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32話 商店の完成

「行ってきます!」


「あっ、こら! まだ寝てなきゃだめじゃない!」


 朝食を済ませると、まだ寝ていろと言う母の制止を振り切って家を飛び出した。

 昨日の夜にはすっかり熱も下がって夕飯もたらふく食べれたし、睡眠もこれ以上はいらない。もう一日中寝たきりなんて、俺は御免である。

 そしてなにより、今日は、待ちに待ったラナーク村における第一号となる商店が完成したとの情報が入ったのだから!


「カミル伯父上! 見学に参りました!!」


「……開店はもう少し後になるのだがな」


 元気よく朝一で現れた俺に、伯父は苦笑した。

 こんな事で何故俺が張り切っているのかが理解出来ないようだが、この件に関しては俺の反応は間違ってはいまい。その証拠に、同じく完成が待ち遠しくて仕方がなかった幾つかの人影が現れた。


「旦那ぁ、アル坊の言う通りだぜ」


「田舎育ちの俺たちにとっちゃ新しい商店なんて、古代龍を発見するのと同じようなもんだよな?」


「ちげぇねえや」


 呼んでもいないのに現れた生粋の田舎育ちの村人は、可笑しそうにひゃっひゃと笑った。

 店に来てもまだ何もないからと渋る伯父に、そんな細かい事情は関係ないと朝一で押し掛け、商品などひとつも並べていない商店は朝から賑わっていた。

 見渡せば自然しかない田舎では、そんなことでも盛り上がるくらいに誰も彼もが娯楽に飢えていたのだ。


「どうせなら、商店の営業初日にこれくらい来てくれれば……」


 こんなことなら、営業日まで情報規制をしておけば営業初日には物珍しさで購買層が拡がったかもしれないのに、と一瞬のうちに頭の中で損益を弾き出して項垂れた。

 伯父は旅商人としてあちこち行き来してはいたが、王都生まれの王都育ち、つまりバリバリの都会人なため、建物が出来ただけで領民達が嬉々として押し寄せてくるなど予測がつかなかったようだ。


「まぁまぁ、購買層は独り占めなんですから」


「それはそうだが……」


 伯父の背中、にはまだ届かないので腰あたりをぽんぽんと叩いて慰める。

 言ってしまえば、何年も前から商品を買う機会など伯父の商隊くらいなもので、村の者も顔馴染みがほとんどだ。

 そんな伯父すら試運転な現状では他者の新規参入はまだまだ先だろうし、俺としては心配するだけ無駄だと思っている。


「……ところで、例の件はどうなった?」


 人でごった返し始めた商店を少し離れた場所で見ながら、少し小声になった伯父。

 例の件とは、昨日の夕食時に言っていた事だろう。


「スラウに害意がないのは確かですから、一応もう少し様子を見てみます」


「そうか」


 昨夜、伯父は夕食の前にアリッサからとある情報を聞いたと我が家を訪ねた。

 その情報とは、スラウがラナーク村に寄越されたスパイではないかというものだ。


「「……はい?」」


 聞いた瞬間、家族全員の目が点になった。

 スラウの記憶は俺が身体を張って全員で確認済みだし、包丁を手にしている時以外あの気弱なスラウにそんなことが出来る訳がない、と突っ込みさえしたくなった。

 だが、伯父から齎された情報は無視出来るものでもなかった。


「スラウが家族と引き換えに渡されたという紙は持っているか?」


「あ、ああ。 ここにある」


「見せてくれ」


 貴重な資料だからとラナーク村の所在地とミルクの名前が書かれた紙切れを父はスラウから預かっていた。

 伯父はそれを受け取ると、じっと紙を見つめ、懐に入っていた薬剤を取り出すとその紙に数滴垂らした。


「なっ!?」


「…………」


 薬剤が垂らされた瞬間。その紙は光り出し、たちまち金色のプレートに早変わりした。

 家族が驚いている中、伯父は眉間に皺を増やし考え込んでしまう。


「カミル伯父様、これは」


「ん? エミリアは知っていたか」


「はい。 私とて、伯爵家の人間ですから」


 顔色が悪くなったエミリア。 伯父と二人でなにやらわかり合っている様子だが、俺には何のことだかさっぱりわからない。

 オロオロしていると、きつく唇を結んだ伯父が母とサフライと俺を一人ずつゆっくり見つめた。

 父とガハンスは静かにその様子を見守っていて、それを見るに、どうやら二人にもこれが何なのかわかっているらしい。


「これはな、諜報部隊への依頼に使うものだ」


「諜報部隊?」


「国王陛下が認めた国家の部隊だ。その紋章を持つのは王族とごく一部の貴族で、色にもよるが、コレを持てる者はそういない。……ほら、ここに刻まれている華刻印がその証拠だ」


 コトリと手のひらサイズのそれをテーブルに置き、俺たちにも確認出来るように見せた。

 確かにそこには、薔薇によく似た花の絵が彫り込まれている。これが、諜報部隊だとかいう組織のシンボルなんだろう。


「何故この村にこんなものがあるのかはわからない。 だが、ここに書かれてある情報はこの村のもので間違いない。 つまり……」


「つまり?」


 そこで一旦言葉が途切れ、伯父は深く息を吸い込んだ。


「上位の貴族に目を付けられている可能性がある」


 ーー静かなリビングに、息を呑む音だけが響いた。


 ……目を付けられている?

 村に引きこもりの俺がヘイト稼ぎをしている事はないと思うから、じゃあ家族のうちの誰かが逆恨みでもかっているのか。


「父様、先代のコハンスティール伯爵に謝りに行きましょう」


「は!? なんでそうなるっ」


「僕が今持っている情報網では、父様が一番恨みを買いやすいだろうと推測しました」


「そうね、それも一理あるかもしれないわね」


「お前まで何を言うんだ……」


 母が俺の意見に乗ってくれた事で、父が崩れ落ちた。

 冗談はさておき、俺は村外の事に関して圧倒的に情報が足りない。……村内の噂なら良く知ってるんだけどな。ロナウドの親父の浮気がバレて修羅場だったとか、新妻のウェンディーが作った料理は壊滅的に不味いとか。


「そもそも金色のプレートとはどういうものなのですか? 」


 思考が明後日の方向まで行ってしまったので、軌道修正の為に父に説明を求めた。

 父の説明では、プレートの色は上から銀・金・白の三種類あるらしく、銀のプレートは王族、金のプレートは上級〜中級貴族、白色は下級貴族が使うものとなるらしい。


「銀は王族だから当然として、金と白のプレートを使える貴族は限られてくる。しかし、それは一切情報を漏らさない事を条件に陛下から賜るものだからな。どこの家のプレートなのかはわからないのだ」


 プレートは、預かった各貴族の管理の下【隠蔽】の魔法を使って違う姿へと変える。

 一番多い擬態は鳥型、次点でリスのような小型のペットで、諜報部隊への連絡手段として使うのが一般的であり、これと同じように紙に変える事は出来なくもないが非常に珍しい事だそうだ。

 貴族はプレートを賜るとその当時の当主が死ぬまで所有する権利を持つが、代が変わると国王陛下に返却が必要になる為、先程伯父が垂らした薬剤……正確には、液体魔道具【真実の姿】を垂らし、再び国王陛下に許可を得るまでは使えなくなってしまうという。

 国王から預かったものを易々と手離しているあたりは解せないが、何者かの思惑があるのは間違いなさそうだ。


「つまり、スラウを通してこの村に探りを入れていると?」


「可能性としてなくはない」


 プレートの所有者は国家機密レベルで秘匿されており、誰のものかを調べることが出来ない。

 ラナーク村で一旦は受け入れるとしたスラウ。絶対裏切られないとは言い切れないが、彼は多分そこまで策略を練れるタイプではないと思う。


「だが、それを踏まえた上で彼を助けるかどうかを決めるのは、ここに居る領主一族を始めとした村の者達だ。 私としては確証が持てるまでは監視して放っておいたらいいとは思うが、そうも言ってられないのだろう?」


「スラウの妻子が人質にとられているのだ。 父親として夫として、彼奴と同じ立場にいる身としては、助けてやりたい」


「…………やはりな」


 即答する父を見て、 伯父は仕方がない弟を見る兄の目になっている。 せめて足元を掬われない様に、とだけアドバイスをして、父はそれに大人しく頷いていた。 これまでの経験則なのか、伯父は父が言いそうな事は分かっていたのだ。




「ところで伯父上」


「なんだ?」


「アリッサさんって何者なんですか」


 気になっていた事を尋ねると、おや?と片眉を上げた。

 何故俺がこんな事を言ったのかというと、最初は世間知らずな俺だけが知らないのかと思ったが、家族の様子を見るに、母やサフライも初めて聞いた顔をしていからだ。

 実家が伯爵家である父や伯父、エミリアはそういう教育を受けているのだろうし、ガハンスは前職の経験からか父から聞いて知っていたのだろう。

 なんにせよ、昨日の説明を受けた様子では諜報部隊の存在自体、新興貴族のそれも下っ端の騎士爵が知って良い情報ではないことは容易に察せられた。

 そうなれば、僅かなヒントだけで勘付き、その情報をくれたアリッサは一体何者なのか気になるのは自然な事だ。


「……ま、そのうちな」


「もうっ!」


 ふっと目を逸らされ、まだ教える気はないと遠回しな拒否体制に入られた。

 師匠といい伯父といい、最近いけずな大人が多いのではないかと思う。




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