30話 敵の行方
「では、スラウさんを宜しくお願いしますね」
「はい。お任せ下さいな」
「ありがとうジュリアさん」
夕食を終えると、スラウを従業員用のマンションの一室に案内して貰うように、アリスの従姉妹であるジュリアと数人の子供に頼んだ。
ジュリアはアリスと違って成人間近の女性で、既に旅館でも働いている。
包丁から手を離した途端、正気に戻った気弱なスラウは「な、何から何まで、ほ、本当にありがとうございます……」と恐縮しきりであったが、問題が解決するまでは旅館で是非働かせて欲しいと本人からの申し出があったのだ。
宿はうちの客室でも構わなかったのだが、他の領民達の手前、スラウが縮こまってしまうようだったのでどうせ暫く滞在するなら気兼ねなく過ごせるかとまだ使っていなかったマンションの一室を解放した。
あとは、念のため兵士が多いジェイド達にスラウの動向を見張らせる意味合いもある。
翌日、仕事を終えたスラウに再度話を聞こうと我が家に呼び出し、これからどうするのか話し合いが行われた。
「闇金の男達がどこにいるかわからない!?」
「申し訳ありません……」
スラウと馴染みであった父や、料理人として意気投合したミルクが協力的なので、彼の奥さんや娘を助けるのはいつの間にか決定していた。
まあそれはいいのだが、肝心の男達の居場所がわからないと言う。
膨大な返済額だった為、こちらから向かうことがなかったらしく、住んでいた王都のスラム街のボロ屋へ闇金屋がくるばかりであちらの住所は聞いた事がなかったようだ。
「……それでは、武力行使も難しいな」
物騒な呟きは誰のものだったか。
しかし、現在一文無しのスラウと貧乏領地な我が家の力を合わせても、札束で闇金屋の横っ面を叩く事は出来そうにないのもまた事実で。
ならばまだ、可能性がありそうな武力行使に訴えたくなるのも無理からぬ事である。
「これではどちらが小悪党かわかりませんね」
「なに、バレなければいいのだ」
しれっと言ってのけるうちの家族は基本黒い。
「冗談は置いておいて、他になにか情報はありませんか?」
「いえ、契約書関係はあちら側にすべて……」
「誰か名前のわかる者はいるか?」
「……そう言えば、確か闇金屋の頭はジャドウ様?だとか奴らの会話から聞こえた事があります」
「そうか」
……どうしたものか。
闇金の男との約束の期日はまだ先だが、仮に先日の男達が再び王都の下町に訪れ、そこにスラウがいない事が知られれば、契約不履行と見做されて奥さんや娘さんが約束より早く売られてしまってもおかしくない。
「思ったよりも時間がないわね」
「早急に対処が必要です」
「……アル、悪いが」
「はい。任せて下さい」
ガタガタと立ち上がるみんなからの視線を浴びて、俺もその場から立ち上がった。
「失礼します」
「え、え?」
座ったまま戸惑うスラウの正面に立ち、開いた左手で彼の頭をそっと掴む。
「目を閉じて、その時の光景をできるだけ詳細に頭の中に浮かべて下さい」
エミリアとミルクを加えた家族全員で俺を取り囲み、俺の肩や右手に触れた。
意識を集中させ【逆行記憶再生】と呟くと、スラウのあやふやになっていたらしい記憶部分が事細かに脳へ直接送られてくる。
見えた記憶は、スラウが親戚に騙されるシーンから始まり、奥さんや娘が連れ去られるところまで。
目の裏に流れるのを見ていると、ガハンスが言ったようにこの人はちょっと人が良すぎるというか、他人の言った事を鵜呑みにして信用し過ぎるきらいがあるようだ。
アリス一家の件の反省を踏まえて新しく開発した無属性魔法だったけど、早速役に立ってよかった。
「これで終わ……あっ?」
「「アル!?」」
突如、視界が回り前後不覚に陥った。
覚えたての使い慣れない魔法を家族全員分使用したためか、ごっそり魔力を持っていかれたようだ。
途端に力が抜けてしまい、ガクッと膝から折れて地面に頭から突っ伏す寸前で父に支えられる。
「なんだ、これ……」
すごく気持ち悪い。
気を抜くと意識が飛びそうだ。
「魔力切れを起こしたんだろう。今は喋るのも気持ち悪いはずだ。アル、今日はもうゆっくり休め」
「…………は……い」
焦った顔になった父が俺を横に抱いて部屋へと運ぶ。
その後ろからもバタバタと足音がして、俺を呼ぶ声が聴こえる。
母さん、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。たぶん、死にはしないから。
取り乱す母がガハンスとサフライに宥められて、部屋には俺と父だけが残った。
「先にコレを飲め。少しはマシになるはずだ」
「ゔぐっ!?」
ベッドに降ろされると、俺の背中を支えて何やら紫色の液体が入ったコップを口に当てられた。
それはお世辞にも芳しい香りとは言い難く、飲む前に気を失っておけばよかったかもとちょっぴり後悔した。
「あの、父様?」
「臭いは我慢しろ。飲んでおけば明日には回復してる筈だ」
「…………」
勘弁してくれないかと父を見上げたが、そう言われれば嫌でも飲むしかなくなった。
これはアレか? 気付け薬とかそうゆう類なのか?
ひと思いに一気に飲み干し、別で用意されていた水も一気に煽る。
うぅ……、口の中まで生臭くなってしまった気がするぞ。
幾ら俺の為とはいえ、体調の悪い人間への仕打ちじゃないんじゃないかと涙目になったが、暫くするとだんだん身体がぽかぽかして来るのがわかった。
「ん? もう薬が効いてきたか」
額に手を当ててきた父が、流石はエンファー様だ、と呟く。
どうやらこれは魔力回復効果がある薬のようだ。
師匠から、俺に何かあった時の為に使えと前から渡されていたらしい。
「……直接渡せばいいのに」
「あの方も素直じゃないからな」
避けるように渡されていたのについムッとなって愚痴ると、父は苦笑して、照れ屋な師匠らしいじゃないかと言う。
……まあね。師匠はツンデレ要素も持ち合わせてるから。七十過ぎの爺さんのツンデレなんて、誰得だよとも思うけどね。
だけどさっきから、体温の上昇に合わせて気持ち悪さは確かに軽減されていた。
俺は薬学の適性がないので仕組みがよくわからないが、本当に魔力回復の効果があるみたいだ。
「さあ、お喋りはこのくらいにしてもう寝なさい」
父が部屋から出ると同時に豆電球くらいあった魔石の照明も消え、俺の意識はそこで途絶えた。
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「もう寝たのか? 随分と早いな」
アルファンのいつもより早い就寝に遅れること一時間。勝手知ったる領主の館にカミルが一人で訪ねて来た。
「ああ。先程体調を崩してしまってな」
アルファンの父であるガジルは、苦虫を噛み潰した顔になる。
言われてみれば、ガジルだけでなくこの一家丸ごと全員がどことなく暗い空気が漂っていた。
「……アルは、大丈夫なんだな?」
カミルは新顔であるスラウまで席に着いているのも気になったが、とりあえず甥っ子の体調の方が心配だった。
カミルにとってアルファンはただの甥っ子として可愛いのはもちろんのこと、商人としても、失うわけにはいかないかけがえのないパートナーなのだ。
「エンファー様のお診立てでは、明日には意識も戻るそうだ」
「なら、安心だな」
カミルが、ほうっと息を吐いたのも無理はない。
何せ、この村で一番頼りになるのはエンファーと言っても過言ではなかった。
学術・体術・薬学・魔法学と、ほとんど全ての事に精通しており、領主であるガジルを差し置いて、エンファーが味方になればこの村で怖いものなどないと言われている。
但し、基本的に人嫌いなエンファーが味方になってくれるかどうかは別問題であったが。
「で、カミルは何の用事だったんだ?」
「そうだった。私はお前達に伝えたいことがあって、」
「ん?」
「……いや、アルファンが起きてから一緒に聞いた方がいいだろう。 また明日、出直すことにする」
「? わかった」
カミルは一瞬スラウを見遣ると、旅館へと戻って行った。




