44話 再会と泣き場所
「おっ、見えてきたぞ!」
ガタゴトと馬車に揺られること1週間。
ビビの街を無事脱出し、遠目にラナーク村が見えたと馭者が明るい声で報告してきた。
二台の馬車には、行きからいる13名に加え、ビビから連れ帰ってきたスラウの奥さんであるロビンさんと娘のサリー、ヴィラとカンラの4人が増員している。実は微妙に定員オーバーだが……まあ、子供は俺含めて4人なので大丈夫だろう。
「おーい! 帰ったぞー!」
あともう少しの所まで来ると、久しぶりに家族に会えるのが嬉しいのか馬車を飛び降りて走り出す者もいた。
防壁の外の見回りをしていた兵士が最初に俺たちに気づいたのだが、村に近付くにつれわらわらと村人まで集まってきて大事のようになってしまっている。
……でも皆仕事はどうしたんだろうか。多分、放り投げて来たんだろうなあ……。両隣の父と兄も少し遠い目になっていたが、こんな時くらいはと思っているのか特に何も言うことはなかった。
「アル様おかえりなさい!」
「皆ただいま。あとでお土産があるから楽しみにしててね」
俺もソワソワしてしまって少し手前で馬車を飛び降りて皆のもとへ駆けつけると、思ったよりも多くの人が集まってきて、土産、という単語を出した途端みんなの瞳が輝いた。
たいしたものではないが、ラナーク村では手に入らないものなので喜んでもらえるのではないかと思っている。
「ほら、我々の帰還の打ち上げについては別途機会を設けるのでそろそろ仕事に戻れ。日が暮れてしまってはやり辛い仕事もあるだろう?」
いつまでも終わらなさそうな立ち話に父が手を叩いて解散を促すと、ハッとした顔をして大人達はそれぞれの持ち場へと帰っていく。親の仕事の手伝いをしている子供は親と一緒に帰ったが、まだ幼いのでその辺で遊んでいた年下の子供達は村の外の話が聞きたいのか俺の周囲にへばりついたままだった。
「にいちゃーーーー!!」
「おわっ、アリス!?」
前方から一足遅れてやって来たミシェルさんとアリス。
抱っこされていたはずなのに、どうやったのかスポーンと腕から抜け出して胸に飛び込んできた。すっごいびっくりした。俺が受け止めそこなったらどうなっていたんだ。変な汗を掻いてしまったじゃないか。
そのまましがみついて離れないありすを右腕に乗せ、そういえばヴィラとカンラの姿が見えないなと視線を巡らせる。すると馬車を降りたまま動かなかったのか、端っこで縮こまっている2人を見つけた。
「2人ともおいで」
「……」
アウェイな場所では確かに入ってきづらかったのだろう。
丁度良いなと手招きして呼び寄せると、おずおずと近付いてきた2人に反して子供達の顔は興味津々だ。
「こっちのお姉さんがヴィラ、こっちの男の子はカンラっていうんだ。今日から村に住むから皆仲良くね」
軽く紹介し、2人もよろしくお願いしますと続けると、村の子供達からも「はーい」と素直な声が上がる。
ここにいるのはカンラと同世代ばかりだったが、この子達には難なく受け入れられそうで一安心だ。
その後は2人の住む場所についてや色々と相談しなければならないことがあるのでまた今度と言って解放してもらい、少し先で待ってくれていた父やガハンス達のもとへ急いだ。
「おかえりなさい!」
3週間空けた我が家に戻ると、母とエミリア、じーちゃんや使用人の婆さん達も出迎えてくれた。
エミリアは不安だったのかガハンスを見つけるなり感極まって泣いてしまったり、姿が見えないサフライはどこにいるのかと思ったら昨日自身の工房で完徹して爆睡していたりと感動の再会のようなそうでないような、なんとも締まらない結末になったのであった。
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「では2人は暫くここで生活するといい。部屋は客室を使って貰うつもりだが、2人1部屋で大丈夫か?」
「は、はいっ! 大丈夫ですっ」
夕食の席で今後の2人の生活について話し合い、せめて村に慣れるまでヴィラとカンラは家で生活をしてもらうことになった。
今日は自宅で休むように言いつけてあるスラウ一家のように旅館の従業員用のマンションにも空き部屋があるにはあるのだが、2人の年齢のことや生活の下地が何もない状況での2人暮らしは現実的ではない。
ある程度の年齢になるまでか生活基盤が出来るまで仕事を覚えながら我が家で過ごしてもらい、何かあればその都度調整していこうという事で決まった。
「……あの、やっぱり駄目だと思います」
二段ベッドくらいしか碌なものがない客室をどうしたものかとやっと起きてきたサフライと相談していると、村についてからも夕食の席でも恐縮しっぱなしでほとんど口を開かなかったヴィラが後ろから追いかけてきた。
「え!? なにか心配事とかあった?」
「いえ、そうじゃなくて。あたしたちはまだなんにも出来ないのに、こんなに大きくてきれいなお部屋を貸していただくわけには……」
真面目な顔で何も返せるものがないのだと訴えてくる。
こちらとしては子供相手に現段階での見返りなど求めてはいないのだが、決して発育が良いとは言い難い身体で幼いカンラを守ってきた彼女はきれいじゃない世の中をたくさん見てきたのだろう。
とても細くてか弱くみえるのに、逸らすことなくまっすぐ見つめられる眼差しは彼女の芯の強さを現しているようだった。
「なにわかりきった事言ってやがる。お前達に出来る事なんかあるわけねーだろ」
「!」
「ちょ、兄様!? なにをーー」
何を思ったのか、それまでなにも言わなかったサフライが容赦ない言葉で切って捨てた。
役立たずだと言われたも同然の言葉にヴィラは今にも泣きそうにな顔になり、唇を噛みしめて必死に堪えている。
俺は慌てて止めようとしたが無言で手で押しとどめられてしまい、ヴィラに1歩近付いたサフライが何をするつもりなのか黙って見守ることしかできなかった。
「……痛っ!」
「ほら、やっぱりな」
サフライがヴィラの腕を取って軽く握ると、悲鳴が上がった。
長袖の腕の部分を捲ればそこには夥しい程の赤や青の痣や、治りかけの古いものから瘡蓋が新しいものまで様々な傷痕が残っている。
「アル、ありったけの傷薬持ってこい。あとお袋も呼べ」
「っあ、はい!」
……気付かなかった。
まさかヴィラがあんな傷だらけだったなんて、1週間以上ずっと近くに居たのに全然気付けなかった。
しかも俺は情けないことに、普段服で隠れて見えない部分の傷痕があまりに痛々しくて目を逸らしたくなってしまったのだ。
悔しいやら情けないやら申し訳ないやら、頭の中がぐちゃぐちゃで、どうすればいいのかわからない俺は大人しくサフライの指示に従った。
「兄様、家にある薬全部持って来たよ」
「おう」
「……アルとサフライは部屋から少し出ていてちょうだい。後は私がやるわね」
母にヴィラを任せ、やる事がなくなった俺達はリビングに戻った。
幸いと言っていいのかわからないが、カンラは長旅の疲れでもう眠ってしまったようで、とりあえず俺の部屋で寝かせている。きっとカンラも傷痕の事は知らないのだろうし、ヴィラも知られたくはないだろう。
「そんな顔をするな。気付けなかったのはお前だけじゃなくて、私達も同じなんだから」
「……うん」
ヴィラは多分、虐待を受けていた。
誰なのかはわからないが、恐らく孤児院関係の大人から受けたことは間違いないと思う。
もしカンラが知ってしまったら傷ついて泣いてしまうだろうから、この事はカンラにだけは気付かれてはいけない。
「ーーーー!!」
離れた部屋からリビングにまで響くヴィラの慟哭が胸に突き刺さる。
だけどそれでもやっとヴィラは泣く事ができたのかもしれないと自分に言い聞かせ、平静でいられない自分の心を目を閉じて必死に宥めた。
お通夜ですみません。
次回はやっと日常回に戻れるはずです。




