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48話 副次効果

「兄様、兄様! 目を覚まして下さい!」


「っ、私は一体…………?」


「ガハンス様、気をお確かに!」


 旅館の1階にて、俺のいたずらによって気を失ってしまったガハンスを皆で取り囲んでいた。

 ガハンスは悪い夢でも見ていたのかずっと魘されており、なかなか目を覚まさなかったが5分後には意識を取り戻してくれた。

 復活した兄を心配しつつ、何故こんなことになったのか一人で考えていると、背後から圧力を持った何かが近づいているのに気付けなかった。


「アルファン」


「ぅひっ!?」


 ……と、父様? 何でしょうかその殺人鬼のようなお顔は。

 そおっと後ろを振り向くと、怒らないから言ってみなさい? と全然説得力のない言葉と笑顔で両頬を押しつぶされ、公衆の面前で変顔を晒すはめになってしまった。

 そもそも、散歩の途中でおっちゃん連中から貰ったスイカと、偶然、兄の部屋で発見したスイカ2つを旅館の裏にある湖でスイカを冷やしに行こうとしたのが間違いだったらしい……。



 *



「ほら、あーーん」


 差し出された果実をシャクリと一口。

 ひんやりとしたそれはとてもみずみずしく、かぶりついたと同時に果汁が弾けた。


「っ! アル様、おいひーでふっ」


「でしょ?」


 大きくかぶりついたおかげで口のまわりはべとべとだが、幼いカンラではそれもまた可愛らしい。彼らは猫の獣人のはずだが、カンラのしっぽがぶんぶん振られている幻影が見えるようだ。

 その隣にいるヴィラはというと、自分の分を食べることも忘れて、カンラの顎に垂れた汁が服についてしまいそうだとハラハラしながらせっせと拭いてやっている。


「スイカの汁くらいならすぐ落ちるし、気にしなくて大丈夫だよ」


 2人が今着ている服は、例によって村の人達から贈られた。

 使い古しているのでそこまで気にする必要はないのだが、今までは孤児院から支給される無地のワンピースしか着たことがなかったヴィラはそれを大切にしていた。


「いいから、ヴィラも早く食べてみて」


「は、はい」


 ヴィラにはさすがに「あーん」は出来なかった。ヘタレと呼ぶなかれ。彼女は年上だし、俺も恥ずかしいのだ。


「!」


「おいしい?」


 カンラに倣って小さく齧ると、ヴィラの瞳が輝いた。

 キラキラした顔でぶんぶんと首を振り、いつも無表情気味なはずの表情もほにゃっと崩れている。彼女も他の女性同様、甘いものには弱いみたいだ。


「あの、ラナーク村ではこの果物が名産なんですか?」


「いや? たまたまどこからか種が運ばれてきたみたい。あと、一応これは果物じゃなくて野菜らしいけど」


「……こんなに甘いのに、野菜?」


 どう突っ込んでいいのかヴィラは困惑気味だ。

 まあその規定は前世(にほん)でのものだったから、こちらの世界ではあまり関係ないのかもしれない。

 そんな話をしながら湖に浮かべて冷やしておいたもう一つの球体をザバッと引き上げておく。


「それはお持ち帰り用ですか?」


「うん。ガズ兄様の部屋にもスイカがあったから、これも冷やしとこうかなって一応持って来たんだけど」


 ……あれ? そういえば俺、ガズ兄様に声を掛けたっけ。

 いや、違う。何やら父と2人で仕事が忙しそうだったから、サッと持って行ってそっと返して置けばいいやと思ったんだった。それで2人部屋の完成間近で部屋から追い出された2人を誘ってここに来たんだ。

 んで、その途中で畑を耕してるおっちゃん達からコレをいくつか貰って、湖で冷やして旅館にいるスラウに切り分けてもらってたから余計な時間使っちゃったけど。


「あ、そうだ!」


 旅館にいる皆にわけてもまだ半分余ってたから、中身だけ取り出して残った皮でアレを作ってみよう。上手くいけば子供達も喜ぶかもしれない。



 *



「……それで、緑の悪魔に顔の形を彫り込むなどと質の悪い悪戯を思いついたのか」


 はぁーっ、と父はとっても深いため息を吐いて、ようやく俺のぴちぴちほっぺは解放された。周囲にいる皆にクスクス笑われて恥ずかしい。

 俺がナイフを借りて作ったのは、分かりやすく言えばカボチャで作るジャックオーランタンのスイカバージョンで、お面みたいにして遊んでいるところに血相を変えた兄が走ってきて、俺が食われてしまったと勘違いした兄がバタンキューしてしまったのだ。

 父が言うには、この世界のスイカは真っ二つに切ったときに真っ赤な実が渦巻いて見えるのが気味が悪いだとかで、ナイフを刺したら呪われるやら喰われてしまうやら眉唾ものの理由で忌避されているものだったらしく、おもちゃにしてはいけない素材だったようだ。


「それはそうとお前達。身体に異常はなさそうだな?」


「はい。ここにいるほぼ全員食べましたけど、何の異常もありませんでした」


 だってただのスイカだもん。

 とは言ってもここ異世界だから、一応【鑑定】もしてみたけど、ただのおいしいスイカだったよ。むしろおまけ的な嬉しい効果まであったくらいだ。

 見た目はちょっとアレだけど、スイカの実が渦巻いているのは栽培時の水分量が関係あるとかないとかで、現代日本でも稀に発見されることもあるらしいとネットニュースで見たことがある。


「だから父様も一緒に食べましょう!」


「い、いや。私は遠慮しておく」


「えー? 師匠から貰ったお酒でとっておきのスイカになったのにいらないんですか」


「なっ、酒だと!? ……コホン。それはまだ子供のお前に食べさせるわけにはいかんな」


 父はスイカを食べることに最初は難を示していたけど、酒のワードが出た途端にコロリと意見を翻した。

 この村で好きな時にお酒を飲めるのなんて師匠くらいのもので、いつもは王都とかに出かけた時くらいしか飲めないだろうからね。最近開業した商店でも取り扱いはしているようだけど、みんな必需品を購入するのに精一杯で大して売れないと伯父上が嘆いていたっけ。

 完成したそれをスティック状に切り分けていると、酒好きな大人達は今か今かとソワソワしながら大人しく待っていた。


「おお、確かに酒の味がするぞ」


「うんめぇっ! 何だこれは?」


「ふふ、美味しい。お酒なんていつ以来かしら」


「アル坊ちゃん最高ーー! もっと食いたいっす!」


 これは前世(いぜん)、ネットサーフィンでこのレシピを見つけていつかは作ってみたいと思っていたものだ。

 レシピはアメリカ発祥で、真ん丸なスイカに穴を空けて、そこに酒瓶ごと突っ込んで冷やしておくだけ。1時間程経てばアルコールがスイカの果実にしみ込んで食べるカクテルのような味わいになるらしい。俺もせめて試食くらいはしてみたかったのだが、アルコールの匂いに釣られた大人達の目を潜り抜けられず、そのまま場外へと放り出されてしまった。すぐそこにあるのに、夢はまだ遠い。

 父や兄はやはり見た目が気になるようだったので、旅館で見習いとして働いているスラウに渦があまり目立たないように切り分けてもらった。


「兄様ごめんなさい。もう体調は平気ですか?」


「気にされるとかえって恥ずかしいからやめてくれ。それより、このレシピを知りたいんだけど」


「スイカにお酒を瓶ごと刺せば出来ます」


「そんなに簡単なのに今まで知られていなかったのか。まあ、これを食べようとする人間がいままで居なかっただろうから当たり前と言えば当たり前だな」


 ガハンスは真面目な顔をしながらものすごいスピードでスイカを食べている。一応病み上がり(?)なので、アルコールなしのノーマルな方を渡したら少々不服そうだったけど、スイカ自体を気に入ってくれたようだ。


「あ。でもこのスイカには疲労回復効果が少しだけあるみたいなんで、どんどん食べてください」


「…………疲労回復だと?」


「はい。ここでは力仕事をしている人が多いので、ぴったりな食材が見つかって良かったですよね」


 極稀に食材に現れる効果を説明すると、スイカを食べていた兄の手がピタリと止まった。

 毒がないか【鑑定】をしたときに発見したのだが、食べるだけで効果が上がる食材はあまり見かけない、というか俺が見つけたのはこれで2回目だ。

 1回目はビビの街に行く途中で振舞ったサラマンダーの肉料理で、あれは一時的に戦闘能力と闘争心が爆上げする効果抜群の食材だった。使用法を間違えると危険な食材になりかねないので緊急事態が起こった時以外は食べてはいけないと禁止令が下され、現在は俺の【時間停止】の鞄に死蔵されている。


「あれ、兄様?」


 突如、すくっと立ち上がった兄は近くにいる皆の方向に歩いていく。いつの間にか父もその隣にいた。


「お前たちは何も聞かなかった。そうだな?」


 こくこくコクコク! と何度も激しく頷く領民達。

 領主と領民の違いなんて日常ではあまり感じないけど、2人からの有無を言わせぬ圧が恐ろし過ぎて村の皆は壊れたおもちゃみたいになっていた。なんか可哀そう。権力って怖いね。

 ……って、え? 何? なんで2人とも怖い顔でこっちを見るの? 他人事みたいに見てるな? 誰のせいだって俺のせいなの? これからまたお説教? なんで今日は充分受けたじゃないかいやだから2人とも話を聞いてって! 話せばわかる! わかるからあああああああああ……!!


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