアはすぐに俺のアドバイス通りステーキの添え物としておかれていたジャガイモにぺとりとバターを付けた。出来たのはもちろん、バターの出現によって再現可能になったじゃがバターである。
「いい香りだ!」
丸ごと蒸かしていた為、料理の最後になってもまだ温かさを残していたジャガイモは切れ目に置かれたバターをとろりと溶かしていく。湯気と共にふんわりとした香りは鼻腔まで届き、膨れた腹でも食べたいと思わせた。
「っっうまい!!」
「あ、ありがとうございます!」
「お、そこの料理人! やるではないか!」
実はずっと部屋の隅に居て、話しかけられたくないあまり息を殺して空気と同化しようと無駄な努力をしていたスラウ。人見知りがここにもいたよ。
だが俺は、先程からラスティアが美味い美味いと連呼するたびにパァッと顔を綻ばせていたのを知っている。師匠は間違ってもあんな風に声を張り上げたりはしないからだろうけど、にやにやしてはハッと正気に戻りの繰り返しが面白くて思わず噴き出してしまいそうになった。
本人がいくら苦手なタイプでも、料理人にとって美味しいという言葉以上に嬉しいものはないのだろう。というかこれだけ褒めちぎられれば誰だって嬉しいに違いない。
ラスティアはその勢いのまま立ち上がると、スラウのもとへつかつかと歩いて行った。
「どうだ、うちの料理人にならないか?」
「「えっ!?」」
いったいどうしたのかと思って見ていれば、スラウの手を握って引き抜き交渉をし始めたではないか。
「お主であれば、いずれ料理長になるのも夢ではないぞ!」
「え、いや、それはその。ありがたいお話ではありますが……」
おっ、スラウが見るからに押しの強そうなラスティア相手に何とか踏ん張っている!
ちょっと感動ものの光景だが、しかしスラウは既に父様に忠誠を捧げている身。形だけの見習い期間が終ればここの旅館の料理長になることもほぼ内定している。彼の家族のこともあるし、そうほいほいやれるものではない。
「ラスティア様。申し訳ありませんが、スラウはここの料理人ですのでご容赦下さい」
「ぬ?」
俺は二人の間に立って、スラウの手を握っているラスティアの手をそっと引きはがした。
「幸い、彼の家族もここを気に入ってくれているようですし」
「だがな。言っては何だが、こ奴の才能を、このような碌に腕を振るう場所も相手もいないまま埋もれさせてしまうのはどうかと思うぞ?」
「……っ」
「適材適所という言葉がある。お前も幼くとも領主の子。人の上に立つ側の人間として、どの選択が一番本人の為になるのかを考えねばなるまい」
要は、スラウはこんな田舎にはもったいない。この村にその価値はあるのか? ラスティアはそう言っているのだ。
これは挑発にもとれる発言で、俺はこの人に試されているのかもしれない。
でもそんなことは関係なく、何も言い返せない自分が悔しかった。
この村を、家族や村の皆を馬鹿にされた気がしてものすごく腹立たしかった。
「いい加減にしなさい!」
ギリ、と握り締めた拳が白くなる頃、背後から叱りつける怒声が聞こえた。
俺とラスティア、なぜかスラウまで驚きでビクッと肩が跳ね上がり、ポカンとして振り返れば鬼の形相の老執事がいる。
「こんなに小さな子を! いい年をした大人が虐めて! 一体何を! しているんですかっ!」
「な!? あっ、いたっ、わかった! 悪かったから! それはやめろっ、痛い!」
「もう一度学院に入学されるところからやり直しましょうか!? ええ、ええ! 爺はどこまででもお付き合いいたしますよ! 本当に情けないっ」
老執事はラスティアの前に立つと、突き指をしそうな勢いでラスティアに連続デコピン攻撃を開始した。しかも一回一回がクリティカルヒットしていて地味に痛そうだ。
学院というフレーズが出てきたが、これはニュアンスから読み取るに、前世で言うところの「幼稚園からやり直せ」的なものなのだろう。
「……使え。血が出ている」
「あ」
いつの間にか右隣に移動していた師匠にハンカチを押し付けられたと思ったら。
本当だ。さっき握り締めた時に爪が深く食い込んでいたみたいだ。指まで垂れてるし、このままだと絨毯まで汚しかねなかった。危ない危ない。
「ありがとうございます。助かりました」
「それよりお前は、」
「なんですか? 師匠」
「…………いや、何でもない」
ーーごめん師匠。
師匠がなにか言いたそうにしていたのは気付いてたけど、笑顔で何も言わせなかった。
だって悔しくてもラスティアが言っていたことは紛れもない事実で、もし下手な慰めなんかされてしまったら、きっともっと自分が惨めになる。
今回はうやむやになってしまったけれど、この先、村の優秀な人材が他の人の目に触れてしまったら、根こそぎ引き抜かれてしまうなんてこともあるのかもしれない。
この村に魅力がない、なんてことはないと思うしそう思わせない努力はしていくつもりだけど、他の恵まれた領地よりも歩みが遅いのもまた事実だ。
「アルファン様」
「……スラウ?」
とんとん、と肩を突かれて俯いていた顔を上げると、そこには優しく微笑むスラウの顔があった。
「私は、いえ、領民はこの村の領主一家様方をとても誇りに思っています。それこそ、知らない人に自慢して回りたいくらいには」
「……」
「それに、アルファン様がまだまだ面白いことを考えていらっしゃると聞いてみんな楽しみにしているのです。なのに、こんなところで終わってしまっては困りますよ?」
「……うん。そうだね」
村の未来と個人の未来を天秤にかけてみろと言われて、俺は直ぐに答えることが出来なかった。
でもそれでも、何より本人がこの村に居たいと言ってくれるのなら、その間だけは甘えてもいいんじゃないか。信じてくれた分、必ず恩に報いるのだと自らに試練を与えて。
「師匠。これ、必ず洗って返しますから」
「……もういらんから絶対返すな」
ズズッと啜った音に、師匠は嫌そうな顔をしていた。




