50話 勝てば官軍、負ければ賊軍
「今更騒いだところで、もうどうにもならんだろうな。腹を括るしかあるまい」
「……ですね。運が良ければ、こんな田舎まで来ないかもしれないですしね」
執務机とは別に、中央に置かれた応接テーブルの長椅子に座布団を張り付けただけの簡易ソファーに父とガハンスが並んで座り、2人そろって難しい顔をして腕を組んでいた。
その反対側にはサフライが座り、俺はと言えば……もちろん床で正座スタイルである。
冬は床が冷えるのでこれは地味に辛い。1年中どの部屋も空調が効いているのは客用の温泉旅館くらいなもので、領主の館でもリビング以外は魔石の節約のために基本は空調を付けていないのだ。今度、サフライに床暖房とか作って貰えないか交渉してみよう。もちろん消費魔力なやつで。
「おい、聞いているのか」
「っはい! もちろん聞いておりますっ」
危ない危ない。手足が冷え切っていたせいか軽く現実逃避してしまった。
慌てて取り繕うように返事を手したが、父にはお見通しだったようで、暫く笑顔の俺と睨み合うとガシガシとと頭を掻いたのち兄との会話を再開させた。……っしゃ勝った!
「あれは恐らく貴族で間違いないだろう。あの雰囲気からはかなりの実力者だとみえる」
「ええ。私もそう思います。今になって思えば、あの場で全員脱出できたのも彼の気まぐれだったのではと」|
父とガハンスはうんうん頷いてなにやら分かり合っている。
ふぅーん。どうやらあの場にいた赤髪厨二仮面マンは貴族なのか。確かに着ている服も厨二っぽかったけど値が張りそうな感じだったしな。あとどうでもいいけどタ●シード仮面にも似てる。
「では僕は、旅館の空き部屋を確認してきますね!」
「は? またお前は突然何を言い出すんだ」
「と言っても師匠の部屋以外なら空いているはずなので、部屋の掃除などはミシェルさん達に任せて僕は森に行って食料庫の補充でもしてきます。食料庫にはまだ余裕はあるはずですが何泊されるのかわかりませんし、おもてなしにはもっとほかの食材や特に蜂蜜が欲しいですね。それと兄様は、母様に完成間近の綿布団が何組あるか聞いておいてください」
それならば善は急げと、両手を前について正座で痺れかけていた足でぴょんと立ち上がる。
「わ、わかった……っておい! 勝手に行くんじゃない!」
後ろからガハンスの声がしたが、話が聞こえたのか執務室を出てすぐカンラが真っ白な子猫の姿のまま頭に飛び乗ってきたので、意識はそちらに奪われてしまった。
「ん? カンラも一緒に森に行きたいの?」
「にゃおん♪」
「よし。じゃあ走って行くから、落っこちないようにこっちに入っててね」
カンラを頭の上から胸のポケットへ移動させ、玄関を出て旅館までひとっ走りする。
本当なら瞬間移動すればすぐなんだけど、師匠から身体がある程度作られるまでは禁止だと厳命されているため、緊急事態でも起こらない限りは使用しないようにしているのだ。せめて自転車とかあればいいんだけどな。
旅館に着くと、出迎えてくれたミシェルさんに普段使われていない3階の空き部屋の確認をお願いし、厨房で師匠と当日利用客の食事を用意していたスラウに食料の在庫確認をしてもらってから森に向かった。
「アル様、あっちでじゃかいもがいっぱい取れましたー!」
「すごいなカンラ。もう籠に一杯じゃないか」
「えへへへ」
人型に戻ったカンラと、旅館から借りてきた籠を背負って森の恵みを狩りつくさない程度に2人でどんどん収獲していく。獣人の特性なのか、カンラはやたら身軽で教えた食材の探し方もほぼ一度で覚えたし、キャロスやマルネギなんかも一人でひょいひょい木に登って採っていく。
最近は森に来る時間もあまりなかったから、野生動物や魔獣がいない森の浅い場所でも面白いくらいに穀物やきのこ、野菜、果物、山菜といった豊富な食材が取ることができた。卵や牛乳、乳製品も領主の特権で農場に行けばいつでももらえるから安心だ。ただ、肉の調達だけはカンラと一緒では危なくて出来ないので、後でまた来るか父達にお願いしよう。
さて。食材さえ揃えばあとはミルクかスラウに任せればいいので、件の貴族にも満足してもらえるんじゃないだろうか。
「でもアル様、なんでこんなに一杯ご飯が必要なの? そんなにいっぱいの人が来るの?」
「それもあるかもね。でも一番の理由は、これからくるお貴族様に旅館の上客になってもらいたいからだよ」
「じょーきゃく?」
そう。これはある意味チャンスだと思う。
きっかけは「パンを寄越せ」って話だったから、うまくいけばうちのパンを気に入って顧客にならないかなと思ったのだ。貴族かどうかはわからなかったけどお金はもってそうだったし。
もし知名度皆無に等しいラナーク村にたどり着くことが出来るなら、それなりの情報網を持っていて金銭的にも余裕がある人物だろう。そして同時に、時間と安くない金額を使ってでもこの村に来る価値があると思ってくれる人物でもある。
もともと、作ったまま利用客が師匠か地元民しかいない旅館ももったいないし、そろそろなんとかしないとと思っていたところだったのも大きい。
勝てば官軍、負ければ賊軍。ちょっと意味は違うかもしれないが、上手くいかなかった場合はスラウを騙したような悪人を引き寄せてしまう一か八かの博打であったため、先程は父兄にお叱りをいただいていたというわけである。
「お貴族様はお金持ちだからね。良い人だったら丁重に扱って旅館の上客になってもらうんだ」
「じゃあ、良い人じゃなかったら?」
「…………」
「アル様笑ってるけどこわいよ!?」
悪は滅ぶべし。
****
ーーータタンッ、タタンッ
ガタゴトと積荷が揺れる音と、馬車を運ぶ馬の足音。
それから馬車の出窓から覗くどこまでも果てがなさそうな景色にもいい加減見飽きた。
普段は都会に住んでいるため、最初こそは物珍しかったが連日同じ景色が続けばうんざりしてしまっても仕方がないと思う。
「おーい爺、ラナーク村とやらにはまだ着かぬのか?」
「もうそろそろで着くはずですから、殿下は大人しく座って待ってて下さい」
せめて骨のある獲物が現れてくれれば自慢の剣で相手をしてやれるのだが、自分の魔力を感じ取っているのか、襲ってくるのは平民がペット兼食料として飼っているラヴィルや人を化かして喜ぶ悪戯好きなラクーヌなど殺してしまうのも躊躇う雑魚ばかり。
退屈すぎる鬱憤とすり減っていそうな臀部の地味な痛みで、ついつい傍にいる家臣に苛立ちが芽生えてしまった。
「そんなことを言ってもここ2週間ほどずっと座りっぱなしではないか。 なんなのだこの何にもない土地は! どうやってこんなところに人が住んでいるというんだ!?」
「それこそ爺に言われても困ります。大体、爺が最初にお止めしても行くと言って聞かなかったのは殿下でしょうに」
はあーぁ。と演技がかったわざとらしい溜息を漏らす家臣に、しかし言っていることは真実であるのでぐぬぬと口を噤むしかなくなってしまう。
この爺とはそれこそ赤子の頃からの付き合いなので、口では敵わないこともしばしばだ。これではどちらが主であるかわかったものではない。
「おや? そうこう言っているうちに、何か見えてきたようですよ」
「何っ!?」
やっと着いたのか! そう思って出窓から身を乗り出した。
「…………なんだあれは」
目の前に見えたものは灰色の塊。
遠目から見ても、面積はとても及ばないが防壁の高さは王都のそれに匹敵するのではないだろうか。
いやそれにしても報告に上がっていたのはラナークという【村】のはずだ。正確なことはもっと近付いてみないと分からないが、どう見ても一般的な村と呼ばれる規模とは程遠い。
「これは楽しみになってきたぞ」
当初の目的は、あの時食べたパンの味が忘れられなくて、一言だけ残されたメモを頼りに取引が出来ればと足を運んだだけだった。
しかし物々しい雰囲気の防壁の中の様子は一切窺えず、あの中にはなにがあるのかと否が応でも好奇心が刺激される。
「また坊ちゃんの悪い病気が……」
呆れ半分、諦めも半分。もはや悟りの境地にいる忠実な家臣の呟きは、誰に届くことなく白い息となり、寒空へと消えていった。
やっと50話!




