52話 お部屋案内と営業努力
「こちらが応接室です」
「ほぅ。正直、外から見た時はデカいばかりで期待外れかとも思ったが、田舎領地にしてはなかなかの職人を揃えているようだな」
詰所から徒歩で移動し館内の入り口に近い応接室に案内すると、部屋の中をぐるりと見渡したラスティアは感嘆の溜息を漏らした。
確かに、旅館の外装は頑丈さと面積を重視したのでコンクリ打ちっぱなしの大きいだけの建物に見えるが、ぶっちゃけ過ぎではないだろうか。
「そうですね。仰る通り現在は外観まで手が回っておりませんが、追々手を付けていこうと父とも話し合っていたのです」
そんなことは欠片も予定に入ってはいなかったはずだが、我が兄は涼しい顔で嘘をついている。しれっと対応しているあたり、流石は次期女伯爵の夫君ということか。
「お二人はこちらへお掛けください」
「いえ、私はここで結構ですのでお構いなく」
扉を開けて2人に奥側の簡易ソファー席を勧めるも、真ん中にドサッと金髪貴公子ラスティアが座り、老執事はその後ろに立つだけだった。
どうせなら元気が有り余っていそうなラスティアより爺さんに座ってもらいたいところだが、仕事の関係上そうはいかないのだろう。それに、師匠やじいちゃんも年寄扱いをされると静かに怒るか拗ねるタイプなのでデリケートな問題かもしれない。
お互いに腰を落ち着けたところで緊張気味のミシェルさんが応接室に入室してきて、緊張の為か、カタカタと震える手でお茶を置くとそそくさと逃げるように退室していった。
「して、話し合いとは一体何なのだ?」
「そうですな。我々からお伺いしたいのはまず、ラスティア殿がここに滞在する期間はどれほどと考えておられるのか、私共としては旅館の最上階の一室を滞在中の拠点にしていただければと思っておりますが……」
「滞在期間はまだ決めていない。拠点に関しては、ここを見る分には最上階がこの部屋以下ということはないだろうし、爺もそれで良いな?」
前世でもそうであったように、この世界でも階数の高い部屋は一種のステータスであるようだ。
この旅館自体、精一杯の見栄を張るために冬場の今は割と高値で取引されている毛皮を絨毯代わりに廊下の通路やこの部屋にも敷いていていたりする。加えて年中無休で空調もバッチリなので、馬車移動で冷えた身体にはとてもやさしい作りになっているだろう。
背後の彼に了承を得るというよりは彼の中で既に決定事項になっていそうだったが、老人執事が頷いたのを確認してからみんなで3階の客室に向かった。
「これはまた……」
お得意さん候補という事もあって、一番奥の部屋に二人を案内すると先程より目を丸くしていた。
「どうでしょうか。僕ともう一人の兄が主導で、宿泊客にくつろいでいただける部屋をご用意しました」
「お主ともう一人の兄のたった2人でだと!?」
入口を空けてすぐラスティアの目に飛び込んできたのは、一体何畳あるのかという部屋の広さ。
それだけなら何とでもなるだろうが、この部屋の階数まで難なく造れるしっかりとした建造技術に、さっと見渡しただけでも部屋の中にもさらに扉が幾つかありとても贅沢な造りになっているのがわかる。
そんなものを年端も行かない少年ともう一人の兄が造り上げたというのだから、ラスティアがすぐに信じられなくても無理はないだろう。
「ええ。もちろん他のみんなにもいろいろ手伝って貰いましたけど、僕の兄は何かと器用なんです」
「その兄とやらは今どこにいる?」
「さあ? 恐らく工房にでも引きこもっているか、デートでもしているのではないかと思いますが」
彼の一日の行動は常に何かを作っているかそれが行き詰ってきたらその辺をブラブラ歩いているかで、俺が幼い頃からあまり変わらない。
ただ最近は、散歩中に彼の幼馴染が隣で歩いているのをよく見かけるのでつまりはそういう事なんだろうと思う。本人は否定しているみたいだけど、引っ付いたり離れたりする中学生のような後ろ姿を見せられると甘酸っぱくて仕方ない。
個人的には、某有名な夏の祭りの歌詞になぞらえて冬だけど彼らの背景に打ち上げ花火を打ち上げてやりたいくらいだった。……別に爆発しろとかそういう他意は無い。ないったらない。
「……そうか」
顎に手を当て、少し考え込む仕草をしたラスティアは老執事となにやらブツブツと「どうだ?」とか、「アリですね」とか囁いて満足そうに頷きあっている。
……ちょっと。目の間で堂々と引き抜きの相談とかやめて欲しいんですけど?
「あとここはお風呂場ですね。1階の大浴場もお勧めですけど大抵誰かと一緒に使うことになるので、ここなら一人で気兼ねなく使っていただけますよ」
続いて案内したのは3人でもでゆったりと浸かれる広々とした檜の浴槽に、シャワーヘッドを模した木の中に水属性と火属性の魔石を内蔵し、右側を叩けば水、左側を叩けばお湯が出る湯加減が誰にでも調節できる仕組みになっている。
ノズルを作るのが難しかったのと、魔石を入れる必要があったので俺のイメージよりは大分大きいが、普通に使う分には問題はないだろう。
部屋は洋風なのに風呂は和風というちぐはく感が半端ないが、畳の作り方なんてわからないのでまあそこは勘弁して欲しい。もしあるなら和室も作ってみたいんだけどね。
そして、遂に来ました本日のメインイベント……!
「ここはベッドルームです」
「ん? ここの寝具はずいぶんと分厚いな。薄いよりはマシだが、このように重ねては寝苦しいのではないか?」
「ご心配は無用です。見た目よりずっと軽く暖かいので、特にこの季節は重宝しますよ。良ければ触って確かめてみて下さい」
目敏くベッド上のふわもこに気付いたラスティアがここに来て初めて父に嫌そうな顔を向ける。
だが実際には重いどころか軽い部類に入るので、予想と違って全員に若干のドヤ顔でどうぞどうぞと勧められた2人は戸惑いながらもそっと綿布団に触れた。
「……本当に軽い!」
「最近は王都でも良質な毛皮を使った寝具が流行っているようですが、今の季節以外だとなかなか使い辛いのが難点でして。これでしたら暑い季節も使えるかもしれませんね」
「ああ。このような商品は私でも見たことがないぞ!」
2人の反応は上々のようだ。
「ありがとうございます。それは我が村自慢の“綿布団”といいまして、ここでもまだ数が少ない貴重品なのです」
「いくつか譲ってもらうことは可能か? 帰りにはぜひ購入して帰りたいのだが」
「……そうですね。先程も申し上げましたように綿布団は本当に数が少ないのですが、本日こうやってせっかくお知り合いになれたことですし、ラスティア様には特別に数組なら融通いたしますよ」
売る気満々だったくせに希少価値があるからと出し渋り、でも結局は売る。
何を勿体ぶっているのかと思うかもしれないが、販売スキルには特別感の演出も大事だと聞いたことがあるので、俺から事前に父に小賢しいことを提案しておいた。
感謝するぞ、となにやら感激しているらしいラスティアには悪いが、数が少ないことは嘘ではないし類似商品が出回ってきた時に乗り換えられない信頼関係も必要なのだ。
「後はありきたりですが部屋の中でも簡単な調理が出来るキッチンにお手洗い、執事さんには主寝室の隣にあるゲストルームか、人数が多い時にはリビングにある椅子にも綿布団と同じ素材を使っているので寝ていただくことも可能です」
「ほっほっほ。個室でお茶を淹れることも出来るとは素晴らしい。それに私にもきちんと寝れる場所があるのは嬉しいですな。この通りもう歳なもので、ここにくるまでの馬車での寝起きは身体が堪えていたのです」
「それは良かったです」
老執事さんが一瞬主人を恨めし気な目で見ていた気もするが、そこは大人として見なかったことにしよう。
「ここからは外の景色を楽しめます」
ベランダに続く扉を開けると、テーブルセットを設置している空間に出た。
落ちないように作られた大人の身体半分ぐらいの手すりの向こう側には森と湖、冬でも咲いている花畑があって、このベランダからはそれが一望できる。
「今は寒いのであまり使うこともないですが、春にはあの花畑でピクニックをしたり、夏になればみんなであの湖で水遊びをするのです」
そして来年の秋には焼き芋パーティもしたい。今年はバタバタしてて結局出来なかったからな。
「素晴らしいですね。 ただ、ここでも充分いい景色だとは思いますが、この奥の部屋より中央の部屋の方が良い景色が見られるのではないですか?」
おっ、鋭い突っ込みだ。伊達に執事服着てませんね。
でも中央の部屋はもはや師匠の私室と化しているから、どうにもならないんだよなあ。
「それは、」
「まあ景色などどうでもよかろう。この部屋も最上階の一番奥の部屋なのだ。一番良い部屋と言えなくもないだろう?」
「ラスティア様がそう言うのであれば、私は構いませんが……」
俺たちが口を開く前に、ラスティア自ら老執事をとりなしてくれたようだ。
師匠の事は絶対に言うなと厳命されているわけではないが、面倒事を好む人でもないので、なるべく情報は漏らさないようにしようと家族間では暗黙のルールのようになっていた。
そうは言っても同じ宿泊施設の同じ階同士ではいずれ鉢合わせするのは時間の問題だろう。
実を言うと俺達も師匠の事をそれほど知っているわけでもなく、唯一知っているのは実の弟であるじいちゃんくらいだと思う。
「では、お昼過ぎにお迎えに上がりますね」
「うむ。待っているぞ」
午後までは少し時間が空くので、お互いに少し休憩と朝食がまだだという二人の食事を終えた後に村の案内をする約束をして一旦解散となった。
旅館を出る時には「わっ、私があの方たちの食事を作るんですかぁ~!?」とどこからか悲痛な声が聞こえてきたが……人間、誰しも頑張らなければいけない時は来るのだよ。うん。




