49話 アリッサの課題と問題発言
「アル、よくやった! 仕入れた麻紐に続いて酒も売れてきたぞ!」
「そうですか。それはそれは良かったですねえ」
「……どうかしたのか? そんなムクれた顔をして」
「どうもこうもありませんよ。あそこにいる変なお姉様にこんな幼気で可愛らしい僕が無茶難題を押し付けられて困っているなんてそんなそんな」
最近は商店の売り上げが右肩上がりに伸びていて上機嫌な伯父と、やさぐれ気味の俺。
正反対な様子の2人の目線の先には、伯父の妻であり俺の伯母にあたる女性が目をキラキラとさせていた。
「アリッサちゃん、あんたも良い年なんだからそろそろ子供の事も考えないとだめよ?」
「うふふ。そうですね、それは旦那様に頑張って頂くとして。ところで奥様、こんな話を聞いたのですけど……」
「もしかしてあの話かい。あれはねーー」
今しがた出先から戻った伯父に頼まれていた店番を忘れ去り、村のおばちゃん連中と井戸端会議を楽しんでいます。どうもありがとうございました。
「おお、それでアルが店番を代わりにやってくれていたのか。ほら駄賃だ」
「それもそうなんですけど! ……あ、お駄賃は3時間程働いたんで時間給でこれくらいでお願いします」
「ちゃっかりしてるなぁ」
苦笑する伯父からいただくものはきちんと頂いて、伯父と店番をしながら今朝の出来事を訴えてみる事にした。
「ああ、そういえば前にそんな約束をしていたか」
伯父が当時を思い出すように顎に手を当てて目線を上にあげた。
それというのも、ビビの街へ向かう前、攫われたスラウの家族をどうやって奪還しようか、そもそもどこにいるのか皆目見当もつかなかった時に情報提供で協力してくれたのがアリッサだったのだ。
そして俺はその対価に「自分に出来る範囲で要望に応える」と言って、アリッサもそれで了承してくれた。
無事に連れて帰って来たスラウ親子やヴィラとカンラも村の生活に慣れてきたようだし、そろそろ約束を果たそうと今朝方ここに来たのだが、アリッサから出された課題に頭を悩ませるハメになったというわけだ。
「一体どんな要求を出されたんだ?」
「それは……」
「んふっ。アル君なら簡単ですよきっと!」
「ぅわあっ!?」
どこから聞いていたのか、いきなり俺と伯父の間に何者かがにゅっと割って入ってきた。
その正体はもちろんアリッサで、先程まで一緒にいたはずの奥様連中の姿も見えなくなっている。
「そう難しく考えずに、私の喜びそうなものを作って頂ければいいのです」
「……」
簡単そうに言うが、人の好みなんて人それぞれである。
正直、アリッサのことは目新しいものや何故か知識や情報量が豊富な人であることくらいしか知らない。
そんな俺に大人の女性の好みを把握した上で贈り物をしろと? 9歳児への要求としてはいささか度が過ぎているんじゃないだろうか。
「期限は特に設けませんし、いつでもいいですから。ね?」
……以前の感覚でいうのなら、普通の子供なら絵手紙の一つでも贈れば喜んでもらえるのかも知れない。
しかし、この世界は羊皮紙が一般的であるし、村中を見渡してみてもそこまで高価ではないがそこそこの金額がするものを子供のおもちゃに渡す親はいない。ついでに言うなら、アリッサは俺の何かに勘付かれている気さえする。
「楽しみにしていますね〜」
杞憂だといいんだけどなぁ……。
にっこにこなアリッサと伯父に見送られながら、怪しまれない、かつ喜んで貰えるものなんてあるのだろうか。そんな風に頭を悩ませているうちに家が見えてきた。
「あっ、アル様が帰って来たよお姉ちゃん!」
玄関まであと少しというところまで来る、とタイミングよく扉が開き、動きやすい恰好に着替えているカンラが突進してくる。
カンラは毎朝の様に兄と何やら訓練を行っているようで、その間はどれだけ汚れてもいいようにと雑巾行きの服を着させていたのだが、遊び盛りな彼は一日の半分は外を走り回って過ごしているので、結局夕方までそのままの恰好だった。
「おかえりなさいませ、アル様」
「うんただいま。ところでカンラが興奮してるみたいだけどどうしたの?」
カンラの後ろから出てきたヴィラがにこりと微笑んでいて、腕にしがみついて離れないカンラはどうしたのか聞くと、待ちきれない様子の本人から理由が告げられる。
「あのねあのね、僕とお姉ちゃんのお部屋が出来たからサフ様が見てもいいって! アル様と一緒に見たかったから、今から迎えに行くところだったんだ!」
「そうだったんだ? んじゃ早く見に行こう」
どうやら、昨日まで向かいの客室で過ごしていた2人の部屋が完成したらしい。
「僕、自分だけのお部屋ってはじめて!」と、完成をずっと心待ちにしていたカンラと、通りすがる度に中から音がする部屋を見てそわそわしていたヴィラがわざわざ俺を待ってくれていたようだ。お礼によしよしとカンラの頭を撫でておく。
3人で玄関を上がって真っすぐな廊下を進むと左右に2つずつ部屋の扉があって、玄関から向かって右奥が2人の部屋になる。残りの部屋は客室のままだ。
「おっ来たか」
扉を開けてすぐ、この部屋を改造してくれたサフライがいた。
ヴィラがぺこぺこと何度も頭を下げるのに対して、早速部屋の探検を始めたカンラは「サフ様すごーい!」と感嘆の声を上げる。
釣られて俺も仰ぎ見るとカンラの部屋半分はロフトが増築されており、ベッドがあるそこへ辿り着くには梯子ではなく、埋め込まれた様々な形の石を登って行かなければいけないという鬼畜仕様になっていた。
「え、落っこちたらケガとか大丈夫なの」
「俺もそう思ったんだけどよ。獣人の身体はそんなに柔な作りじゃねえし、カンラを鍛えるためにこれだけは譲れないって兄貴が言うからさ」
「……ガハンス兄様はカンラをどうしたいの?」
「知らん」
言っておくが、我が家は俺が作ったので天井はかなり高いし幼児であるカンラにこれを毎晩登らせるのは酷だと思う。カンラを気の毒に思いながら隣を見ると……あれ、どこ行った?
「うわーー! これたのしーーー!」
「カンラ、カンラ。みんな真面目なお話してる最中だからちょっと落ち着いて」
「……すごく楽しそうだねカンラ」
「だな」
しかし、俺達の心配をよそにカンラはひょいひょいと器用にボルタリングを登って行き、帰りは俺がサフライに希望した滑り台で降りてくるという事を何度も何度も飽きずに繰り返していた。
……俺も後で遊ばせて貰おうかな。前世でほんの少しやった覚えがあるが、よく見ると部屋の手前の初心者コースから奥に進むに連れて明らかに難易度が高くなっていてちょっと楽しそうだ。
「次はヴィラの部屋を見てみようか」
反対側のヴィラの部屋をのぞいてみると、カンラの部屋とは打って変わって落ち着いた雰囲気の部屋だった。
カンラはロフトの2階部分にベッドだったが、ヴィラは直ぐに寝付ける1階部分にベッドがあって、さらにカーテンで開け閉めが可能だ。2人は部屋の端から自由に行き来できるようになっているので、そこで着替えなども出来るようにしたのだろう。
それぞれの部屋には既に小さなローテーブルや簡易な棚も用意されていて、とりあえずはこれでプライベートが守れる空間にはなったと思う。
「お2人とも、本当にありがとうございます」
ぐるぐる遊びまわり過ぎてフラフラしているカンラを横に並ばせたヴィラが、再度深く頭を下げた。
「はは、兄様はともかく俺は何もしてないよ」
「……いいえ。アル様がこの村へ連れてきて下さらなければ、私たちは今頃どうなっていたかわかりません」
すぐに頭を振ったヴィラは、孤児院にいた時のことを話し出した。
毎日の食事がままならなかったことは2人がやせ細っていることや出会った時の様子で何となく察せられたが、あのまま孤児院にいたらヴィラは貴族に売り飛ばされる寸前だったらしい。
嗜虐趣味を持った孤児院長の機嫌を取り、運が良ければ獣人を厚待遇で受け入れてくれる貴族もいるそうだから、本来であれば10歳に満たしていない人身売買が認められていないカンラと一緒に抜け出せる道がないか考えていたのだと言う。
しかし、そのせいで今後貴族がヴィラを追ってこない可能性も決して0パーセントでもないのだと。
「私たちがここにいることで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。ご厚意に甘えてしまっているのはわかっているのですが、私たちはここにいたいです」
「ぼ、僕もお姉ちゃんやアル様とここのみんなと一緒がいいです!」
瞳に涙を堪え、今になって言う事になってしまって申し訳ないと唇を噛みしめているヴィラを見て、おろおろしていたカンラが慌てて続ける。
今更どうこうするわけもないのに、その危険性を話して追い出されないか怖くてずっと黙っていたことが心苦しかったのだろうか。
「ま、でも別に大丈夫じゃない? というか僕も貴族っぽい人を一人招待しちゃってるし」
「……はっ? おま、お前ちょっと待て! なんだそれそんな話俺は知らねえぞ!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」
「聞いてねえよこの馬鹿野郎ーーーっ!!」
その後、サフライが騒ぎ続けているのを聞きつけた母が部屋を覗きにきて、家中が大騒ぎになったのは言うまでもない。
ご心配頂いた方もいらっしゃいましたが、ヴィラの貞操は無事です。




