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37話 さ迷える仔猫たち1

日間2位だと!?

何が起こっているのか説明を要求する!

「ごめんなさい。僕がお姉ちゃんを連れてきたんだ。お姉ちゃんはだめだって言ってたのに……」


「カンラ!」


 俺と同年代であろうヴィラという女の子と、それよりはるかに小さなカンラという男の子。

 声を出したカンラは、昼間に屋台を開いていた時に、商品を購入する表側ではなく何故か調理組がいる裏側から近づいて来た。


「あの、お姉ちゃんにごはんをあげたいんです」


「ん? それなら並ばねえといけないっすよ?」


 兄と遭遇する少し前。

 俺は表側で接客をしていたのですぐには気がつかなかったが、裏で玉ねぎとじゃがいもの下拵えをしていた兵士の2人にカンラは近づいて行った。

 じゃがいもを茹で、茹であがったじゃがいもの皮を丁寧に取り除く係だったランパード(職業・兵士)は、長蛇の列を指してそう言った。


「お金、なくて……」


 シュン、としてお金がないと言うカンラ。


「……あ〜。親はいないっすか?」


「お父さんはいないです。 お母さんはもしかしたら、いるかもしれないけど」


「ああ、そういうことっすね」


 屋台で出していた “芋もち”も“オニタマスープ” も安価なものであったが、親のいないこの子供達は貧しくて買うことが出来ない。

 ランパードも空腹の辛さは知っているが、勝手に分けてあげる事も出来ず、どうしたものかと頭を掻いた。


 ーーここは、遊楽都市ビビ。

 あらゆる娯楽をかき集めたような街だ。

 この街に産まれて親からの教育を受けたものは、自制心を持ちなさい。あれに嵌ってしまったものは、地獄のような日々を送らなければならなくなるよ。

 そう言い聞かされて育つから、身をもち崩すものは意外と少ない。


 だが、むしろそれ目当てで訪れた貴族や富豪はどうか。


 毎日が宴のような日々を送り、美食に溺れ、賭け事に溺れ、女に溺れ、夢のようなひと時の対価に貪り尽くされて帰って行くものが3分の一。

 ほどほどで切り上げ、上手に遊んで帰るのものが3分の一。

 あとの3分の一は、夢から帰って来れずに、最初に街を訪れた時とは別人のようにみすぼらしくなり、借金を返す為に奴隷の様に扱われる。


 この街の子供はそういった人間を見て育つから、人並みの自制心を持つものは真っ当な倫理観を持って健やかな成長を遂げている。その子供達もまた、同じようにだ。


 だが、自制心が弱かった者や、色香に溺れた大人の代償として生まれてきた子供達はどうか。

 自制心が弱かった者は自業自得の一言で済ませられるが、娼婦から生まれた赤子は、娼館から廃棄物処理の様に孤児院に捨て置かれ、生まれ落ちた瞬間に厳しい運命が待ち受けている。


 ビビの街に拘らず、ある程度栄えている街では少なからず性風俗の店はあり、こういった事象とは切っても切れない関係性があった。

 色街とも総称されるビビの街では特に、その孤児が増えてしまうのは必然だと言えたかもしれない。

 その結果、街で抱えられる孤児の人数をとうに超過し、溢れかえった孤児達は明日をも知れぬ日々をおくっていることも。


「ちょっと待つっす」


 事情をなんとなく汲み取ったランパードは、商品とお金を交換しているアルファンに近付いていく。

 今ここで少量の食べ物を融通することは簡単だが、明日の事はわからない。

 この子達以外の孤児らしき子供も、屋台が密集するこの市で食べ物を求めてかフラフラと彷徨っているのを何度か見かけた。

 自分では手に負えない状況だが、アルファンなら、なんとかしてくれるのではないか。

 それはこの子供達に、あの日の自分達の姿を重ね合わせたからかもしれなかった。


「とゆーことなんすけど。若、どうするっすか?」


「今忙しいからいいよー。ジャガイモ洗ってもらってねー」


「いいの!?」



 ****



「それでお前は、この子供2人を雇っていたというわけか」


「はい。 その、屋台の人手が足りなくて咄嗟に」


 後から考えれば、ランパードの対応も拙かった。

 わざわざアルファンがひいこら言っている場で話かけなければ、もう少しまともな判断も出来ただろう。


「その結果、この子達はお前にひっついて来てしまったようだが?」


「……はい。ごめんなさい」


「すみません! 俺が悪かったんす、若が忙しいところに話かけたからーー」


「ランパードは黙っていろ。 どんな状況下でも決断したのはアルだからな」





「「……」」


 大人の中に混じって、というよりは主に叱られているのは、姉と同い年くらいの薄黄色の頭をした男の子だ。

 叱っているの茶髪の大人の人は、彼の親族だろうか。顔だちがどことなく似ている。

 幼いカンラには、2人が言っていることはよくわからなかった。

 ヴィラとカンラは無理矢理ついてきた自覚があるため、大人が大勢いるこの場で下手に動く事も出来ず、茶髪の男性が薄黄色の髪の男の子にお説教をする様子を呆然として眺めていた。


「いいなぁ」


「お姉ちゃん?」


 思わず漏れた呟き。

 幸い、小さなこえだったのでヴィラが発した言葉は周りに気づかれなかったが、隣にいる弟のカンラは聞き取っていた。


「ね、なにがいいの?」


 カンラから見れば、顔を厳しくして叱られている男の子は気の毒にしか思えなかった。 それも、自分達が原因なのだから尚更だ。

 叱っている男の人の声に紛れる程度の声量で、2人はヒソヒソとやり取りをする。


「お姉ちゃん?」


 すぐには口を開いてくれなかったが、服の裾を摘んで催促すると、ヴィラは仕方なさそうに、寂しそうに答えてくれた。


「……パパかママがいたら、あんな感じなのかなって」


「っ、僕がいるよ! お姉ちゃんには僕がーー」


「か、カンラ。声が大きいよっ」


「あっ」


 ハッとした時には、この場にいる全員の視線を集めていた。

 

 ーーやってしまった。


 叱られていたはずのアルファンまでも、びっくりしたようにこちらを見ている。

 せっかく、せっかくご飯をくれる人を見つけたのに。

 孤児院ではご飯をくれる人はお姉ちゃんだけだった。

 孤児院では自分達で食べ物を探すのが当たり前で、お姉ちゃんがくれる食べ物はお姉ちゃんの食べる分を僕に分けてくれてるんだって、孤児院でリーダー格の子が教えてくれた。


 生きたいなら、ご飯を食べなきゃいけない。

 でもご飯を食べられるのは、新しいお父さんとお母さんに選ばれた子達だけだ。

 新しいお家に行くためには、優秀じゃないといけないと聞いた。

 優秀っていうのはよくわからないけど、賢い子の事なんだって。

 自分1人でも食べ物をたくさん探せる足が速い子で、食べ物を誰にも奪われない力持ちな子で、頭も良くないといけないんだって聞いた。あと、院長先生に気に入られている子。


 昨日は食べ物がみつからなかった。

 でもお姉ちゃんがどこからか食べ物を持って来てくれて、2人で分けっこして食べさせてくれた。

 そんな時、お姉ちゃんは決まってこう言うんだ。


「大丈夫、カンラは何も心配しなくていいからね」



 ーーお姉ちゃんは嘘つきだ。


 昨日、お姉ちゃんはずっと震えていた。

 顔が真っ青で、カタカタ震えて、夜、一緒にシーツに丸まった時も身体が冷たかった。

 こんなの全然大丈夫じゃないよ。

 だって、お姉ちゃんが泣いてる。

 小さな声だけど、「やめてください」って寝言で言ってる。

 きっと僕が、お腹が空いたなんてワガママを言ったせいだ。


 だから僕は、ご飯をくれた薄黄色の頭のお兄ちゃんについてきた。


 孤児院のお仕事を頑張って早く終わらせて、今日は食べ物をいっぱい売ってる市場にお姉ちゃんと向かうことにした。

 市場に入ると、お姉ちゃんと二手に分かれた。

 この中なら僕ももう迷わないし、2人で同じところを回るより、その方が食べ物が良く見つかるからなんだって。

 食堂ならお昼過ぎまで残飯が運ばれてくることはないけど、市場ならその場で食べ残しや間違って落とした食べ物を拾ったりすることが出来る。

 運が良ければ、温かい食べ物を得られるかもしれない。


 屋台のまわりに何か落ちていないか、何度も行ったり来たりする。

 すると、今まで嗅いだことのない一際いい匂いがして、その屋台にふらふら近づいてみるとお客さんはいっぱいだった。

 屋台の裏側にまわると、まあるいピンク色のものをたくさん洗ったり皮を剥いたりしてるおじさんがいた。

 たくさんあるから、おじさんの剥いてる皮をもらえないかなってお願いすると、「ちょっと待つっす」って言って、お姉ちゃんと同じ背丈くらいの男の子のところへ向かっていった。


「良かったっすね」


 戻ってきたおじさんは笑顔で、主様(あるじさま)が今日だけ僕にお仕事をくれると言った。

 お手伝いが終わった後にご飯をくれると聞いてすごく嬉しくて、少し待ってくださいとお願いして急いでお姉ちゃんを探した。市場の中なら、走ればすぐに見つかる筈だ。

 人とぶつかりそうになって危なかったけど、すぐ近くにいたお姉ちゃんを引っぱって屋台の裏側に戻った。


「増えた」


 僕がお姉ちゃんを連れて帰って来たのを見て、おじさんは困った顔になった。

 おじさんは「ちょっと待つっす」って、さっきと同じように言って、またあのお兄ちゃんのところに行く。

 すぐに戻って来たおじさんが「これ以上増やすのはなしっすよ」と言って、お姉ちゃんもお仕事を一緒に手伝える事になった。

 お姉ちゃんは「……あの男の子が店主なの?」って驚いていたけど、ご飯をくれると約束してくれたおじさんも、あのお兄ちゃんもいいひとだと思う。


 僕とお姉ちゃんに与えられた仕事は、たらいに水がいっぱい入ったところでピンク色の食べ物を洗う事だ。

 ピンク色のまあるい食べ物は硬くて少し土がついてて、みんなはそれを “ ジャガイモ ”と呼んでいた。

 ジャガイモを渡され、ごしごしとキレイに洗い終えると、さっきのおじさんのところに持っていく。これの繰り返しだ。


 再度洗い直しと戻されたものと、追加されたもの、数えきれないジャガイモを洗っていくうちに、気付けば夕方になっていた。


うまく纏まらなかったので、続きます。

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