38話 さ迷える仔猫たち2
お仕事の片付けが終わると、あのお兄ちゃんは僕たちのところにやって来た。
……ほんとにご飯くれるのかな。貰えたらいいな。
「今日はありがとう」
「「いっ、いいえ!」」
ニコッと笑いかけられて、僕とお姉ちゃんはすごくびっくりした。
「給料はごはんでいいんだっけ。 さっき屋台に出してたスープと芋もちだけど、いい?」
「「は、はいっ」」
本当にご飯がもらえるんだ!
中には同じようにお手伝いをしてもそんな約束はしていないだとか、手伝いが終わったならとっとと出て行けって追い出されることもよくあったから、ちゃんと約束を守って貰える事がすごく嬉しかった。お仕事、頑張ってよかった!
「あはは、さっきから2人とも息ぴったり。じゃあ、こっちに来て」
案内された場所に少し移動すると、なぜかジャガイモが入っていた木箱がひっくり返っていた。
その上に座っていいよと言われたので、僕とお姉ちゃんは隣同士で座ることにする。
「はい、どうぞ。 熱いから気をつけてね」
「わあっ!」
お兄ちゃんが持ってきてくれたご飯は、お姉ちゃんと僕、ちゃんと一つずつある。
木の器に入ったオニタマスープは手のひらの温度よりも高くて、すごくいい匂いがした。
僕は美味しそうなそのスープを早く飲みたくて、あまり冷まさずにスープをすすってしまい舌を少し火傷した。
近くに居たお姉ちゃんや、お兄ちゃんやおじさんたちにまで笑われてしまったけど……なんだろう? 孤児院の子達にもいつも笑われてしまうけど、その時みたいに胸にざわざわする感覚は全くない。
ちょっぴり火傷はしてしまったけど、口に入ったスープはとても美味しかった。
「ほらカンラ、あーんして」
「ぼ、僕もう赤ちゃんじゃな……もがっ」
赤ちゃん扱いは恥ずかしいからやめてって、いつも言ってるのに。
お姉ちゃんは怒った僕を無視して、お兄ちゃんが特別におっきく作ってくれたイモモチをちぎって口に入れた。
「んんんんーーっ!?」
「ね。美味しいね、カンラ」
何これ、こんなの食べたことない!!
きれいなまるの白い生地に、焼き目が美味しそうについたイモモチという初めて見る食べ物。
イモモチって焼いたパンじゃなかったんだ。
口に入ったイモモチは、溶けそうなくらい柔らかいのにもちもちしてて、塩味もちゃんとあって……
「坊主、嬢ちゃん。 どうだ美味いか?」
「はい! とっても美味しいです!」
ニッと笑って話しかけて来たのは、さっきまで泣きながら何かをずっと切っていた、さっきのおじさんよりももっとおじさんだ。
さっきはずっと泣いていたから何だかこわくて近付けなかったけど、このおじさんもきっといいひとだ。
この人はさっき、ジェイドさんって呼ばれてた。
僕はスープで身体がぽかぽかして、お腹もいっぱいで、今日はお姉ちゃんも僕も笑顔でいっぱいだった。
ここにいる人達はちゃんと約束を守ってご飯をくれたし、お姉ちゃんを泣かせたり怒らせたりしない。
ずっとここに居られれば、僕もお姉ちゃんも笑っていられると思う。
僕は、ずっとこの人たちと一緒にいたいなと思った。
ーーでも、お別れの時間はすぐにやって来た。
「じゃあな!」
ご飯を食べさせてくれた後、お兄ちゃん達は行ってしまった。
僕もみんなについて行きたくて、でも隣にいるお姉ちゃんが僕の手をきゅっと握って「だめよ」って言った。
……お姉ちゃんがだめだと言うならだめなんだろう。
悲しかったけど、僕とお姉ちゃんは門限ギリギリに孤児院に戻った。
「お姉ちゃん、今日はとっても楽しかったね」
「ふふ。そうねカンラ」
すぐに就寝の時間になって、いつもみたいにお姉ちゃんと一緒のシーツに包まる。
大きな声を出せないから、小さな声であのご飯が美味しかった、今日はみんな笑顔で嬉しかったねっていっぱい笑った。
「あれ、お姉ちゃん?」
夜中に目が覚めて、一緒に寝ていたはずのお姉ちゃんがいない事に気付いた。
……トイレなのかな? お姉ちゃんは優しいけど、トイレについて行こうとすると「もう赤ちゃんじゃないんでしょ?」って怒っちゃうから。
僕は寝ていたから、1人でそっと行ったのかも知れない。でも、お姉ちゃんがいないシーツの中はなんだか寒くて、なかなか眠れなかった。
ーーまだ、お姉ちゃんが帰ってこない。
あれから、1時間以上経ってもお姉ちゃんは帰って来なかった。
心配になって、お姉ちゃんを探しにトイレに向かう。
女の子用のトイレだから本当ならだめだけど、今は夜で誰もいないから。
だけど呼びかけてトイレの中まで入って調べても、お姉ちゃんはいなかった。
ーーねえ、どこにいっちゃったの?
涙がじわっとでてくる。
でも、僕は男だから。 男の子はこれくらいで泣いちゃいけないんだ。
ぐっと我慢して、僕は孤児院の中にお姉ちゃんがいないか探すことにした。
「カンラ!」
「お姉ちゃんっ」
孤児院長先生の部屋の近くまで来たところで、お姉ちゃんを見つけた。
お姉ちゃんが夜中になんでこんなところにいるのかわからなかったけど、お姉ちゃんも部屋にいない僕を探していたようだ。
手を繋いで部屋に戻ろうとして、でもお姉ちゃんは「すぐに戻ってくるから。部屋から出ちゃだめよ」って、僕をまた置いていこうとした。
「なんでダメなの? それなら僕も行く!」
「手を離して、カンラ」
「だめだよお姉ちゃん! だってまた嫌なことされちゃうんでしょ!?」
「っ!」
やっぱり、そうだったんだ。
お姉ちゃんは驚いていたけど、僕にだってお姉ちゃんが何か嬉しくない事をされてるんだろうなって事くらいわかる。
今までだったらお姉ちゃんが笑って何でもないよって言えば、そうなのかなって思ってしまう事もあったけど、さっきのお兄ちゃん達といた時のお姉ちゃんの笑顔とは全然違う。
「お姉ちゃん、にげよう」
「え。逃げるってどこへ……」
僕たちは孤児だ。
帰る家なんかここ以外にありっこない。
逃げたところで、探す人なんていないんだ。
「僕、いい場所知ってるんだ」
僕はお姉ちゃんを安心させる為に、笑顔を作る。
不安だけど、なんでもないようなフリをする。
嘘がうそだとバレないように、笑いながら。
今までのお姉ちゃんが、そうしてくれていたように。
****
僕が、優秀な子供だとあの人たちに認めて貰えたら。
あの人達は僕たちを一緒に連れいってくれないかな。
僕たちなら、どんなお仕事だってする。
お掃除もお洗濯も、痛いこととかはちょっとイヤだけど、しなさいって言われたらなんだってする。
僕はそう思って、お兄ちゃんたちの残り香を辿ってここまで来た。……なのに。
「か、カンラ。声が大きいよっ」
「あっ」
寂しそうに、お姉ちゃんがまるでひとりぽっちみたいに言うのが悲しくて、つい大きな声を出してしまった。
それでみんなの視線が集まって来て、もうだめなのかもしれない。孤児院の子達が言ってたように、やっぱり僕は不合格なんだと怒鳴られるのかもしれないとぎゅっと目を瞑る。
でも、お兄ちゃんたちは僕の事を怒らなかった。
「よしよし。良い子だな」
「!」
お兄ちゃんは僕の隣にやってくると、僕の頭を撫でてくれた。
たまにお姉ちゃんが僕の頭を撫でてくれるけど、それ以外の人に頭を撫でてもらった事はなかった。
「ゔ、うぅ〜……」
泣きたくなんか、なかったのに。
いつの間にか僕は泣いていて、お姉ちゃんみたいに優しい手が、すごく嬉しかった。
もっと撫でていて欲しかったけど、お兄ちゃんはすぐに手を離してしまい、茶色の髪の人にまた怒られていた。
でも、お兄ちゃんは悪くない。
僕がお姉ちゃんに嘘をついて、ワガママを言ったんだ。
お兄ちゃんを責めないで下さいって一生懸命お願いしたら、最後にはまわりのおじさんたちも「仕方がないな」と言って許してくれた。
「何故、またこんな事に……」
でも、茶色の頭のお兄さんが言っていた、ひとたらし? って何のことなんだろう。
お兄ちゃんは頭が痛い。




