51話 密偵ごっこ
あけましておめでとうございます。
「分かった。すぐ向かうので詰所で待機だと全員に伝えてくれ」
今朝早く、まだ朝食を食べていた最中に慌てたランパードが「なんかやばそうっす!」と言って家に乗り込んできた。
やばいとは一体何がやばいのか。彼が危機感を持っているらしいことしか全く分からず、家族とプラスα使用人達で首を捻った後、明らかに動転している彼を落ち着かせるために俺の隣の席に座らせる。
「なんかキラキラした人が真っ白な馬車で……んぐっ、来たんですよっ! 俺にはよく……もぐもぐ。わかんないっすけど。生きてる次元が違う? みたいな……はぐはぐ」
「……おい。お前はなにを当たり前のように人の飯を食ってる?」
「へっ、今更起きてきて何を言ってんすか。早い者勝……ふぎゃああああ!!」
いつでも腹ぺこのランパードは、朝が滅法弱く少し遅れて起きてきたサフライの朝食をほとんど平らげてしまい、右手で顔面を鷲掴みにされていた。うむ、見事なアイアン・クローである。
いつもは口調以外そんな事もないのに、ご飯が絡んだ時は本当にアホだなあと思う。あ、ミルク悪いけどもう一人前追加お願い。
「ねえ、それってもしかして」
ここに来たのってもしかしてあれか? いや、もしかしなくてもきっとそうだ。
俺と同じように家族も全員ピンときたようで、さりげなくアイコンタクトを取り合っている。
そんなこんなで先に伝言に走って貰ったランパードに続き、父とガハンスは来訪者を足止めしている詰所に向かった。
「アル。貴方まさかガハンス達について行くつもりじゃないわよね?」
ぎくり。
「えっ、いや、僕はその、その辺を散歩でもしようかなあ~なんて。ハハハ」
こっそり移動した玄関先で外靴に履き替えていると、背後から現れた母にチクリとされてしまった。油断していた。まさかそんなところに刺客がいるなんて。
「嘘おっしゃい。自覚がないのかもしれないけど、貴方は嘘が下手なんだから」
「ゔっ」
しかも効果はてきめんだ!
だとしても自分の目で確かめておきたい。どうにかまかり通らないかと先日の父に続いて母とも睨めっこをする。
「お願い、母様?」
「……んもう。仕方ないわね。行ってもいいけど、2人の邪魔はしちゃだめよ?」
「はいっ! ありがとうございます!」
なんだかんだ言っても敵は息子には弱かった。
最終的には、首を傾げ、組んだ手を顎下に持ってくる照れも恥もかなぐり捨てた全力のおねだりポーズで母を籠絡した。
それはそうと、この前哨戦で時間を食ってしまったので急がなければ。
「ふう。間に合ったかな?」
詰所前に着き、父と兄に見つからないようにと少し空いていた扉の外からそっと中の様子を窺う。
中からはやはり話し声が聞こえてくるが、内容まではよくわからない。それにこれでは全く……
「中の様子が見えないじゃないか」
「何が見えないの?」
「うわあっ!?」
つんつん、と腕を引かれると同時に超近距離で声がダイレクトに耳に飛び込んできた。
……しかもまた背後を取られただと!? なんたる不覚!
「ねえ。こんなところでコソコソ何してるのよ?」
「ちょっ、静かにして!」
「何言ってるの、さっきからうるさいのはアンタだけじゃない」
タイミング悪く俺に話しかけてきたのはスラウの娘の……娘の……え~っと。なんて名前だっけ?
「サリーよ! 人がせっかくお礼を言いに来てあげたのに失礼しちゃう!」
「じょ、冗談だって。そんなに怒んないでよ」
サリーは怒りんぼさんである。
ツンツン女子って俺の周りにあんまりいなかったから、新鮮ではあるけど。
「ところでお礼って?」
「もう。言わなきゃわからないの? ほら、私と私の家族を助けてくれたでしょう? まだお礼も言えてなかったから探してたの。けど、アンタだけずっと掴まらなかったから」
「ほうほう」
それで偶々ここで俺を見つけて声を掛けたというわけか。サリーはなかなか義理堅い娘さんのようだな。
だが、旅館の厨房で働いている彼女の父のスラウは王都でも人気の食事処を営んでいただけあって、今では師匠の面倒くさいオーダーもこなしてくれているし、母親のロビンさんだってこれから貴族用に売り出していく綿布団の開発にも積極的に関わってくれている。その2人の娘であるサリーも母親の手伝いで協力的であるとガハンスから聞いたばかりだ。
「気にしないで。お礼ならしっかり身体で働いて払ってくれればいいよ」
「はぁっ!? 何言ってんのよこの変態!」
バッチーン!!
「いてっ……え? 今なんで叩かれたの?」
「自分が悪いって自覚もないの!」
「???」
訳が分からないけど駄目だこれは。あらぬ疑いがかけられている気がする。しかもとってもまずい方向に。
そういやこういうのって激おこって言うんだっけ。前世ではついぞ使う機会もなかったけど。
などとどうでもいいことを考えながら「信じられない!」とプリプリしているサリーをどうしたものか、どうどうと宥めていると、どこからか「ぶふっ!」と笑いが堪えきれなかったような声が聞こえた。
「主ら、密偵ごっこにしてはずいぶんと詰めが甘いのではないか?」
「え、誰?」
振り向いた先には、扉を背に腕を組んでくつくつと肩を揺らしている金髪の青年がいた。
歳はガハンスと同年代かそれ以上というところだろうか。サリーが先程までの怒りを忘れてポカンとしてしまうほど、身に着けている値が張りそうな衣装はもちろん顔面偏差値も高めの貴公子然といった容貌だ。
「……あ~。あの、もしかして今日村に到着された方でしょうか?」
「ほう? よくわかったな」
そりゃわかりますとも。こんな田舎の小さな村に似つかわしくない人、滅多に見ませんから。
期待していた赤髪の青年でないことは少し残念な気もするが、この人だってそれなりの立場であるようだし、丁重に扱わなければならないのは変わりない。
「初めまして。この村の領主の三男、アルファンと申します。父たちとの話の腰を折ってしまったようで、申し訳ありません」
金髪貴公子の後方にはジト目の父とガハンスがいて、数名の兵士達も呆れた顔で俺を見ていた。
せっかくコソコソ立ち回る許可を母から貰ったのに騒ぎすぎて見つかってしまったみたいだ。
金髪貴公子はうむと頷くと、俺に胡散臭い笑顔を向けて「そうか。私はラスティアだ」と自己紹介をしてくれた。
「丁度いい。アルファン、今からお前にはこの村の案内をしてもらおうか」
「僕がですか?」
「ああ」
何故俺が、と思わないでもないけど任命されてしまったものは仕方がない。
「畏まりました。ですが父との話もまだ終えていないようですし、午後から村の中を案内するというのはどうでしょうか?」
「む。つまらない話は爺が聞いておけばいいのではないか?」
「ラスティア様、そうはいきませんぞ。どれほどこの村に滞在するのか、そもそも宿すらまだ決めておりませんし、来たばかりのよそ者がうろついていてはここの村人達も驚いてしまうでしょう?」
それまで存在感を消していた老人執事が出てきて、チラリとこちらに視線を向けた。
つまり昼までに貴方達が来たことを村人達に通達しておけってことか? 心配しなくてもこの村には無礼を働く人間はいないと思うけど、確かにみんなにも心の準備は必要か。
「でしたら村への通達は兵士の皆さんに任せるとして、父様とガハンス兄様、あとは数名の兵士だけ残して旅館に移動しましょう。話し合いをするにしてもここでは少々手狭ですし、ラスティア様には我が村自慢の温泉も楽しんでいただけるかと思いますよ」
「おお! よくわからぬが何か面白そうだな。ほら早く行くぞ爺!」
途端に目がパァッと輝いたラスティア様。小学生か。
爺と呼ばれた老人執事は「はいはい」と淡々と対応していて、彼の普段の苦労が垣間見えるようだった。




