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33話 協力者

「どうしたものか……」


 夕食後、今日も今日とて、スラウの妻子を助け出すにはどうしたらいいのか家族全員で頭を悩ませていた。

 いや、むしろ壁にぶち当たって悶えているだけと言った方がいいかもしれない。

 大した手掛かりもなく、このままでは時間が過ぎていくだけだとは皆分かってはいるのだが、敵方の所在地すらわからないのでは手の打ちようがなかった。


「王国中を旅して廻るわけにはいきませんしねぇ……」


「半年どころか、何年かかるかわからぬぞ」


「ですよねー」


 困った。 非常に困った。

 こんな時に頼りになる親しい外部の者が居れば、また話が違ったのかもしれないが、俺にとってそれは伯父くらいなものだ。

 その伯父も今や立派な村民だし、他に何か知っていそうな人は見当たらな……ん?


「どうした?」


「あの、コハンスティール伯爵にも聞いてみるというのは駄目なのでしょうか」


 俺は会った事はないが、エミリア曰く、俺に会いたいと言ってくれていたようだし、そこそこ協力してくれるかもしれない。

 お互いの立場上難しいかもしれないが、心当たりがないか聞いてみるだけならタダだし、これ以上ない血縁者だ。


「……」


「あ、あのねアルくん」


「?」


 思った事をそのまま言ったのだが、父は困り顔になり、そこにエミリアが慌てて割って入ってきた。


「貴族間で頼み事をするのは、爵位が上の者から下の者へと決まっているのよ」


 これから教えるつもりだったのだけど、とエミリアが説明を加えてくれた。

 貴族間では情報が何よりも大事なものだとされており、いくら血族と言えど、親から爵位を継いだ者以外はその時点で平民と同列の立場に降りる。

 実際には、後継が生まれなかった時の予備として実家の部屋住まいだったり、実家が運営する領土内に役職を与えられたりする事も多いので、完全な平民扱いというわけでもないようだが。


「コハンスティール家は代々家族仲も良いし、私としても協力できればとは思うんだけど、爵位が下だというだけで本人達の意思とは関係無く周囲が騒がしくなってしまうの。そうなると逆にこの家に迷惑がかかってしまうと思うわ」


「そうなんですか……」


 稀に、上位貴族と懇意にしていた下位貴族が何を企んでいるのかと周囲に目を付けられ、その結果、御家取り潰しの憂き目に遭った事例もあると言う。

 説明を終えると、ごめんね、とエミリアは申し訳なさそうに眉を下げた。

 幾ら内密に、と言ったところで情報を集めたり情報を提供してくれるのはどうしても人伝てになってしまうため、完全に内密というのは難しく、貴族間のマナーとしても余り迎合されないようだ。

 こちらは協力してもらう側なので無茶は言えない。

 それならそれで、別の手を考えよう。



****



「ほう。それで、私の所に来たというわけですか」


 数日間考えても考えてもいい案が浮かばなかった。

 いくら考えたところで俺には色々な力が足りないのだから、当たり前と言えば当たり前の結果だろう。


「はい。僕に力を貸して下さいませんか」


「……ふぅ〜ん?」


 今夜の獲物を見極める肉食獣が俺を興味深くニタニタと見つめている。 その様子は実に楽しそうで、そういう性癖でも持っていたのかと疑いたくなった。


「やめんか馬鹿者」


「あたっ!」


 アリッサの後頭部からスパーン!と気持ちのいい音が鳴った。 児童保護法の取り締まりが決行されたのだ。


「うふっ、うふふふ〜」


「……いい加減、その気持ちの悪い笑みをやめないか」


 伯父に叩かれた頭はそこまで痛くなかったのか、ギラついた様子はなくなったものの、手で口を押さえても尚ニタニタ笑いは止まらない。

 腕を組んで嫌そうに顔を顰める伯父の気持ちは、俺には良くわかる。


「だって、ようやく婚約者殿のお許しが出たのですよ? 」


 聞けば、アリッサはずっと俺と接触を計りたかったようだ。 しかし、それをずっと伯父に止められていて、アリッサはいつも旅館の部屋でお留守番だった。


「今回はやむを得んからな」


「カミル様に感謝します」


 アリッサは左手を胸に当て、瞼を閉じて感謝の意を伝える。

 伯父はげんなりといった顔をしているが、こうして態々アリッサを紹介してくれたという事は、少し期待していいのかもしれない。


「さて。アルファン様は、何が知りたいのでしょうか」


「伯父上からスラウの事は聞いていますか?」


「ええ。最近旅館に入った料理人の事ですね」


「そうです」


 俺は事のあらましを軽く説明し、アリッサが知らないと言っていた事だけ詳細を加えて話した。

 アリッサはふんふんと相槌を打ちながら聞き入り、時折考え込むようにしていたが、質問は後回しにして一気に説明させてもらった。


「……突っ込みたい所は少々ございますが、おおよそは理解致しました。 それでアルファン様は、闇金業者の者、もしくは所在地を突き止めたいという事で間違いございませんか?」


「はい。 金のプレートの情報をくれた貴女なら、何か知っているかもしれないと思いました」


「…………」


 先程までのどこか浮かれていた空気は霧散し、こちらを検分するように見つめてくる。

 骨の髄まで見透かされそうな真剣な瞳に気圧されそうだ。

 だが、こんなことで躓いている場合ではない。なんとか彼女に協力してもらわねば。


「アリッサさんは何がお望みでしょうか?」


「望み、ですか?」


 きょとん、という効果音がどこかから聞こえてくるようだ。

 もし、アリッサの情報が有効なものならば、こちらからも対価になるものが必要かと思って言ったのだが、何か間違ってしまっただろうか。


「……そうですね。では逆に、アルファン様は私にどんな事をしてくれるのでしょうか?」


 アリッサは少し考え込むと、わざとらしい笑顔になって難しい質問をぶつけてくる。 どんな事までと言われても、アリッサは俺が何が出来て何が出来ないのか知らないだろうし、俺もまた、アリッサが求めているものは分からないのだが。


「どこまで要望にお応え出来るのかはわかりませんが、僕に出来ることであれば、なるべく対応したいと思っています」


 俺は全知全能の神などではないし、出来ることなどたかが知れている。

 許容範囲以上の事を求められても困るが、決して安くはないだろう情報料分は働かせて貰おう。


「よろしいでしょう」


「!」


「先に私の持っている情報からお渡ししますね」


「は、はい! ありがとうございますっ」


「まず、闇金業の目ぼしい者からですがーー」


 俺の回答はお気に召したのか、面倒な事はさっさと終わらせるぞという勢いで次から次へと情報が齎された。

 その情報は、予め知っていたのではと思うくらい細部に至るまで熟知されており、アリッサの出自が余計に気になるほどであった。


「……やはり、移動に時間がかかりますね」


「そりゃ、一夜で討伐を済ませた前回のようには行きませんよ」


 闇金業者の本拠地と思われるのは、ここから七日ほど馬車を走らせた場所にあるらしい。

 俺は知らなかった事だが、そこは色街と呼ばれており、女を買う店が何軒も構えられ、街の半分は基本的に夜が活動時間の街だそうだ。


「では、夜襲は難しいかもしれませんね」


 前回は数の不利をそうする事で勝利をおさめたのだが、今回は同じようには行かないようだ。


「どうしても勝たねばならんのだから、あらゆる手を使えば何とかなるだろう」


「……ですね」


 何とかなる。ではなく、何としてでも勝たないといけない。万が一にでも負けてしまえば、この村は終わってしまうからだ。

 誰かを救いたければ、己にとっての敵を葬り去るしかない。

 傲慢甚だしいとは思うが、この世界の生き方はこうなのだから。



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