36話 はじめての屋台
大変お待たせしました。
「お姉ちゃん、お腹すいた……」
「カンラ、お姉ちゃんがなんとかするから。もうちょっと我慢してね」
「うん」
あたしはヴィラ。
弟のカンラを手を引いて、いつものように街に食べ物がないか探しに来ている。
「はあ、ここもダメね」
カポっと空けたゴミ箱の中にはもう何も残されていなくて、カンラと2人で肩を落とした。
ここの大衆食堂は孤児院から離れた場所にあったから、比較的残飯が残されている事も多くて、穴場として重宝していたんだけどな。
きっと、今日はたまたま残飯が出なかったか他の孤児院の子達に先を越されてしまったんだろう。
12歳のあたしはともかく、まだ5歳のカンラの手を引いて歩いているから自然とその歩みは遅くなってしまう。
そしてとうとう、孤児院に戻らないといけない時間になっても食べ物は見つからなかった。
「お姉ちゃんごめんね、僕、まだ我慢出来るから」
「心配しなくても大丈夫よカンラ。こういう時のためにお姉ちゃんにはヘソクリがあるから」
心配そうに何度も僕は大丈夫だと訴えるカンラを安心させてやる為に、口角を上げて笑顔を作る。
カンラとあたしは血は繋がっていないけど、カンラはあたしの大事な弟だ。
「食べ物を取ってくるから、カンラは部屋で待ってて」
「……うん」
服の裾を掴んでなかなか離してくれないカンラの手をなんとか解いて、子供が集まる大部屋まで送っていく。
この孤児院では自分の事は自分でしなきゃいけない。
住む場所と、今着ている洋服だけは与えられるけど、お洗濯やお掃除、自分が食べるものも自分で調達しないといけないから、毎日時間がいくらあっても足りない。
特にカンラみたいに小さな子は、上の子に仕事を押し付けられたり、せっかく見つけた食べ物を取られちゃったりするから、誰かが守ってあげないと簡単に死んでしまう。
「ヴィラです」
震える手を叱咤して、この孤児院で一番立派な部屋の扉を3回叩くと中から「入れ」と声が聞こえる。
ちゃんと声が返って来たということは、今日はちゃんと温情を与えて貰える日だ。
院長先生は気まぐれでその時々で気分が変わるから、その事に安堵した。
ぎゅっと目を瞑ってから、深呼吸をする。
「失礼します」
カンラは、あたしが守るのだ。
****
ーーあつい。
真上に鎮座する太陽が燦々と光を撒き散らし、もう少しで冬だというこの時期に信じられないくらいの汗が流れ落ちる。
申し訳程度に誂えた庇は降り注ぐ太陽光から身を守ってくれはするが、コトコト、ジュウジュウと胃を直撃する音を放つこの場においては、熱さからは逃れる事は出来なかった。
「ちっこいにいちゃん。俺はそのあったかそうなスープだ!」
「はい、オニタマスープですね。熱いので気を付けて下さい」
「おお、凄え美味そうな匂いだ!」
スープを片手に、ホクホク顔で帰って行ったいかにも冒険者然とした大柄な男の背を見送るのもそこそこに、引き換えに受け取った硬貨を直ぐに木箱に移した。
「次のお姉さんは何にしますか?」
「あらやだ、お姉さんだなんて! ……そうねえ。じゃあスープ2つと、そのイモモチ? も3つ貰おうかしら?」
スマイルとお世辞はタダである。
子供を二人連れた『お母ちゃん』に、にっこり笑って注文を取れば、その脇から「えーっ!母ちゃんさっきは一つずつしかダメって言ったのにー」と抗議が入った。だが、商売人(仮)の面はそんなことじゃあ崩れません。
延々と終わりの見えない行列に、黙々と商品を渡しては硬貨を受け取る作業を続けていると、ふと、前世の記憶のようなものを思い出した。
あれは確か、大学時代にしていた “ コンビニ ” のアルバイトだったか。
基本はレジスター前に立っているけど、配送されて来た商品を入れ替えたり補充したりする。思い出した頃に掃除もするけど、深夜に清掃業者が来たりするからパパッと埃を払うくらいのものだ。
レジ横にあったホットスナックは美味いけど、連日シフトが入って作り続けていると段々嫌になってくる。特に揚げ物なんかは匂いだけで胸焼けしたなぁ。
独身貴族だった俺は節約とかも程々にしかしなかったから、そこそこコンビニの愛用者だった。
ああ、店に行けば直ぐに美味い飯を買って食えたあの頃が懐かしい……。
「若様、手がお留守ですよ」
「ごめんなさい」
ぽやっと回想をしていると、会計したりスープを混ぜている手がおろそかになってしまった。
隣で料理を作っているスラウは、俺が混ぜているスープが焦げ付きそうだと思ってハラハラしている。
料理に関しては、ミルクと対を張るくらいうるさそうだな。
「若、食材の追加をお願いします!」
「ん。こんくらいでよろし?」
「これだけあれば充分っす!」
……うん。さっきから同じ台詞を何回も聞いてるね?
俺は数時間お小遣い稼ぎをして、残りの時間で買い物に行く予定だったのに今も全く終わりが見えない。なんで、買い物行く暇もなさそうなくらい盛況してるんだろうか。
それにしても忙しい。そもそも、客に対してこちら側の人員が足りない。
そんな時、数時間前にも見た茶髪の髪が屋台の前を通り過ぎた。
「あっ。ガズ兄、ちょうどいいところに!」
「は?」
「人手が足りないんです。今暇ですか?暇ですよね、さあ早くこちらへ!」
「おいちょっと待て。それよりお前、こんなとこで何をして」
「さあさあさあ!」
****
「もう、働きたくない」
「かなりの集客でしたからね」
「すげえ売り上げですよ、ほんと」
頭に巻いていたねじり鉢巻を外すと、汗を吸い込んでびっしょりだった。
あれから結局、屋台は夕刻前まで列が途切れることはなかった。
適当に切り上げてもよかったのだが、稼げる時に稼いでおこうとのの助言で、自分たちの食材を残して屋台で全て売り尽くしたのだ。
「さて」
「「!!」」
宿に戻り、部屋に集まったみんなが達成感に包まれているなか、膝上で組んだ手の上に顎を置いた兄が至極落ち着いたトーンで切り出した。
決して声を荒げたわけでもないのに、たった二文字で盛り上がりをみせていたみんなの肩がピクリと揺れ、その場がシーンと静寂に包まれる。
……アレ?ざわざわと胸のあたりで嫌な予感がするよ?
「お前達がいきなり屋台をし始めた経緯を聞こうか?」
にっこりしているはずの笑顔は、ちっとも目が笑っていなかった。
「何故そうなるのか……」
全てを話し終え、眉間を揉むガハンスの目の前には正座の男達が横一列に並ぶ。もちろん主犯格である俺もだ。
「あの、今日は例の情報収集の為に自由行動をしていいと聞いたので」
この街に来た理由は、スラウの家族奪還のためである。だが、一日では街全体を把握など出来ないし、アリッサから齎された情報だって、この街にそれらしき闇金屋が存在するらしい程度のものだ。
運良く無事奪還出来たとしても、土地勘もなく味方も数少ない俺たちには逃げ切れるかも怪しいし、不利な点が多い。そんな状況下では情報はあればあるだけ有り難いのだ。
「情報収集するにしたって、お金が必要です」
「小遣いなら渡しただろう?」
片眉を器用に上げて、不可解だという顔をつくるガハンス。
「はい。お金を払って購入し、口が軽くなった店主達から情報収集するというのはわかりました。ですが、班に分かれているとはいえ僕達十一名が揃って情報収集をし出したら怪しまれるとも思ったのです」
今朝、父から下された密命は『出来る限りの情報収集をせよ』という事だった。
十一名の団体行動をする訳にもいかないので、3名のガハンス班に、4名の父と俺の班の3組に別れた。
そして班分けが終わると、俺たちは宿の部屋に朝食を持ち込み、狭い部屋で各班自由行動を告げられ、時間帯をずらして宿を出たのだった。
「……お前の言い分はわかった。だが、屋台のことは置いておくにしても、これらはどうする?」
「まったくだ」
頭が痛いような仕草でがハンスが唸り、父はそれに直ぐに頷いて肯定した。
今日の俺は自由行動と言われていたし、行動制限は特にされていなかった。
だが屋台には長蛇の列が並んでしまい、人目を呼んでしまった。「明日も頼むな!」とまで言ってくれるお客さんもちらほらいた。
そこまでならまだよかった。まだ、取り返しがついたのだ。
「あ、あのっ」
先程から、俺の横で下を向いていた2つの影。
チラ、と見遣れば、多数の大人達の視線にさらされ、怯えた様子の小さな女の子と男の子がいた。




