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31話 看病と内緒話

「こんなの聞いてません」


 おはようございます。主人公です。

 僕は今、今世で初めての風邪にかかっております。


「それは仕方なかろう、魔力切れとはこんなものだ」


 父は汗だくでふぅふぅ言ってる幼気な俺を、文句を言える元気があるなら大丈夫だな!と、愉快そうに笑い飛ばした。

 魔力切れでぶっ倒れた翌日、寝る前に言われたように確かに意識は戻っていた。

 そう、戻ってはいたのだが……


「薬が効きすぎて熱まで上がりっぱなしとか……!」


 副作用があるとかさぁ! そんなリアリティーは求めてなかったよ! ファンタジーカモンヌ!

 しかし、あの薬がなければ俺は今も昏睡状態が続いていたのは確実で、知っていたところで選択肢はなかったようだ。


「じゃあ私達はお仕事行ってくるから、何かあったらサフライかジファーさんに言うのよ。エミリアちゃんも、悪いけどアルの様子を見ててもらえる? お昼から熱が下がってくるみたいだから、今日一日はちゃんとお布団に入ってなさいね」


「へいへい」


「かしこまりました、奥様」


「もちろんですわ」


「ふぁい」


 頭に乗せたタオルを取り替えると、仕事がある両親とガハンスは部屋を出て行った。

 母は最後まで気掛かりそうにしていたが、まあ、大丈夫だとは思っている。

 たかが風邪……いや、正確には少し違うようだが、俺が病気をすることなんて今までなかったせいで余計に心配を掛けてしまっていた。


「アルくん大丈夫よ。私もいますし」


「エミリア義姉(ねえ)様、ありがとうございます」


 俺の部屋でにこにこチクチクしているエミリアは天使だ。俺のじゃないのが残念でならない。

 チクチクは小言を言ってるわけじゃなく、綿布団縫ってるだけだからな。間違えないように。


「ん〜。 そんじゃあ俺は工房戻ってていーか?」


 それに引き換え、サフライはさっきからずっとソワソワしている。

 大方、伯父さんから楽しそうな依頼でも貰ったんだろう。


「ここじゃ狭いですしね。エミリア義姉様、すみませんが僕の看病お願いしてもいいですか?」


「あははっ、やだ何それ?」


 俺が自分で自分の看病の手配をするのが面白かったらしく、ツボに入ったようだ。

 とは言っても一人ではなかなか大変だと思うので、結局、エミリアとサフライとじーちゃんの三人で交代で看病をしてもらう事になった。


「……義姉様は、この村に来てから退屈じゃないですか?」


「え? どうしてそう思うの?」


「僕は村から出た事がないので気になりませんが、その、王都じゃもっと遊べるところがあったりするんじゃないかな、と思って」


 本当は半分は嘘だ。まったく気にならない事はない。

 現代日本でそこそこ都会の地域に生まれ育った俺にとって、娯楽施設や、家庭でできるゲームや漫画などなにもないこの田舎は当初かなり切ないものがあった。

 今でこそ自分で作ったり、サフライに作ってもらったりと欲しいものを自力で手に入れる選択肢が生まれたが、それだって範囲はまだまだ狭いのだ。


「全然そんなことないと思うけど」


「え?」


 前世(にほん)の東京や大阪のように、王都(とかい)は豊かでもので溢れかえっているイメージがあったのだが、エミリアに言わせるとそうでもないらしい。


「確かにここに比べれば、人は多いし構えている店は多いし、農地だってグンと減るけれどね。でも私は不思議と不便さは感じていないのよ」


「…………」


「やだ、そんな顔しないで。 これは本心からそう言っているのよ?」


 エミリアは未だに気を使っているのでは? 水臭いなぁ。

 そんな感情を無意識に顔に出していたらしい。

 それを見破ったエミリアは、可笑しそうに肩を震わせていた。


「私もここに来るまではそう思ってたんだけどね」


 ガハンスとの結婚によるラナーク村の穴を埋める為、王都から一時的に引越してきたエミリア。

 ラナーク村なんてガハンスの口からしか聞いた事のない田舎領地で、正直、ガハンスの存在がなければ心を弾ませて来れる場所でもないのだ。


「ここに来てからは始めてのことばかりだったけど、それが驚くくらい毎日楽しいの」


 見たこともない食べ物に、豪奢な旅館、酪農場に養鶏場。 それにやっと慣れてきた頃にはまた新たなアイディアが生まれ、出来上がり、いつの間にか人も増え、どんどん豊かになっていく。

 片田舎であるはずのこの村の発展が目に見えて分かり、こんなにワクワクしたのは生まれて初めてだと言う。

 義姉に対して、どこかで少し申し訳ないなと引け目を感じていた俺は、そんな風に言って貰えるなんて凄く嬉しくて、ガハンスの嫁がエミリアで良かったとお礼を言った。


「ううん。違うの……本当はね、私は凄く性格が悪いのよ」


「え?」


「一度ガハンスと別れる事になった時、私はあなた達家族を恨んだわ」


「ね、義姉様? え?」


 お礼を言った俺に、泣きそうな顔をしたエミリア。頭を何度も振って、俯いてしまった。

 何か余計な事を言ってしまったのかとオロオロしていると、ぽつりぽつりと打ち明けてくれた。


「あの人と一緒になれないとわかった時、私は伯爵家も何もかも捨てても構わないと思った」


 俯いているエミリアの表情は見えない。

 しかし、膝にある手の甲にボタボタと涙が落ち、肩は震えている。

 埋まるはずのない実家の格差で離れるしかなかった過去当時、エミリアは駆け落ちをしようとガハンスに願ったそうだ。

 ガハンスとの未来の為、全てを捨てる決意をした。だが、ガハンスはそれに頷かなかった。


「ガハンスは、家族や領民をどうしても捨てられない。 ラナーク村のみんなに祝ってもらえない結婚は出来ない、と言ったの」


 恋人の自分を一番に選んでもらえなかった。

 自分は全てを捨てるつもりだったのに、ガハンスにはそこまでの気持ちはなかったのか。

 成人を向かえる前にガハンスが王都から去っても、そのわだかまりはずっとしこりのように残っていた。


「悔しくて、羨ましくて堪らなかった……」


 自分を捨てて、ラナーク村を選んだのだと。

 ガハンスを想っていた分だけ彼の故郷が憎くなり、どうしてそんなに彼を縛りつけるのかと、頭の中では彼の家族を、小さな村を恨んでいた。


「……でも今は、彼が簡単に故郷を捨てるような人でなくて良かったと思ってる」


 平民から騎士爵への叙爵という本来ならばありえないミラクルが起こり、国王陛下より婚姻の許可が下りた。

 そして、実際にラナーク村に来てからわかったこと。

 今思うと罪悪感からだったのか、村中歩き回ってはあくせく働いていたエミリア。

 勿論そこには村人達もいるわけで、いろんな話を聞いたのだという。

 領主一家の逸話やガハンスの幼少期の話、旅館が建てられた経緯や兵士だけが持つ槍はどれだけみんなの憧れであるかなど。


「これだけ優しいみんなの笑顔を無理矢理奪うような事にならなくて良かった。 大勢に祝って貰える事がこれ程幸せだなんて知らなかったし、それを知れたのは、あの時ガハンスが無謀な私を拒んだお陰よね」


「義姉様……」


「自分でも、なんて調子がいいんだろうって思うけど」


 涙を拭い、まだ潤む瞳のまま苦笑する顔も綺麗だった。


 その後は、まだ会ったことはないが俺にとっては伯父にあたるエミリアの父親の話をしたりした。

 エミリアの実家である伯爵家の跡取りは代々騎士団に勤めており、現当主も副団長をしているようだ。


「あとね、今言う事でもないかもしれないんだけど」


「?」


「父がね、アルくんに一度会ってみたいって言ってたのよ」


「そうなんですか?」


「ええ。 会った事がないのはアルくんだけだからって」


 主に年齢や体力面の問題で、俺はこの村から出た事がない。

 俺以外の家族は結婚式等で、数少ないながらも王都へ向かった事は確かにあった。

 サフライは今回の事でエミリアとは初めて会ったようだが、エミリアの父親とは父やガハンスを介して “ 元上司の騎士団副団長 ” として紹介されていたらしい。

 ましてや父は一度、冒険者になる為に伯爵家を飛び出している。その後、結婚を機に王都に戻り騎士団に入ったは良いものの、有耶無耶で伯爵家に戻してやろうと画策していた当時の当主(つまり俺の爺ちゃん)を振り切り、ラナーク村に向かう為に騎士団を退団してしまったそうだ。

 貴族や平民としての弁えた対応は勿論の事、サフライに知らされていなかったのはそこらへんの事情もあったようだ。


「…………その節は、父がすみませんでした」


 俺が思っていたよりも行動力が半端なかった父。

 それを笑って許してくれたらしい伯爵家のみなさんに、いつか菓子折りを持って会いに行かなければと決意したのであった。



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