35話 遊楽都市・ビビ
「もらったああああ!」
槍で腹を突く鈍い音と、そこから血飛沫が舞う音。
タイミングよくとどめを刺した兵士は勝鬨をあげ、惜しくも獲物を奪われた他の兵士達は悔しさを滲ませながら、獲物の事後処理にかかった。
「くっそぉ!」
「次こそは俺だかんな!!」
どうやら誰が一番早く獲物を仕留められるかを競っているようで、魔獣や野生動物を問わず、目の前に現れた動く動物は片っ端から殲滅されていった。
うちの兵士達はそこまで血気盛んではなかった筈なのだが、今はみんな戦いたくて仕方がないのかうずうずしている。
俺はそんな暴れまわる兵士達を、血を浴びなくてすむように程々の距離間で眺めていた。
「何であんなに張り切ってんの?」
「……他人事のように言うんじゃない。アレは主にお前のせいだ」
「うえっ?」
独り言に反応があったのに驚いて声の主を探すと、同じく様子見守っていたガハンスが半目で俺を睨んでいた。
「信じたくはなかったが、恐らく、お前が初日に私達に食べさせた肉がサラマンダーの肉だったんだ」
「……サラマンダー?」
「赤い蜥蜴だとか言っていただろう」
……言ったね。確かに。
「サラマンダーは、数多いる魔獣の中でも頂点を司る存在だ」
魔獣の中にもヒエラルキーがあり、魔法と同じく、火魔法・水魔法・風魔法・土魔法・光魔法のそれぞれの属性を持つトップがいる。
ただ魔獣も不死というわけでもないので、トップにも代替わりがあるが、各属性のトップは稀少な素材を持つ事でも有名だ。
「それに、ただの魔獣は肉を残さない」
「あっ!」
「やはり忘れていたのか……」
通常、魔獣を討伐すると毛皮と魔石のみが残るが、少々強い魔獣になってくると稀に牙や骨などの素材を落とす事がある。
さらにそれ以上の強さとなると肉も落とす事があるのだが、普段から腕利きの師匠について森を走り回っているため魔獣が肉を落とす光景が日常化してしまい、その事自体が珍しいのを忘れていた。
そして、師匠に毒された俺はそんな特殊な素材や肉を惜しみなく今回の旅程で披露してしまっていたらしい。
「だからといって、何故忘れられるんだ……?」
額を押さえ、理解不能といった表情で呻くガハンス。
ごめん兄ちゃん。俺にもわかんない。
「お頭、今日もご馳走です!」
「よくやった」
突っ込まれた時用の言い訳を考えているうちに、兵士達が良い笑顔で戻ってきた。
因みに、旅中の俺の役目は食事休憩と就寝時以外はカッポカッポと馬車に揺られるだけの簡単なお仕事である。
「しっかし、若様は本当に反則っすね。こんな旅なら、俺はずっと続けたいっす!」
兵士の一人、まだ年若いランパードが血抜きをしながら上機嫌に話し掛けてくる。
ランパードがこんなに上機嫌なのは、毎日お腹一杯食べては魔獣狩りでストレス発散出来ているからだろう。
別に狩猟を行わなくても食糧の心配はないのだが、襲ってくるものを放置するわけにもいかないし、効果不明の魔獣肉を食らった影響かジッとしていられない兵士達の矛先が向いていることもあり、食べても食べても肉は常に補充されている現状だった。
「ランパードは大食らいだしね」
「それはそうっすけど! こんな環境だったら誰だってそう思いますって! ……ねえ!?」
ランパードが隣にいた俺から、背後にいる兵士仲間に振り返り同意を求める。
「ええ。私も、若様が貸してくださる毛皮は特別に気持ちが良いのでよく眠れます」
「食事の量も質も良くて、あったかいメシ食えるからいい。 あとお風呂もいい」
「俺はケツが痛くないのが最高だな!」
兵士達は一様に頷き、快適な旅を楽しんでいるようだった。 中にはおケツ事情に喜びの声も上がっていたが、だから男の尻事情は本当にどうでもいいんだって。食事中の皆様ほんとごめん。
「いやいや、だってこんな風に馬車が地面から浮くなんてありえないんすよ!?」
「うん。 わかった、もうわかったから」
まずい。 またランパードが興奮し始めてしまった。
褒めてくれようとしてるんだろうけど、保護者二人に現在進行形で睨まれている俺の身にもなってくれ。
そんな俺の気も知らず、ランパードは「いーえっ! 若様はわかってません!」と尚も言い募る。
「野営用の毛皮は若様が洗ったら何故かふかふかで痒くならないし、天幕もしっかりしてるから雨が降ってもバッチリでした! メシは美味いし、あったかいし、腹一杯食えるし! 若様が作ってた “どらむかん” ?とかいう鍋みたいなちっさい風呂も! 馬車も若様の魔法なんでしょ!? 地面から浮いてて揺れも少なくて交代で休憩が取れるから、馬さえ替えがあれば野営しなくても移動できそうっすよ!」
「うむ。確かにそれもだが、やはり初日に食べた肉が効いているな。 力が漲ってくるようだ」
「………アハハハハ」
背後からの二人の視線に殺気が混じり、乾いた笑い声が出た。
これが自業自得と言わずして、ほかに何と言えばいいのか誰か教えてくれ。
余った肉が美味しかったからって、正体不明の魔獣の皮と肉を家族と師匠以外に出すんじゃなかった。
ちょっと身体が痒いからって、ドラム缶風呂とか作るんじゃなかった。
ダニが気になるからって、ここで乾燥機代わりの高温風魔法を使うべきじゃなかった。
お尻が痛いからって馬車ごと少し浮かせてダメージ軽減しようだなんて馬鹿な事を考えて実行するんじゃなかった。
こんな感じに、ありとあらゆる失態を繰り返した結果、保護者達からの信頼度はもの凄いスピードで急下降してしまっていたのだ。
「……まったく」
ふう、と父とガハンスから長い溜息が聞こえる。
「お前はあまりにも迂闊で、危機感というものが足りない。 ……だが、いい発見も出来た事だし相殺としておこう」
「いい発見、ですか?」
「ああ。 先程ガハンスとも話していたのだが……」
「?」
ちょいちょい、と手招きされて耳を近づける。
なぜか自然に兵士のみんなも集まって来たので内緒話でもなんでもなくなってしまったが、父は今更だと思ったのか特に抵抗もせず、話し合いはそのまま作戦会議と雪崩れ込んだ。
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「ようやくですね」
二日後の夕刻、ラナーク村御一行は色街と呼ばれる街に到着した。
正式には遊楽都市・ビビと呼ばれているらしく、俺が想像していたよりは中々大きくて綺麗な街だな、というのが第一印象だった。
「身分証明は?」
「これで十三名分頼む」
チャリ、と父が門番に握らせたのは賄賂だ。
正体を明らかにするわけにはいかないので、身分証明は出せない。
だが、街には立派な外壁があり、中に入るには門兵がいる門を通過しなければ街に入れなかった。
「ふん。まあいいだろう」
幸いというべきか、治安が悪いビビではこんな事が日常的に罷り通っているようで、賄賂を受け取った門兵はニヤついた笑顔でもって俺達を受け入れた。
通行証を受け取り、全員無事に街への侵入を果たしたので、まずは宿を取る為にアリッサから紹介してもらった場所へと向かうことにする。
「……えぇっと。 本当にここっすか?」
門から数十分程でアリッサが懇意にしている宿の看板を見つけた。
アリッサ自身は意外と身なりは良かったのだが、紹介された宿は風が吹けば物理的に潰れてしまいそうなほどの儚さだ。
「どこでも構わん」
父は大して気にした風もなく、ズカズカと宿に入って行く。
顔を見合わせた俺達もあとに続き、受付にいる父の後ろに並ぶ。
宿の中も、外観とさして違和感もないくらいのボロさだった。
「ボロくて悪かったね。 文句があるなら出て行っとくれ」
心の声が漏れていたのかと、ギョッとしてしまった。
……まさか声に出ていたのか? いや、流石にそれはないと思いたい。
「悪い。 こいつらは村の外に殆ど出たことがないから物珍しいんだ。気を悪くしないで貰えるとありがたい」
「…………フンッ」
偏屈そうな婆さんが受付票を投げて寄越す。
父がそれを受け取ってサラサラと記入して渡すと、代わりに人数分の部屋の鍵を受け取った。
「何泊だ?」
「とりあえず、一週間分頼む」
「んじゃ、お前さんたちは全員二階の部屋だ。 朝食と夕食は出すが時間厳守。 湯浴みをしたければ盥は貸すが湯は有料だからね。あと、延長するなら前日までに言うんだよ」
「わかった」
そう返事をすると、ギシギシ音がする階段を登って部屋に向かった。




