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45話 2人部屋と麻紐

「アルー? こっちに釘追加してくれー」


「はーいただいまー」


 サフライが口に咥えていた最後の釘を手に持ち直し、軽快な金槌の音を鳴り響かせる。

 村に帰ってきた昨日はヴィラのことがあって沈んでしまっていたけれど、大事なのはこれからだと家族に諭され、その通りだと納得した俺はもう必要以上に過去のことを考えないようにすることにした。


 どうあっても悲しい過去は消えないしヴィラも完全に忘れることはできないだろうけど、まだ子供の俺たちはこの後の人生の方が圧倒的に長い。ならば、今後この村に来て良かったと思って貰えるように少しでも村を良くしていく事が俺が彼女にしてやれる最大限の誠意の示し方なのだ。

 じゃあ結局今までとどう違うのかと聞かれると困ってしまうが、俺の中で心持ちは大分変化したように思う。


「あれ? 真ん中で部屋を仕切るんですか?」


「おー。今は良くてもカンラが大きくなったら色々あるだろ?」


 4部屋ある客室のうちの1つを2人の子供部屋にするのでその部屋に入ってみると、真ん中に天井近くまで大きな板のパーテーションを設置していた。

 2段ベッドも2つ入っていたのだが1つは邪魔なので他の部屋に移動させ、空いたスペースでそれぞれの棚やテーブルを作っていくつもりらしい。


 家で一番ガサツに見えるサフライがそんな配慮をしていたこと自体驚きなのだが、ヴィラの様子に一番早く気付いたのもサフライだったし、案外人の変化や心の機微に聡い人なのかもしれない。


 ちなみにサフライがヴィラの様子がおかしいことに気付いたきっかけは、「エリザがやせ我慢している時の顔をしてた」からだそうで、兄とよくつるんでいるお転婆な幼馴染本人もまさかこんなところで役に立つなんて思ってもみなかっただろう。


「子供部屋っていってもヴィラは言ってる間に成人するだろうし……」


 何やらぶつぶつ言いながら、サフライは2人の部屋の内装を考えたいらしく自分の部屋に戻って行った。

 サフライに任せておけば間違いはないので、手伝いはするが完成まで見ずに楽しみにしておこう。

 喉が渇いたのでお茶でも飲もうかとリビングに入ると、ヴィラが家の中をうろうろしているのが見えた。


「どうしたの」


「あっ、あの。カンラが……」


「?」


 聞けば、カンラがどこかに行ったまま戻ってこないらしい。

 村の中なら多分大丈夫だとは思うけど、一応探しておこうということになり、家の中にはいないようだったのでヴィラを連れて外に出ることにした。


「たあっ! たあーーっ!」


「「…………カンラ!?」」


 玄関を出てすぐ、家の裏手から聞き覚えのある声がして慌てて駆けつけると、カンラはガハンスに向かって棒切れをぶんぶん振り回していた。兄も棒切れを持って応戦というか受け流しているので、2人でチャンバラごっこでもして遊んでいたのか。


「ほらまた脇が甘くなってるぞ。腰ももっと落とすんだ」


「うんっ」


 カンッ、カンッ! カンカンカンッ!!


 いや、どうやら遊んでいるわけではなく稽古をつけていたらしい。

 カンラはがむしゃらにやっているので型は無茶苦茶だけど、5歳児にしてはなかなかのパワーとスピードがありそうだ。力比べになるとあの負け知らずの兄が、おや? と少し目を見開いたのを俺は見逃さなかった。


 最後はカンラが転がされて終わり、どろどろになった2人は昼前に風呂に直行する。風呂場からはカンラのはしゃいだ声とガハンスが慌てる様子が伝わってきて、ヴィラと2人で思わず笑ってしまった。


「はあ。疲れた」


「ふふっ、お疲れ様」


 稽古よりもカンラをおとなしく風呂に入れる方が大変だったらしい。

 ガハンスがリビングの座布団付きの椅子にどさっと座ると、エミリアがすかさず水を持ってきていた。仲が良くて何よりだが、そんな彼らはナチュラルに人前でいちゃついていることにきっと気付いていない。なんだか僕はもうお腹いっぱいです。


「そういえば綿布団はどれくらいできたの?」


「えーっと、そうねえ……」


 昼過ぎには、最近恒例となってきた3時のおやつタイム。

 留守中に何か変わったことはなかったかリビングに集まった面々に聞いていくと、母が思い出すように指折り数え、片手で足りなくなったあたりですかさずじーちゃんが「確か8組ほどでしたね」とフォローを入れる。工場などで大量生産しているわけではなく、母を筆頭に家に来ている数人が家事や仕事の合間に作業してくれているのでまあ頑張ってくれた方だ。布団用に使って足りなくなっている布もお土産ついでにビビで購入したものや、屋台で思っていたより稼げたので伯父の商店から購入もできると思われる。

 あとは以前、王侯貴族向けの商品として伯父に針子を雇う検討をされたが、これも何とかなりそうな気配がでてきた。


「何とかなりそうってどういうこと?」


「スラウの奥さんがね、結婚前は針子として雇われていたんだって」


 帰りの馬車の中で、スラウの娘のサリーが持っていたハンカチの件を思い出したのだ。

 奥さんであるロビンさんにそれとなく聞いてみたところ、結婚してからは夫の食事処の手伝いや家事育児に追われていたので本格的な製作からは遠ざかっており、しても日々の繕い物がせいぜいでサリーが年頃になってからは花嫁修業の一環として少しずつ教え込んでいたらしい。


 スラウ一家には王都に不当に奪われた食事処があったが、取り返すよりももう関わりたくない気持ちの方が大きくそのまま村に移住したいと聞いているので、何とか指南役としてお願い出来ないか頼んでみるつもりだ。しかも、この案は父やガハンスもその場で聞いていたのでGOサインも既に貰っている。今回は暴走して叱られる要素もなく、まさに完璧(パーフェクト)な計画なのだ!


「お前、すげー嬉しそうだな」


「そりゃ嬉しいに決まってますよ! だってこれからいっぱいやれそうな事があるんですから!」


「仕事好きとはまた酔狂な奴だ」


 やれやれと肩を竦めているが、作業に夢中になって頻繁に完徹しているサフライには言われたくないと思う。

 それはそうと、今日は旅館に村の皆を呼んで俺たちの帰還を祝う為にささやかな打ち上げをやるらしい。それで料理担当のミルクなどはもうそちらに向かっている。


「そういえば昨日言ってた土産って何を買って来たんだ?」


「ああ、これのことですよ」


「……ん? 紐、か?」


 そう。俺が買ってきたのはどこからどう見てもただの紐である。

 ビビの街で閉店間近に飛び込んだ雑貨屋で大量に安売りしていたものを発見したのだが、なんでも店主の不在時に店番を任され桁を間違えて発注してしまったので赤字は覚悟の上で売り切ってしまいたいという。

 しかも紐は紐でも麻紐だったので綿布団を縫うには太すぎて使えないし俺も一瞬これは無理だとも思ったのだが、前世でこの紐でよく作られていた製品を思い出したのだ。


「あの、この紐で何を作るんですか?」


「それはね、この紐を編み物みたいに編んでいって、それで……」


「「ふんふん。それで?」」


「…………」


 ヴィラが少し目を輝かせたので、これは! と思って意気揚々と話し始める。家族も興味津々でわずかに身を乗りだしたので俺は得意げに説明を……いや、説明しようとは思ったのだが。


「すみません。そもそも編み方を知りませんでした」


「なんだそりゃ!?」


 家族が一人残らずずっこけてしまった。

 物で溢れかえっていた前世の記憶からそれを作ってみようと思っていたが、製品を知っていてもすべての物の作り方を知っているわけがなく、むしろ俺の場合知らない方が多いことに今更気が付いたのだ。

 「確かに教えたことはなかったわね」と母がフォローらしきものをいれてくれ、しかし既に大量にある麻紐を死蔵するわけにもいかないし俺は昨日村の皆に土産があると吹聴してしまった。そこで急遽家にスラウの奥さんであるロビンさんを招集し、女性陣達が四苦八苦して俺のイメージ通りに何とか小さめなそれが1つ出来上がったのである。


「お前はこんなんばっかか! 行き当たりばったりか!」


 数時間後、女性陣に混ざってぐったりとテーブルに突っ伏しているサフライと手伝ってくれた女性陣には後で甘味を横流ししておいた。


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