34話 はじめての遠出
「ふわぁ、すごい……」
「そんなに口を開けていたら舌を噛むぞ」
「!」
呆れ顔のガハンスの指摘に、開けっ放しだった口を慌てて手で押さえた。
今日は、アリッサからの情報を元に、敵の本拠地へ殴り込みに行くのだ。
「お前は家で待っていてもいいんだから、な?」
「お断りします」
父は最後の最後まで俺を家に置いておきたいようだったが、そうはいかない。
スラウを助けたいのは俺だって同じだし、聞くからに危険そうな敵地に父やガハンスが兵士達を連れて行くのに、情報収集してきた俺が投げっぱなしだというのも頂けない。 アリッサの情報が確かなのかこの目で調べないといけないし、俺自身も足手まといにならないくらいには戦力になると思う……たぶん。
「威勢がいいのは良いが、頼むから死んでくれるなよ」
「僕は死にませんし、みんなも死なせませんのでお気遣いなく!」
「…………そうか」
ちょ、兄様!? なんでそんなに胡乱な目をしてるの!? 可愛い弟から目を逸らさないで!
ふんっと可愛らしく胸を張って応えたのにひどい兄だ。そういえば、周りから注がれる視線もなんだか生温かい気がする。そんなやりとりをしている間に馬車は出発した。
今の自分の背丈では、はじめて乗る馬車からは目線が高く、いつもと同じ光景も違って見えて新鮮だった。
伯父から借りた馬車二台はいつもより頑丈らしいのに、それでもかなりの振動が……あっ、後でお尻が痛くなるパターンだわこれ。
「クッションがあるからだいぶマシになるな」
これから一週間のお尻の消費を心配していた矢先、父や兵士達の嬉しげな声が上がった。
確かに馬車の中にはクッションをぎっしり並べてはいるが、小石の上を車両が通る度に尻が浮くレベルで、俺からすれば合格点には程遠い。
これでマシってみんなのお尻は擦り切れているか、ガチガチのどちらかなんじゃないだろうか。いや、男の尻事情は実にどうでもいいな。
馬車は六人乗りの二台で俺を含めた計十三名が敵地へと向かっていて、先頭の馬車には馭者二名に中は四名、後続の馬車に乗っているのは、父、ガハンス、俺、ジェイド、スラウ、他の二名は交代で馭者をやってくれていた。席に余裕があるのは、帰り道を考慮しての事だ。
「よし、そろそろ止めろ!」
馬車からの景色にも飽き早朝の出発から数時間経った頃、父から号令が掛かった。
陽が真上に差し掛かって来たので、一度そこで休憩を挟むからだ。
「あの木陰にしよう」
川沿いに歩いていた馬車を止め、馬に草と水を与え、そのあとにやっと人間も休憩に入る。
俺はまず、いつか行く予定のピクニック用に作り溜めておいたものをいそいそと地面へ拡げ、その上に馬車から一旦回収した平たいクッションを並べた。
するとすぐに座り心地の良さそうな場所が出来たので、靴を脱いでからそこに乗り込む。
……ふう。疲れたな。あ、あと栄養補給の為に軽食を用意しとこうか。 俺は働いてないが馭者の人には塩分と水分補給は大切だよな。適当だけど。
「さあ、みなさんも靴を脱いで上がって下さい」
「…………はぁ」
何その気の抜けた返事? さてはみんなもう疲れたのか。
「馬車に乗ってると疲れますよね、馭者も交代ですし。ささ、今のうちにしっかり食べて英気を養って下さい」
「いや、別に俺たちは……」
「あぁ、村の事を心配してるなら大丈夫ですよ? これは村の食糧庫から出してないので」
兵士達は手を振って遠慮しようとするが、これは俺が自主的に森から搾取した食材なので問題はない。
俺は頻繁に料理長と一緒に新レシピ開発をしているので、村の経営に響かないように普段から個人的に森から調達するし、今回の長期旅の為にもたっぷり蓄えて来ている。
「お前、最近家に居ないと思ったらそんな事してたのか?」
「食事は大切ですから」
「あとこの敷物は何だ? 見た事がないが」
「……ふふふ。さすがは父様お目が高い。 これはですね、魔獣の皮です。 水を弾く面白い性質をしているので、こうして多少濡れている地べたに敷いても浸水してこないんですよ!」
「は?」
この間、森で蜥蜴みたいな赤くてデッカい魔獣から採れた新商品なんだよ! ああ見えて新し物好きの師匠にも、貢ぎ物として渡したら「……なるほど面白い」って喜んでくれたしね。 表情の変化はやっぱり乏しかったけど。
「…………俺たちが今座っている敷物が?」
「水を弾く蜥蜴って……まさか」
なにやら兵士達はざわざわし始めた。……ホワイ?
「父上。 私には、これを良しとする老師様の基準が未だにわかりません」
「……安心しろ。 私もだ」
父やガハンスまでもがどこか遠い目をしている。……ワッツ?
最後まで意味は分からなかったというか、教えてくれなかった。もしかしなくても、俺なんかやからしましたかね?
「と、とにかく食べて食べて!」
居た堪れない空気に堪えられなくなってきたので、取り敢えずみんなに食べ物を勧める。
「あの、アルファン様。この肉は旨味が凝縮されていて非常に美味しいですね。 農場のギュウモを潰したんですか? 通常のギュウモとは少し味が違うようですが、何か特別な調理法があったのでしょうか」
「うん、確かに美味いよな」
職業病なのか、並べて置いた軽食をいち早く口にしたスラウが肉に違和感を感じたようだ。
「いえ、それはさっき言ってた蜥蜴の肉です。 見た目はあんまりでしたけど、意外と美味しいでしょう?」
「「ブフォ!?」」
同じ肉を食べていた半数の人間が同時に咳き込み、話題転換を図った筈の俺は、何故か再び微妙な目で見られる事となった。
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「今日はこの辺りで野営をしよう」
「はいよー」
「あ。ならレジャーシートがまだあるので使って下さい。 木を使ってレジャーシートで天幕を張れば小雨程度なら遮れますし、少しは暖かくなると思うので」
「……はいよー」
うちの兵士達は順応が早くて助かる。
川沿いの踏み固められている道を少し横道に逸れ、拓けた場所にレジャーシートをさっきの倍広げて寝床を確保した。
木や枝を切り倒し、天幕っぽい四角の骨組みを作り、その上にレジャーシートを掛ける。
ずり落ちないようにその場で作った釘で数箇所打ち込み、そこらへんに落ちていた葉っぱをどっさり上に乗せていく。
この世界にも四季があり、それでも日本よりは緩やかな気候なのだが、冬が近付いているし流石に夜は冷えるからな。
「坊っちゃん? あの、天幕に穴が空いてますが……」
「止めとかないとずり落ちちゃうからね」
「何故草を上に置いたんすか?」
「……暖かそうだから?」
心なしか顔色が悪い兵士達に、頼むからこれ以上釘は打つな。葉っぱの重みで天幕が壊れるから。と諭され、葉っぱは撤去することになった。
以前に無人島系テレビで葉っぱを使うシーンを観た事があった気がしたのだが、どうやら天幕に張るシートがある場合には必要なかったようだ。 釘の穴に関しては、もう空けてしまったものは仕方ない。
ちょっとずつちょっとずつ、気付けば天幕を張っている場所から追い出されていた。
「んじゃ、夕食作りでも手伝うか」
だが細かいことは気にしない。 それが俺の長所である。
まずは、先に準備に取り掛かっていたスラウの元へと向かう。
スラウだけだと日が暮れそうだったので、手が空いている兵士数名にも一緒に手伝ってもらった。
その辺から集めた石で囲いを作るように積み上げ、空いた中心部に乾いた枝を投入し、木に火を点ければ簡易かまどの完成である。
物干し竿につられた洗濯物みたいな感じでブラブラ浮いた鍋に水を入れて、俺が持ってきた食材で調理を始めてもらった。
採取する時間が勿体ないと思うので、主食替わりの芋類も肉も野菜も旅の間は俺が提供するつもりだ。
スープを作るのは、どちらかというと暖をとってもらうためである。
スープは塩漬け肉やきのこから出汁がでていて、あっさりながらも後を引く美味さだった。
「はぁー! 美っ味えなこりゃ」
「スラウが旅館の料理を作り始めてからは、さらに飯が美味くなったって評判っすよ」
「当たり前だろう? スラウは王都の下町で一番の料理人なんだから」
「いやなんでお頭が威張るんだよ!」
人の命や村の命運が掛かっているとは思えないほど賑やかな夜だった。
因みに、今回の旅では全員が父を【お頭】と呼ぶようにしている。 殴り込みに行くのだから、わざわざ正体を明かしてやる意味もないし、危険に晒される可能性を増やす必要もないからだ。
あとこれは完全なる余談だが、父が【お頭】なら、俺とガハンスは【若様】じゃないのかと言ってみたら目潰しをされた。……かっこいいのに。
旅立つ予定なかったのにね……。




